第23話:オーク討伐依頼
見慣れた《組合》の玄関口は、いつも通り冒険者たちで賑わっていた。
先日のデート(?)の時とは異なり、マヒロはしっかりと武装した状態だ。
「……よし」
浮ついた気持ちのまま迷宮に挑む事のないよう、気合いを入れ直す。
《迷宮王》モデルの映画を見終わった後、もう少し街を散策して解散の流れになった。
その別れ際、マヒロはアリスにこう言われたのだ。
「少年。そろそろ《組合》の方で、少しばかり危ない仕事を請けてみると良い。
浅い階層の魔物討伐辺りが妥当か? それに私は同行しない。
くるいに頼んだ事があるのでね、そちらに付き合わなければならないんだ。
今の君自身の力を試す意味でも、頑張ってみたまえ」
深層を経験した事で、マヒロの身体は魔力の影響を強く受けている。
装備も良くなったのもあり、総合的な戦力は間違いなく上がっているはずだ。
しかし、それがどの程度のものなのか、まだマヒロ自身も把握しきれていなかった。
「ま、気負う必要はないぞ。自分にやれることをやりたまえ」
「ん。もし危なくなるようだったら、すぐに助けに行ってあげるから」
笑うアリスと共に、くるいもそんな事を言ってくれた。
そうして現在、マヒロは《組合》で依頼を受け、指定された時間に来たわけだが。
「集合場所は、確か……」
「──あ、ちょっと。君だよ、君! 夜賀 マヒロくんだっけ?」
「はい?」
いきなり飛んできた知らない声。足を止め、そちらを見る。
話しかけてきたのは、一人の冒険者の男だった。
《組合》支給のツナギの上に、装備しているのは動きやすさ重視の軽装甲。
武器は小振りの戦鎚を二つを腰に下げ、胸元のホルスターに自動拳銃が見える。
髪の色が派手めな蛍光色だったり、やたらピアスが多い事以外は普通の冒険者だ。
男が他の冒険者と大きく異なる点は、一つだけ。
右の手に、カメラを起動させた状態のスマホを構えている事だ。
「ドーモドーモ、はじめまして!
冒険配信をやってるビーチューバーの謎の冒険者Zです!
あっ、もしかしてボクの配信見たことあったりする!?」
「え、いや、特には……」
「なんだそっかぁ、残念!!
今をときめく有名人に見て貰えてたらなぁってちょっと期待してたんだけどなぁ!」
異様に高いテンションでまくし立てられて、マヒロは思わず一歩退いた。
謎の冒険者Zは知らないが、冒険配信については知っている。
その名の通り、迷宮探索の様子を動画に記録し、それをネット上で配信する事だ。
電波の届く程度の低い階層なら、生配信を行う者も珍しくはない。
「ね、ね。そんな事よりちょっと時間良いかな? そんな手間は取らせないから!」
「いや、これから請けた依頼があるんで……」
「おっ、もしかして《組合》の極秘任務的な!?
あの《迷宮王》のお気に入りだから、そのぐらいはある感じだよね!」
「? 何を言って……」
「ここだけの話、実際のところどうなの?
《組合》じゃあ君の噂が色々飛び交ってるよ?
《迷宮王》が若いツバメに入れ込んでるとか、深度『十』の道を見つけたとか!
しかもこの前、《百騎八鋼》の子ともデートしたんだよね?
ボクも途中までは追っかけて配信してたんだけど、気づかなかった?」
「えっ……」
「いやー、高そうなお店に入ったところで警備員さんに止められちゃってねー。
流石にヤバいかなぁ、と思ってそれ以上は追っかけられなかったんだけど」
悪意なく笑う冒険者Zの様子に、少しだけぞっとした。
ふと周りに意識を向けると、ひそひそと噂話をしている冒険者はちらほらいる。
きっと、中には口さがない事を言ってる者も混ざっているだろう。
が、彼らはまだマシだ。
自分に悪意がある事を自覚してるから、遠巻きに陰口を叩くだけだ。
本気でタチが悪いのは、『悪い事をしている』と考えてすらいない人間の方だ。
「ホントにさー、ちょっと教えて欲しいんだよね! みんなも知りたがってるから!
一体どうやって《迷宮王》みたいな伝説の人とお近づきになれたの?
いやボクもさ、今はソロで細々と生配信やってるだけだけどさ?
やっぱ冒険者として迷宮潜ってる以上、おっきなこともやってみたいじゃん!
マヒロくんみたいにさー、底辺冒険者から一気に躍進! とか最高だよね?」
「すいませんけど、そろそろ時間が……」
「大丈夫大丈夫! もうね、あとちょっと! ちょっとだけで良いから!
今も配信中だし、コメントも今までで一番流れてきてるから!
こうね、みんなが知りたいのは成功の秘訣って言うか……」
「オイ」
ドン引きするマヒロに、ジリジリと迫る謎の冒険者Z。
その肩を、力強い手が乱暴に掴んでいた。
「斎藤……!」
「おう、時間通りに来てるな。夜賀」
ニッと笑う顔見知りの冒険者を見て、安堵の息が漏れる。
対して冒険者Zの方は、明らかに困惑した様子で背後に立つ斎藤にカメラを向けた。
「あの、今配信中なんで邪魔しないで貰えると……」
「邪魔してんのはどっちだよ。夜賀の奴も依頼があるって言ってるだろ」
「いやだから、そんなに時間は取らせないから」
「もう取られてるから言ってんだよ。それとも迷惑行為で《組合》に通報されたいか?
禁則事項に触れたと判断されたら、当分は支部にも出入り禁止だぞ?」
「うっ……いや、それはちょっと……」
「困るんだったら迷惑行為なんてすんなよ。
冒険配信だったら、大人しく迷宮の中で配信してろ」
冒険者Zがそれ以上何かを言う前に、斎藤はマヒロの肩を引っ張った。
立ち尽くす配信者を残し、集合予定の『扉』前へと足を向ける。
「悪い、助かった」
「ああいうのはもうちょい強気に対応しろよ。つけあがるだけだぞ」
「テンションがおかしいもんだから、面食らっちゃって。次から気をつける」
「是非そうしてくれよ。オレも絡まれてんのにいちいち割って入るのも面倒だからな」
笑う斎藤の言葉に、マヒロも少し笑ってしまった。
『扉』前には、既に六人ほどの冒険者たちが集まっているのが見える。
「……ま、好き勝手言われてるみたいだけどな。
言いたい奴には言わせときゃいいんだよ。
別にオレだって、言いたいことが無いわけじゃあ無いしな」
「聞くだけなら聞くけど」
「そんなこと言われて口に出せるかよ、みっともねェ」
バシバシとマヒロの肩を叩く斎藤。
ちょっと息が詰まりながら、マヒロは彼の装備が少し変わってる事に気づいた。
以前は腰から二本の剣を下げていただけだが、今は背中に三本目の剣を背負っている。
視線を受けた斎藤は、自慢げな笑みを見せて。
「ようやく買ったんだよ、魔法剣。
まぁアンコモン等級の奴だし、特別な効果は無いんだけどな」
「それでも十分高かっただろ」
「まーな。けど、本格的に迷宮にもぐるならこのぐらいは必要だろ?
お前の方だって、ちょっと見ない間に随分と見違えてるしな」
「努力の成果だよ」
「運が良かったって言わないのは立派なもんだ」
実際、深層に落ちた事実を『運が良かった』とはとても言えない。
「運が良かっただの、努力しただの。結果に繋がった理由なんて色々だろ。
それを自分は恵まれなかった、努力が足りなかったなんて嘆いたって不毛なだけだ。
冒険者やってるんなら、グチグチ言う前に行動するべきだろ。なぁ?」
「……そうだな、お前の言う通りだと思うよ」
「だろう?」
斎藤が何を思っているのかは、実際のところは分からない。
分からないが、今の言葉が本心であることは疑いようもなかった。
「しっかし、《迷宮王》ってすっげェ美人なんだろ?
良いよなぁお前、美女な上にメチャクチャ強い冒険者とお近づきになれて。
それだけはマジで羨ましいわ。オレの事も紹介してくれない?」
「馬鹿なこと言ってないで、そろそろ時間だろ。
今回は深度『一』まで上ってきたオーク退治なんだから、真面目にやろう」
「おう、ゴブリン駆除なんか比べ物にならないからな」
言いながら、マヒロは今回受けた討伐依頼の内容を頭の中で確認する。
オークは亜人に近い魔物で、見た目はイノシシに似た頭部を持つ人間型。
体格に優れ、見た目の通りに腕力と持久力が特に強い。
知能は低いが馬鹿ではなく、ゴブリン程度には知恵が回る厄介な魔物だ。
本来は深度『二』で主に見かける魔物だが、それが上の階層で姿を確認された。
多くても五匹は超えない小集団。放置しては仲間を呼び込む可能性もある。
「一匹残らず始末するか、下の階層にまで追い返す。
お前ら、準備は良いか? あと少しで予定時間になるから、気合入れろよ」
「またリーダー気取りかよ斎藤ー」
「良いだろ別に、誰かがまとめ役をやってくれた方が楽なんだから」
「そりゃそうだな。で、あっちは確か例の?」
「《ハズレガチャ》な。最近は色々噂も聞くけど、実際どうなんだろうな?」
「おーい、遠足前の小学生じゃねぇんだから静かにしろよ!」
あっという間に騒がしくなった場に、斎藤の大声が響いた。
深度『一』に繋がる『扉』の前に立ち、マヒロは集まったメンバーを見回した。
マヒロや斎藤自身も含めて、総勢で八名の冒険者たち。
低階層にもぐっているよりはマシだが、まだ冒険者としては駆け出し程度の面子だ。
オークはゴブリンよりずっと危険ではあるが、それでもまだ弱い部類に入る魔物。
群れなら兎も角、はぐれた小集団ぐらいはこの人数なら狩れて当然の相手だ。
──今の自分だけで、どこまでやれるのか。
圧倒的な強者はいない。隣にいるのは、誰もが似た実力の持ち主のはず。
その中で、如何に立ち回るかも考える必要があった。
「夜賀、ボーッとしてないか?」
「してない、してない。それよりもう時間じゃないか」
「あぁ。よーしお前ら、これからオークどもを蹴散らしに行くぞ!
ゴブリンより楽だからって油断するなよ、ヘマしたら助けた後に指さして笑うからな!」
「おうよ! そっちこそ張り切り過ぎて転ぶんじゃねーぞ!」
「稼ぎは良いからな、気合い入れていこうぜ」
「いい加減に装備の新調もしたいなぁ」
「一番安い奴でも良いから、魔法の武器ぐらいは幾つか揃えたいよな」
冒険者たちの声が重なる中、先頭に立つ斎藤が迷宮へ続く『扉』を押し開く。
迷宮深度『一』。大分浅い階層だが、逆に未経験の場所だった。
そんな事実におかしみを感じつつ、マヒロは『扉』をくぐり抜けた。
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