第22話:ロード・オブ・ダンジョンズ


「毎度あり、またいつでも来てくれて構わないからねぇ」


 ヒッヒッヒと笑う魔女に見送られ、三人は店を後にする。

 触媒付きの護符以外にも、回復の魔法薬や細かな冒険用の雑貨などを購入していた。

 思った以上に老婆は商売上手で、想定より大分買わされてしまった気がする。


「まぁ、品質に関しては間違いないからな。損はしてないはずだぞ」

「そうですね」


 微妙に言い訳みたいな事を呟くアリスに、マヒロは少しだけ笑った。

 狭く人気のない路地から、再び賑わいのある表通りへ。

 お土産にと買い込んだ袋を抱えて、くるいはアリスの方をちらりと見た。


「あのお婆さんみたいな人、結構多いの?」

「多くはないが、珍しいと言うほど少なくはないな。

 特に《迷宮街》は《組合》のお膝元だ。『移住者』は他よりずっといるだろうな」

「その、簡単にできるものなんですか? 迷宮から地上への移住って」

「いいや? 私も法律に詳しいわけではないが、かなり難しいはずだぞ。

 普通の移民ですら審査が厳しいという話だからな。

 実際、《組合》では迷宮からの『不法移民』の取り締まりも行っている」


 マヒロも、テレビのニュースで海外からの移民や難民の話は耳にした事がある。

 当たり前と言えば当たり前の話だが、ハードルの高さは外国も迷宮も変わらないようだ。

 いやむしろ、迷宮の方が法的な問題などが厳しいかもしれない。


「迷宮世界たる《アンダー》の全貌は、未だ解明されていない。

 唯一の文明国家である《汎人類帝国》だが、実は国としての国交もあるわけじゃない。

 だから国際条約とか、地上の国々で通用する決まり事も通じないわけだ」

「そうなんですね。てっきり、国同士でのやり取りはあるのかと……」

「帝国なんて言ってるけど、あそこ纏まりが無いから。

 付き合うのは面倒くさいって、パパも良く愚痴ってる」


 くるい自身も嫌な思い出があるのか、不機嫌そうに唸ってみせた。


「ま、くるいの言った通りだな。

 《汎人類帝国》は、名目上は《アンダー》全てを版図とする唯一の迷宮国家だ。

 しかし実際は、七つの国々で構成された連合王国で、皇帝の権力も絶対的ではない。

 中央集権に失敗したというか、まぁ大体そんな感じだな。

 おかげで言ってる事が聞く相手次第でコロコロ変わる。

 そのくせプライドは無駄に高いから、会話するのもひと苦労だ」

「なるほど……」


 確かに、こうして聞いているだけでも面倒くさいという気持ちになってくる。

 一介の冒険者に過ぎないマヒロは、帝国に直接関わった事はない。

 アリスの仲間として共に活動すれば、その『面倒』を直接知る機会もあるだろうか。


「話が脱線したな。そんなわけで、迷宮からの移民というのもなかなか難しい話だ。

 それでも半ば黙認に近い理由で一部認められてるのは、単に『有益』だからだ」

「……身もふたもない話ですね、それ」

「だが納得はできるだろう? あの魔女を見た通りだ。

 迷宮にいた頃は、《帰らず森の楽団》と呼ばれる魔女団を支配していた実力者だった。

 しかし度重なる冒険者との交戦の末、魔女団の放棄を条件に地上への移住を求めた。

 で、今はあの通りだ。

 あの老婆の持つ魔法の技術は、地上の人間とは比較にならない。

 《組合》の外部協力者として、《遺物》の鑑定や販売を行ってるわけだ」


 地上の技術とは全く異なる、未知の魔法技術。

 それを取り扱う魔女となれば、確かに『有益』と評価するしかない。

 多少……どころか、大きな『不法行為』も無理やり押し通すのも仕方ない程度には。


「《帰らず森の楽団》って、ワタシも聞いた事ある。

 あのお婆さん、やっぱり《伝説持ちネームド》だったんだ」

「強敵だったぞ。あの巌が、魔法の打ち合いで不覚を取った数少ない相手だ」

「化け物じゃん」


 《伝説持ち》とは、迷宮でその名が広く知られた魔物や個人の俗称だ。

 くるいが言う通り、《伝説持ち》は概ね化け物じみた存在だ。

 マヒロも、《帰らず森の楽団》については耳にした覚えがあったような……。


「……あ」

「? どうした、少年」

「いや、《帰らず森の楽団》って俺も聞いた事があるなって思ったんですけど。

 ほら、アレ見てください」

「ふむ?」


 指を差された方に、アリスは不思議そうに視線を向ける。

 その直後に、表情がぴしりと固まった。

 通りがかったのは、複数の店舗が入った大型商業施設。

 そこは映画館も併設されており、入口付近には上映中の作品のポスターが貼られていた。

 マヒロが指差したのは、その中の一つ。

 凍りついてるアリスの横から、くるいもひょいっと覗き込んだ。


「……ロード・オブ・ダンジョンズ?」

「大絶賛上映中の人気作品ですよ。

 ちなみに今やってるのは三作目で、サブタイトルは『帰らず森の魔女』です。

 アリスさん、これ多分あのお婆さんの事ですよね?」

「うわぁー!!」


 好奇心から聞いてみたら、何故かアリスは頭を抱えてしまった。

 ぷるぷると震えてしゃがみ込んでしまった彼女に、くるいは首を傾げる。


「? アリス、どうかしたの?」

「どうもこうもあるか! まだやってたのかコレ!?」

「まだやってるのかって、公開一週間で興行収入五億超えの大ヒット作品ですよ。

 前作、前々作もどっちも数十億以上は記録してますし」

「ぐわぁー!!」


 事実を伝えただけなのに、何故か致命的一撃クリティカルヒットが入った。

 地べたに転げ回るのだけは耐えながら、アリスは苦しげに呻いた。

 髪をかき混ぜ、やや涙目になってポスターを睨みつける。


「何故こんな映画にオッケーを出してしまったんだ、過去の私……!

 時間を巻き戻す《遺物》があったら、私は躊躇うことなく使うぞ……!」

「良く分かんないけど、何がそんなに嫌なの?」

「何が嫌かだと? アレを見ろ、アレを!」


 言いながら、アリスはくるいに示すために映画のポスターを叩いた。

 そこに写っているのは、きらびやかな鎧を身に着けた金髪のイケメン俳優だ。

 まだ意味が分かってないくるいに対し、アリスは言葉を続けた。


「映画の配役では、コイツが私になるんだぞ!!」

「……え? なんで?」

「私が聞きたいわ!

 《組合》経由で、私の昔の冒険を映画化したいという話が来た!

 正直に言って興味もなかったし、そっちで好きにやってくれと言ってたんだ!

 そうしたら、この……なんで私がこんないけ好かないイケメンマッチョに……!」

「いや、まぁ、それは仕方ないと言いますか……」


 身悶える《迷宮王》の姿に、マヒロは苦笑するしかなかった。

 言葉の意味を問うように涙目で睨まれてしまったので、咳払いを一つ。


「そもそもアリスさんって、有名な割にメディアの露出とかほとんど無いですし。

 冒険譚を聞いただけの印象だと、まぁあんな感じのキャラになるんじゃないかと……」

「私はあんなんじゃないぞ! 一応最初の作品は見たけどな!

 言った覚えのないスカした台詞がバンバン出るし!

 挙げ句の果てに巌が女の子になってて、私と良い雰囲気になってたんだぞ!?」

「ぶふっ」


 父が女体化した挙げ句にカップリングされていた事実に、娘は思わず吹き出した。

 マヒロは完全にフィクションとして見ていたので、あまり気にしてなかったが。


「ちなみに、そんなに嫌なら止めて貰うっていう事は……?」

「勿論、猛抗議はしたぞ。だけど権利関係は、私ではなく《組合》が持っててな。

 私一人がどれだけクレーム飛ばしてもダメだった。

 もうあのキャラでウケたとかで、今更配役変更も無理だと。

 いっそ私が直接出るのも考えたが……」

「いや、流石にそれは無理でしょう」


 確かに《迷宮王》本人なら、フィクションばりの超人アクションも可能だろう。

 しかしそれに付き合える俳優がいないし、それ以前にアリスは演技は素人だ。

 どう考えても無茶苦茶になってしまうので、実現不可能な最終手段だ。

 うなだれるアリスの肩を、マヒロはポンポンと叩く。


「あまり気を落とさないで下さい。

 確かに事実とは大きく違うでしょうけど、あくまでフィクションですから」

「まぁ、それはそうだが……」

「お話はアリスさんの逸話をベースに、エンタメ重視に弄った感じですけど。

 あくまでそれも、アリスさんの冒険譚ありきですから。

 俺自身は、割と好きですよ。これを見て冒険者に憧れた人も、絶対いますから」

「…………そうか。まぁそうだな」


 慰めになったか不安だったが、どうやら効果はあったらしい。

 ちょっと持ち直した様子で、アリスは小さく頷いた。


「確かに事実とは異なるが、あくまで創作であるしな。

 私の話も題材にしただけだろうし、別物なのは仕方ないというか、当然の話か」

「そうですよ、その通りです。フィクションですからね」

「うむ。少年も楽しんで見てくれたというなら、そう悪い気もしない。

 よくよく考えれば、私の気にし過ぎかもしれんな」


 大分晴やかな面持ちで、アリスはゆっくりと立ち上がる。

 映画館に入る人々がチラチラこちらを見てくるが、とりあえず気にしないでおく。

 吹っ切れた顔で、大きく貼られたポスターを見る。

 そこには、先ほどまであった怒りや羞恥は完全に消えていた。


「うん、振り返れば私にとっても良い経験だったかもしれん。

 そう考えてしまえば、気にする必要もなかったな」

「うんうん、それで良いと思いますよ。流石です、アリスさん」

「ありがとう、少年。本当にありがとう。

 君のおかげで、私は過去の失敗から先へ進めそうだ」


 なんだか妙に情感たっぷりな二人の横で、くるいは何故かパチパチと拍手をした。

 そうしてから、一つ頷いて。


「じゃあ、見に行こっか」

「……うん?」

「気になるから、見たい。コレ」


 くるいが指差したのは、当然ながらロード・オブ・ダンジョンズのポスターだ。

 現在大ヒット上映中の、今回で三作目に当たる人気映画である。

 少女の顔にあるのは、単に内容が見たいという純粋な好奇心だけだった。


「いやいやいやいや。くるいさん、私の話は聞いてたか??

 というか映画だぞ、どういうものか分かってるか??」

「流石に映画ぐらいは知ってるよ。

 創作なんだから、アリスも気にしないでしょう?」

「確かにそう言ったばかりだけどなぁ……!」

「マヒロはコレ、もう見た?」

「あ、いえ。見たいなとは、ちょっと思ってましたけど」

「なら丁度良いね」


 ヨシっ、と頷いたくるいに、マヒロは言葉に迷ってしまった。

 迷ってる間に手をしっかり握られてしまっては、最早どうしようもない。


「待て、待て待て待て。くるい、まさか本気で見る気か?」

「? アリスは見ないの?」

「い、いや、正直見たいかと問われたら否なんだが……」

「じゃあお留守番だ。ワタシはマヒロと見に行くから」

「それはちょっと酷くないか……!?」


 割と本気で泣きが入ってきた《迷宮王》。

 だが残念なことに、くるいは初めて見るだろう映画への期待感に満ち溢れていた。

 ──どちらに味方をするべきなのか。

 逃すまいとしっかり掴む手を軽く握り返して、マヒロは決断を下した。


「一緒に見れば、案外面白いと思いますよ」

「裏切りの報いは、いつか必ず受けて貰うぞ少年……!」


 割と本気の言葉だったが、マヒロには笑って誤魔化す以外になかった。

 なお、映画自体の出来はかなり良かった。

 森の魔女がスタイル抜群の凄い美女に改変されてたりと、気になる事はあったが。

 ストーリーは王道、アクションは派手で映像効果は本物の魔法まで使う手の込みよう。

 アリスも苦い顔で見ていたが、最終的には素直に鑑賞を楽しんでいた。

 最後に流れたクレジットの中に、『特別協力:森の魔女(本人)』を見るまでは。


「あのババア、今度会ったら絶対に許さんからな……!!」


 《迷宮王》が腹の底から出した慟哭の意味を知るのは、傍らのマヒロたちだけだった。

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