第10話:冒険者の買い物


 《遺物》とは何か。その答えを知る者はいない。

 《アンダー》の迷宮内で発見される、不可思議な力を持つ道具の数々。

 僅かな例を除き、そのほとんどが現代の科学では原理も構造も解明できていない。

 迷宮で見つかった《遺物》は、基本的には発見者がそのまま所有する。

 しかし発見した者が使えなかったりと、様々な理由で《組合》に売却される場合もある。

 そういった《遺物》は、《組合》内の専用のスペースで取引きされるわけだが。


「……うわぁ」


 案内されたマヒロは、思わず変な声を漏らしてしまった。

 《遺物》の保管庫も兼ねたその場所は、《組合》の許可を得た者しか立ち入れない。

 当然、底辺冒険者であるマヒロはそんな資格は持っていなかった。


「どうした、少年? そんな呆けた顔をして」


 《迷宮組合》の長である、《迷宮王》アリス。

 彼女が警備相手に顔パスでどんどん進んでいき、あっさりとたどり着いてしまった。

 それなりに広い部屋に、幾つも置かれた大小の棚。

 並べられているのは、瓶詰めの水薬から武器、防具まで様々だ。


 ここにあるもの、全てが例外なく《遺物》。

 試しに、マヒロは一番近くにあった剣の値札を確認してみた。

 見た目は、特に飾り気のない普通の長剣ロングソードにしか見えなかったが。


「さ、三百万円……」

「あー、それは特に変わった効果も無い、普通の魔法の剣だな。

 頑丈で切れ味が鋭く、持ち手の技量を多少は補正してくれるぐらいだ。

 《遺物》として見つかる武器としては、一番多いタイプだ」


 だから結構安い方だぞ、と気軽に解説するアリス。

 これで「安い」扱いとは、完全に金銭感覚が崩壊している。

 目眩を覚えそうだが、目の前にある《遺物》の大半がこのぐらいの値段のはずだ。

 この中から、必要な装備を選ぶ必要もある。


「さ、少年の予算が許す範囲で買うと良いぞ」

「分かりました……と言っても、正直どれを買えば良いのか」

「ふむ、まぁそうか。そうだな。

 数も多いし、初心者にいきなり選べでは分からんか」


 無数の《遺物》を前に戸惑うマヒロに、傍らのアリスは小さく頷く。


「宜しい、私が特別に良さそうなモノを見繕ってあげよう」

「本当ですか?」

「あぁ、これもまた先達の務めという奴だ。

 ここにある《遺物》の等級は、大抵がアンコモンだろう。

 それほど大きな効果を持たない物がほとんどだが、便利な装備も多いぞ」


 笑って、アリスは陳列されている棚に素早く目を通していく。

 その瞳は実に真剣で、マヒロも進む彼女の背に続きながら、同じように《遺物》を見た。

 置かれているのは剣などの武器が多い。

 どれも同じような値段で、アリスの言う通り『一番多く見つかる』物なのだろう。

 そうやって、しばらく棚を眺めていると。


「……ほう? 珍しい物があるな」


 呟き、アリスは何かを手に取った。それは薄手の鎖帷子チェインメイルだった。


「鎖帷子ですか」

「あぁ、恐らくミスリル金属製だな。鉄より遥かに軽いが、ずっと頑丈な代物だ」


 ミスリル金属。稀に迷宮で発見される、魔力を帯びた特殊な金属の一種だ。

 性質はアリスが語ったように、軽量かつ極めて壊れにくい事。

 その強度のため加工は極めて困難であり、故にミスリル金属の防具は比較的に貴重だ。

 ──尚、これは全くの余談であるが。

 発見された当初は、この銀に似た鉱物を学者は『ミスリウム』と名付けた。

 ファンタジー系の創作物で有名な『ミスリル銀』になぞらえた命名だ。

 が、後に迷宮国家、《汎人類帝国》で同じ金属が『ミスリル』と呼ばれていると発覚。

 結局、呼び名は『ミスリル金属』で定着した、という話がある。

 ちなみに値段は六百万円。アンコモン等級の《遺物》としてはなかなか高額だ。


「うん、少年の体格にもピッタリだし、鎧としての性能も折り紙付きだ。

 さぁさぁ、ちょっと着心地を確かめてみると良い」

「着てもいいんですか?」

「服屋でも試着ぐらいはするだろう? ほら、遠慮することは無いぞ」


 六百万もする服を試着するとか、多分普通はあり得ないシチュエーションだろう。

 渡された鎖帷子を、マヒロは若干躊躇いつつも服の上から被ってみた。


「……おぉ」


 軽い。普通の鎖帷子は結構な重量だが、これは重さをほぼ感じさせない。

 身体の動きも阻害しないし、本当に驚きだ。


「割と珍しいし、便利だからな。売りに出されればすぐ買い手がつく代物だ。

 なかなか運が良いじゃないか、少年」

「いつもこうだったら良いんですけどね」

「君の不運がなければ、私と出会う機会に恵まれなかったかもしれない。

 ならば、総合的に見て君は幸運なんだろうさ」


 微妙に恥ずかしくなる事を口にしながら、アリスはまた別の物を棚から取り出す。

 今度は武器や防具ではなく、一揃えのブーツだった。


「それは?」

「《早足の靴》と呼ばれる《遺物》だな。これはなかなか便利だぞ」


 鎖帷子と同じく試着してみたまえと勧められ、マヒロは素直に従った。

 履いていた靴を脱ぎ、ブーツに足を入れる。幸い、足のサイズはほぼ同じだった。

 両方履き替え、それから足を動かすと。


「……軽い?」

「走力、及び跳躍力を強化してくれるブーツだ。

 マヒロ少年の技能的に、機動力は強化しておいて損はないだろう」


 確かに、マヒロの役割は積極的に前に立つ戦士ではない。

 斥候役としても、機動力が向上するのは実にありがたい話だ。

 ちなみに、お値段を確認したらこちらは五百万円。

 先ほどの鎖帷子と合わせて千百万円だ。


「……ところでアリスさん、これって消費税は?」

「安心したまえ、価格表示は全て税込みだ」


 アリスの言葉に、マヒロはほっと胸を撫で下ろした。

 物が高額になると、消費税十%はかなり洒落にならない。

 まだあぶく銭は大量にあるが、最低限の金銭感覚は保っておきたかった。


「防具はヨシ、便利な靴もあった。後は最低限、武器を見繕えば良いな」

「三つだけで良いんですかね」

「一人が装備する《遺物》の適正な数は、三つから五つだ。

 欲張ってそれ以上装備すると、負荷が大きい」

「負荷?」


 それは初めて聞く話だった。棚の上を見ながら、アリスは言葉を続ける。


「《遺物》は魔力で動く。君も知っての通り、魔力は人体に影響を及ぼす。

 多くの《遺物》を身につければ、それだけ大量の魔力に長時間晒される事になる。

 迷宮に長く潜った熟練の冒険者でも、過剰な魔力の負荷は非常に危険だ」

「……なるほど」

「あと、単純に強い魔力は魔物を誘引しやすい。

 魔物だけでなく、《遺物》狙いのタチの悪い同業者に襲われる可能性もゼロではないしな」

「やっぱり、そういう人もいるんですか」

「いるぞ? 私だって何度襲撃を食らったか覚えてないぐらいだ」


 まぁ全て返り討ちにしたが、とアリスは笑った。

 最強の冒険者相手に強盗を働こうとした愚か者に、マヒロは少しだけ同情した。


「私の革袋とか、便利系だが魔力の弱い《遺物》なら五つ以上持つ場合もあるが。

 マヒロ少年はビギナーだし、とりあえずは三つまでで……お?」


 不意にアリスが足を止めた。目の前にあるのは、棚に置かれた一本の剣。

 一振りの長剣。最初に見たのと、デザイン的には大きな差はない。

 飾り気の少ない柄には、一つだけ真っ赤な宝石のようなものが象嵌されているぐらいだ。

 アリスはその剣を手に取ると、刀身をじっくりと検めた。


「これはまた、まぁまぁ珍しい代物が置いてあるな」

「さっき見た剣と、同じように見えますけど」

「うん、概ね同じだ。切れ味は鋭く、頑丈で持ち手の技量を補正する。

 ただコレは、もう一つ別の魔法が刻まれている」


 言いながら、アリスは剣を掲げる。刃の部分が、マヒロにも良く見えるように。


「……何か、文字が刻まれてる……?」

「以前に同じ物を見たことがあるから、恐らく間違いない。

 これはな、竜殺しの剣ドラゴンスレイヤーだ」

「竜殺し……!?」


 驚愕のあまり、素っ頓狂な声が出てしまった。

 竜、ドラゴン。きっと知らない者などいない、伝説上の怪物。

 現代社会ではおとぎ話の生き物だが、《アンダー》の迷宮に竜は実在する。

 翼を持った巨大な四足歩行の爬虫類で、高い知性と凶暴性を兼ね備えた怪物。

 人々が知る幻想通りの化け物。彼らこそ、真の迷宮の支配者と呼ぶ者さえいるほどだ。

 歳経た竜なら魔法さえ操るため、迷宮最強の魔物とも言われている。

 そんな恐るべき竜を殺す剣、なんてものがこんな場所に置かれてるとは……。


「まぁ、そう大それた物ではないぞ。

 基本的には、アンコモン等級で良くある魔法の剣と変わらない。

 ただ竜を相手に使った時のみ、切れ味などの殺傷能力が飛躍的に高まる」

「凄い剣じゃないですか」

「うん、竜を相手にした時の力は素晴らしい。

 だが少年よ、そもそも竜なんてのはそう頻繁に遭遇する相手か?」

「…………あ」


 指摘されて、気がつく。竜は《アンダー》の迷宮世界においても伝説の怪物だ。

 飛竜などの、いわゆる『亜竜』、『ドラゴンモドキ』は遭遇した冒険者も多いだろう。

 しかし本当の竜──真竜と出会った者となると、途端に少なくなる。

 そもそも、出くわして生きて帰った者が少ないという意味合いもあるが。

 兎も角、多くの危険が潜む迷宮でも、本物の竜に出会う機会は極めて稀なことだ。


「等級としては、一応レアに当たるはずだがね。

 しかし竜なんていう、下手すれば死ぬまで遭遇しないような魔物に特化した魔剣だ。

 それ以外はアンコモン等級の剣と大差ないのであれば……」

「……あんまり人気無さそうですね」

「うむ、珍しい武器であることは間違いないがな。

 ほら見ろ、レア等級の《遺物》としてはお値段も大分リーズナブルだぞ?」

「それでも二千万円って書いてある……」


 マヒロのあぶく銭も、大分吹き飛ぶ良い価格だった。

 とはいえ、買えないほどではない。

 しかし、単純に武器の性能として考えるならアンコモンの魔法の剣でも十分ではある。

 役に立つかどうかも分からない、竜殺しの魔法を帯びた剣。

 通常の魔法の剣と比較して五倍以上の値がついたそれを、アリスはマヒロに差し出した。


「私はオススメだぞ、少年。この剣は買っておいた方が良い」

「……もしかして、これから行く先にドラゴンが出るとか……?」

「いいや、そういうワケではないな」


 出くわす可能性がゼロというわけでもないが、と付け加えて。


「確かに、竜なんて怪物と遭遇する可能性は普通はほとんど無い。

 だからこそ、稀少な割にこの竜殺しの剣はあまり人気ではないな。

 第一、ちょっと竜に効果的な剣を持っていたところで、竜は容易い相手ではない。

 剣を振り回して挑むぐらいなら、さっさと逃げた方がまだ助かる可能性が高いだろう」

「なら……」

「先ず第一に、君の天運だといつ竜に出会ってもおかしくはない気がしてな。

 普通の人間の確率では考えない方が良いと考えるが、君はどう思う?」

「…………そう言われると、全く自信が無いですね」


 なにせ、偶然踏んだ転送罠で迷宮の最深層に飛ばされたばかりだ。

 それに比べて、うっかり竜と遭遇する確率というのは、どれほどになるだろうか。

 割と洒落にならない未来予想図を浮かべるマヒロに、アリスは楽しげに喉を鳴らす。


「今の君はまだ、竜相手にまともに挑むべきではない。

 しかしこの剣を持っていれば、お守り代わりぐらいにはなるかもしれんだろう?」

「確かに、そうですね。無いよりはマシって感じですけど」

「それは仕方ない。あともう一つ。私としては、こちらの理由の方が本命だが」


 万一のための備えよりも、重要な理由。

 想像もつかずに緩く首を傾げるマヒロに、アリスは満面の笑みで。


「私の仲間になるのだろう? だったら、竜を殺せるぐらいの男になって貰わねば」

「……努力します、全力で」

「うん、今の段階では及第点の答えだな。励んでくれたまえよ、少年」


 笑顔で頭を撫でられると、何とも気恥ずかしい。

 照れるマヒロに対し、アリスは遠慮なく髪をわしゃわしゃとかき混ぜた。


「では支払いを済ませたら、準備を整えて迷宮に入るとしようか」

「分かりました。……ところで、今日はどこに潜るんですか?

 確かさっき、最近発見された未探索領域って言ってましたけど……」

「あぁ、そうだ。場所は迷宮深度『六』、見つかって間もないためほぼ未探索。

 何組かの冒険者が先行調査に赴いたそうだが、結果は芳しくないな」


 つまり、それだけ危険な迷宮ダンジョンという事だ。

 迷宮深度『六』。公式の最高深度が『七』であり、場所も極めて深い。

 本当に竜と遭遇しても、何もおかしくない深度だ。

 しかし続くアリスの言葉は、竜よりも遥かに重要なものだった。


「そしてこれは確定ではなく、あくまで噂程度だが……もしかしたら、あるかもしれない」

「あるかもしないって、何がですか?」

「勿論、《レガリア》だよ。

 今から向かう未探索領域には、《レガリア》がある可能性がある。

 故に魔物だけでなく、迷宮の王たる証を狙う強者と出くわすかもしれない。

 きっと素晴らしい冒険になるだろう。君も覚悟したまえよ、少年」

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