第9話
ヤバいな。
どれくらい戦い続けているのかが完全に分からなくなった。
戦い続けている内に、俺の体内時計は完全に狂ってしまっている。
何日か、何週間か、何ヶ月か、もしかすると1年は戦い続けてんじゃね?───と、思ってしまう。
長い戦闘続きで、集中力も相当削れてしまっている。
「坊ちゃんの腕ゲットー」
だから、今の俺は側から見れば隙だらけだろう。
現に俺は、腕を一本持っていかれていた。
痛みなど、とっくのとうに麻痺している。
高位悪魔は、もぎ取った俺の腕を喰らう。
「おぉー、力が溢れ出る! ガハハハハハ」
俺の体を一部を喰らった高位悪魔の魔力が急激に上昇している。
あの喰らった腕は、俺の魔力がこもっている。それを喰えば、確かにパワーアップするのは目に見えている。
「あ…れ………体が急にふく…ら…ん……で」
だが、俺の腕を喰ったのを良いものの、腕に宿っている魔力が莫大すぎて逆に、制御しきれず、喰った当事者の体を蝕んでいる。
莫大な魔力に耐えきれなくなった肉体は膨張を始め───
「し…ぬ…」
───高位悪魔はそう言い残し、上半身が爆発した。
残っているのは下半身のみで、再生する兆しもない。
俺はとにかく残っている下半身を魔法で再生した手で持ち、遠くにスタンバイしている他の高位悪魔にぶん投げる。
下半身のみの高位悪魔を受け取った、他の高位悪魔は転移して、
塔に戻れば、下半身だけとなったアイツも、仲間の高位悪魔から回復魔法や蘇生魔法、世界樹の雫かなんかで、ちゃんと復活させてもらえるだろう。
「おや、ここに残っているのは私1人となりましたか」
そう言って、最後まで残った高位悪魔は案の定、イブリースだった。
「それにしても坊ちゃんはしぶといですね」
厄介なのは、イブリースの持つ魔剣だ。
「坊ちゃん、避けてばかりではいけませんよ」
「うるせぇよ! なんなんだよ、マジでその魔剣」
「フフフフ、この魔剣は神殺しを成し遂げた業物です。いくら坊ちゃんの肉体が頑丈だろうと、防ぐことはできませんよ」
「知ってるよ!」
モロに直撃したわけではないが、俺の体の至る所に擦り傷がある。
普段はほっといても勝手に傷が治る俺の体が、全然回復してくれない。あの魔剣には回復を阻害する働きもあるんだろう。
あんなのマトモに喰らえば、マジで致命傷になって死んでしまうかもしれん。
俺は何とかイブリースの剣を捌き、隙あらば俺もカウンターをする。
「坊ちゃん、そろそろ降参して、大人しく魔王になってください」
「嫌だね」
俺は会話によって出来た隙を見逃さず、イブリースの腹に思いっきりブン殴る。
だが、イブリースはわざと隙をつくっていた。
イブリースは相打ち覚悟で、剣で俺の体を貫く。
「グフゥ────ッ!」
口から血が噴き出る。
刺さった場所が悪かった。
そう、イブリースの持つ剣は、俺の心臓を確実に貫いていた。
「まずいぞ……意識……が………」
俺は意識が朦朧とする中、剣を持っている方のイブリースの手首を手刀で切断して、転移でその場を離れる。
「……はぁ……」
宇宙空間に空気なんてあるはずがないのに、無意識に俺の体が酸素を求めている。
剣の柄を握って、引き抜こうとするが、力が入らない。
魔剣の回復を阻害する効果のせいで、回復魔法を施そうにも意味がない。
マジで、まずい。
ガチで死んでしまう。
俺はまだ、全然異世界楽しめてないというのに。
というか、常にバカ共のトラブルが絶えないせいで、異世界を楽しむ時間がつくれないのだ。
…
……
………
…………
……………よく考えると、今まで俺はマジで社畜みたいに
あ、マジでイライラしてきたな。
俺は怒りのままに、剣を胸から引っこ抜く。
そこで俺は、今の状態に違和感を覚える。
俺がそんな違和感を覚えていると、視界中に転移してきたイブリースを捉える。
俺の場所を特定し、転移してきたイブリースは俺に追撃をかけるべく迫ってくるのだが───
「遅くね?」
───イブリースの動きがあまりにも遅い。
そしてイブリースは俺に迫ってきていたのに、驚いた様子を見せて急停止する。
「坊ちゃん、その姿は?」
「ん?」
俺は首を回して自分の姿を見ると、なんか知らない翼がある。
手を後ろに回して、翼の出所を探ってみると、どうやら俺の背中から生えているらしい。
それに、黒いオーラのようなものが体に纏っている。
よく分からないが、この黒いオーラは俺の魔力らしい。
黒いオーラは俺の体全体を包み込み、視界が黒色に染まるのと同時に、自分が新たな存在へと生まれ変わるかのような感覚を感じる。
不思議な体験なのだが、昔に同じような体験をしたことを思い出す。
初めて魔法を扱った時も、これと似たような感覚に陥っている。
今までの自分より、さらに上の自分へと変化していく。
俺が変化し終えたと悟った瞬間に、脳に溢れ出てくる全能感が体全体に染み渡る。
「イブリース、まだ続けるか?」
俺はイブリースに問いかける。
いつの間にか“破滅の剣“ティルヴィングを回収して構えていたイブリースだが、今の自分なら“破滅の剣“ティルヴィングですら、脅威と感じ得ない。
「いえ、やめておきましょう。今の坊ちゃんと戦っても勝てるビジョンが思い浮かべられないですしね」
イブリースも俺の変化に勘付いたのか、これ以上は戦うのやめるそうだ。
「そうか。なら早く帰って風呂にでも入ろう」
「承知しました」
そこにはいつもの風景が戻る。
今さっきまで殺し合いをしていた者同士の会話に思えないだろうが、これが悪魔というものなのである。
「おっと」
転移で地上に戻ったら、突然体が重くなって体制を崩してしまう。
「そういえば、地上には重力があるんだったな」
長い時間を宇宙空間で過ごしたため、重力の存在を忘れていた。
あと、自分が思っている以上に疲労していたのか、体だけでなく、瞼も重い。
「坊ちゃん、起きていますか?」
「…………」
「おやおや、相当お疲れだったのですね」
体から力が抜けていき、瞼が重くて持ち上がらず、イブリースに返事すら返せない。
普通に考えれば、初めての宇宙戦闘。
元一般市民の俺が、長い時間を飲まず食わずで戦い続けたのだ。
しかも呼吸すら忘れるほどまでに。
「坊………おつ…………私が………」
疲れに負けて、いつの間にか意識がなくなり、その場で眠ってしまった。
意識が落ちる寸前にイブリースが何か言ってたようだが、今の俺に聞き取ることなど出来なかった。
◇◆◇◆
意識が覚める。
目を開けると、目の前にはニコニコの笑顔のイブリースの顔があった。
「気色が悪い」
寝起きの頭で自制することなど出来ず、思わず思っていることを口に出してしまった。
「酷い事をおっしゃいますね。ですが、今日だけは許して上げすよ…坊ちゃん…………いえ、主様」
「主?」
俺はよく分からないまま、イブリースに返事を返す。
「いや〜坊ちゃん………いや、主か。主も久しぶりだね、実に2年ぶりの顔合わせだ」
そこには宇宙のどっかに飛んで行ったグヒンがいた。
グヒンでも久しぶりに見る顔馴染みは、俺の心を温かく…す……る?
…………いや、ちょっと待て。
「2年?」
「そう2年」
「2日や2週間、2ヶ月でもなく2年?」
「そう2年」
俺はあまりにも信じれられない情報に頭が困惑する。
「グヒン、とうとう頭がおかしくなったのか?…いや、お前は元からおかしかったな」
「酷いよ〜」
「いや、それより本当に2年なの? グヒンの頭がさらにおかしくなったわけでなく?」
「本当ですよ、主様」
グヒンだけでは信じれられなかったが、イブリースも2年だと言う。
「まじか…」
俺ってマジで、本格的に人間辞めていってるな。
2年も呼吸なし、水なし、食事なしで戦い続けれる人間なんて、大賢者の親父くらいしか思い浮かばない。
俺は自分のことをまだ人間に近しい存在だと思いたいのに、自信がどんどんなくなっていく。
「主様、上位存在の中でも最上位に位置する者同士の戦闘など、年単位の戦闘時間は普通です。かつて私も神々と大戦をした時に、10年ほど戦い続けたこともありますから」
イブリースがまた訳の分からないことを言い出す。
何だよ、神々との大戦って。
何だよ、10年って。
イブリースの顔を見ていると、俺にもまだ人間臭さが残っていると感じてきた。
俺はまだイブリースみたいに化け物になっていないらしい。
安心した。
「コホン、そんなことよりも主様。とうとう御心を決めていただいたようで、私は感激でございます」
「心を決める?」
またイブリースが訳の分からないことを言い出した。
マジで勘弁してくれ。
「おめでとう〜、主」
グヒンにも祝われた。
祝われるようなことなど身に覚えがないのだが………そういや、あれから2年が経つから、俺は17歳になっているわけか。
「もしかして、俺の誕生日パ…………」
誕生日パーティーかと思い、周囲を見渡せば、バースデーケーキではなく、代わりに数十万の跪く魔物達。
周囲に広がるのは2年前に見た景色と一緒で、漆黒の床に、暗黒の空。
どこまでも続く果てしない天に向かって、黒色の連なる柱。
2年前と重なる景色に眩暈がする。
「ハッ!」
そして俺は気づいてしまう。
今座っている椅子は…………俺は慌てて立ち上がるが、すでに手遅れだった。
「我らが魔神を統べる偉大なる新たな神王、魔神王陛下により一層の忠義を示します」
「魔神王陛下万歳!!」
「魔神王陛下の誕生を記念に世界を破壊してやろうぜ!」
「イェェェェ!」
正直言って、もう一杯一杯で胃が痛いのだが、気になる発言が出た。
「魔神って何?」
「魔神ですか? 主様が神化なされたと同時に、我ら配下も、これを機に神化してやろうということで、神となりました」
さっきからイブリースが何を言っているのかが分からない。
え、なに。
神は、そんな簡単になれるもんなの?
ていうか、俺が抱いた違和感って、神化のことかよ。
あぁ〜、胃が痛い。
「陛下、胃薬でございます」
そう言って、メイドが世界樹の雫を渡してきたので飲んだのだが、まるで効いた感じはしない。
やはり世界樹の雫程度では気休めにもならないのだろう。
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