第3話
ガタンッという鈍い音の後、パカンッと弾けるような甲高い音が聞こえる。
「よっしゃー!」
京香は自分の転がした玉が奥にある三角状に並んだピン10本を全て倒したのを確認すると、キュッと靴の摩擦音を立ててこちらを向く。そのまま俺の方に走ると手のひらを向けた。俺もまた、彼女に手のひらを向けると二人でハイタッチを交わした。
「お前、すごいな……」
京香は今ので二連続ストライク。その前にもスペアを叩き出しており、8回の時点でスコアは140を超えている。対して俺は今までに一回もストライク、スペアを出せていない。スコアは62だ。
「帰宅部の優兄とは大違いだね」
「お前も帰宅部だろ」
「あはは、バレた」
今度は俺の番。かれこれ10回以上玉を転がしてきた。コツはもう掴んだ。
右手で持った玉を左手で添え、狙いを定める。まるでプロ選手のような綺麗なフォームで玉をレーンに転がした。
「あはは、またガーター。優兄、本当に下手くそだね」
「うるさいな。普段はリモコンを振っているだけだから、重量を考慮してないんだよ」
「体がひ弱すぎだし、ゲームが古すぎだよ」
短いやり取りをしていると、転がした玉が戻ってきた。二度目の投球を行う。
結局、それからもガーター続きで10回を終えてのスコアは80だった。
京香はその後もスペア、ストライクで着実に点を稼ぐと最終的なスコアは184となっていた。
「お前、そんなにボーリング得意だったんだな」
「まあね、みんなでよく遊びに行っているから慣れたもんだよ。優兄も知っているでしょ。私の適応力の速さを」
「確かに。俺の得意とするゲームでも、上達スピードは早かったな。それでも、一度たりとも俺に勝つことはできなかった訳だが」
「ゲームくらいは勝たせてあげたのよ。何でもかんでも私ばかり勝っちゃうと男としての威厳を無くすと思ったからね」
「ふん、勝手に言ってろ。それでこれからどうする?」
「んー、じゃあ、久しぶりにゲームセンターでも行こうか」
「了解」
ボーリングを終えた俺たちは片付けを終えると、エスカレーターを降り、一階のゲームコーナーへと足を運んだ。
「普段、友達とはゲームセンターに行くのか?」
「うん、結構行くよ。とは言っても、私は見る専門で実際にプレイするわけではないけど。ほら、私の家って遊びに行く際は、何に何円使うかを母に言ってもらう感じだからさ。こう言った金額が定まっていないものはできないんだよね」
「嘘ついて多めに貰えばいいんじゃないか?」
「流石にそんなことはできないよ。うちの家が貧乏なの知ってるでしょ。友達付き合いだからもらってるだけで、私の都合でもらうことなんてできないよ。良心に反するっていうかさ。あっ……」
会話をしているとふと京香の足が止まる。それに合わせて俺も自分の足を止めた。彼女の視線の先にはうさ耳の可愛らしいキャラクターのぬいぐるみがあった。
「気になるのか?」
「えっ……うん……友達が持っているのを見て、可愛いなって思ったんだ」
へー、なんだ。京香もちゃんと女子高生してるんだな。
「取ってやろうか?」
「え、いいの?」
「任せろって、UFOキャッチャーは俺の得意分野だ」
「……何か企んでいたりする? これで『貸し1』とか」
「違うって……昨日が何の日か思い出したからさ。その記念だ」
「ああ……そっ……」
京香は唖然としたようなさっぱりとした声をあげた。言葉を失ったのか、それ以降は特に何も言うことはなかった。だから俺はUFOキャッチャーの前に立ち、スマホで決済を行うと集中モードに入った。
まずはぬいぐるみの中央に寄せて、アームの開き具合とアームの強さを確認する。ぬいぐるみの取り方はその後思案していこう。狙いを定め、アームをうまく中央へと寄せていく。
アームはうまく中央にハマるとぬいぐるみを包み込んでいった。
「おお……」
アームの乱数調整がうまくはまったのか、それともたまたま良い位置にアームがいったからかぬいぐるみはアームにガッチリと捕まり、そのまま上へと上がっていく。横ずれの際の反動もうまく耐久し、そのまま受け口へと落とされた。
「さすが優兄! まさか一発でゲットしちゃうなんて」
京香は驚きの声をあげると俺に羨望の眼差しを向ける。奇跡とでも言えるくらい、ほとんどまぐれに近いものであるが、京香には黙っておこう。
「まあな。UFOキャッチャーなんて朝飯前だね」
「その様子だと、まぐれっぽいね」
こいつ、なんていう鋭い勘をしてやがる。それとも、俺が隠すのが下手すぎるのか。
「ほらよ。出会って10周年記念のプレゼントだ」
受け口からぬいぐるみを取り出すと京香へと渡した。全長40センチほどの巨大なぬいぐるみを京香は両手で持つ。しばらくぬいぐるみの姿に目を向けているとやがて俺の方へと顔を向けた。
「プレゼントで100円は安すぎない」
「技術料プラス3000円だ」
「何それ。安いんだか高いんだかわからないね。でも、ありがとう。すごく嬉しい」
京香はそういうと両腕でぬいぐるみを握りしめ、朗らかな笑みを浮かべた。その様子は幼い頃、誕生日プレゼントを受け取った際のものに酷似していた。
大きくなっても、京香は昔と変わらないな。彼女の笑顔に釣られるように俺も頬を緩ませる。
それからはシューティングゲームやレーシングゲームなど二人でできるゲームを楽しんだ。京香と二人でゲームをやっていると何だか幼少期の自分に戻れた気がして、とても懐かしかった。
「はー、今日は楽しかった。たまには男子と遊ぶのも悪くないね。誘ってくれてありがと」
帰り道。綺麗な夕焼けが照らす歩道を俺たちは横並びで歩いていた。
京香は袋から頭だけぬいぐるみを出し、温もりを味わうようにぬいぐるみの頭に自分の顎を乗せていた。
「それにしても、よく気づいたね。昨日が私たちが出会って10周年だったって」
「まあな……学校では滅多に会わないお前が自ら赴いて俺に聞いてきたんだ。よっぽど重要なことかと思って、考えに考えた末に思い出したんだよ」
本当は京香の声を盗み聞きして思い出したのだが、そんなことを言う訳にはいかない。場合によっては、このまま警察署に直行する羽目になるかもしれないのだから。
「ふーん。優兄って、結構良いところあるじゃん」
「俺は良いところばかりだよ。それにしても、ずっと気になってたけど、学校を出たら、ちゃんと『優兄』って呼んでくれるんだな」
「あー、確かに。遊ぶのが楽しくて、口馴染みのある言い方になってたっぽい。やっぱ優兄の呼び方は『優兄』が一番しっくりくるね」
京香はそう言うと俺にハニカム。楽しんでくれたみたいで何よりだ。
「ねえ、優兄……あのさ……」
家へと近づいてくると、京香は先ほどの楽しい様子とは裏腹に1トーン下げて俺に問いかける。夕陽のせいか彼女自身のせいかはわからないが、京香の顔は赤く染まっていた。
キラキラした瞳には、ほんの少し色っぽさが見られる。それは京香が成長した証であった気がした。
「何だ?」
「その……今日はありがと。すごく楽しかった。そのだから……」
「何だよ。もったいぶらずに言ったらどうだ」
「んー……やっぱ何でもない。今日は本当に楽しかったよ。また学校で!」
そう言うと駆け足で自分の家へと駆けていった。
一体何を言おうとしたのだろうか。気になるものの京香は自分の家の門戸を開けると家へとすぐに入ってしまったため確認することはできなかった。
まあ、また『言葉抽出装置』で京香の言葉を聞けば良いか。
何も使い所がないと思っていた装置だが、思わぬところで良い使い所ができた。
幼馴染の誰にも言えない要望を盗み聞きして、俺が叶えていってやろう。
ホッと息を漏らすと、俺もまた自分の家へと入っていった。
【短編】言葉抽出装置 結城 刹那 @Saikyo-braster7
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