第8話 光

 それはTさんが小学校中学年ぐらいの頃の話だ。


 Tさんの小学校は自宅から10分程度の距離にある。その家と学校の中間地点のあたりで友達と合流してから学校に向かうのだが、その集合場所をTさんは『いつもの場所』と呼んでいた。友達と外で遊ぶ約束事などあれば、みんな何も言わなくても、示し合わせたようにそこに集まるのだった。




 ある日の朝、Tさんはめずらしく寝坊してしまった。


 その日は親が朝から仕事でいなかった。そういう日に限ってよく眠れるもので、起きた時には家を出なければ学校に間に合わない時間だった。


 Tさんは家を飛び出したが、それはあと数分で学校の始業ベルが鳴る頃合いだった。


 さすがにもうみんな登校した後だろうな、と小走りに学校に向かうのだが、思った通り『約束の場所』には誰の姿もなかった。


 いつもなら友人たちが集まっているはずの場所に、誰もいない。その事実は余計にTさんを焦らせた。


 その時だった。——頭上から光が射してきたのは。


 それは目が眩んで瞼が開けていられない程の強い光だった。視界の全てを覆う程大きく、強く、熱い。まるで太陽が目の前に落ちてきたのではないかと疑うほどの眩さ。


 全身でその光線を受けているのが感じられる。


 熱い、と感じたのは最初だけで、あとはぬるく肌を撫でるような温かさに変わった。体を温めるようなぽかぽかとした熱。


 ——それが、たしか十数秒ほど続いた。


 やがて、身体中に感じていた熱がすっと引いていく。


 目を開けてあたりを見渡したが、いつもの通学路しか目に入るものはなかった。この日は空も曇で覆われており、太陽が照っているわけでもなかった。


 Tさんはなにが起きたのか理解できず、しばらく呆然とした。




「おはよう」と、背後から声が掛かる。


 友人の声だ。いつも登下校を共にする男の子。


 先ほどまでの不可思議な現象に目覚め切っていないTさんは、ぼんやりと彼も遅刻していたのか、と思った。


 それから急に頭が冴えて、そうだ、遅刻してるのだから急がねばと気が焦る。


「こうしちゃいられない、早く急がなきゃ」


 Tさんは振り返って友人を急かした。しかし彼はキョトンとした顔で首を傾げた。


「なんで? まだ30分もあるのに」


 問い返されると思っていなかった。


「……なにが?」


 友人の方も戸惑うように、まじまじとTさんの顔を覗き込む。


、あと30分あるよ」




 確かにその日、Tさんは遅刻していたはずだった。いつもよりも20分遅く出て、間に合わないことは確実だった。


 しかし、その後もぞろぞろと、いつも連れ立って登校する友人たちが『約束の場所』に集まってきた。そして学校に向かった。そして学校に間に合って、誰にも咎められず授業が始まったのだった。


 Tさんは釈然としないまま、しかし確かな異常を感じていた。


 たぶん、時間が巻き戻ったのだ。




「幽霊っていうよりUFOにさらわれた、みたいな話ですけど」とTさんは笑う。


「確かにあの日、寝坊して走って出掛けたのに、あの光を見てからおかしくなったんです」


 私だけが巻き戻った。遅刻なんてなかったかのように誰も気にしていない。


 いつもどおりの日常。——だけど、どこかおかしい。


 光を受けた途端、数十分前の『いつもの場所』に戻った、なんて、なんだかSFチックで信じられないですけど。


 今でもあの光の正体がなんなのかはわからない、という。

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