元鞘
「ブライアン。お前、全部知っていたんだな」
誰も聞いていないバルコニーに移り、ほかに人の気配が無いことを確認してから遠慮せず名前呼びで真相を質した。
「他国の平民が王宮で女官を務めるなど、何かの伝手が無ければありえない話。だが、母后が隣国リゼルの王女であった君が絡んでいるとすれば合点がいく。違うか?」
「その通りです」
「何故だ?」
「ギブソン家の婿に先輩を推薦したのは私なんです」
陛下は学生時代から私のことを高く評価してくれて、いずれ自身が王になれば側近にと思っていたようで、私の学園卒業前に身分不相応とも言うべきポストを用意してくれていたのだが、私はそのお心遣いをありがたいと思いつつ、実力でのし上がろうと私は就職先に王宮の下級役人を選んだ。
学園で王族の世話役をしたわけで、エリートコースを歩める権利を持ってはいたが、個人的には彼の知遇を得られただけでも十分と思っていたからだ。
だが陛下はどうしても側に置きたいとお考えになり、継ぐものがない子爵家の次男坊という身分がネックならばと目を付けたのがギブソン侯爵家への婿入りだったのだ。
「幸いルチアさんと先輩は幼馴染で気心も知れていたから、どうかなって彼女に話をしたんだ。もちろんマリーのことも含めてね」
「なんであのとき言わなかったんだよ」
「それは私の見通しが甘かったと言わざるを得ません。第二夫人の話なんて受けるはずがないのは、先輩の性格を考えれば分かったのにね……」
つまり当時のブライアン王子は、私を側近として登用しやすいようにと婿入りの話をする見返りに、彼の後ろ盾をルチアに確約し、侯爵家の家督相続の混乱を収めようとした。ルチアがマリーを第二夫人にとを言っていたのはそういう背景があったんだな……
「理由を聞きもしないで早まったということか……」
「先輩が悪いわけではありません。あのころのギブソン家を考えれば、先輩がそう判断したのも納得できますから」
私がマリーを迎え入れることによるリスクを考え別れてしまったことで、陛下は彼女の身の振り方を考えることになった。形の上では綺麗に別れたことにはなっているが、私の弱みを握らんとする者が彼女の存在を知り、邪な考えを持って接触しないとも限らないと、その身の安全を最優先に母后の祖国であるリゼルの王宮に推挙したんだそうだ。
「まさか隣国の王宮で勤めていたとは思いもしなかったが、マリーから話しを聞いて、貴方が1枚噛んでいればあり得るなとは思った」
「さすがに隣国の王宮勤め、しかも王女付きとなれば軽々に手は出せないでしょう」
「やはり……ルチアが言っていたある方というのは」
「私です。二人には迷惑をかけました」
そう言うとブライアンは深々と頭を下げる。
「陛下、臣下に頭を下げてはなりません」
「しかし……」
「王国の重鎮である侯爵家の内紛が政情に影響を及ぼさぬように、つまり陛下はこの国のためにとお考えになられたのだ。何も恥じることはございません。それに……こうなった責任は私にもある」
「陛下、エド様、いいんですよ。遠回りはしましたが、皆様のおかげでこうやってまた巡り会えたのですから」
「マリー、すまない……先輩、俺がこんなこと言うのは違うかもしれない。私もルチアさんも返しきれないくらいの恩があるのに、また頼み事かよと思うかもしれない。でも、マリーを、先輩のことを想い続けた彼女を妻にしてやってくれないか。国王としてではなく、彼女の友人として……お願いします」
陛下は私が、王が頭を下げるんじゃないと言ったせいか、マリーの友人として頭を下げてくる。
「ああ、頼まれなくてもそのつもりだ。ここに連れてきた時点でそれは決めていたことだ」
そう呟くと、私はマリーに向かって跪き、指輪の入った小箱を開いて差し出す。
「マリー、今更だけど、私の妻になってくれるだろうか。これは今日のために用意してきた」
「エド様……本当にいいんですか……」
「ああ、随分と回り道になってしまった。私の思い込みで辛い思いもさせてしまった。君さえよければ、今まで会えなかった分まで君と共にいたい」
「どうしてもですか?」
「どうしてもです」
「はい……私も……エド様のお側にいたいです……」
そんな二人の光景をウンウン頷きながら、ブライアンがおもむろに声をかける。
「おめでとう。二人の結婚、余が証人となろう。末永く幸せにな」
「おい、何いきなり国王の威厳出してんだよ」
「雰囲気ですよ雰囲気」
その後、日を改めて二人の婚約が発表された。
国の安寧に尽力した功臣と、一度は離れ離れになってもなお、彼のことを想い、再び巡り会って添い遂げることとなった女性の物語は、美談として後世まで語り継がれることとなる。
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