リスタート

「旦那様、お呼びでしょうか」

「ああマリー、そこにかけてくれ」


 ロシターに呼びだされたマリーをソファーに座らせ、王城で開かれるパーティーの話を切り出した。


「3ヶ月後ですね。準備は万端に整えておきます」

「私のことはいいので、自分の準備をして欲しい。君を一緒に連れて行くから」

「私で……ございますか?」

「何を今更驚く。ブライアンだって君の知己なのだから、臆することはないだろう」


 マリーは、そうは言っても平民の自分がパートナーでは何を言われるか分かりませんと断りたいようであるが、今更退くわけにもいかん。


「そうか……ならば私一人で出るしかないか。困ったね……ご婦人やらお嬢様がわんさか押し寄せてきてしまうな」


 年はいってるけど金は持ってるからなあ、金目当ての女性が一杯来ちゃうなあ、困ったなあとわざとらしくとぼけてみせると、マリーはそういう言い方はズルいですと目で訴えてくる。


「仕方ないだろ。私はこう見えても女性にはモテるらしいからな」

「でしょうね。私も学生時代に、女子生徒から随分と妬まれていましたので」


 付き合っていた当時、マリーは私との仲を当てこするような発言を多く受けていたようである。


「旦那様は跡継ぎの男子がいないお家の、婿入り候補として人気でしたから」


 否定はしない。実家の方にもそういうお声掛かりはいくつもあったんだが、父が本人に任せていると取り合わなかったので、自由にさせてもらっていた。さすがに大恩あるギブソン侯爵家の申し入れは受けざるを得なかったが。


「ルチア様からお世話をお願いするのは受けましたが、今になってまたあのような当てこすりを受けるのも嫌なので、旦那様がどうしてもと仰るなら考えます」

「ルチアにも頼まれたんだろ」

「ええ。一人寂しく老後をお過ごしになる旦那様の茶飲み友達にってね」


 マリーがちょっと怒ってるな。ルチアが言っていた話とちょっと違うぞ。


「どうしても」

「……??」

「さっき、私が『どうしても』と言えば考えてくれると言ったではないか」

「もう……そういう意味ではありません!」


 知ってた。ちょっとからかっただけだよ。


「冗談だ。先ほどパートナーに君を連れて行くと言ったのは、ちゃんと覚悟を決めての言葉だ。私は君に付いてきて欲しい。一緒に参加してくれるか」

「本当によろしいんですね?」

「ああ、君以外には考えられない。きてくれるか」

「はい! 喜んで」


 私が差し出した手を彼女が取ると、二人同時に顔が上がり、自然と目が合ってしまった。


「今更ながらなんだか恥ずかしいな」

「ふふ、そうですね」

「お話はまとまりましたかな」


 二人で見つめ合っていたら、どこからともなくロシターが現われた。気配消すの上手すぎるだろ。


「さて、こうなれば準備をしなくてはいけませんな。マリー嬢に相応しいドレスを急ぎ仕立て上げましょう」


 彼女はいい年してマリー嬢なんて言われ方は恥ずかしいと顔を赤らめるが、独身女性なんだから嬢で間違ってはいないと言うと、また先輩はからかってと頬を膨らませる。


「先輩か……なんだか懐かしいな」

「あっ……申し訳ありません。つい……」

「先輩はさすがにやめておこう。今日からはエドと呼ぶように」

「エ、エド……様」

「少しずつ慣れればいい。ロシター、準備は任せるぞ」

「御意」


 ロシターが年甲斐も無く、腕まくりして張り切っている。そこまで入れ込むほどのことではあるまいと申したが、これは侯爵家の威信と使用人達のプライドを賭けて臨まねばなりませんと聞きやしない。




「まったく……何をあんなに張り切っておるのか」

「旦那様が慕われているという現れでございます。この邸に来てからというもの、旦那様がこれまでいかにしてお過ごしになられていたか、多くの方に聞かされました。皆には今までの分も、これからは安らかにお過ごしいただきたい。そのためにも旦那様のことをよろしくと何度も言われました」

「そう、そのことだが……その、なんだ……マリーは結婚を考えるような男はいなかったのか?」

「既にお聞きでしょうが、職場で色々と頼りにされていたので、考えることもありませんでした」


 彼女は学園を卒業後、隣国リゼル王国に渡り、王宮で侍女を務めていたという。


「王女様付きの侍女を務めておりました。王女様には非常に良くして頂いて、まあその分、仕事も色々と任されましたけど」


 あっけらかんと話してはいるが、王女付きの侍女に平民、それも他国から来た者を採用するなど普通では考えられない。


(となると、ルチアの手紙にあったある方とは……いや、直に本人に会うのだ。マリーに聞くより、直接本人の口を割らせた方がいいな)


「どうされました?」

「いや、まさか王宮で侍女を務めていたとは予想もしていなかったから、少々驚いたよ。だが、王宮で勤めていれば、縁談の1つや2つくらい舞い込んできたのではないか? 平民の出とはいえ、王女付きの侍女である。君ならば引く手あまたであったろうに」

「旦那様のことが忘れられなくて……」


 しんみりした表情でボソボソッと呟くようにマリーは言うが、ちょっと待て、たしか結婚しなかったのは、決して私のせいではないという話であったはずだが……


「……とでも言えば泣いて喜びますか?」

「何だよそれ」

「からかったお返しです」

「こんにゃろー」


 笑っている彼女のおでこを手のひらでペシッと叩けば、マリーが笑いながら大袈裟に「ひどーい」なんて言ってくる。

 

「昔じゃれ合っていた頃もこんな感じで冗談を言い合っていたなあ」

「懐かしいですね。でも、奥様にお話を頂いたときに嬉しかったのは本当です。出来ればルチア様が快癒して、3人で笑って暮らせる日が来て欲しかった……」

「そうだな……」


 ルチアは素晴らしい妻であった。結婚生活の大半が苦難の時代だったので、夫婦らしいことはあまり出来なかったが、それでも信頼の置ける関係であったと思う。そして死してもなお、私の行動を予測し、段取りを付けていたとは……まったく恐れ入るよ。


「ならば話しは決まりだ。当日は今までにはないくらい着飾ってもらうからな」

「まさか40も過ぎてからそんな日が来るとは思いませんでした」


 関係をリスタートするのに年齢など関係ない。今日が私とマリーの新しいスタートの日である。


 3ヶ月後のパーティーが楽しみだな。

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