王都帰還

 あれから3ヶ月後、王城でのパーティー当日がやって来た。あの日の約束通り、マリーを正式なパートナーとして連れ立っている。まさかこんなに早く王都に帰ってくることになるとは思いもしなかったな。


 王宮に彼女を同伴して参加すると申し出たときにはどんな反応をするのかと思ったが、何も無く申請は「諾」と受理され、いささか拍子抜けであったが、どうせにとっては想定内だったのであろうな。


「こちらでしばしお待ちくださいませ」


 会場は爵位が下の者から順に入場を済ませており、既に多くの人で賑わっているが、私は息子であるジョン夫妻に続いてということで、参加者の中でもかなり後半の入場になるため、入口で順番を待っている。




「前ギブソン侯爵エドワード様とパートナーのマリー様のご入場です」


 私の名前が呼ばれると、一瞬会場内がざわつき、何故だか衆人の注目を集めることになってしまった。ここ1年近く都に来ることもなく、領地で隠棲していた隠居が呼ばれていたということへの驚き以上に、私が隣に女性を連れていることが原因であろう。


 妻と死別してからこのかた、再婚しない事情を多くの者は知ってはいたが、いつまで経っても独り身でいるせいで、いつしか女の影一つ見えない堅物などと言われるようになった私である。その証拠に、私の名に続いてマリーの名が呼ばれると、一同揃ってまさかあの男が女性を連れてくるなんて、天変地異の前触れかと言わんばかりの顔をしている。


 ホントにそう言っていたわけじゃ無いぞ。そう言わんばかりだという比喩だぞ。


「なんだか視線が集まってますね。緊張します」

「よほど私が女性連れなのが珍しいんだろう。自信を持て」


 最初こそ驚いてはいたが、そこは百戦錬磨の貴族達。連れてきた女性はどんなものかと品定めしているようだ。好きなだけ見ればいい。侯爵家の総力を挙げてドレスアップした彼女は、元がいいこともあって、そんじょそこらの貴族のご婦人よりも貴族然として、ケチの付けようなどありもしないのだから。




 ドレスは国一番の職人が時間ギリギリまで意匠を凝らした特注品。ホントは深紅色でど派手に出てやろうと思ったのだが、「そんな派手な色……年を考えてください」とマリーに速攻で却下され、落ち着いた濃紺色のドレスである。


「地味ではないか」

「これを付けるにはこういう色の方がいいんです」


 そう言ってマリーが取り出したのは、パールのネックレス。生前のルチアに贈られた品だそうだ。


「勝手かもしれませんが、これを付けていればルチア様も側にいてくれるような気がして……」

「そうか……」


 ネックレスの他にも小物は白系で統一したことで、上品で落ち着いた雰囲気の仕上がりになっている。身びいき? 違う、事実である。




「さて、まずは陛下にご挨拶に行こうか」


 周囲がヒソヒソと私達のことを何やら話しているが、国王への挨拶が済んでいないので、それらには目もくれず先を進む。


「陛下に会うのはいつ以来だ」

「お会いするのは学園を卒業して以来になります。なので、覚えていらっしゃるでしょうか」

「心配いらん。君を連れて行くと言って、何も言われなかったのだから、アイツも分かっているんだろう。もし忘れていたらぶん殴る」

「まあ怖いですわ」


 そして挨拶の順番待ちの末、国王陛下と王妃殿下への拝謁となる。


「お招き頂きありがとうございます。また、陛下にはご健勝のほど、お慶び申し上げます」

「エドワード、久しぶりではないか。招待を断ると思っていたのだがな」

「ご冗談を……陛下の招集に否とは言えますまい」

「はっはっは、冗談だ。しかし、お主が隠居してから話し相手がいなくて退屈だ。たまには顔を見せに来い」


 先輩後輩の間柄ではあるが、君臣の別を弁えねば群臣に示しが付かないので、衆人の目がある場ではキッチリと君主と臣下を演じ続けて30年近く。慣れたものではあるが、今日は久しぶりの再会のためかブライアンが饒舌、かつ、いつもより偉そうである。そんな冗談を言うほどヒマではなかろうとちょっとイラッとしたが、自分の挨拶に続いてマリーを紹介する。


「覚えているとも。久しいなマリー、息災であったか」

「お久しぶりでございます陛下。お陰様で息災に過ごしておりました」


 良かった、覚えていたようだ。もし覚えていなかったら、はっ倒すところであったよ。


「エドワードにはよくしてもらっているか?」

「はい。大事にして頂いております」


(やっぱりな……事前に来ることを知っていたとはいえ、マリーはつい最近まで消息が分からなかったのだぞ。なのに、彼女が私のところにいることを知っているかのような口ぶり……)


「先輩、ようやく決心したんですね」

「ちょっとお待ちください。何故陛下がそのことを……」

「まあまあ、それはまたあとで話そう。今は挨拶待ちが大勢控えているから。なっ」


 肝心の答えを聞けぬまま、挨拶が終わってしまったが、どうやらブライアンも1枚どころか、2枚も3枚も噛んでいるとしか思えない。


 あとで絶対に問い詰めてやる……






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