思い出の味(過去回想)

<引き続き過去回想>


「私に……生徒会……務まるでしょうか?」

「君は成績優秀だと聞いている。身分など関係なく優秀な者に手伝ってもらえると嬉しいし、今の生徒会には華が無いからな」

「先輩、それが目的だとさっきの公子と大差ないよ」

「華という意味では殿下にも参加してもらいますから」

「え? 僕も!」

「将来国王になったら、他人に直接奉仕することなど無くなりますから、今のうちにその心を学んでください」


 殿下はちょっと待てよと及び腰ですが、マリー嬢を守るのに事情を知る者が多い方がいいと、強引に参加させることにします。


「第一には君の身を守るためでもあるから。気兼ねしなくていいよ」

「そうそう、先輩はこういうとき強引だから。甘えちゃっていいよ」

 

 殿下の一言が余計ではあるが、マリーもそれならばよろしくお願いしますと、一緒に生徒会活動に参加することになった。




 それから間もなく生徒会に参加し始めたマリーは、最初こそ戸惑っていたが、その堅実な仕事ぶりに、私達が何かをするまでもなくその評価は高まり、すぐに皆から重宝されるようになった。


「お疲れ様でーす」

「おっ、マリーちゃん。今日もよろしくね」

「よろしくお願いします」


 そして今日も彼女が生徒会室に顔を出す。


 集まる役員達は貴賤を問わず優秀な人材が集まってはいるが、唯一足りないのが華やかさ。そんな中にある彼女は、荒野の中に奇跡的に咲いた一輪の百合。


「先輩、これ作ってきたんでお茶請けにどうぞ」


 彼女が現われると、部屋一帯がぱあっと明るくなる……のだが、彼女が自分で焼いたというパウンドケーキを私に渡してくると、部屋の中は氷点下。射殺されるのではないかというくらいの視線を一身に浴びることになる。


「エドワード先輩ばっかりズルくない? (パクッ)おー、美味しいね」


 そう言って私が手を付けるよりも早く、殿下が1切れパクッと食べてしまった。


「殿下! 毒味していないのに食べないでください」

「必要ないでしょ。マリーが心を込めて焼いてきたんだもの。毒なんか入ってないでしょ。ね?」


 殿下がマリーに同意を促すので、彼女の方を見やると、耳まで真っ赤になっている。というか、殿下が『私のために』というところだけ妙に強調するものだから、自分も顔に血が昇っているのが分かる。こんなところでからかわないで欲しいものです。


「ひどーい、先輩のために焼いてきたのに……」


 からかわれたマリーは手で顔を覆い、泣いているようだ。


「殿下、レディを泣かせるとは最低ですね」

「いやいやいや待って待って。マリー、冗談だよ、泣かないでよ~」

「……って、こっちも冗談ですよ。この程度で泣くほど弱くありませんよ」


 マリーが顔から手を払うと笑っていて、涙など一筋も見えない。何となくそんな気はしたが、嘘泣きでしたね。


「あっ! 騙したな!」

「殿下、一本取られましたな」

「うふふ、ゴメンナサイ。皆さんの分も用意したので、遠慮せずお召し上がりください」


 マリーはそう言って、みんなにもケーキを振る舞うと、私にも一切れ差し出してくる。


「お口に合うといいんですが……」


 遠慮がちにそう口にする彼女であるが、ケーキからは香料を使っているのか甘い香りがする。


「(モグモグ)……十分すぎるくらい美味しいよ」

「ホントですか!」


 有名パティシエの味、とまでは言い過ぎかも知れないが、自作であれば十分に胸を張れる出来映えである。


「また作ってきてくれるかい?」

「先輩がお望みならいくらでも作ってきますよ」

「エドワード先輩、そういうのは人のいないところでやってください。見てるこっちが恥ずかしくなります」


 他愛もない会話であるのに、周囲の視線が痛い。


「マリーちゃん、エドワードはこう見えて女子受けがいいから、しっかり見張っておきな」

「もちろんです」


 生徒会の仲間が余計なことを言い出す。


「先輩、マリーちゃんはどこをどう見ても可愛いと男子の間で評判なんで、奪われないように気をつけてくださいよ」

「な! 何を言われるのですか殿下」


 それに乗っかるように殿下まで私達を茶化し出す。


 子爵の息子と平民の娘。身分違いの恋などと言う者もいないわけではなかったが、からかってきたり、なんだかんだ言ってはきたが、殿下や生徒会のみんなが私達のことを暖かく見守ってくれていたこともあって、こんな毎日を経て、二人が恋仲になるのにそう時間はかからなかった。



 ◆



 ……なんて過去のことを思い出しながら、久しぶりにあのパウンドケーキを口に運ぶ。


「(モグモグ)……あの時と変わらないな」


 侯爵となってから、旨いものはたらふく食べてきたつもりだが、やはりこの味は忘れ難い。


 有名店のケーキと比べれば、100人中99人はそっちの方が美味いと言うかもしれないが、残る1人、私はこのパウンドケーキが好きだ。それだけ思い出の詰まった味なのだ。


「旦那様……美味しくなかったですか……」

「そんなことはない。あの時と変わらず美味しいよ」

「では、何故泣いていらっしゃるのですか?」


 泣いている? 私が?


 ああ本当だ。この頬を伝うものは涙か……

 いかんな……年を取ると涙腺が弱くなると言うが、身をもって体験するとは思わなんだ。


「格好悪いところを見せてしまったな。昔のことを思い出しながら食べていたら、感傷的になっただけだよ」

「良かった……美味しくないのかと思いました」

「いい年した大人が、食べ物が不味いからって泣くことは無いだろう」


 オロオロしていたマリーであったが、私に笑みが戻ると安心したかのように、それもそうですねと笑い返してくる。


「相変わらず美味しかった。また作ってきてくれるかい?」

「旦那様がお望みならいくらでも作ってきますよ」


 先輩が旦那様に変わってはいるが、あのときと変わらぬやりとり。思い出として記憶の底に封じていたが、忘れることなど出来るはずもないさ……

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