出会い(過去回想)

「旦那様、お茶をお持ちいたしました」

「ああ、そこに置いておいてくれ」

「かしこまりました」


 あれからマリーは私付きの侍女として、甲斐甲斐しく世話をするようになった。


 ……とは言っても、元々私は貧乏子爵家の育ちなので、使用人の仕事を奪わない程度に、自分のことは自分でやるというスタンスを侯爵になっても変えなかったため、大して世話を焼かれることもないのだが。


「お茶菓子もこちらに置いておきます」

「ああ。片付けるときにまた呼ぶから、終わったら下がって構わないよ」


 そこはマリーもよく承知しており、不必要なことはしない。普通の侍女ならば私がお茶を飲む準備が整ってから、器に注ぎ始めるのだろうが、自分のタイミングで私が自らやることが分かっている彼女は、言葉に従い、何も疑うことなくテーブルにティーセットを用意すると、部屋を出ようとする。


 その彼女の動きを目で追っていると、テーブルに置かれたお茶菓子が視界に入った。


「そのお菓子は……」


 私の微かな呟きに反応したマリーが足を止め、覚えておいででしたかと話しかけてくる。


「エド……旦那様が、昔よく美味しいと言ってくださっていたパウンドケーキです」

 

 覚えているとも……懐かしいな……



 ◆



<エドワード16歳の頃>


「いい加減にしてください! いくらお貴族様だからって、言っていいことと悪いことがあります!」

「なんだと! ちょっと顔がいいくらいで調子に乗りおって!」


 マリーとの出会いは学生の頃、学園の廊下でとある男子が彼女に絡んでいたので、生徒会の役員であった私が事を収めるため仲裁に入ったのがきっかけであった。


「公子殿、これは一体何の騒ぎです」 

「この女、平民の分際で私に暴言を吐きおった」

「いくらお貴族様だからって、いきなり妾にしてやるとか失礼なのはそちらではありませんか!」


(そういうことね……)

 

 男の方は隣国から留学に来た公子。留学と言えば聞こえは良いが、女癖が悪くて自国で面倒見切れないからと、ほとぼりが冷めるまで我が国に留学と言う名の所払いにされた男といういわく付きで、隣国の王家からもと言われており、生徒会でも要注意人物としてマークしていたが、留学早々やってくれたものだ……


「公子殿、貴国では例え平民とはいえ、見ず知らずの女性にいきなり妾にしてやると申すのが流行なのか?」

「なんだ貴様、何者だ」

「生徒会副会長の5年、エドワード・モレルにございます。生徒会役員は留学初日に顔合わせしたはずですが、覚えておいでではありませんでしたか」

「……ッ! 知っておるわ! 念のため確認したまでだ」

「ならようございました。で、先ほどの私の問いは如何に?」


 答えは聞くまでもない。隣国とは文化風習が異なるとはいえ、女性に対しそのような行いをするのは不埒者と呼ばれる者くらいしか思い当たらないわけで、言い返すことの出来ない彼は、こちらの家格を確認すると、身分を傘に発言を封じようとする。


「子爵のせがれ風情がこの私に意見するとはいい度胸だな」

「学園の中で身分を傘に着るなど笑止。非があるのは学園の風紀を乱す言動をした貴殿にある。貴国でどのように扱われていたか知らぬが、我が国には我が国の、この学園にはこの学園のルールというものがあり、例え王族であろうと守っていただくのがルールでございます」

「そういうことだ公子殿。強制送還されたくなければ、おとなしく引き下がった方がよろしいぞ」


 そう言って現われたのは3年に在籍するブライアン王子。その姿に、ぐうの音もでない公子はすごすご引き下がるしかなかった。


「エドワード先輩、余計なお世話だったかな」

「さっさと隣国に報告して、本当に強制送還させた方が良かったのではないかと思いますが」

「そうは言ってもいきなり追い出しては隣国の面目もあるだろう」

「殿下がそう仰せならば」


 この学園では王族が入学する場合、上級生が世話役を任されており、私がその役に就いている。世話役は家格に関係なく成績優秀者が選考される。さすがに平民に任せることはないが、私のような貧乏子爵家でも選ばれることはあるのだ。


 その役目は学園内での生活・勉学のサポートなど多岐に渡り、学園内での執事役のようなものであるが、それで主に気に入られれば、将来の側近ルート一直線なので、非常に美味しい仕事でもあるし、幸いにして私は殿下とは馬が合うようで、彼は私のことを先輩と呼んで慕ってくれている。


「ま、何事も無くて良かったです」

「君、大丈夫だったかい」


 声をかけられた少女はマリーという平民の子。彼女はペコリと頭を下げて礼を言うが、助けたのが王子や私ということもあって、戸惑っているようだ。


「あ、ありがとうございます。私、お貴族様の礼儀とか知らなくて……こういうときどうやってお礼したらいいか分からなくて」

「いいんだよ。ちゃんと自分なりにお礼が言えればそれでいい」


 気にしていないことを伝えると、顔をほころばせて喜ぶマリー。


 成績優秀な平民の女の子がいるとは聞いていたが、それが彼女である。遠目から見たことはあったが、改めて間近でよく見ればたしかに可愛い。あの公子スケコマシがちょっかい出したくなる気持ちも分からなくはない。


「先輩、この子どうします。執行猶予にはしたけど、彼のことだ。まだぞろやらかすぞ」


 やらかすとすれば、先日の仕返しにとマリーが標的になる可能性は高い。そのときに自分たちが助けに入れるとは限らないと殿下が懸念された。


「ならば生徒会に入れて、我々で守ってやるのはいかがでしょう」

「僕達の側に置いて目を光らせるということか」

 

 マリーは殿下と同じく3年生。この学園は6年制で、最初の2年間は学園生活に慣れることが第一なので、生徒会活動は3年生以上に限られる。もっとも活動の主体は5,6年の上級生なので、3年生は雑用係ではあるが、事情が事情なので、生徒会への加入を勧めてみることにした。

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