再会

「旦那様、支度が整いました」

「ようやくか」


 隠居してすぐにでも領地に向かうつもりであったのが、何やら支度があるからと王都に留められてしばらく、ようやく準備が整ったとの報告が家令のロシターからもたらされた。


「隠居が領地に向かうくらいわけもなかろう。ジョンは何をしていたのだ」

「旦那様の身の回りのお世話を行う侍女を新たに雇うのに少々時間をいただきました」

「待てロシター、近侍ではなく侍女だと…… 私の側仕えに女性を登用するというのか?」

「若様のご手配にございます。隠居支度は若様に一任されておりましたな」


 爵位の引き継ぎにあたり、ジョンは私の隠居後の生活基盤の準備も一任されたいと申していた。


 こちらとしては侯爵家の家督を譲ったわけだから、新当主の意向に従う気でいたが、まさかそんなことに時間を費やしていたのか?


 だいたい……侍女って何よ? 身の回りのことくらい自分でやれる上に、執事なら同じく息子に役目を譲ったロシターが領地に付いてくるのだ。追加する意図が分からん……

 

「まあいい……来てしまったものを追い返すわけにもいかぬ」

「ありがとうございます。お許しが出た、入って参れ」


 ロシターに促され、入ってきた女性の年の頃は30……いや、40代であろうか。動きの1つ1つに無駄が無く、洗練された仕草は、おそらくどこか高貴な家で侍女を経験してきたのであろうことがよく分かる。


「面を上げよ」

「はい……」

「…………!! ……もしや、マリーか……?」

「エドワード様、ご無沙汰しております」


 最後に会ってから25年は経っているが、彼女を忘れるはずが無い。顔は相応に年月を重ねているが、あの頃の面影は十分に残っている。


 何故君がここにいる! と叫びたいのをグッと堪えてロシターの方を見ると、温かい目をしてこっちを見ておる。


 待て……ジョンが手配したと言っておったが、どうして息子アイツが彼女のことを知っているんだ。


 まさか……


「ロシター、お前……」

「若様のご判断にございます」


 いや……絶対にお前が一枚噛んでいるだろ? と言外にロシターへ視線を向けるが、長年海千山千の貴族を相手に侯爵家を切り盛りした男はビクともしやしない。


「とぼけても無駄だぞ」

「仰りたいことは重々承知しております。余計なお世話かとは思いましたが、隠居の話が出たタイミングで、私から若様にお話しいたしました。若様もご納得されております」

「今更だろ……」




 ロシターは私の先代、つまりルチアの父の代から仕える老臣。当然、昔の私のこともよく知っており、マリーとの関係も知らないわけがない。なんでまた今になって召し出すようなことをしたのだろうかと思い、彼女が部屋を辞して後、その真意を質した。


「旦那様は奥方様……いえ、ここではあえてルチアお嬢様と呼ばせていただきましょう。旦那様はお嬢様や侯爵家のことを想い、身を粉にして働いてくださりました」

「それは当然の務めであろう」

「だからこそでございます。古くから仕え、当時の状況を知る者は、そんな旦那様を皆心底敬愛しております。既に若様が当代となり、爵位継承の問題もございません。旦那様のこれまでのご苦労を思えば、隠居となられてからは心安らかにお過ごし頂きたいと、老婆心ながら彼女を召し出しました」

「彼女はそのことを知っておるのか」

「はい、知っております。ですが彼女は話を持ち込んだ折、例え旦那様にその気が無くても、笑い合って話せる相手が1人でも多くいた方がいいだろうから、喜んで参りましょうと言っておりました」


 後添えということに拘らず、嫌でなければお側に仕えさせてやってくださいと言うロシターに、そのとき私はどんな顔をしていたのだろうか。


 諦めていた想いへの渇望、閉ざしていた心をこじ開けられたことへの怒り、そして単純に彼女に再会できた事への喜び……色々な感情がないまぜになっていたように感じる。


「そこまで言うのであれば否やは無い。だが、私の身の回りの世話など、ほとんど必要ないのはお主もよく知っておろう」

「そこはマリーとてよく存じているはず。ご懸念は無いかと」


 そうして私付きの侍女としてマリー元彼女を採用することが決定した。


 やれやれ……まさかこんなことになるとは思いもしなかったぞ……

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