Valkyrie Engage

サファイア

プロローグ



「卒業生の皆様、ご卒業、おめでとうございます。私達は、先輩方の……」


 私は今日、この育成機関を卒業する。

 六歳の頃からここに入り、二十四歳の今年、ついに卒業することになった。

 ……十八年……長いようで短かったな……。

 六歳の時、近所の小学校に入学予定だった私は、憧れた校舎にやっと通えると思って喜んでいた。ところが、入学直前に「適応者」ということが判明し、急遽、この育成機関に通うことになった。

 両親や友達、地元から離れ、この全寮制の育成機関に入れられた時は凄く悲しかった。

 ……友達との憧れの学校生活……どんな感じだったのかな……。


「どうしたの、物思いにふけちゃって。卒業式に涙するような性格じゃないでしょ」

「……ちょっと、ここに入った時の事を思い出していただけ。あと、普通の学校ってどんな感じだったのかなって……」

「あー、分かるよ、その気持ち。ここって、普通とはかなり違うみたいだからね。普通の学校では戦闘訓練とかしてないって聞くし」

「そうだね……」


 ここに集められた「適応者」は、世界中で発生する「怪異」と呼ばれる災害に対応できる唯一無二の存在。適応者が発見されるまで、世界は「怪異」により大混乱していたと授業で習った。

 その混乱を防ぐために作られたのが、私達のいる育成機関。

 各国がそれぞれの国に育成機関を設け、力を持つ適応者を集めて怪異に対抗できるように育て上げている。


「ほら、物思いに耽る時間は終わり。次は表彰式だよ。考え事なんかして転ばないようにね、最優秀者殿」

「あなたも次に呼ばれるんだから転ばないようにね、優秀者殿」

「―――次は、成績優秀者の表彰式に移ります。呼ばれた者は前に。卒業生、最優秀者「渡鳴 静香(わたなり しずか)」

「はい」


 私は名前を呼ばれて前に出る。


「卒業生、最優秀者「渡鳴 静香(わたなり しずか)」殿。貴方は、222年度の卒業生において……」


 ……私が最優秀、か……。私より、ユリの方が相応しいと思うんだけどね……。

 私はそんな気持ちを隠して笑顔で表彰状を受け取り、席に戻る。


「次。卒業生、優秀者「武威 百合(たけい ゆり)」

「はい」


 ユリが表彰を受けていると、ユリの隣の席にいるエリが悔しそうにしているのが見えた。


「くっ、最後に逆転されるなんて……。あと1点で勝てたのに……」

「エリ、負け惜しみだよ。点数で勝っても、日頃の行いで完全に負けてるよ」

「そんな事ないわ。今回はたまたま負けたかもしれないけど、現場ではリベンジしてみせる。シズに一番相応しいのは私の方よ」

「無理したらダメだよ。ユリもエリも大切なんだから」

「ええ、分かってるわよ、シズ」


 私、ユリ、エリの三人は、ここに入った時からの仲だ。

 寮の三人部屋に入った時からの仲。

 ホームシックで泣いた時、訓練が辛くて泣いた時、喧嘩して泣いた時……。三人でずっと励まし合い、高め合って今日まで頑張ってきた。

 ユリもエリもお互いを凄く大切にしてるけど、成績に関しては永遠のライバルだそうだ。お互いの得意分野での成績を自慢して、いつも喧嘩している。周りからは犬猿の仲みたいに見られてるけど、ずっと隣で見てきた私にとっては「喧嘩するほど仲が良い」に見える。今だって……。


「……おめでとう、ユリ」

「ありがとう、エリ」


 席に戻ってきたユリと握手して、握ったままユリは席に着いた。

 ……本当に、ユリもエリも素直じゃないんだから。


「シズもおめでとう」

「ありがとう、ユリ」


 ユリが空いている右手で私の手を握ってきたので、私も笑顔で握り返す。

 この後は卒業式の終了まで、座りっぱなしで教官や関係役員の話を聞くだけ。

 ……ユリとエリ、そして私。三人が繋がってるみたいで凄く嬉しいよ。


「―――このような傾向が見られる為、今後の怪異の発生については……」


 今話しているのは、この育成機関の教官であり怪異研究者の一人。

 ……怪異は増加傾向。授業では、原因は不明で現在も調査中らしいけど……。


「―――今年の卒業生には優秀な者が多い。増加する怪異にも、適切に対処して……ん?」


 教官が話をしている最中、講堂にある複数のモニター画面に「緊急警報」の文字が映し出された。

 ……緊急警報。怪異が発生した?

 警報の文字が映し出されて数秒後、講堂にサイレンが鳴り響く。


 ウゥーーー、ウゥーーー、ウゥーーー……


 サイレンが鳴り響く中、モニター画面が切り替わり、近郊の地図と怪異発生場所のポイントが赤い点で表示される。そして、点を中心にして波紋上の波が広がり怪異の影響範囲を示す。

 教官も訓練生も、全員がモニターを注視している。

 初等生や中等生は多少動揺してるけど、高等生以上は全員が冷静にモニターを見ていた。

 ……当たり前か。

 ここは怪異に対抗するための専門の育成機関。全員が怪異に対して教育を受けてるし、教官達は怪異対応のエキスパート。高等生になれば現場対応も何度か経験してる。慌てるはずがない。

 私は周囲を観察し、中等生以下も大丈夫であると判断して続報があるはずのモニターを見る。

 ……発生場所が近い。ここも十分に影響範囲に入ってる。予測レベルは……三。


「見ての通り、近郊にて怪異が発生した。緊急事態につき、卒業式はこれで終了とする。初等生は講堂で待機、中等生は汎用霊装にて講堂内を警戒。高等生と修練生は汎用霊装にて講堂付近の警戒だ。卒業生の上位九名は専用霊装にて待機。軍からの要請があれば救援に向かう。準備するように」

「はっ!」


 教官は落ち着いた様子で周囲に指示を出す。

 マニュアル通りのお手本のような指示。

 怪異対策ではあらゆる状況を想定しなければならないので、「被害を最小に抑える事」に重点をおいたマニュアルがある。それを忠実に実行できるのは良いお手本だ。自分の考えや感情を抑えて即座にマニュアル通りの行動をする……簡単なようで非常に難しい。

 過去には、マニュアルを無視して己の主張が一番だと考えて行動をした者が相当数いたらしいけど、その者達の多くは命を落としたらしい。沢山の仲間の命を道連れにして……。

 ……私達は待機、ね。

 私、ユリ、エリを含む成績上位者九名には専用霊装が与えられている。


 【 霊装 】


 怪異に対して人類が造り出した対抗兵器。

 人が装備出来るものであり、形状は様々。銃や西洋の武具、甲冑、刀……わりと何でもありの形状をしていて、世界中の色々なメーカーから多種多様な武具が開発されている。

 ただし、使えるのは適応者「以上」のみ。

 汎用霊装は一般的な剣や鎧に適応者の霊力を流して怪異に対抗出来る様にする物で、適応者であれば全員が使うことが出来る。難点は、誰にでも使えるかわりに適応者「以外」の者には能力不足になること。

 適応者「以外」……それが、私達みたいな「能力者」と呼ばれる者達。

 適応者をゲーム風に例えるなら魔法が使えない魔法使い。MPだけあっても魔法を覚えなければ意味がない。それを補助するのが汎用霊装。汎用霊装は簡単な魔法を限定的に再現してくれる。剣を魔法剣にしたり、鎧を硬くしたり。

 能力者は魔法を覚えた魔法使い。霊装がなくても、自分の覚えてる魔法であれば使うことが出来る。

 だからこそ、能力者に必要なのは魔法を使う補助具ではなく、自分の魔法を強めてくれる霊装の方が都合が良い。

 ただし、個人の能力に合わせた特注品の為、製造には膨大な時間や資金が必要になる。専用霊装は成績上位者に与えられる物であり、今年は上位九名にしか与えられない。私達の専用霊装も作成には二年近くかかっており、費用は全て国から出ている。


 ……生徒全員がいる場での装着は初めて。きっと騒がれるだろうな……。

 汎用霊装は剣や盾などそのままの姿で保管されてるけど、専用霊装はネックレス様な物の中に圧縮収納されている。そしてソレに霊力を流して発動キーを口にすることで自動的に展開されて装着される。


「……Connect(コネクト)」


 私は発動キーを口にして霊装を展開する。

 ネックレスから出た金色のモヤが全身を包み、それぞれの部位を形作っていく。まるで魔法少女の変身シーン様にキラキラとした幻想的な光景。初めて見る人には衝撃的だと思う。

 モヤが収まり装着が終わると、案の定、専用霊装を見慣れない生徒達から歓声が上がる。


「キャーーー! 静香お姉さま、素敵です!」


 こんな感じに……。

 私の霊装を作成したのは国内のトップ企業だけど、その企業の霊装は西洋ファンタジーに出てくるような形状のものが多い。特に専用霊装に限っては、ファンタジーゲームの最終装備みたいな意匠の物になる。

 私の場合は神話に出てくる戦乙女をモチーフにしてるらしい。

 全身装備になっていて、剣、兜、肩当、胸当て、小手、肘当て膝当て、足具、マントに分かれている。そして見るからにゲーム終盤に出てくるような最終装備的デザイン。青色を基調としていて、金縁の装飾が実に煌(きら)びやかに見える。

 ……このデザイン、私の能力には不釣り合いな気がするけど、性能は文句なしなんだよね。


「流石、育成機関のアイドル静香様! モテモテだね!」


 ユリがからかってくるけどお互い様だと思う。その証拠に……。


「キャーーー! 百合お姉様、素敵です!」


 私と同じ歓声が上がってるし。

 私達三人の霊装の作成企業は同じだから、当然、似たようなデザインになる。エリも同じような歓声を浴びているし、同じ穴の貉(むじな)。色違いで細部が違うだけだから、戦乙女三姉妹って感じ見えると思う。


「やっと今日、この「お姉さま」状態から解放されるわね。長かったわ……」

「そうね……」


 私達三人はこの育成機関ではかなり目立っていた。

 適応者が「女性」しかいないせいか、みんな、メディアで見ているお嬢様学校的なノリになる。容姿や成績が優秀な人達は例外なく「お姉さま」と呼ばれて持て囃される。

 私、ユリ、エリはその筆頭だった。

 ファンクラブ的なものもあるし、取り巻きも常にいる。ラブレターについては星の数ほど沢山貰い、放課後はほぼ毎日誰かに告白される……本当に大変だった。


「それにしても、本当に綺麗だよね、シズの霊装。シズの容姿と相まって、本当に女神様だもん」

「ええ、ユリの言う通りね。シズは私達の女神だから」

「ありがとう、二人とも。私の女神はユリとエリだよ」


 そんな感じで世間話をしながらも、モニターの続報からは目を離してはいない。

 今は非常事態中。軽い世間話で緊張を和らげつつ、周囲からの情報には細心の注意を払っている。

 ……予測レベル三の怪異にしては、モニターに映る続報や情報量が多い。これは予測レベルを超えている可能性が高い。

 怪異の予測レベルは十段階まである。レベル三程度なら周囲に多少の被害が出るけど、正規軍であれば問題なく対処可能なレベル。こんなにも非常事態宣言が長引くことはない。

 ……今回は濃霧と、獣型が複数。正規軍は三チームで対処中……。

 一チームは三人で構成されてる為、九人で対処中ということになる。育成機関の部屋分けが三人ずつなのはこういった理由から。だから、ユリとエリとは軍に所属後もチームメンバーという事になる。

 相性が悪かったり能力を考慮したりで部屋が変わることもあるけど、私達は十八年間、一度も変わることはなかった。


「シズ、これは……」

「そうね。きっと応援要請が来る」


 モニターには続報が流れ続けていた。

 正規軍の対処が追いついていないのが見て取れる。怪異は収まらず、少しずつだけど影響範囲が広がっている。

 獣型の怪異は数が多い。二つのチームが分かれて小型の怪異獣に対処しており、精鋭の一チームが怪異の中心と思われる大型の怪異獣に対応していた。

 ……そろそろ、声がかかるかな?


「たった今、軍からの応援要請があった。静香のチームは大型の怪異獣との現場へ。残りの二チームは小型の怪異獣への対処補助だ。現場に到着後、軍の指示に従い各チームに分かれて対処しろ」

「はっ!」


 予想通り、軍から応援要請が入った。

 予測レベル三を超える大型の怪異獣。正規軍の精鋭チームが応援要請する程の怪異。気を引き締めてかからないと命を落とす危険が高い。モニターには大きな赤い点にしか映ってないため、現場を見ないと詳細は不明だ。


「行くよ、掴まって」

「オッケー」

「よろしく、シズ」


 大型の怪異獣はここから約三十キロ地点の山岳部上空。

 専用霊装は基本的な能力として飛行が可能だけど、今回は少し距離がある。全速力で飛んでも十分以上かかる。この非常時に十分は相当のロス。だから、私の能力で近くまで一気に飛ぶ。


 【 空間操作 】


 それが私の能力。

 専用霊装の力でその能力を高めれば、長距離の空間転移も可能になる。

 頭の中にモニターの地図で確認した地点を思い浮かべる。

 この力を得てからは所構わず地図と風景を暗記した。風景がイメージ出来なければ、そこに飛ぶことが出来ないからだ。

 ……大丈夫。いつも通り、地図と風景がリンクしてくれる。


「飛ぶよ」


 私は霊装に魔力を流して空間転移を発動する。

 場所は現場から三キロ離れた山岳部上空を選んだ。大型で精鋭チームが応援要請する程だから直接の現場は危険すぎる。三キロ離れていれば十分な安全マージンが取れると考えた。


「……何アレ? アレが今回の怪異の中心?」


 ユリが唖然として口走った言葉に私は同意する。

 今日まで大小様々な怪異と遭遇しながらも、軍に協力しながら問題なく対処してきた。しかし、霊装の望遠を通して見える三キロ先の光景は、今までの怪異とは明らかに規模が違う。

 ……これが予測レベル三? 大きく外れすぎでしょ……。

 予測レベルはあくまで予測。怪異発生時の特殊な歪みを感知して統合司令部のAIが算出してるらしいけど、レベル一程度の誤差は日常茶飯事。でも、見えている怪異は軽くみてもレベル五以上はある。精鋭とはいえ、一チームの手に負える相手じゃない。


「……あそこに突入するの、嫌なんだけど」

「ユリは相変わらず馬鹿ね。それじゃあ私達が来た意味がないでしょ。ね、シズ」

「ええ。接近しつつ、軍の指示を仰ぎましょう」

「りょーかーい」


 少し接近すると、その異常さがハッキリと分かる。

 五百メートルはあるだろう巨大な八つ目カラス。それが今回の怪異の中心。

 それが濃霧の中で高速で飛び交っている。

 カラスの周囲は濃霧のせいでハッキリ見えないけど、大小様々な爆発が多数発生していて、その度にこの距離まで爆発音が聞こえる。時々カラスを中心に濃霧が真っ二つになり、大剣で切りかかってる女性が見える。女性の能力は雷系なのか、大剣や身体から雷が発生し、カラスとぶつかる度に轟音が鳴り響いていた。

 ……あれだけの攻撃を受けて生きてるなんて信じられない。

 消えたはずの濃霧は元に戻り、またカラスの姿が見え辛くなる。そしてまた爆発の嵐。

 雷と炎が周囲に荒れ狂っており、山は燃えていて所々抉れている。正に人外の戦い。軍の精鋭チームの強さと、怪異の強さを肌で実感する。

 ……あの戦いに、私達が出来ることがあるの?

 エリはユリのことを馬鹿にしてたけど、この状況を間近で見た今なら私も同意する。レベルが違い過ぎる。無策で突っ込んでも、攻撃の余波だけで死ぬ可能性がある。

 そんな事を考えていたら戦闘中の精鋭チームから通信が入った。


「応援に感謝する。私はこのチームのリーダーで「成瀬(なるせ) 裕美(ゆみ)」。雷の能力者だ。まずは怪異の説明をする。こいつは濃霧に覆われている間は攻撃が通らず、濃霧を消して攻撃しても再生力が高すぎてダメージが残らない。また、傷が癒える度にこいつは強大化する。遭遇時は百メートル程の大きさだった。今は見ての通りの大きさで、推定レベルは七相当になっている」


 ……レベル七。軍の精鋭チームが複数集まり対処するレベル。一チームと私達だけで対処できるの?


「作戦を伝える。私達の霊力も少なくなって来ているので、次の一撃で確実に仕留めたい。空間の能力者は奴の全体を真空で包め。奴は鳴き声で周囲に干渉して霧を発生させているので、真空状態に包むことで霧の発生を封じる。その後、そちらの風の能力者の矢を使って奴の一部を抉り、その傷口に私の雷撃を叩き込んで止めを刺す。障壁の能力者は、攻撃の余波から身を守る為に、全員分の障壁を全力で展開しろ。この辺の山は吹き飛ぶが、それも最小限の被害と考えるしかない。これから周囲一帯の霧を吹き飛ばす。空間の能力者は奴の全体を正確に把握し、即座に真空に閉じ込めろ。いくぞ!」


 ……なるほど。私達が呼ばれた理由はそれか。

 私の空間能力とユリの風力操作による攻撃力。そして、山が吹き飛ぶほどの余波から守る為の障壁能力。

 作戦を聞くと、今回の怪異には凄く適してる様に思える。

……でも、私に今言われたことが本当に出来る?

 確かに、視認できる範囲を真空にする事は出来る。でも、こんなに巨大な、五百メートルはありそうな範囲を真空にした事はない。しかも相手はレベル七相当。私の―――私達の能力が通じるかは不明だ。


「……ユリ、エリ。やれそう?」

「やるしかないんじゃないの? あの人達は出来て当然って言い方してたし、あれをここで仕留めなきゃ街にも被害が出そう」

「安心してください、シズ。私の障壁はあなたを絶対に守り抜きますから」

「エリーーー。私もしっかり守ってーーー」

「ユリは攻撃の余波で死ぬイメージがありません。無駄にしぶといですし。シズを守って、余力があれば守ってあげます。ほら、動き出しましたよ。シズもユリも、準備準備」

「ええ……。お願いね、ユリ、エリ」

「「 任せて 」」


 あの人達は雷と風、そして障壁のチームみたい。違いは私だけ。

 エリが動き出したと言ったのは風の能力者。霊装に霊力を込め始めている。私達の限界を軽く超える量で、霊力が圧縮され、その周囲の空間が歪んで見える程。霧を吹き飛ばす役目は彼女なんだと思う。

 雷の能力者は巨大カラスをその場に縫い付けるようにぶつかり合っていて、障壁の能力者はチームメンバーに障壁を張りつつ、被害が広がらないように周囲一帯にも結界を展開している。

 ……このレベルの障壁をずっと張り続けてるなんて、あの人もかなり規格外……。

 

「こちらの準備は出来た! そちらは!」

「大丈夫です! いけます!」


 霊装には霊力を込められるだけ込め終わってる。ユリもエリも同様だ。

ユリは威力を高めるために私達から離れて巨大カラスの斜め上に移動し、エリは私の側で集中してる。


「よし、いくぞ!」


 雷の能力者が雷速で巨大カラスの上空へ距離をとる。

 それと同時に大規模なカマイタチが巨大カラスを襲い、濃霧もろとも周囲の雲を一掃して完全にクリアな状態になった。

 ……本当に大きい。でも、いける!

 私は濃霧が剥がれて丸裸になった巨大カラス全体を視界に収め、その周囲を真空にする為に霊装に込めていた全霊力を開放する。

 ……成功!

 見た目に変化はないけど、私には空間の状況が分かるし、巨大カラスが動揺してるのが分かる。


「ユリ!」

「オーケー!」


 通信を受け取ったユリは十本の霊力の矢を展開し、風力操作で加速させて巨大カラスに浴びせる。矢は音速の数倍のスピードで突き刺さり、大爆発を起こす。


「……、……!!」


 巨大カラスがくちばしを大きく開けて何か叫んでるけど、真空状態に包まれているせいで周囲には全く何も聞こえない。身体には複数の矢による傷跡がクレーターように付いていた。

 ……今の攻撃でクレーター……貫通しないの……?

 ユリの極音速の霊力の矢は、一、二メートル程度の鋼板なら簡単に貫通する。それを複数受けてクレーターで済むなんて信じられない。

 私が唖然としてると周囲が明るくなってきた。

 私達よりもはるか上空で、雷の能力者がバチバチと音を立てて大きな光球に包まれているのが見える。

 昼間にも関わらず、周囲はより明るく、眩しくなっていく。そして……。


「これでっ、終われぇぇぇーーー!!!」


 雷の能力者のそんな言葉で周囲は真っ白な世界になった。

 私はその眩しさに思わず目をつぶる。きっと、全員が目を閉じているだろう。

 空間の能力者である私は、目を閉じていても空間の変化を感じることが出来る。

 眩しさの正体は極太の光の柱。正確にいうなら雷。自然界では絶対にありえない極太の雷。それがカラスを包むように頭上から地上まで突き抜けていた。

 激しい轟音で空間全体が揺さぶられ、熱されているのが分かる。今までの戦闘でこんなに空間の変化を感じたことはない。余波だけでも相当な威力だと思う。


 バキ、バキ、バキ、バキ……


 余波に続いて、聞きなれない音が聞こえてきた。

 硬いものが次々に割れる様な音。

 ……これって、まさか障壁が割れる音?

 普通の障壁であれば、割れる時はパリンとか、軽いガラスが割れたような音になる。こんなにバキバキいうものではない。それも連続で。私は能力で周囲を探る。

 ……間違いない。これって、エリが出せる最硬の障壁だ。

 私を包むように、エリの最硬の障壁が十枚以上張られている。それが、音が聞こえた時からずっと割れ続けてる。

 ……ありえない。

 エリが出しているこの障壁は、一枚でも破るのが困難だ。

 障壁が出せるようになった頃から、ユリの矢と「矛と盾」対決をしていたのを思い出す。

 最初の勝負はエリの勝ちだった。障壁にヒビが入る程度で終わったので、ユリが「次こそは!」と気合を入れていた。その後の勝負は一進一退が続く。お互いが意地になって矢の威力向上と、障壁の硬度上昇に励んでいた。

 そんな二人の努力の結晶が、この怪異や精鋭の能力者の前では簡単に破られている。

 ……私達、もっと強くならないと駄目だ……。


「……シズ、ゴメン。ちょっと霊力を分けてほしい。持たないかも……」

「いいよ。これでどう?」


 隣に行き、エリの手をつないで霊力を分けてあげる。


「……ありがとう。助かった……」


 エリはこのレベルの障壁を全員にキッチリ張っていた。特に自分と私、ユリにはちょっと多めに張っている。私は広範囲とはいえ、一度の霊装解放だけで済んでるのでまだまだ余力はある。対して、エリは霊装解放で複数の障壁を張った後も、追加で高出力の障壁を出し続けている。

 私の出番は終わってるので、あとはエリに耐えてもらうだけ。帰還の霊力以外は全部渡してしまっても構わない。

 ……エリ、頑張って。私達を守って。お願い。

 私の願いを、気持ちを込めて霊力をエリに流し続ける。


 バリ、バリ……


 ずっと続いていた障壁が割れる音が止み、世界の明るさが元に戻った。

 エリを見ると滝の様な汗を流していて、目の焦点があってない。疲労困憊で今にも倒れそうだ。


「エリ! 大丈夫!?」

「ふふふ……。やった、シズと、ユリを守ってあげられた……」


 そう言ったエリはカクンと項垂れ、霊装が解除されて落下しそうになる。私はあわてて受け止めて抱きしめる。


「エリ!?」

「すぅ……すぅ……すぅ……」

「……意識を失った?」


 エリはやり切った顔をしている。霊力の使い過ぎで意識を失い、寝てしまったようだ。

 ……霊装の強制解除までなんて、頑張り過ぎだよ。でも、ありがとう、エリ。

 私は寝ているエリの横顔にキスしてあげる。

 一瞬、エリの顔がにやけた様な気がするけど気のせいだよね。今はゆっくり休んで。


「みんな、無事?」


 相手の障壁の能力者が心配して近寄ってきた。

 この人も疲労困憊で今にも倒れそうな顔をしている。戦闘中に加え、余波が少しでも周囲に広がらないよう、結界の強度を増して耐えていた。


「その子は大丈夫? かなりの硬度の障壁を何十枚も維持してくれてたから、同系統の能力者としてはかなり心配かな」

「検査を受けてみないと分かりませんが、今のところは大きな異常はないように見えます」

「そう、ならよかった。私達はこの後に現場処理しないと駄目だから、貴方達は先に戻ってゆっくり休んで。今回は本当に助かったよ、ありがとう」

「はい」

「じゃあ、私達は地上で寝転がってる馬鹿を介抱しないと駄目だから、またね」


 そう、私達がのんびり話してるのは怪異の中心、巨大カラスが完全に消滅したのが分かってるから。

 地上には山がごっそりと抉られて巨大カラスの大きさ以上のクレーターが出来ていた。そして中心には雷の能力者が仰向けで横たわっている。霊装の強制解除まではいかなくても、枯渇直前位までは霊力を消費してるに違いない。通信機越しに「ありがとー」と言ってくれてる。先程までの緊迫した命令口調ではなく、凄く明るくてフランクな感じだ。


「エリ! 大丈夫なの!?」


 私達より上空にいたユリも戻ってきた。霊装を解除して寝ているエリを見て凄く動揺している。


「ユリもお疲れ様。エリは霊力の使い過ぎで意識を失っただけだから、多分大丈夫」

「そっか、なら良かった……。こんなになるまで守ってくれてありがとう、エリ」


 ユリが私とは反対方向に感謝のキスをした。

 一瞬、エリの顔が歪んだように見えたけど気のせいだと思う。


「ユリもエリも無事だった。私はそれだけで嬉しいよ」


 私は二人を抱きしめて両方の頬にキスをしてあげた。

 ユリも笑顔で「お疲れさま」と言ってくれて私の頬にキスをしてくれる。エリは寝てるはずなのに、ちょっとにやけてるように見える。

 ……エリ、もしかして起きてない?

 

「……よし、じゃあ戻ろう。しっかり掴まって」

「オッケー。ずっと掴まってるよー」

「……」


 掴まってと言った私に、ユリは抱きついてきて、エリは胸に顔を強く押し当てて来た。

 ……エリ、やっぱり起きてるよね? 

 まあ、いいか。レベル七に対して二人とも怪我もなくて無事だった。私にはその結果があれば十分。

 ……大好きだよ、ユリ、エリ。これからもずっと一緒にいてね。

 私は講堂前をイメージして、全員一緒に空間転移した。


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