エピローグ(中)
高校に入学してからというもの、あたしはまともに授業なんか受けた試しがないから、教師たちの言葉は知らない国の外国人がしゃべっているように聞こえた。
「高校の授業はさすがレベルがちげーわ……」
あたしのつぶやきが聞こえたのか、斜め前の席に座っている亀山良太がぱっちりと見開いた目で振り向いた。
慌てたあたしは目を逸らす。
なぜか顔が熱い。
いやいや、おかしいじゃないか。
何でこのあたしが恋にあこがれた中学生女子みたいな反応を示す?
それもこれもクマセンが余計なことを言ったからだ。
そうだ。クマセンが全て悪い。
コイツがあたしの父ちゃんに似ているだと?
そもそもの話、コイツが父ちゃんに似ていたとしても、それが何だというんだ?
あたしは父ちゃんが嫌いなんだ。
あたし達を残して一人で死んでいった父ちゃんのことをあたしはまだ許していない。
ああ、母ちゃんはどうしてあんな父ちゃんを選んだんだろうか。
病弱で喧嘩もしたこともないような、あんな弱い父ちゃんを……
チャイムの音で目が覚めた。
午前の授業が終わり、ようやく昼休みだ。
公然と自由を満喫できる時間の始まりだ。
給食がない高校では、教室に残って弁当を広げる派、仲間と誘い合って学食へ向かう派、弁当やパンを買いに購買へ向かう派と、大まかに三通りの行動パターンに分かれている。
チラとこちらに視線を向けながら、リョータは鞄をもって立ち上がる。
だから何なんだお前は!
そんな子猫のような目であたしを見るな!
あたしがぷいっと顔を逸らすと、リョータは一人で教室を出て行った。
アイツは外で食べる派? それとも食べない派?
まあ、どっちでもいいさ。どうでもいい。
あたしはアイツの保護者でも仲間でもないのだから……
首を振りながら席を立つと、虎太郞の一派と目が合った。彼らは慌てた様子で視線を落とす。
その向こうにはジロジロと視線を向けてくる女集団があった。『コリスちゃん』を囲む会みたいな、何かとうるさい連中だ。
あーやだやだ。女社会は面倒くせー。
あたしはそれら全てをガン無視する。
いや。これは違うな。
これでは面白くない。
あたしはドアの前でクルッと振り返る。
「あたしとリョータは何の関係もねーから! そこんとこ
そしてピースサインをしながら左手でピシャッとドアを閉めた。
鼻歌交じりで購買に向かおうとすると、目の前に二人の男が現れた。
長ランにダブダブのボンタンズボン。胸に輝くシルバーのペンダントは
いいねー。やっぱ不良はこうあるべきだよね!
「うわっ、マジかー! マーヤがちゃんと授業受けていたとはなー!」
「な? 俺の言ったとおりだろ? 昼飯はヤスの奢りなー」
勝手に盛り上がっている二人の頭に、あたしはげんこつをお見舞いした。
「勝手にあたしを賭けの対象にするんじゃないよ!」
「「へーい」」
二人はとぼとぼと、あたしの後ろを付いてくる。
そうこうしているうちに、あたしはずっと気になっていたことを二人に尋ねてようと思いたった。
「あたしにタマとってこいって言われたら、おまえ達ならどうする?」
「は?」
「マーヤ、誰かとケンカすんのか?」
「いや、仮の話だよ。今、目の前にあたしらにケンカをふっかけてきた奴がいるとするだろ? ボコボコにすんのは当然の話として……その時、『タマとってこい』って言われたらおまえ達はどうする?」
「うーん……当然立ち上がれないほどにはボコしちまうけど……さすがに
「退学どころか、人生終了しちまうだろ?」
眉根を寄せてそう言う二人を見て、あたしは笑いを堪えられなくなった。
「はははははは、そうだよね。まさか
「ん?」
「あそこって?」
「ほら、あそこだよ、あの……」
あたしはそこで急に恥ずかしくなって口ごもる。
「あの……ほら……」
「「キンタマか?」」
「ひゃ」
口から変な声が出てしまい、わたしは手で顔を覆った。
顔がめちゃ熱くなっている。
「お、お前達……罰としてカツサンドとイチゴミルクを買ってこいー!」
「へ? なんの罰?」
「マーヤ?」
二人の呆けた声を背中で聞き流し、あたしは顔を押さえたまま体育倉庫裏へ向かって駆け出した。
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