告白された日
――会って話したいことがあるのでセンダンの木の下で待ってます。
きれいに三つ折りされた便せんの真ん中に、たった1行のメッセージは書かれていた。封筒の表書きと同じ丸っこい文字。
一瞬、誰かの悪戯かと疑ってみたけれど、こんな手の込んだ悪戯を仕掛けてくるような相手に覚えはない。
もしかしたら……
いや、もしかしなくても……
僕の脳裏には斉藤
急いで靴に履き替え、僕は昇降口を飛び出す。
いつも
「はあっ、はあっ、はあっ……」
学生食堂の角を曲がったところで息が苦しくなってきた。膝に手をついて止まっていると、気持ちばかりが焦ってくる。ポツンと一人で待っている斉藤さんの姿を思い浮かべると、申し訳ないという気持ちあふれてくる。
「はあっ、はあっ、はあっ……よし!」
パンと膝を打って駆け出す。
待ち合わせに指定されたセンダンの木は、校庭の一番奥にある大木で、高校ができる以前からあったと言われている。
いつの間にか通い慣れていた昼食場所をチラと横目にみると、猫用チューブはフェンスに差したそのままの状態で残されていた。
猫まだ来ていないのか……
僕は首を軽く振った。今はそんなことを気にしている場合ではない。
体育用具倉庫を抜けると、野球のバックネット越しに運動部の活動風景が広がった。
打撃時の金属音やグラブに玉が収まる乾いた音、サッカーボールを蹴る低い音、そして仲間同士の声の掛け合いがやけに新鮮に聞こえる。
僕の身体が丈夫だったら、あるいはこんな世界に身を置いた人生もあったかもしれない。
そんなことを考えながら走っていると、部室棟の向こうにセンダンの木が視界に入ってきた。
部室棟の裏手に回り込んで走っていくと、太い枝葉をどっしりと構える太い幹が目に飛び込んでくる。
その根元に一人の制服姿の女子生徒が立っていた。
肩まで掛かるぐらいの髪を後ろでまとめ、左右の耳から触覚のような印象を与える髪を垂らしている、斉藤さんといつも一緒にいる女子だった。
「ぜえっ、ぜえっ、ごふっ、ウッ……ゲホゲホッ」
彼女の10メートルぐらい手前で、僕は膝をついて咳き込んでしまった。
僕の頭の中では、すっかり相手が斉藤さんだと思い込んでいた。それが勘違いだったと知った瞬間に、フッと気が抜けてしまったのだ。
僕が咳き込んでいる様子を表情も変えずにじっと見つめている。
えっと、彼女の名前は……名前は……えっと……
「亀山は、いま付き合っている人いるの?」
「……えっ?」
思わず聞き返してしまった。斉藤さんの友達はつり気味の目で、僕をじっと見ている。
「いるの? それともいないの?」
「……い、いない……けど」
「じゃあ、気になっている人はいるの? そうね、例えば……コリスちゃん……とか? 亀山、いつもコリスちゃんの方を見ているよね?」
「うっ……」
心臓が跳ねた。その瞬間、有名な格言が思い浮かんだ。
『深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいている』
誤用は承知の上だ。
戸惑う僕をじっと見ていた斉藤さんの友達は、突然破顔して頬を染め、両手を胸の前で組んだ。
「私、亀山のことが気になって仕方がないの! どう……かな? 私じゃ……だめ……かな?」
釣り気味の目を大きく開け、瞳を潤ませてまっすぐ僕を見ている。
え?
僕いま告白された?
ブワッと風が吹いて、センダンの木の葉がこすれる音が聞こえる。
葉の緑と空の青の鮮やかなコントラストがはっきりと目に映る。
「だ、だめなんて……そ、そんなこと……ないけど?」
心臓がバクバクで、思わず声が裏返った。
コミュ力ゼロの僕にとってはこれが精一杯の返答だった。
「じゃあ、私と付き合ってくれる?」
一瞬にして周囲の景色が輝いて見えた。
僕がコクリと頷くと、突然『わあっ』と歓声が周囲から沸き起こり、隠れていたらしいクラスメートたちがあちこちから姿を現した。
違う。
よく聞いたらこれは歓声なんかではない。
罵声だ。
慌てて斉藤さんの友達を見ると、その表情は嫌悪感いっぱいに変わっていた。
「えっ、本気にしたの? 亀山キモ! 相手が女だったら誰でも良いっての?」
その言葉を受けて、周りからヤジが飛んでくる。
「まずコリスちゃんに謝りなよ! あんたにキモい目で見らるからって、可哀想に夜も寝られないってさっ! ねえ、コリスちゃん?」
いつの間にか僕の背後に斉藤さんが立っていた。
「うん……でも、私は大丈夫だよ……私が亀山くんの視線なんか気にしなければ、それで済む話なんだから……でも……みんな私のために本当にありがとう……ありがとう……ううっ……」
斉藤さんのつぶらな瞳から大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちている。
「亀山ァー、キモいあんたが悪いんだからさァー、責任とってこの学校から消えなさいよ!」
「コリスちゃん、可哀想……」
「亀山を俺らのクラスから追放してやろーぜ!」
その男子の一言を合図に『追放!』のシュプレヒコールが始まった。
「つーいーほう! つーいーほう! つーいーほう! つーいーほう! つーいーほう! つーいーほう! つーいーほう! つーいーほう! つーいーほう! つーいーほう! つーいーほう! つーいーほう!」
手を叩く合いの手も加わって、シュプレヒコールはどんどん盛り上がりをみせていく。
「つーいーほう! つーいーほう! つーいーほう! つーいーほう! つーいーほう! つーいーほう! つーいーほう! つーいーほう! つーいーほう! つーいーほう! つーいーほう! つーいーほう!」
何だこれ。ここは地獄だっけ?
違う。
きっと僕はまた勘違いして、間違いを犯してしまったんだ。
僕はこの世界では脇役はおろか、モブですらいられない。
こんな姿、母さんには見せられないなぁ。もうこれ以上泣かせたくないよなぁ。
僕は本当に駄目だなぁ……
地面がにじんで見えていた。
呼吸が苦しい。
もう頭には何も浮かんでこない。
その時、後ろで声が響いた。
「おまえら、スゲー楽しそーなことしてんじゃねーか! あたしもそこに混ぜてくれよぉー」
2週間ぶりに現れたその人は気だるそうに歩きながら、ポイッとフェンスに向かって何かを投げ捨てた。
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