跳ねる子栗鼠

 蛇の集団に睨まれたカエルのように、僕の全身からは汗がタラタラと流れている。

 阪本さんはクラス一の不良だから、クマセンは信用しなかっただけの話。

 次に他の誰かが真実を証言をしたら、僕の自宅謹慎処分が確定してしまうだろう。

 

 母さんの顔が脳裏をよぎった。


佐伯さえきぃー、お前は見ていたんだろぉー? 誰が犯人なんだぁー? んー? どーしたー? 学級委員長として先生に教えてくれよぉー」

「うっ……そ、それは……」


 クマセンに言い寄られて、困ったように上体を反らせる委員長。プルプルと震えている指先でメガネをクイッと持ち上げ、僕に視線を送ってくる。

 けれど、彼はそれ以上何も言わずに口を閉ざしている。


 それを見たクマセンはまた高笑いを始めた。


「ガハハハハハハハハハ、学級委員長のお前まで阪本の冗談に付き合うことないんだぞぉー? お前も知っているだろー? 亀山はなぁー、体育の授業すらまともに受けられねーほどの虚弱体質なんだぜぇー? それに対して佐々木はなぁー、強豪校と名高い我か柔道部において1年生ながらレギューラー候補の一人だー。そんな奴が万に一つでも亀山なんかにやられる訳がねーだろ!」


 そんな万に一つ・・・・の確率で僕に奇跡を起こさせてしまった虎太郞は、相変わらず床に倒れたまま唸っている。

 

 委員長からは何も聞き出せないと判断したのか、クマセンはフウーとため息をつき、今度は女子生徒の方に寄っていく。  

 

三枝さえぐさはどうだー? お前は犯人が誰だか見てたよなー? もめ事の周辺には必ずと言って良いほど、お前はいるもんなぁー?」


「わ、わ、私ですか!?」


 吊り目気味の女子。先日、僕を手紙で呼び出し、告白をするような素振りを見せたあの女子は、クマセンに視線を向けられた吊り目気味の女子が一瞬で青ざめた。

 『三枝』と書いてサエグサなんて読み方が独特なので僕は彼女の名前を覚えてもすぐ忘れてしまうのだ。


「まさか三枝も亀山がやったなんて言うんじゃねーだろーなー? 弱くて何の役にも立たなそうな亀山にー、何をやっても仕返しなんかしてこないだろうと高をくくっていたあの亀山にー、反撃されてビビっているなんてこたァーねーよな?」


 おやっと思った。

 これではまるでクマセンは僕が彼女達から嫌がらせを受けていることを知っていたような口ぶりじゃないか?


 小首を傾げて考え込んでいる僕のことなんか誰も気に留めず、クマセンの追求は続けられていく。


「斉藤もそう思うだろぉー? まさかまさかー、あの亀山がぁー、やり返してくるなんてぇー、あるわけがねぇーよなぁー?」


 三枝さんの背中に張り付くように隠れていた斉藤小里須こりすさんは、突然熊に出くわした小動物のごとく「ヒュッ」と喉から音を立ててその身を跳び上がらせた。


 その時だった。

 虎太郞がゆらりと立ち上がり、絞り出すような声を出した。


「せ、先生……待ってください……こ、このクラスに……犯人なんて……いないっス」


「ん? 犯人がいないとはどういうことなんだ?」


「お、俺……昨日の夜に……動画を見たんス。 ……そのアクションシーンを再現しようとして……し、失敗したっス」


「んん!? つまり、どういうこと?」


「つ、……つまりは……自爆っス……ね」


 ぽかんと口を開けたまま、しばし立ち尽くすクマセン。

 傍から見ればきっと僕も同じような表情を浮かべているはずだ。


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