第5話 最強スタッフ勇利くん登場!!

 とある夕方。

 我が家に美少年がやってきた。

 女の子の芽子ちゃんよりも背の小さい、なんともまあ可愛らしい顔つきの男の子だった。


 無愛想な態度で、出されたオレンジジュースを飲んでいる。


「紹介するよお姉ちゃん。同じクラスの勇利くん」


「ど、どうも。芽子ちゃんの姉の美々美子です」


 勇利くんが軽く会釈をした。


「ちょ、ちょちょちょ芽子ちゃん。この家に入っていい男性はお父さんとおじいちゃんだけのはずでは!?」


「その二人くらいしか入らなかっただけでしょ」


「ま、まさか……芽子ちゃんのか、か、かれ」


「彼氏じゃない。私もお姉ちゃんと一緒で女性専門だし」


 そうだった。

 私が密かに想いを寄せていた近所の女の子と、私に黙って付き合ったこともあるくらい、芽子ちゃんも筋金入りの女の子好きだった。


 あのときは泣いたね。私が先に好きだったのに。


「彼は前に言ってた神絵師だよ。ほら」


 SNSに上げられた勇利くんの絵を見せてくれた。

 ほわ〜、こりゃビックリ。本当に絵が上手い。

 可愛い男とか、かっこいい男とか、まるで有名漫画家のように繊細で丁寧に描かれている。

 実はすでにプロです。って言われても納得するレベルだ。


「す、凄いんだね、勇利くん」


「ども」


「そ、それでどうして私たちに協力してくれるの?」


 勇利くんが芽子ちゃんを睨んだ。

 その不穏な目つきに、芽子ちゃんはあははと笑う。


「そもそも勇利くんは絵師であることを隠していたんだけど、私にバレちゃったんだよね」


「僕、ウケが良いからって少年同士の絡みの絵をよく描くんだけど、そんなの、リアルの知り合いに知られたくない。本当は普通のカップリング絵を描きたいのに」


 えぇ〜、じゃあ脅しかけられてたってこと?

 芽子ちゃん、なんて悪人。


「でも〜、私知ってるよ? 勇利くんはそういうのが好きだから描いてるんでしょ? じゃなきゃあんな裏垢作んないって」


「くっ!!」


「さすがの私も、あんなの着て自撮りできないなー」


「殺せ!! 俺を殺せ!!」


 よ、よくわかんないけどなんか可哀想。

 人一人を不幸にしてまでオフパコしたくないよ、私。


「ゆ、勇利くん、無理しなくていいよ。協力しなくて平気だから」


「協力ならとっくにしてます」


「え、そうなの?」


「あなたの曲をボキャロの明日歌ナウに歌わせて、一本の動画に編集してますから」


「あれ勇利くんがやってたの!? 絵が上手いだけじゃないの!?」


 とんでもないスーパースタッフだった!!

 ま、まさかここに来たのは逆に脅すため!?

 私のオフパコ計画を全世界にバラされたくなければ、お前と家族の内臓をすべて売れ!! みたいな?


「ボキャロとか動画編集とか、小学生の頃にちょっとかじってたんですよ。それに、収益化したら収益の半分がもらえる約束です」


「せめて私の五臓六腑だけにしてください……」


「なんの話ですか? とにかく、一度直接挨拶したくてここに来たんです」


 そ、そうだったんだ……。

 よかった、まだ脂っこいもの食べれる。


「あ、あはは。で、でも無理しなくていいからね」


「この活動はそこまで嫌じゃないですよ……。妹さんは嫌いですけど」


 はわわ、勇利くんには今度も手を貸してほしいけど、芽子ちゃんとも仲良くしてほしい。

 そもそも、勇利くんは知っているのだろうか。私は女の子とオフパコがしたくてこのプロジェクトを進めていることを。


「で、今度の曲のファンアートを僕が描くんですよね?」


「う、うん!!」


 有名絵師の勇利くんが注目したとなれば、私の曲は彼のファンへと一気に広がるわけだ。

 そうじゃなくても、SNSで拡散されるであろう超美麗イラストに引き寄せられて、大勢の人間が曲までたどり着く……らしい。芽子ちゃん曰く。


「三曲目はいつになるんですか?」


「えっと、まだ未定」


「どんな曲にするんです?」


「み、未定……」


 芽子ちゃんがうーんと唸った。


「これまでの曲は日々の不満を綴ったもの。そろそろ感動するような、恋愛系をやってほしいとは思う。勇利くんのフォロワーも、そういうの好きだし」


「私、まともな恋愛なんてしたことないのに!!」


「まともな恋愛じゃなくていいよ。非モテ喪女らしい恋愛観の歌」


「む、難しいよお。私、誰かに優しくされたことないし、誰かと恋愛したことすら……」


「お姉ちゃんってさ、世が世なら妖怪扱いされたよね。あ、いまも妖怪みたいなもんか。妖怪引きこもり無職三十路」


「なんでそんな酷いこと言うの!?」


 はぁ、とため息をついた勇利くんが口を開いた。


「逆のアプローチはどうでしょう? 僕がこれまで上げた作品を読んで、それを元に曲を作るというのは」


「な、なるほどお」


「3み子さんは僕のファンってことにして、僕が特別にファンアートを描く。ってことで」


「うん!!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 その日の晩。


「芽子ちゃん芽子ちゃん、凄いね、勇利くんって。なんでもできちゃうんだね!! しかも美少年だし」


「まーね」


「しかも凄くしっかりしてる!! 私よりも!!」


「ほんと、お姉ちゃんは持ってるよ。普通の人間はこんな都合よくいかないよ?」


「神が私を応援しているんだね!!」


「同情しているの間違いでしょ」


「うぅ……。ね、ねえ。そういえば裏垢ってなに? 勇利くんは他になにをしているの?」


「……気になる?」


「う、うん」


 芽子ちゃんがニヤリと笑った。

 なんだろう。まるで失敗が目に見えている子供を眺めている悪い大人みたいだ。


 裏垢、正式には裏アカウント。

 表には出せないような投稿をするためのSNSアカウントのことらしい。


「お姉ちゃんに見せたこと、勇利くんには言わないでね」


 そう言いながら、スマホを渡してきた。

 そこに写っていたのは、劣情を煽るような文章と、顔を隠したえっちな格好の……。


 その晩、私は裏垢というものの存在と、勇利くんの肌が恐ろしく綺麗なことを知った。

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