第8話 舅の死

「父上の葬儀も無事に終わったな。お疲れさま、ミラ」


「トーマス。アナタの為だもの、私は平気よ」


 私の死後、程なくして舅である大旦那は亡くなった。


 彼の手腕で大きくなった商会ではあったが、私の手腕により更に大きくなっていたのだ。


 年老いた身で健康を保ちながらこなせる量の仕事ではない。


 だが舅は、息子に仕事を任せるという考えを持てなかったようだ。


「それにしても。父上が、こんなに早く亡くなるとは思わなかったよ」


 舅自身も、思っていなかったことだろう。


 まだまだ自分が現役だ、と、思っていたからこそ、息子に仕事を覚えさせなかったのだ。


 自分が生きている内に息子が困らないだけの現金を稼ぎたい、そうも思っていたことだろう。


 でなければ、誰かに仕事を割り振って覚えさせながら手伝わせたに違いない。


 だが、実際に老人がしたのは、自分の体に鞭打って自ら仕事をこなすことだった。


「父上は、殺しても死ななそうな男だったのに」


 私が抜けた穴を埋める為に老いた体に鞭打って働いた舅。


 哀れだとは思うが同情はできない。


「働き者でしたもの、お義父さまは」


 働き過ぎで命を縮めた事は、他人の目から見れば明らかだった。


 そして、それは愛する息子の為で。


 業突く張りで思いやりに欠ける男の見せた、息子への優しさであった。


 だが身内の目には、そうは映らなかったようだ。


「もう少し遊んでいられるかと思ったけど、そうもいかなくなった。オレが商会の面倒を見なきゃ」


「大変ですわね。私も出来る限りの事はいたしますわ。アナタの為に」


「ありがとう、ミラ。苦労をかけるかもしれないけど、二人一緒なら大丈夫だよね?」


「はい」


「でも。これで、ミストラル商会もオレの好きにできる。オレがやるしかないんだから、やらなきゃね」


「頼もしいわ、トーマス」


 得意げなトーマスをミラはうっとりと見つめた。


「商会は父上あってこそのモノではあるが。なに、あのエレノアでも回せたんだ。大丈夫さ」


「頑張ってね、トーマス」


 まるで今までに働いたことがあるかのような口ぶりに疑問を持つ者など、その場にはいなかった。


「ああ、頑張るよ。ミラ。それにミストラル男爵家の財産は膨大だ。商会の方が少々上手くいかなくても問題ないさ」


「そうね、トーマス」


「別に働かなくても大丈夫なくらいの金はあるし。深刻に考える必要もないだろう。それよりも、これからは父上の顔色を窺う必要なんてないんだ。二人で楽しく暮らそう」


「嬉しいわ、トーマス」


 彼らの脳裏にあるのは、輝かしい未来のみ。


 だがトーマスもミラも気付いていなかった。


 自分たちの未来に、何が待っているのかを。

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