第7話 歓喜する夫 落胆する舅

「エレノアが、死んだ」


 大旦那である舅の声には悲哀が満ちていた。

 

 その落胆に、我が子可愛さがこもっている事に気付かないのがトーマスという男だ。

 

「エレノアが死んだ」


 その声は喜色に満ちていた。


「トーマス。これでアナタの思う通りにできるわね」


「ああ、ミラ。そうだよ」


 ニヤニヤと笑うトーマス・ミストラル男爵の顔は、下衆そのものだった。


「コレで私たち、結婚できるのね」


「ああ。そうだよ、ミラ」


 ピンク色の髪をふわふわと揺らしながら、ミラ・ペラルタ男爵令嬢は恋人にしなだれかかった。


 絞れるだけ絞ったウエストの余波でプルンと膨らんだ胸をトーマスの腕に擦り付ける。


「嬉しいかい? ミラ」


「ええ、アナタ」


 だらしなく鼻の下を伸ばして問いかけるトーマスに、ミラは満面の笑みで答えた。


「父上。オレたちは結婚する。それでいいだろう?」


 大旦那である父親は、車椅子の上で諦めたように溜息を吐いた。


 そして言う。


「仕方ない。お前の好きにしなさい」


「やった! 結婚しよう、ミラ」


「はい、アナタ。これからよろしくお願いします」


「ああ。オレに任せておけ」


 得意げに胸を張る息子を見ながら、父親は再び溜息を吐いた。


 トーマスとミラは結婚し、堂々と屋敷で暮らし始める。


 ミラの部屋は当然、私の使っていた部屋ではない。


 私の使っていた部屋には新しく雇った年若い女中が入り、寒さに背筋を震わせていた。


 ミラが屋敷に住むようになってようやく、本来の奥さま部屋が稼働する。


 嬉々として奥さまとしての役割を果たすミラが、どこまでを自分の仕事だと思っているのかは謎だ。


 使用人たちに幾つか指示を出しては、大役をこなしたかのような満足気な顔をしている。


「お金の事は、いかがいたしましょう?」


「お金? 私には分からないわ。家政婦長のアナタが、家令か大旦那さまに確認してくれないかしら?」


「承知いたしました」


 ミラは、それっぽい事はしてみるものの、肝心の中身については興味がない様子だ。


「ねぇ、トーマス。家政婦長からお金のことを聞かれたのだけれど」


「そうなのかい? お金のことなんて、父上に任せておけばいいだろう」


「アナタがそう言うのなら、そうします」


 トーマスも、肝心の事には興味がない。


「それよりも、ミラ。どの夜会に参加しようか?」


「どうしましょう。私には決められませんわ。アナタにお任せします」


「そうか。オレは可愛いミラを皆に見せびらかしたいんだ。いっそ、全部に出席しようか?」


「ふふふ。トーマスったら。ねぇ? 私、夜会に出るのでしたら、新しいドレスが欲しいわ」


「そうだな。キミを見せびらかすために出席するのだから、思い切り着飾るといい」


「嬉しい。宝石も買っていいかしら?」


「好きにするといい。お金の事は、父上に任せよう」


「あぁ、嬉しいわ。アナタ」


「ふふ。キミのそんな顔を見られるのなら、幾らでも買ってあげるよ」


「まぁ、嬉しいですわ」


 トーマスは自分の望み通りミラと結婚することができて浮かれていた。


 彼は、自分の父親がなぜ落胆していたかを深く考える事もなく、妻となった女のご機嫌をとって自分の気分を良くすることだけにしか興味がない。


 そして、こんな事が許される日々が、今後も続いていくことを信じて疑わなかった。

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