第9話 ざまぁ 1

「お可哀想な奥さまが亡くなれて、続いて大旦那さまも……」


「ええ。お葬式続きで大変だったわね」


「でも、新しい奥さまは、話の分かる方でよかったわ」


「そうよね。本当に良い人」


 屋敷の使用人たちは、クスクス笑いながらささやき合った。


 お可哀想な奥さまである私、エレノアは使用人たちに軽視されていたが、大旦那とて好かれていたわけではない。


「大旦那さまは難しい方だったから……」


「厳しかったわよね」


「それに、ケチだったわ」


「あら、アナタ。そこは『節約家』っていう所よ」


「そうよ、アナタ。何処で誰に聞かれているか分かりませんからね。言葉選びには注意した方がいいわ」


「ええ、分かったわ。大旦那さまは『節約家』でいらしたから大変だったのよね」


「そうそう。私たちが使う道具にも厳しくて。最新の便利な掃除用具を買って欲しいと申請しても、なかなか通らなかったわ」


「商会の方で扱っているのだから、使わせてくれればいいのにね」


「ねぇ? 大旦那さまが掃除や細かな汚れ仕事をするわけじゃないから、そういう所に変に厳しくて」


「その点、新しい奥さまは大らかだわ」


「そうそう。長らく通らなかった備品買い替えの申請を通して下さったんでしょ?」


「ええ、そうよ。それに、夜会にもよく出席なさるじゃない? 奥さまが綺麗にしてお出掛けする姿を見ると、こちらの気分も上がるわよね」


「分かる―。お可哀想な奥さまは、ほんっとうに地味だったわよねぇ~。アレはダメよ」


「その点、ミラ奥さまは毎日綺麗にされているし。夜会に出掛ける時などは、お人形さんのように可愛いわ」


「分かる―。本当にお綺麗で、この屋敷の使用人で良かったーって思うわ」


「トーマスさまも美形だから、お似合いよね」


「ええ。ホント、ホント」


 使用人たちの会話からは本音がダダ洩れだ。


 ミラとトーマスの結婚は好意的に受け入れられ、大旦那の死は歓迎されていると感じるほどだった。


「堅苦しいのも地味なのも、働く立場としては嫌よね」


「そうね。明るくて華やかで。友人や近所の人達に自慢できるような職場がいいわ」


「待遇も大事よね?」


「そうそう。最近は、使用人の食事も良くなったような気がしない?」


「ええ、分かるわ。なぜかしら?」


「ミラさまもトーマスさまも食通であられるから。お下がりを頂く私たちの食事も良くなっているのよ」


「ふふ。このお屋敷は、夜会を開くほどではないから食事には恵まれていなかったけれど。これからは変わるかもね」


「そうよね。大旦那さまは『節約家』でしたから、御自分の食事も慎ましかったわ。当然、私たち使用人の食事は、もっと慎ましいものになっていたから……まぁ、大変だったわよね」


「でも、まぁ……『お可哀想な奥さま』に比べたら、使用人わたしたちの食事の方がマシだったけど」


「ふふふ。そうよね。アレは誰が始めた事だったかしら?」


「どうだったかしらね。忘れちゃったわ。案外、あの食事のせいで早く亡くなったのかもね」


「まさかぁ。たいしたことないわよ、あの程度。亡くなったのは運が悪かっただけよ」


「そうかもね」


「運が悪かったら、諦めるしかないわ」


「まぁ、そうなるわよね」


 私の運の悪さも、他人には娯楽。


 他人事と笑っていた使用人たちの所まで暗雲が立ち込めてくるのは存外はやかった。


 それは月末のこと。


 給金が支払われる時期になっての事だった。


「ちょっと待って? ねぇ、給金……減ってない?」


「あっ、本当だわ。減ってる」


「少しだけだけど、そうね……増えてはいないわね」


 家政婦長が言う。


「屋敷の維持管理に割り振られている予算は決まっているの。今月は出費が多かったので、給金で調整したと家令から連絡がありました」


「まぁ……今月だけなら」


「掃除道具の買い替えとか、して貰ったし」


「少しだけですしね」


「このくらいなら、やり繰りでなんとか……」


 使用人たちは不満を抱きつつも、言葉少なに受け入れた。


 ココはミストラル商会を抱える男爵家。


 ミストラル商会は国内でも羽振りの良い商会で、男爵家は大金持ち。


 その屋敷に仕える使用人たちに危機感は薄かった。

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