第4話 浮気本命は男爵令嬢

「ミラ。やはりオレにはキミが必要だ」


「まぁ、トーマス。嬉しいわ」


 ピンク色の髪をした女は、嬉しそうにトーマスの体へとしなだれかかる。


 トーマスは満足気な笑みを浮かべて私を見る。


 私はミストラル男爵家の応接室で椅子に座り、正面のソファーに仲良く並んで座る二人を見ていた。


 トーマスの放蕩ぶりは凄まじく、浮気相手の数は両手を軽く超えた。


 相手は年下であったり、年上であったり、同年代であったり、バラバラだ。


 独身の時もあれば、既婚者や未亡人の時もある。


 貴族の令嬢である場合もあれば、平民であった時もあった。


 が。


 美女である、という一点だけは変わらない。


 同時に複数と付き合うなど乱れ放題の異性関係であったが、やがて相手は一人に絞られていった。


 いま目前でトーマスにしなだれかかっているミラという女だ。


 ミラは未婚の男爵令嬢だから、身分的にも立場的にも釣り合うと見込んだのだろう。


 夫は私と離婚してミラとの結婚を望んだ。


「エレノア。オレと別れてくれ」


「私が決められる事ではありません」


「父上が承知しないから、お前に言っているんじゃないか」


「私にだって無理です。大旦那さまにおっしゃって下さい」


 気まぐれに話しかけられたと思えば無茶を言う。


 私にとってトーマスとは、そんな存在だった。


「私の方がトーマスには相応しいわ。アナタから大旦那さまに言って、この家を去るのがわきまえた女の行動ではないかしら?」


 薄ら笑いを浮かべてミラが言う。


 ハーフアップにしたピンクの髪に青い瞳のはまった大きな目。


 細い細い体に、大きな大きな胸。


 バランスが悪くて一人では姿勢を保つことができないのか、トーマスの腕に乳房を擦りつけるようにして座っている。


「そう言われましても。私の意思で結婚したわけではありません。大旦那さまに言って下さい」


 ミラは私の体を頭のテッペンから足先まで、舐めるように眺めて言う。


「アナタのような女に、トーマスは似合わないわ。男爵夫人としても、どうかしら?」


「そう言われましても。私が決めた結婚ではありませんので」


「もともと平民なのでしょう? 男爵夫人として生きるのは分不相応ですもの。アナタだって辛いでしょ?」


「そう言われましても。実際に私が男爵夫人なのですから仕方ありませんわ」


「……強情な女ね。トーマス。この女に言っても無駄みたいよ。見掛けによらず、図々しいわ」


「あぁ、ミラ。コイツに何を言っても無駄だ。平民だけあって、図太い女なんだ」


「本当に、ね。私がこの人の立場だったら、黙って家を出て行くのに」


「そうだね、ミラ。キミは立場を良くわきまえている女だ」


「離婚が無理だからといって居座るなんて。いっそのこと命を絶って消えるという選択肢もあるというのに」


「あぁ、ミラ。キミはそういう健気な選択の出来る女性だよ」


「私、アナタの為だったら何だってするわ。トーマス」


「嬉しいよ、ミラ」


「……」


 私は何を見せられているのだろう。


 二人に呆れながらも、逃げ出す場所もない私は黙ってその場に留まっていた。

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