第5話 離婚も再婚も認めないのは家長である大旦那

「離婚も再婚も、認めん」


「ですが、父上」


「トーマス。お前の妻は、そこにいるエレノアだ」


「……」


「オレはミラと結婚したいんですっ! コイツと離婚させてくださいっ!」


 トーマスは本気だった。


 ミラと結婚するために自分の父親を必死で説得した。


 だが、前男爵である舅が首を縦に振ることはなかった。


「ダメだ」


「ですがっ、父上! オレとエレノアは相性が最悪ですっ! こんな生活、オレには耐えられませんっ!」


「無理だ。諦めろトーマス。離婚も再婚も、私は認めない」


「父上っ!」


「……」


 ミストラル男爵家の居間で、私は父親と息子が言い争う様を黙って見ていた。


 息子がどれだけ言い張っても、父親が折れることはない。


 当たり前だ。


 父親は理由があって私を息子の妻にしたのだ。


 そこに私の幸せなど含まれてはいない。


 私の舅となった男は、私の幸せなど欠片も考えてはいない。


 そこを、私の夫となった息子は見誤っていた。


「オレは、どうしてもミラと結婚したいんだっ! 父上! コイツと離婚させてくれっ!」


「ダメだ。浮気は構わない。愛人なら何人でも好きなだけ囲え。子供だって作って良い。だが、離婚だけはダメだ」


「どうしてですか!?」


「それを聞いてくるほど、お前が愚かだからだ」


「そんなっ!」


「家の事も、商会の事も。エレノアに任せておけばいい。結婚していれば、エレノアがお前を裏切ることもない。お前は結婚しているだけでいいんだ。それがお前の為になることが、何故わからない?」


「ちっとも分かりませんよ、父上。離婚させてください。コイツをこの家から追い出してくださいよ」


「ダメだ」


「……」


 いずれにせよ。


 私の幸せなんて彼らにとって視界にすら入らない些末な問題。


 それだけはハッキリしている。


「オレはエレノアを妻なんて認めない。だから離婚を許して下さい」


「ダメだ。お前の妻はエレノアだ」


「だったら、せめて別居させてくださいよ。オレは、コイツの顔も見たくないんだ」


「ダメだ。エレノアは屋敷に住まわせる。お前の家もココだ、トーマス。分かっているだろう?」


「ですか、父上。オレは平民と一緒なんて耐えられない」


「なぜだ? お前がどうしても、と、言うから、エレノアの部屋は離れた場所にしただろう? それに、屋敷に住み込んでいる使用人の中には平民もいる」


「使用人と妻では違うでしょ!」


「いや、トーマス。気にし過ぎだ」


「平民の妻なんて。オレは笑いものですよ」


「いや、トーマス。お前、それは気にし過ぎだ」


「今までオレは美女ばかり相手にしてきているのに。妻がコレなんて……」


「いいじゃないか、トーマス。恋人は幾らでも作れば良い。そこをダメだと言っているわけじゃない。金だって、欲しいだけ渡しているだろう? 妻としてエレノアを置いておけば、他は自由なんだから」


「ですが、父上っ!」


「ワシはお前を知っている。お前にも良い所は沢山あるが、トーマス。どうしても足りない所があるんだよ。それを補ってくれるのがエレノアだ。お前、ちょっと浮気相手の所へでも行って気分転換してきたらどうだ?」


「オレはっ!」


「母親が早く亡くなって、お前には苦労を掛けたと思っているよ。トーマス。だから、浮気も……散財にも、何も言わん。しかし、エレノアとの結婚だけは続けておくれ。分かってくれるか?」


「いや、オレはっ!」


「……」


 私が不幸でも。


 私にとって、ココに居る意味なんて無くても。


 彼らにとっては関係の無い事なのだ。


 私は置物のように黙って座ってそこに居て、言い争う親子を見ていた。

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