幕間 死霊術師は連勤術師
ヴィクトル=F=ミランは闇系統に属する魔術の中でも、
死霊術師と言うと、死者の
そのため、今日のように特殊犯罪課にいることは珍しい。
「いやさぁ、聞いてよジュリオ君」
何をしているのかというと――ジュリオの隣に
「今日でボク17連勤よ? 毎日毎日事件現場に
「それはお疲れ様です」
ジュリオは真剣な
「わざわざ死霊術を使って確認しなくても分かるような簡単な事件なのに、『お前の意見は聞いていない、いいから
うんうんとひとり
ちなみにヴィクトルは王立アカデミーを首席かつ飛び級で卒業した天才でもあり、特殊犯罪課のまとめ役をガストンとするなら、特殊犯罪課の
と、ドアを開けてフィリアが部屋に入ってきた。
「あ、ヴィクトルさんだ。中央署のダミアン捜査一課長が探してましたよ?」
「とうとう
フィリアの言葉に、目を閉じたまま
「また仕事が嫌になって逃げてきたんですか?」
「フィリアちゃんは手厳しいなぁ……まぁそうなんだけどさ。だって今回は17連勤だよ?」
「じゅ、17連勤ですか……」
フィリアの顔がひきつっている。
「ミリアム中央署の捜査一課は
「もう朝から晩まで現場で被害者の魂を
一般に、人は死ぬと肉体から魂だけになり、現世と冥界の
死霊術はあくまでも現世にある魂を一時的に操作する魔術であり、冥界に去った魂を操作することはできない。だが、
「冥界から魂を呼ぼうとするとどうなるんですか?」
ジュリオの疑問。
「うん、良い質問だねぇ」
ヴィクトルは待ってましたとばかりに
「冥界からの魂の召喚がうまくいかないのは周知の事実だけど、実は召喚それ自体は問題なく行うことができる。けど、呼び出した魂が現世にいたころとは変質してしまっているのが問題なんだ。現世と冥界とはいわゆる冥界の門を通して移動するんだけど、死神ニルヴァが生み出した冥界の門と、ボクたち死霊術師が召喚のために作り出す冥界の門――仮に
「――だから冥界から呼び出した魂とは会話が成り立たない、ってことでしょうか?」
「そうだね、そういうことになる。死者との対話が死霊術の基本だけど、それが出来ないからまっとうな死霊術師は冥界からは魂の召喚を行わない訳だ。ちなみに冥界から呼び出された魂は極めて
「いや、魂の色なんて一般人には見えないですから」
「おっと、そうだったね。失敬失敬」
フィリアの
「現世から冥界へと魂が移動する理由は諸説あるけど、もしこのシステムが無かったら現世が魂で
「神殿では光神ソレティナと闇神ルナリスの双子神が作った
「一般向けにはそれでいいけど、ボクみたいな
「そう言われれば……」
「そもそも、このラケント大陸に伝わる神話は、多少の差異はあっても王国や帝国、他の2国でもほぼ一緒な訳だけど、これは何を示していると思うジュリオ君?」
「4国いずれもが同じ神話を伝えているということは、その4国は共通の祖先を持っていた、ということでしょうか?」
「
「あのー、そんな話アカデミーや神殿でも聞いたことないんですけど……」
神殿で光魔術を、アカデミーで風と水魔術を
「それはそうだろうねぇ、これは最近の研究で初めて判明したことだから。ボクがアカデミー時代に師事していたフアン教授と研究チームが中心となって解明にあたってるんだけど、先史文明があった――のではないか、くらいの段階らしいよ」
「確定ではないんですね」
「そもそも、先史文明の存在については昔から人々の間でまことしやかに語られていたんだけど、正式に調査され始めたのがつい最近のことでね。2000年前くらいまでの
「それって無理がありません? 都合がいい
「さらに一説によれば、先史文明の空中都市が
「そこまでいくとさすがに嘘くさいです。だいたい、そんなのどうやって出入りしてたんですか?」
「そこは、
「転移門……ですか?」
「空間を
「ええと、転送用の魔法陣と
「ありがとう、フィリアちゃん。大体その通りで、付け加えるなら現代の技術では転送陣を作り出すことはできず、古代に作られた転送陣を利用するだけである、かな。現代の都市がこの転送陣を中心に作られたものが多いのは、物資の輸送に便利だからだね。ただ、大都市に存在する転送陣は軍事利用されないようにその管理は各国が
「さて、話を続けようか。転送陣が現代の技術で作れないこと、これに先史文明の存在が
ジュリオが
「では、現存する転送陣の魔晶石を現代の技術で
「実にいい視点を持っているね、ジュリオ君。君は
言いながらヴィクトルは再び眼鏡を押し上げる仕草をする。
「結論から言うと、その方法はダメだった。新大陸歴143年、クァトル王国とドヴァエ教国、ユーヌ共和国の3国協同で大陸中央部にあるバイヤール遺跡の転送陣移動実験が行われたんだけど、どうやら魔法陣と魔晶石はセットで作られているらしくてね。新しく描いた魔法陣に魔晶石を
と、
「見つけたぞぉ、ヴィクトル=F=ミラン二級捜査官!」
大声でそう叫ぶと、そのままずかずかと特殊犯罪課に入ってくる。
「ダ、ダミアン課長……」
「さあ戻るぞ、ヴィクトル捜査官。仕事が我々を待っている!」
「いや、でも、17連勤はやりすぎじゃないかと思うんですが……」
先ほどまでの
それに対し、ダミアンは笑い――ただし
「何を言うヴィクトル捜査官。私や他の課員が平気なんだから君だって平気なはずだ。いや、平気に決まってる!」
断言するその瞳に一切の迷いは無い。――というか狂信者の瞳だった。
「いや、しかしですね」
なおもヴィクトルは食い下がろうとするが、
「さあ行くぞ、我々が一件事件を解決する毎に、王都に平和が一歩近づくのだ! 逆に言うと、我々が手をこまねいているだけ、王都から平和が遠のくのだ!」
ダミアンはそう言いながら異様な笑みを浮かべたまま、片手一本で長身のヴィクトルを持ち上げると引きずっていく。
「ジュ、ジュリオ君、フィリアちゃん、助けて!」
引きずられながらヴィクトルが助けを求めるが、
(ええと、こういう場合はどうすれば良いのかな……?)
判断に迷ったジュリオは隣のフィリアを見る。
フィリアは、ヴィクトルの方に両手を合わせて目を閉じている。
ジュリオは
「ああっ、それはないんじゃないかな君たちッ!?」
ヴィクトルは悲鳴を上げる。
そのまま部屋の外へと引きずられていくが、
「ダミアン課長、その辺にしてもらおう」
冷静で通る声。
「局長~!」
「これはヴァイオレット局長。ご
歩みを止めるダミアン。ただしヴィクトルを
「聞けば連勤が続いている様子、疲労が
「これは王立捜査局の局長とも思えんお言葉ですな。犯罪者は待ってくれんのです、我々が身を粉にして働くのは当然でしょうに」
「貸している
「王都の平和を預かる中央署には休んでいる暇などないんですなぁ、
「……」
ヴァイオレットとダミアンの間で視線がぶつかり合う。
王立調査局は警察の上位組織だが、作戦によって一時的に指揮を預かることはあっても、
そのため、警察内部には調査局のことを面白く思っていない人間も存在する。ダミアンという男もそうした一人なのだろう。
「ではやむを得ない、中央署のコンスタンツァ署長を通じて正式に抗議させてもらおう。場合によっては調査局の捜査官の貸し出しも考えさせてもらう」
「む」
上司の名と捜査官の貸し出し中止を持ち出されて、
「仕方ありませんな……やはり署長とは女性同士、仲がよろしいようで」
無念そうにヴィクトルを掴んでいる手を離す。
「勘違いしているようだが、性別は関係ない。それに、捜査だからといって署員や捜査官に無茶をさせるのは違うと思うが」
「そこは平行線ですな、我々がやらねば誰が市民を守るというのです。……まあ調査局さんには分かりませんよ」
そう言って肩をすくめると、ダミアンはドアを閉めずに出て行った。
「やれやれ、困ったものだな。コンスタンツァ署長は物分かりの良い人物なのだが」
開いたままのドアを見ながら、ヴァイオレットがひとりごちる。
フィリアがドアを閉じて席に戻ると、
「助かりました、局長」
ヴィクトルが頭を下げる。
「上司として当然のことをしたまでだ。だが、そもそも逃げ出すくらいなら私に一言相談してくれればいいものを」
「いやぁ、ああいう押しの強い人には弱くて……」
頭を
「笑いごとで済んでいる間はまだいいがな。あんな調子で中央署の捜査一課は大丈夫なのか?」
「なんとか回ってますかね。ダミアン課長が休みを取らないので、周りもほとんど休みを取れてませんが」
「それは大問題だと思うが……いずれにしろ一度署長と話さねばならんか。ただでさえ
「おやぁ? 局長も珍しく愚痴モードですね」
「私だって、たまには愚痴の一つも言いたくなるさ」
ヴァイオレットは局長室の前まで戻ると、
「フィリア、ジュリオ、お前たちは仕事に戻れ。ヴィクトル、お前は3日ほど休んでいいぞ。それくらいの権利はあるだろう。それと、今後
「「「了解」」」
その返事を聞き届けると、ヴァイオレットは局長室へ消えていった。
再び特殊犯罪課にはジュリオ、フィリア、ヴィクトルの三人になる。
「さて、ジュリオ君にフィリアちゃん」
「はい」
「な、なんでしょう?」
ゆらりと二人に振り返るヴィクトル。掛けていた眼鏡が光を反射して、奥にある瞳が見えなくなっていた。手にはいつの間にか
「ウフフフフ……さっきはよくもボクを見捨てたねぇ?」
「に、逃げるよ、ジュリオ!」
「でも勤務中なんだけど」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
強引にジュリオの手を取り、廊下へと駆け出していくフィリア。
連れ立って調査局の職員たちの間をすり抜け、角を曲がっていく。
「あ、フィリア君にジュリオ君」
「そんなに急いでどうしたんですか?」
廊下でベルナルドとエレナとすれ違う。
「ごめんね、説明はまた今度!」
すれ違いざまにフィリアはそう叫ぶと、ジュリオと一緒に角を曲がって消えていった。少し遅れてヴィクトルが眼鏡を光らせたまま、猛ダッシュで二人を追う。
そんな三人をベルナルドとエレナは見送ると、
「……緊急の事件かな?」
「だったらフィリアさんとジュリオさんは手を繋いだまま走っていかないと思うの。きっと愛の
訳知り顔でエレナが頷く。
「なるほど、エレナは鋭いなぁ。でもお父さんはそんな単語を知ってるエレナがちょっと心配です」
そう言いながら、ベルナルドはエレナの頭を
――結局、ジュリオ、フィリア、ヴィクトルの三人の鬼ごっこは夕方まで続き、
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