第3話 正義の在処 ― 1

「おはようございます」

「ニャー」


 ジュリオとミィのいつもの朝の挨拶あいさつ


「おう、おはようさん」

「おはようございます、ジュリオ、ミィちゃん」

「あら、おはよう」


 返ってくる挨拶が、いつもより一つ多い。

 局長がいるのかと思えば、小綺麗こぎれい整頓せいとんされた机の前に耳の長い美しい女性が座っていた。


「あなたがジュリオね、ふーん……。あたしはアルセリア=バラーハ、一級捜査官。半森妖精族ハーフエルフの魔術師よ、よろしくね。ちなみに年齢は企業秘密」

 

 女性が立ち上がってジュリオに会釈えしゃくする。

 白金色プラチナブロンドの髪を高い位置でやわらかくたばねており、美しく整った顔立ちにあおひとみ、唇にはあざやかなべにが引かれ、冬場にも関わらず腹部を露出ろしゅつした黒のセパレートタイプの服からは華奢きゃしゃな半森妖精族にしては珍しいこぼれ落ちそうなほどの大きな胸が見える。長い脚がのぞく黒の1分丈のレギンスに、白のロインクロスをまとい、腰には魔術師の証である短杖ワンドを帯びている。

 総じてたぐいまれな美女、あるいは妖艶ようえんと言って良い容姿ようしだろう。

 それだけ確認すると、


「ジュリオ=レイクウッドです、よろしくお願いします」


 そうジュリオはアルセリアの目を見ながら挨拶した。

 アルセリアは少し驚いたようで、


「この子、あたしの胸を見ないで挨拶してるわ。男も女も9割はまず胸に釘付けになるのに」

「そんなこと言われてもなあ。なぁ、坊主ぼうず

「はぁ」

「若い割には冷静なのね……それともあれかしら、ぺったんこの方が好みのタイプってやつ?」

「なんでそうなるんだよ。ほれ、坊主が困ってるじゃねぇか、からむんじゃねぇよあねさん」

「あら、同僚どうりょうの好みは重要なのに……」

 

 つぶやきながらもアルセリアは椅子いすに戻る。


痴女ちじょみたいな格好かっこうしてるが、あれでも調査局ウチどころか王国きっての凄腕すごうでの魔術師だ。ただし気分屋だから機嫌きげん次第でこっちを燃やしに掛かるから注意しろよ」


 ガストンのセリフに、ひらひらと手を振ってみせるアルセリア。

 

「普段は王立アカデミーで講義三昧ざんまいの日々だが、今日はたまたま講義が中止になったとかで、珍しく顔を出しにきたらしい」

 

 ガストンは一旦言葉を切ると、今度はアルセリアの方を向き、


「で、こっちの坊主はジュリオ、動物と話せる上に料理も上手いナイスな新人だ」

「局長から聞いてはいたけど……ホントなの?」

「1か月ばかり一緒に事件の捜査をしてるが、まあ本当だな」

「飼い犬や猫さんから情報収集しては大活躍なんですよ」

 

 フィリアが補足する。


「ふーん。魔術を使っても動物と会話は出来ないのに……どういう理屈なのかしら?」

「いわゆる才能タレントだろ? 姉さんの『魔術六系統使用可能オールユーザー』だって理屈はないんじゃないのか?」

「そう言われればそうか。ガストン、あんた頭悪いくせに良いこと言うわね」

「へいへい。それで、だ。今日は局長は朝から会議でいないが、仕事はきっちり預かってる」

 

 手に持った箱をかかげて見せるガストン。


「この箱、調査局への投書箱なんだが、こいつを全員で精査するように、とさ」

「3か月に一度くらい、事件の無い日にやってますよね。ジュリオは初めてかな?」

「初めて聞きます。具体的には?」

「調査局への無茶なお願いが書いてあるものから、嫌味いやみや文句、挙句あげくの果てには面白半分の偽の犯罪予告までなんでもござれ、だ」

「投書の精査ねぇ。あたしもずいぶん久しぶりだけど、内容はその分じゃあんまり変わってないみたいね」

「でも密告や犯罪に巻き込まれた人からのSOSがあったりするから、ただの投書と油断できないんです」

「なるほど。なんとなく分かった気がします」

「よし、じゃあ箱は開けておくんで1人1通ずつ取って読んでいくぞ。読んでいて気になるモノがあったら知らせてくれ」

「「「了解」」」


 全員で作業に取り掛かる。

 ジュリオも箱から1通取り出して見てみる。


「えーと……アーロン料理店開店、中央セントラル地区とノルテ地区のさかいにて、皆さまお誘いあわせの上来られたし……」

「ただのチラシだ、捨てとけ」

「はぁ」

「基本的にそんなのばっかりだからな」


 黙々と作業に取り組む。

 室内に用意されているポットからコーヒーや紅茶を各自作って飲みつつ作業を続けること3時間。

 

「……ん、なんだこりゃ?」


 ガストンが言葉とともに手を止めている。


「何かありましたか?」

「子供の字の手紙……だな。まぁ大したことは書いてないだろ」

「あら、子供だからって無視しちゃかわいそうよ。親の虐待ぎゃくたいからの救難きゅうなん信号かもしれないじゃない」

「んじゃこいつは姉さんに任せた」

「はい任されました」


 手紙がアルセリアの手に渡る。

 読むことしばし。


「……これ、危ないかも」


 ぽつりと呟く。


「さっきの子供の字のですか?」

「うん、姉弟二人暮らしの弟からなんだけど、貧しい暮らしをしていたのに突然姉の金回りが良くなったそうなの。聞いても何してるか答えないし、夜遅くにいなくなることが多くなった、って書いてあるわ。心配だから調べて欲しいって」

「おおかた夜の店で働いてるとかじゃねぇか? それで弟には言い出しにくいとか」

「それもありそうではあるけど……あたしの勘では違うわね」

「勘、か。姉さんの勘は当たるからなぁ。興味あるなら坊主とじょうちゃん連れて直接行ってみたらどうだ」

「なあに、あたしにおもり役を押し付ける気?」

「新人たちに経験積ませるのも重要な仕事だろ。それに、誰か一人は残ってないと緊急時に困るからな」

「それもそうね。じゃあ行ってくるわ、ガストンは留守番よろしく。ほら、行くわよ坊やたち」

「だ、そうだ。二人とも行ってこい」

「「了解です」」


 ジュリオとフィリアはそれぞれの投書を片付けると、出発準備を整える。

 

「この投書に書かれている住所はエステ地区のさらに東端の方。貧民窟スラムやこの前の戦争による難民たちが多くいるところね。行ったことはあるかしら?」

「自分はありません」

「東地区なら暮らしていた経験がありますが、貧民窟はわたしも行ったことないです」


 ジュリオとフィリア、二人で首を振る。


「そう。貧富ひんぷの格差からどうしても犯罪が多くなりがちな地域だから、あたしたち調査局も行くことが多いの。それに犯罪者も多ければ情報提供者も多いところよ、慣れておくといいわ」


 アルセリアの言葉にうなずく二人。

 それを受けてガストンが思い出したように、


「そうだ坊主、貧民窟に行くなら警察の代表印みたいな電磁警棒スタンロッドは置いていけ。あそこは警察が嫌いな連中が多いからな」

「そうなんですね、了解です」


 そう言ってジュリオは腰から電磁警棒を外して、自分の机にしまう。


(本来、唯一の武装である電磁警棒を外すのを簡単に了承りょうしょうする。本人も気付いてないだろうが、素手でも問題ないと考えていることがけてるぜ)


 などとガストンは思考するが、表には出さない。支度をするフィリアとジュリオたちを、コーヒーをすすりながら黙って見つめていた。

 やがて、三人の準備が整う。


「じゃあ行くわよ。専属の馬車だと金持ちだと思われちゃうから、貧民窟まではセントラル駅から東西線を使うわ。そこからは乗合馬車よ」

「東西線……その名の通り王都の東と西を結ぶ汽車ですね」

「そうだけど、まさかそれも乗ったこと無いわけ?」

「はあ、王都に来てまだ間がないもので。遠くの場所の事件も専属馬車でしたから」


 ジュリオがぽりぽりと頬をかきながら答える。


「ホントに田舎者なのねぇ……まあいいけど。あたしたちは捜査官の証である蛇喰鷲へびくいわしの紋章を見せれば汽車も乗合馬車も無料タダで乗れるから、覚えておきなさい」

「了解です、覚えておきます」

「セントラル駅まではどうしましょうか。馬車を使います?」

「大した距離じゃないし、急ぐ旅路でもないわ。徒歩で行きましょう」

「「了解」」


 二人の返事を聞いて、気負いもなくアルセリアは歩き出した。ジュリオたちもその後に続く。


「気を付けて行って来いよー」


 三人を見送るガストンは、くわえタバコのまま気楽そうにおおかみの手を振っていた。



 ◇◆◇



 セントラル駅から東西線の汽車に乗車し、東行きの終点であるエステ地区東端駅で他の客たちと一緒にホームへ降りる。


「これが汽車ですか……すごいものですね」


 ジュリオが乗ってきた汽車を見ながら、感心したようにつぶやく。

 郷には機械や魔道具のたぐいは照明や炊事すいじ器具を除けばほとんど無かったため、汽車ほどの力を持った乗り物を見たことが無かったのだ。10両の客車や貨物車が連結されており、大量の客と荷物を輸送可能な汽車は、ジュリオには魔術どころか魔法にさえ思えた。


蒸気じょうき機関自体は大分前からあったのよ。それを魔道具を使ってより便利にしたものの一つが今の汽車ね」

「蒸気機関、ですか」

「――ひょっとして蒸気機関も知らないわけ?」

「アルセリアさん、ジュリオは田舎から来たばっかりですから」


 めるようなアルセリアに、とりなすようなフィリア。


「いや、いいんだフィリア。物を知らないのは自分でも分かってるから」

 

 そんなジュリオの言葉を、


「知とは己が無知であることを自覚することから始まる。それを素直に認められるのは良いことよ」

 

 アルセリアが軽く微笑ほほえみながらそう言う。


「ま、蒸気機関の説明は今ははぶくわよ。あとでヴィクトルの変態かレオーネのおじいちゃんにでも聞けばいやってほど教えてくれるはずだから」

「はい、了解しました」

「……ふーん、返事も素直で良いわね。ガストンがぼうやを気に入るのも分かるわ」


 ジュリオをまじまじと見つめながらアルセリアが言う。その様子をフィリアはなんとなく落ち着かなげに見ていた。

 やおらアルセリアは足をひるがえすと、駅の出口を目指す。


「さ、乗合馬車で今度は貧民窟スラムまで向かうわよ」

「「了解」」


 ジュリオとフィリアも彼女の後に続く。

 降車した人間と、これから乗車する人間たちによる人混みを抜けていくアルセリアを、老若男女を問わず人々が足を止めて見ている。その美貌びぼう恰好かっこう、おそらくその両方のせいだろう。


「注目されるのは嫌いじゃないけど、なんだか鬱陶うっとうしいわね。ちょっとあたり一面焼き払ってやろうかしら……」


 そんなことを呟きだしたアルセリアをあわてて止めに入るジュリオたち。

 気分屋だとガストンが言っていたが、あながち間違いではなさそうだった。


 ともかく出口を抜けて、駅前にもうけられた乗合馬車の停留所に向かう。

 幸いにも三人はあまり待たずに目的の方面行きの馬車に乗ることができた。

 ほどなく貧民窟前に到着する。


「書いてある住所は……貧民窟の外れか。もう少し端の方ね」


 手紙を片手に持ったままアルセリア。

 貧民窟や、その周囲のみすぼらしい家々の窓、あるいは地面に座り込んでいる人々から様々な視線が集まっているが、駅とは違って今度は気にした様子はない。

 そんなアルセリアとは違い、フィリアは不安気ふあんげに愛用の長杖ロッドを胸元に引き寄せていた。

 ジュリオは普段と変わらない様子。


「あ、心配ないわよ。三人のうち魔術師が二人いるようなグループを相手にしたがるようなバカはさすがにいないから」


 フィリアの不安を察したのか、そんな言葉をアルセリアが掛ける。


「ありがとうございます。でもなんだか視線が怖くて……」

「気にしないでいいのよ? ここでは余所者よそものはちょっと目立つってだけだから。ほら、坊やを見習いなさいな、すごく自然体よ?」

「?」


 ジュリオが不思議そうにアルセリアたちを見る。


「確かに視線は感じますが、敵意までは感じません。どちらかというと、好奇の視線に思えます」

「表現が的確ね。こんなところに美女が二人も来たから気になってるだけよ」


 言外にアルセリアは自分も美女の一人だと主張している。間違ってはいないが。


「……それを狙われたりしませんか?」

「さっきも言ったでしょ、魔術師二人を相手にするなんてのは、ここでは強盗団くらいなものよ。連中もさすがに白昼堂々はくちゅうどうどう、こんな道路のど真ん中をおそってこないでしょうし。まぁ後はあたしたちの杖を魔術師のフリをしたフェイクだと思う連中がどれだけいるか、かしらね」

 

 アルセリアの言葉を受けて、ジュリオもフィリアの顔をまっすぐに見る。

 

「一応自分もついています、大丈夫かと」

「うん、そうだよね……ありがとう、ジュリオ」


 ジュリオの視線に、フィリアが少しはにかむ。

 そんな二人のやりとりをアルセリアは面白そうに見ていた。


「若い者は良いわねぇ、なんてババくさいことは言わないわよ。さ、とっとと目的地に向かいましょ」


 そう言って一人歩き出す。土地勘の無いジュリオたちもアルセリアに従って歩いていく。

 やがて、バラックが大量に建てられた町の一角でアルセリアは足を止めた。


「ここね。さてさて、投書の主のアベル君はいるかしら」

「それは確かに。いなかったら盛大な無駄足ですね」

「いいのよ、万一いなくてもそのうち帰ってくるだろうから」


 アルセリアの話しぶりは、もし不在なら帰ってくるまで待つつもりだと言っていた。

 その様子を見て、フィリアが呟く。


「……アルセリアさんは、この投書に何かあるって確信してるんですね」

「そうね。経験と勘ってヤツ? この話には何かある、間違いないわ」


 そう言うと、アルセリアの手が古びたバラックの戸を数度叩く。

 ややあって戸がきしむ音を立てて少しだけ開き、中から茶髪茶眼の可愛かわいらしい少年が顔を出した。

 こちらを見て小首をかしげると、


「あの、なんの御用でしょうか? 姉でしたらいま出かけていていませんが……」


 おずおずとした様子でこちらをうかがっている少年に、無言でアルセリアは蛇喰鷲へびくいわしの紋章と手紙をかざして見せた。

 少年はそれを見て小さく驚くと、


「良かった、王立調査局の方々だったんですね。すいません、汚いし狭いところですが、よければ上がってください」

 

 少年は戸を全開にして、三人を招き入れる。

 バラックの中はお世辞にも広いとは言えない上、家具もほとんど無かった。リビングとおぼしき部屋へ通されると、粗末なテーブルの前後にある2つの椅子いすの片方にアルセリアが座り、ジュリオとフィリアはその後ろで立って待つことにした。

 少年は案内を終えると、しばし隣の部屋――台所か――に行ったあと、小さなポットと素焼きのコップを4つ抱えて戻ってきた。


「紅茶――薄いですけど、よければどうぞ」


 そう言いながら少年はテーブルの上にコップを置き、それぞれにポットから紅茶を注いだ。ほんのりと茶葉の香気が部屋に立ち込める。紅茶を注ぎ終えると、空いている椅子に座ってアルセリアに一礼してみせた。


「今回は来てくださりありがとうございます、僕はアベルと言います」

「あたしは王立調査局一級捜査官のアルセリア=バラーハ。後ろの二人はフィリアとジュリオ。二人も捜査官よ」


 アベル少年がジュリオたちにも一礼する。ジュリオたちも少年に礼を返す。


「それで、話はこのお手紙にあったあなたのお姉さんのことなんだけれど」


 紅茶に手を付けぬまま、前置き無くアルセリアがそう話を切り出すと、アベルは無言で頷いた。


「はい、投書した通り、最近ドミニカ姉さんが変なんです。まず、夜遅くに出掛けて行ったかと思うと、朝になって帰って来ることが増えました。最初はなにか仕事をしているのかと思ってたんですが、問い詰めても教えてくれません。それに、たまたま姉さんの財布を覗いたら銀貨と銅貨に混じって金貨がたくさん入っていて。姉さんはまだ13歳だから、出来る仕事なんて限られてるはずなんです。だから、たくさんの金貨があるなんておかしいと思って」


 アベルの話は丁寧ていねいなだけでなく、理路りろ整然せいぜんとしている。


「それで、なにか危ないことをしているんじゃないかと、王立調査局に投書しました。こうして家に来てくれたということは、調べて貰えると思っていいんでしょうか?」


 アベルは茶色の瞳をアルセリアに向けて尋ねた。

 アルセリアはそれには答えず、質問に質問を返す。


「お姉さん――ドミニカさんには、なにか特技がある? そうね、例えば――魔術が使えるとか」


 その質問にアベルは少しの間驚いたような顔をしていたが、やがてあきらめたように、


「それも分かっているんですね……姉さんは火魔術を幾つか使えるみたいです。なんでも知り合いから教えてもらったとか言っていましたが……」


 目を伏せながら、アベルはそう答えた。


「――そうなのね。火魔術がちょっと使えれば出来る仕事も増えるけど、金貨がたくさん貰えるほどじゃないわ。それが分かっているからアベル君はあたしたちに調べて欲しかった。そうね?」


 アルセリアの言葉に、再び無言でアベルが頷く。


「今日皆さんが来てくれてちょうど良かったのかも知れません。姉さんが家を出る時に落としたのか、置いていったのか分かりませんが――」


 ポケットから一枚のメモを取り出した。


「失礼、ちょっと見せてね」


 アベルから渡されたメモを三人で確認する。

 メモには『今夜2時 銀のハシバミ亭』とだけ書かれていた。


「銀のハシバミ亭って、中央セントラル地区にある貴金属や宝石を使ったアクセサリーで有名なあの店ですか?」

「当然、夜の2時にはお店はやってないわね」

「だとすれば、このメモは……」


 ジュリオは思考する。


(深夜2時に、有名な宝飾店に向かう――)


 その意味は、深く考えるまでもない。

 行き先が夜でも営業している酒場や宿屋であれば、まだ逢引あいびきの線も有り得た。

 だが有名な宝飾店が行き先となると、もはや泥棒どろぼう強盗ごうとうかの二択にたくだろう。ドミニカが火魔術を使える点をかんがみれば強盗の線が強い。しかも襲う店の規模を考えると、単独犯とは考え辛い。となると答えは一つ。ドミニカはどこかの強盗団に入団していたのだ。金回りが急に良くなったのもそのせいだろう。

 横に立つフィリアを思わず見ると、同じ結論に達したのかいつものほがらかな顔ではなく、思いつめたような暗い表情をしているのが分かる。

 アベル少年にどう説明するか――ジュリオがそう考えた時だった。


「アベル君。これをあたしたちに見せた意味が、そしてあなたのお姉さんが何をしているのか。10歳にもなっていないだろうあなたにも、あまり良い事態じゃないことは分かっているわね?」


 アルセリアの冷たい声が部屋に響く。

 アベルは雷に打たれたように身体を一瞬震わせたが、すぐに毅然きぜんとした表情でアルセリアを見つめた。


「――はい」


 しぼり出すように答える。

 少年は幼いながらにも事態を理解していた。投書した時点では単なる疑念だったのだろうが、あのメモを見た時にすべて分かってしまったのだろう。その聡明そうめいさはアベルにとって幸だったのか不幸だったのか。ジュリオには分からなかった。


「なら、あたしから言うことはもう何もないわ。あとは王立調査局と警察に任せなさい」

「よろしくお願いします。ドミニカ姉さんは僕を学校に行かせてくれようと、お金を貯めていました。決して悪い姉じゃないんです、どうか姉を助けてください――」


 アベルはテーブルにぶつかるほど頭を下げた。

 強盗団の一員ともなれば、罪は重い。大人であれば死罪であるが、13歳という若さと幼い弟を養うためと考えれば同情の余地はある。それでも逮捕、女子少年刑務所への収監しゅうかんまぬがれないだろう。下手をすれば警察と戦闘になり死んでしまう可能性すら有り得る。

 アベルはおそらくそれも分かっているのだろう。投書した時はそこまでは考えてはいなかっただろうが、姉をかばいつつ、助けてくれるよう懇願こんがんする。それだけがアベルに現時点で出来る精一杯のことだったのだ。

 いまだに頭を下げたままのアベルに、


「もし全部が上手くいったとしても、アベル君とお姉さんは離れて暮らすことになるわ。たぶんどこかの孤児院こじいんに預けられることになるでしょうね。今から用意をしておきなさい」

「……はい」


 悄然しょうぜんとうなだれるアベル。姉を助けてくれると約束してもらえなかったばかりか、姉と離れ離れになる未来を告げられたのだ、無理もない。


「アルセリアさん――」


 フィリアが遠慮えんりょがちにたしなめるよう声をかけるが、


「この子は全部分かってる。なら、ちゃんと真実を告げるのがあたしたちの仕事よ。優しくするのはまた別の人の仕事、それをき違えちゃダメよ」


 アルセリアの言い方は決して強くはなかったが、そこに含まれた意味は重い。フィリアは沈黙する。ジュリオも掛ける言葉が見つからず、黙したままだった。


「さて、それじゃあたしたちは帰るわね。たぶん、明日には結果が分かるわ。紅茶、ごちそうさまでした」


 そう言って席を立ち、玄関へと向かう。ジュリオとフィリアもそれに続いた。アベルも席を立つと、玄関まで付いていく。

 戸を開けて外に出る。アベルは何か言いたそうにしていたが、結局何も言わず三人に黙ったまま頭を下げた。戸が閉じられ、三人だけになる。


「……アルセリアさんは、最初からこんな事態を想定していたんですか?」


 フィリアが弱々しく疑問を口にする。アベルに、姉に特技はあるか? とアルセリアがたずねた時から考えていたことだ。


「まぁ、ね」


 アルセリアは肩をすくめてそれだけ答えると、帰路に向かって歩き出した。ジュリオとフィリアも付いていく。

 

「あーあ、あんな可愛い子にあんな表情させちゃうなんてね。つくづく捜査官なんてろくな商売じゃないと思っちゃうわ。アカデミーの講師に専念すべきだったかしら」


 誰に向けた言葉でもない、独り言のような口調。だが、そこにはアベルの家で見せた冷たさは微塵みじんも含まれていなかった。ただ一抹いちまつさびしさを感じさせる。


「あれは確かに、誰かがアベル君に告げなくてはいけないことでした。アベル君自身が分かっていたとしても。全部アルセリア先輩せんぱいに任せてしまって申し訳ありません」


 ジュリオがそう口にして、アルセリアに向かって頭を下げる。


「いいのよ、それが先輩のあたしの、一級捜査官の仕事だもの。さ、急いで帰って局長に報告して対策を練るわよ。なんとかあの子のお姉さんを止めてあげないと」


 泣き笑いにも似た表情を浮かべて、アルセリアが言う。


(冷たい人だと思っちゃったけど、そうじゃなかったんだ。わたしたちが不甲斐ないから、アルセリアさんが代わりにやってくれたのね)


 フィリアもそう考えると、ジュリオにならってアルセリアに頭を下げた。


「やめてよ、今はそんなことしてる場合じゃないわ。二人とも分かってるだろうけど何より時間が無いの、速攻で帰るわよ。捜査官としての心得は、また今度叩き込んであげるから」


 少し照れたように一息に言うと、歩くペースを早くする。ジュリオたちもそれに合わせてペースを上げたのだった。




◇◆◇

 


 

 乗合馬車と汽車を乗り継ぎ、局へと戻る。


「おう、おかえり。どうだった?」

 

 特殊犯罪課にはガストンがいて、投書を片手に問いかけてきた。

 ジュリオたちがかいつまんで事情を話すと、人狼の顔がくもる。


「それはまずいぜあねさん。今夜銀のハシバミ亭がおそわれるってのは、信頼できる筋からのタレコミがあったんで既にボスもつかんでる。もう一般警察の鎮圧部隊が準備されてて、ボスが指揮を任されるって話だ」

「本当なの!?」

「ああ、ひまなら作戦に付き合えって、さっきボスから言われたばっかりだぜ」

「話が早いのは助かるけど、ドミニカちゃんを助けるチャンスは無くなったと思ったほうが良さそうね……」


 形の良いまゆをひそめてアルセリアがつぶやく。


「アルセリアさんは、アベル君のお姉さんを助けるつもりだったんですか? わたしてっきり、生きたまま逮捕たいほ出来れば、って意味だと……」

「そうね、あたし個人としてはドミニカちゃんを見つけて説得して、たまたま通りすがった一般人のフリをしてもらって、アベル君のところへ帰ってもらう。そんなことを考えてたわ」


 一旦内心を整理するように言葉を区切る。


「でも、あたしはあたし個人の前に王立調査局、しかも特殊犯罪課の一級捜査官なの。ここまで来たなら、あたしも作戦に付き合ってドミニカちゃんを死なせないようにするくらいしか出来ないわ」


 それは既に覚悟を決めた顔だった。おそらくこんな事件をもう何度も経験してきたのだろう。だが何度やってもそれに慣れない、そんなことを感じさせる態度だった。


「なら、せめて自分もお供します」

「わたしもです。事情を知った以上、黙っていられません」


 口々に言うジュリオとフィリア。


「作戦に参加する人が多いほど、逮捕できる確率は上がるわ。二人ともありがとう」

「おっと、オレを忘れちゃいないか? そういうことならオレも手伝うぜ。気絶させるとかしてその女の子を無力化すれば良いんだろ? そういうのは任せとけ」


 おどけたようにガストンも言う。


「ガストンもありがとね。今度ご飯でもおごるわ」

「なんだよ、姉さんらしくもなく随分ずいぶん殊勝しゅしょうじゃねぇかよ」

「これはあたしが見つけて、あたしから首を突っ込んだ事件だから。ちゃんと最後まで見届けないと、ね」

「意気込みは分かるが、入れ込みすぎだぜ。子供が事件に関わると冷静でいられなくなるのは変わってねぇな」

「うるさいわよガストン。余計なことをぼうやたちの前で言わないでちょうだい」

「へいへい」


 特殊犯罪課の古株ふるかぶ二人の会話を、ジュリオとフィリアは黙って聞いていた。過去にアルセリアに子供に関わる事件か何かがあったのは確かだろう。だが、それを聞くのは今ではない。


「さ、そうと決まれば局長にあたしたちも作戦に参加するって言ってこないと。夜の2時まではまだ結構時間があるから、坊やたちは少し休んでおきなさいな。局長にもそう言っておくから」

「おう、じゃああとは姉さんに任せてオレたちは一旦桜花館おうかかんに戻るぞ。休める時に休むのも仕事のうち、ってな」

「了解です。アルセリア先輩、あとはお任せします」

「同じく了解です」


 微笑ほほえみながら手を振って見送るアルセリアを残して、ジュリオたちは部屋を出た。

 部屋のドアを閉じる寸前、自分の机に突っ伏して肩を震わせているアルセリアが見えた気がしたが、ジュリオは何も見なかったことにする。廊下を先行して歩くガストンとフィリアに追いつくべく、早足で追いかけ始めた。

 

 そして時が過ぎ――23時。

 銀のハシバミ亭にもっとも近い警察の詰所で、作戦の最終ブリーフィングが行われていた。

 対魔術装甲が施され面頬めんぼおの付いた特殊金属の積層甲冑せきそうかっちゅうに、同じく対魔術装甲と特殊金属で出来た積層盾せきそうじゅんと鎮圧用の電磁警棒スタンロッドで完全武装した警察の鎮圧ちんあつ部隊3個小隊、計三十六名の面々に混ざって、ジュリオ、フィリア、ガストン、アルセリアの姿がある。全員通信用の魔道具を片耳に付けていた。

 銀のハシバミ亭の見取図と人員配置図、作戦内容がびっしりと書き込まれた正面のホワイトボードの前には、ヴァイオレット。優美な装飾が施された銀色のよろいに、これまた細かい装飾の施された長剣を下げている。指揮官であるためか、かぶとはつけていない。代わりにほかの人員より少し大きめの指揮官用の通信用魔道具を付けている。


「――以上が強盗団『青いさそり』の襲撃しゅうげき対象の防衛と制圧作戦の概要がいようだ。今までの事件から推察すいさつされる強盗団の人数は、少なくとも十二名、多くて十六名程度と思われる。なお、今回の作戦には特別に王立調査局特殊犯罪課から四名が後方で私と共に参加する。いずれも諸君しょくんらに劣らない戦闘力を持っているので、心配はいらない。特にアルセリア=バラーハと言えば、国内屈指くっしの魔術師として知っている者も多いだろう。彼女の他にも人狼族ウェアウルフのガストン=ウェイン、かつて軍の特殊部隊で名をせた男だ、こちらも知っている者もいることと思う。他の二名も若いが実力は確かだ。ゆえに諸君は後方は気にせず強盗団の制圧に全力をくしてくれ」


 ヴァイオレットの言葉に、全員が了解の返答と敬礼を送る。


「質問はあるか? なければ各自持ち場にて待機、作戦開始の合図を待て。指示は通信用魔道具を通して行われる、機器のチェックを怠るなよ」


 ブリーフィングが終わり、鎮圧部隊の面々がそれぞれの持ち場に散っていく。何人かは顔見知りなのか、アルセリアやガストンの肩を叩いたり、声を掛けて去っていった。

 ブリーフィングルームには調査局の五人が残る。


「――話はアルセリアから聞いている。強盗団に13歳の少女がいて、それを保護したいのだったな?」

「はい、その通りです」


 ヴァイオレットの言葉にアルセリアが頷く。


「今回は戦闘になる。しかも魔術師であれば、それへの攻撃は苛烈かれつになるだろう。正直なところ、上手く確保出来るかは運次第だな」

「無理を言ってすみません、局長」

「ただでさえ強盗団など気に入らないのに、年端としはもいかない少女まで巻き込むやつらだ、余計な遠慮えんりょは不要だぞ」

「問題はドミニカさんがどこに現れるか、ですよね……」

「そこはオレの経験でいくと、火魔術を使って店に火を付けて、その混乱にじょうじて店を襲おうとするんなら――この辺りが最適さいてきかな」


 ガストンがホワイトボードの見取図の一点を指す。鎮圧部隊の人員がかれていないエリアである。店内部への扉も窓も無く、あまり重要だとは考えていられないのだ。だが、見取図によればそこは燃料用のまきが積まれている場所である。


「私も同意見だ。だが連中がそこまで頭が回るかは分らんがね。何も考えずにただ襲ってくるだけ、という可能性もある」


 ヴァイオレットがふち無し眼鏡めがねの位置を直しながら興味なさげに言う。

 ガストンはニヤリと笑うと、


「ボスも人が悪い、最近火事に乗じた強盗事件が2~3件起きてることを知ってるでしょうに。投書にあった火魔術を使うという娘っ子の加入時期を考えると、今回の――『青い蠍』でしたっけ? その強盗団の仕業と符合するじゃないですか」

「お前も考えるようになったな、ガストン」

め言葉と思っておきますよ。で、ちょっとでも頭のあるヤツが相手にいるなら、ここを選ぶでしょう。バラバラに探索するよりは、調査局の全員でこのポイントを張る方が良いんじゃないかと」

「複数賭けではなく一点賭けか。お前たちはどう思う?」


 ヴァイオレットの視線を受けて、まずはアルセリアが口を開く。


「あたしには戦術眼はありませんから、局長とガストンが言うことを信じます」

「わたしもそういったことは分からないので、局長たちの意見に従います」

「……」

「――ジュリオ?」


 ヴァイオレットの視線を受けてなお無言のジュリオを不審ふしんに思ったのか、フィリアが声を掛けるが、反応しない。ヴァイオレットの視線が強まる。


「何か懸念けねんがあるのか、ジュリオ捜査官見習い」

「強盗団が店に火を付けるとして――必ずしも火魔術を使う必要は無いのでは、と自分は考えていました。素人しろうと考えかもしれませんが」

「ふむ。薪が置いてあるなら、油と火打石ひうちいしなり火を付ける魔道具でもあればそれで事足りる、という訳だな?」

「自分も郷ではそうやってかまどに火を付けていたものですから。それに火魔術を対人戦に使わないのは勿体もったいない、と感じました」


 ジュリオの言葉にフィリア以外の全員が考え込む様子をみせる。


「勿体ない、か。面白い言い方をする。それに火の付け方も火魔術にこだわる理由は確かに無かったな」

「銀のハシバミ亭クラスの店なら夜間でも腕利うでききの警備員が数名は付いてるし、そのことを強盗団が知らないはずがない。それを襲撃してくるからには、警備員との戦いを想定してない訳が無い、か」

「魔術ならアウトレンジから一方的に攻撃できるから、なにかの拍子ひょうしに立ち止まったところを火魔術の【火矢ファイアアロー】で狙撃そげきすれば先制して一人、【火球ファイアボール】まで使えるなら、上手くすれば数人まとめて倒せるわね」


 ヴァイオレット、ガストン、アルセリアがそれぞれ思考を重ねていく。


「ど、どうしましょう? それじゃあドミニカさんがどこに来るのか分からないじゃないですか!」

 

 三人の思考にあわてだしたフィリアを、ガストンが制する。


「落ち着けってじょうちゃん。戦いに参加するんなら、それはそれで場所を特定しやすいってもんだ」

「ガストンの言う通りだ。見回りの警備員を奇襲きしゅうで倒した後、激戦区げきせんくに投入されるのが自明じめいの理。つまり――ここだな」


 今度はヴァイオレットが見取図の一点を指す。

 そこは、宝飾品と会計用の現金にもっとも近い場所、そしてもっとも警備の厳重である場所――つまり銀のハシバミ亭の入口、正面玄関を指していた。

 強盗団の主攻正面と想定されていたそこには、鎮圧部隊の半数近くが投入される。残りは裏口に半分、1階部分の各窓へともう半分が投入される予定だ。

 なお、店側には既に強盗団襲撃の情報が共有されており、店員たちと警備員は全員店から引きみである。代わりに警備員の恰好かっこうをした鎮圧部隊員が数名、囮となって正面玄関や裏口に立ち、一名は巡回を行って、普段通りの店を演出している。強盗団がそこへ食い付いて店の内部に入ったところを、鎮圧部隊と特殊犯罪課の面々が突入し制圧、現行犯逮捕するのが作戦の概要だった。


「おそらくそのドミニカとやらは、店の中までは入ってこない。室内の近接戦は魔術師、特に他の系統と比べて火力の高い火魔術師には難しい。外からの援護えんごてっするはずだ。それならば見つけることは難しくないだろう。見つけ次第、これを安全に確保することを特殊犯罪課の第一目標とする。その他の強盗団員の制圧は、鎮圧部隊に任せて構わない。なお、火事の対策用に人員の配置を変更しておく」


 ヴァイオレットが局長として命令を下す。

 

「「「「了解!」」」」


 声が唱和しょうわし、全員がヴァイオレットに敬礼した。




◇◆◇




 銀のハシバミ亭のまわりを巡回していた偽装警備員が、店の横手でふと立ち止まって腕時計を確認した。針は午前2時ちょうどを指している。強盗団の襲撃予定と思われる時間であった。

 悪寒おかんを感じて振り向くと、まさに炎のかたまりが偽装警備員を目掛けて飛んでくるところだった。次の瞬間には炎が着弾し、悲鳴すら発せられぬまま地面に倒れる。

 それを合図に、周囲の物陰ものかげから黒ずくめの人影が次々と現れた。影たちの手には、それぞれさやから抜き放たれた武器がにぶい光を放っている。最後方に現れたのは一団と比べて小さい影。その手には武器ではなく、杖のようなものを持っていることがかろうじて分かった。

 影たちは無言のまま銀のハシバミ亭を目指す。やがて複数の影のうちから一体が店の裏手に回った。懐から小瓶こびん火打石ひうちいしを取り出し、積まれたまきの山に近付く。小瓶の中身を薪に振りかけて火を付けると、たちまち小さな火が炎となり、薪の燃える音が響きだす。それを見届けると、影は店の表へと向かっていった。

 影が去ったのを確認すると、あらかじめ配置されていた鎮圧ちんあつ部隊員たちが飛び出して用意していた消火剤で薪の火を消しにかかり、ほどなく鎮火ちんかする。消火剤を電磁警棒に持ち替えると、頃合いをみて「火事だー!」「家が燃えてるぞ!」とそれぞれ大きな声で叫び出した。勿論もちろん作戦のうちである。

 一方、店の入口付近に近付いていた影たちはその叫び声を聞くとそれぞれにうなずきあい、火事の声におろおろした様子――これもフリである――で入口の横に立っていた二人の偽装警備員に襲い掛かった。

 すぐに偽装警備員たちも応戦するが、多勢に無勢、横合いや背中から切り付けられて倒れ伏す。制服の下に防刃繊維ぼうじんせんいまれた服を着こんでいるとはいえ、首などの無防備な急所を切られれば命が危うい。鎮圧部隊員による命懸いのちがけの演技であった。

 幸い、影たち――強盗団は倒れた警備員たちを一顧いっこだにせず、すぐに入口のドアを開きに掛かる。木製のわくにガラス窓がめ込まれたドアの窓部分を壊して、手を中に差し入れて鍵を解除。正面玄関のドアが開いた。

 強盗団のうちの三人が武器をしまい、代わりに大きな布袋を取り出す。中に戦利品を入れるつもりなのだろう。警備員たちを倒してからものの数分で準備を整えると、強盗団たちは店の中へと入っていった。杖をたずさえた小さな人影と、強盗団の五人が外に残って周囲を警戒。

 それを目視で確認していたヴァイオレットが、通信機を通して作戦開始を告げる。

 潜んでいた鎮圧部隊の十八名が電磁警棒スタンロッドと盾を構えつつ高速前進。警戒にあたっていた強盗団のメンバーと交戦を開始した。残りの部隊員も作戦に従ってそれぞれ店の周囲から持ち場へと展開する。

 たちまち銀のハシバミ亭の入口前は戦場と化した。

 電磁警棒を剣で受けた強盗団のメンバーの一人が、


「チクショウ、警察の特殊部隊か! 罠だ、全員逃げろ!!」


 そう叫んだ。すぐに店の中から二人が出てきたかと思うと、一人が中に引き返して何事か叫ぶ。もう一人は武器を構えて戦線に加わった。

 鎮圧部隊員たちは数の優位を生かして常に2対1か3対1の状況を作って戦い、一人、また一人と電磁警棒の高圧電流を利用して制圧していく。だが強盗団も店の中にいたメンバーが合流、小さな影を中心に半月陣を組んで徹底抗戦てっていこうせんの構えを見せる。

 剣や槍と電磁警棒が激しくぶつかり合う。

 そんな戦闘の最中、半月陣の中央からまだ幼なさを残した若い女の声で、


接続コネクト火神フラーヴェ……」


 詠唱えいしょうが響き、


「【火球ファイアボール】!」


 火魔術の代表格である【火球ファイアボール】の魔術が、今まさに打ち倒されようとしていた強盗団のメンバーを助ける位置に撃ち込まれた。

 【火球ファイアボール】は鎮圧部隊の一人に直撃し、その周囲にも炎が飛び散る。拡散した炎では対魔術装甲が施された甲冑かっちゅうを着込んだ隊員にダメージはないが、直撃を受けた隊員は倒れて動かない。死んではいないだろうが、戦闘不能だ。周囲にいた二人が倒れた隊員を引きずって戦場から遠ざける。


「見ろ、俺たちには魔術師がついてる。警察なんて怖がることはねぇ!」


 鎮圧部隊員たちの士気が下がるのと逆に、強盗団たちは盛り上がる。隊員たちの何人かが剣で甲冑を切りかれて後退していくと、そのすきに一人が槍でつらぬかれ、血を流しながら倒れる。

 半月陣の中央では、再び女の声が響き始めていた。


接続コネクト火神フラーヴェ……【七竜吐息ドラゴンブレス】!」


 詠唱が終わり、魔術が発動する。強盗団の組んだ半月陣の近くを、まるで火竜の吐息そのもののような猛火が帯状に吹き荒れた。

 魔術の効果が終わった時、五人の隊員が地に伏していた。

 またも死者こそ出ていないが、甲冑から露出した部分がすべて焼けただれている。放置しておけば命に関わるのは明白だった。

 今度こそ鎮圧部隊員たちの間に動揺が走るが、何人かの勇気ある隊員が倒れた仲間を引きずって遠ざかろうとする。しかし、今度は敵の目の前である。その隙を強盗団のメンバーが黙って見逃すはずが無かった。鈍色にびいろの刃と穂先がひるがえり、仲間を助けようとした隊員たちをきざみ、貫いていく。

 戦闘の形勢は、鎮圧部隊側から強盗団側へ逆転しつつあった。


『ヴァイオレット指揮官、ご指示を! あれほどの魔術師がいるとは聞いておりません!』

 

 部隊長が通信機越しに悲鳴にも似た声で命令を乞う。


(鎮圧部隊といえど、一般警察では魔術師を相手にするとこの程度が限界か)


 黙って戦況を見ていたヴァイオレットはため息を一つ付くと、ガストンとジュリオに前線へと向かうよう命令した。フィリアとアルセリアは後方で魔術による負傷者の回復にあたらせる。


『今から特殊犯罪課の二名が敵に突入し隙を作る。その間に負傷者を回収して後方へ回せ、魔術師たちが回復を行う』


 部隊長にそう連絡すると、ヴァイオレット自身も長剣を抜いて戦場へ進み始めた。被害が出たのは一般警察とはいえ、作戦の指揮を預かっていたのはヴァイオレットだ。死者を一人でも出せば、これ幸いと王立調査局を快く思っていない貴族たちから責任問題として追及されかねない。いや、実際そうなるだろう。

 また、13歳の少女が使う火魔術を軽く見積もっていたのも失策だった。【火球ファイアボール】に加え、【七竜吐息ドラゴンブレス】まで使うとなると、もはや手加減できる相手ではない。正直なところ、少女を逮捕せずに殺害する方が楽ではあるが、生かしたまま逮捕することをヴァイオレットは諦めてはいない。そのためには、ヴァイオレットが前線に出て切り札を使う必要があった。


「さて、と。いよいよオレと坊主の出番だな。鎮圧部隊も案外当てにならねぇなぁ」

「――はい」


 前線へと疾走しっそうするガストンに付いていきながらそう答えるジュリオは、電磁警棒を持っていない。後方のフィリアに預けていた。


「今日は最初から素手で戦うつもりだな」

「――はい」


(やはり先輩せんぱいには気付かれてたか)


 内心、先輩たちに引かれはしないだろうかと不安が走る。だが、状況に余裕よゆう猶予ゆうよもなく、ジュリオに他に選択肢せんたくしはない。隊員を助けるため、ドミニカを確保するため、持っている能力を行使するべき時だ。


 1分もしないうちに二人は強盗団の組む半月陣を視界にとらえる。

 周囲には刀傷かたなきず火傷やけどを負った負傷者であふれていた。七人ほど残った隊員たちが、懸命けんめいに救助と並行して戦闘を行っている。もう一方の強盗団たちは、ドミニカを入れてもまだ十人は残っていた。


「深く考える必要は無い、敵を撃破する。中央の小さい人影が例のドミニカだろうから、それ以外をぶちのめすぞ」

「了解です!」

「火魔術には注意しろよ。オレたちは対魔術装備なんて無いからな」


 そう言い残して、一陣の疾風となってガストンの姿がき消える。

 次の瞬間には半月陣にいた強盗団の一人を爪で貫いていた。完璧に急所をとらえており、相手は即死している。貫いた相手など見もせずに爪を抜くと、すぐにその隣の相手に蹴りを放つ。相手は盾で受けようとしたが、ガストンの蹴りは盾をあっさりと破壊。そのまま相手の胴に蹴りが吸い込まれる。骨の折れる音が響き、相手がくずおれた。おそらく骨だけでなく内臓まで損傷そんしょうしており、あまり長くは生きていられないだろう。

 ガストンは周囲を見回して近くに敵がいないことを確認すると、


「さあ、オレの名はガストン=ウェイン。知っている者も知らない者も掛かってこい!」


 そう名乗りを上げた。戦闘中にも関わらず、口には火の点いていないタバコをくわえたままである。

 ジュリオも一瞬遅れてガストンの横に並ぶ。

 いきりたって襲ってきた強盗団の剣士を、

戦技せんぎ・【またたき】」

 呟くと同時にジュリオの超高速の貫手ぬきて一閃いっせん、剣士の左肺部を貫いていた。相手が剣を振りかぶる間すら無い。貫手を引き抜くと同時に軽く振って血を払うと、着ていた鎖鎧チェインメイルごと貫かれたことを信じられないまま剣士が倒れていく。致命傷ではないものの、回復には数か月を要するだろう。

 強敵の出現に、またたく間に三人のメンバーを失った強盗団は中央の娘――ドミニカに魔術を使うよう要求した。

 過度の魔術行使は魔力切れを招き、魔力切れは命を失う一因となる。既に肩で息をしているドミニカだったが、黒装束くろしょうぞくからのぞくアベルとそっくりな茶色の瞳の闘志はまだおとろえていなかった。逮捕されればどんな処分が待っているのか、理解しているのだろう。

 ドミニカはゆっくりと杖を掲げ、詠唱を始める。


接続コネクト火神フラーヴェ……【火球ファイアボール】」


 扱いやすい【火球ファイアボール】の魔術。直撃は勿論のこと、仮に直撃せずとも周囲に炎を散らすため、牽制けんせいの効果も高い。しかもドミニカは直撃狙いでなく、ガストンとジュリオを引き離すように二人の中間地点を狙っていた。

 音速で飛来する炎の塊をそれぞれ左右にステップで回避、着弾後の拡散した炎も難なく避ける。だが、ドミニカの狙い通り、ガストンとジュリオはお互いの距離を離されていた。すかさず残った強盗団の六人が3対1の状況をそれぞれに作り出す。

 優位に立った、そう強盗団のメンバーは考えただろう。だが、相手があまりに悪すぎた。次々に繰り出される刃をあっさりとかわし、または爪で受け流してカウンターを放つガストンに、相手に刃を振るわせる間すら与えないジュリオの戦技が容赦ようしゃなく強盗団を打ち倒していく。

 その間隙かんげきって、残った鎮圧部隊員たちが負傷者を回収していた。後方ではアルセリアとフィリアが、負傷した隊員たちに光属性の回復魔術による手当を懸命けんめいに行っている。

 ――結局、3分と掛からずにドミニカ以外の強盗団のメンバーは全滅し、地面に倒れ伏していた。

 

投降とうこうしろ、命を無駄に捨てることはない」


 ガストンが呼び掛ける。

 常人を超えた前衛ぜんえい二人に囲まれ、もはや勝機しょうきは無い。そのことはドミニカにも分かったのだろう。構えていた杖を下ろし、顔をおおっていた覆面ふくめんを取る。

 覆面の下には、アベルによく似た少女の顔があった。


「ねぇ、見逃みのがしてくれない?」


 唐突とうとつにそう言うと、ドミニカは言葉を続ける。


「私には小さい弟がいるの。もし私がここで捕まったら、弟は生きていけないわ。お願い、見逃して!」


 必死の表情で懇願こんがんする。

 ガストンは顔から表情を消して沈黙していたが、ジュリオは困惑こんわくしていた。


(このまま見逃せば、彼女はアベル少年とまた一緒に暮らせる――)


 だが、そんなジュリオの思考を読んだかのように、


「犯罪者のそんな甘い言葉に躊躇ためらってどうする、ジュリオ捜査官見習い」


 いつの間にかヴァイオレットが二人のそばに立っていた。

 

「幼い弟をやしなうためとはいえ、強盗は重罪だ。しかも今回の戦闘、彼女の魔術でどれだけ被害が出たのか見ていただろう? 我々王立調査局は、いかなる理由があっても法を犯す者を決して見逃さない。いや、見逃してはならないのだ。見逃せば、いずれまた罪の無い市民に被害が出る。その円環ループを断ち切るため、ドミニカ、君にどんな理由があろうと見逃すことは出来ない」


 ヴァイオレットの言葉はこれ以上ない冷徹れいてつな正論だった。

 ジュリオは黙ったままヴァイオレットに頷いて、おのれ感傷かんしょうを打ち消す。


「……私の名前、知ってるんだ。やっぱりもうダメかぁ」


 ドミニカはそう呟くと、杖を構えなおした。

 おそらく強盗団に便利に使われていただけだろうに、ドミニカは最後まで戦おうとしている。ガストンとジュリオが前に出ようとするのを手で制すると、ヴァイオレットは剣を片手に詠唱を始めた。


接続コネクト封神メディウス……【暫時封印・炎シールドフレイムアトリビュート】」


 聞いたことのない属性魔術な上に、魔術を使うのに必須とされる杖をヴァイオレットは持っていない。そんなことには気付かず、対抗するようにドミニカも詠唱。


接続コネクト火神フラーヴェ……【七竜吐息ドラゴンブレス】!」


 おそらく手持ちの最強のふだであろう【七竜吐息ドラゴンブレス】を使おうとする。

 両者の魔術のうち、先に発動したのはヴァイオレットの方だった。見た目には何も起こらない。次いでドミニカの魔術が発動、する寸前で止まった。炎どころか火花すら発生しない。


「あれ!? なんで発動しないの!?」


 慌てた様子でもう一度詠唱を開始する。


接続コネクト火神フラーヴェ! 【火球ファイアボール!】」


 魔術が完成する――が、やはり発動しない。


「どうして!?」


 恐慌きょうこう状態におちいったドミニカに、ゆっくりとヴァイオレットが近付いていく。


「一時的に火魔術を封印する結界を張らせてもらった。もう火魔術は使えない」

「――そんな術、聞いたこと無い!」

「我が家に代々伝わる秘術でね。特に1系統しか使えない魔術師相手には、非常に有効だろう? 事実、火魔術しか扱えない君はもう戦うことすらできない」

 

 ドミニカは信じられないといった顔をしていたが、実際に彼女の魔術は発動しない。その事実に表情が絶望に染まっていく。

 そのままヴァイオレットの接近を受け入れると、黙って頭をれた。剣で首を落とされる、そう思ったのだろう。

 だが、ヴァイオレットは剣の腹でドミニカのうなじを打ちえるにとどめた。言葉もなくドミニカが気絶、地面に倒れる。それを確認すると剣を鞘に納めて手錠てじょうを取り出し、ドミニカに掛けた。


「やれやれ、ようやく目標達成か。このとしになると荒事あらごとは少しこたえるな」


 そう言いながらヴァイオレットは疲れたのか、首を回してポキポキと鳴らす。


「結局、おいしいところは全部ボスが持っていきましたね」

「これでも局長だからな」


 ニヤリと笑うガストンと軽口の応酬を交わすと、通信用魔道具を使用して作戦参加者全員に通達する。


『強盗団の制圧を確認、現時点を持って作戦終了とする。皆、ご苦労だった。鎮圧部隊の負傷者は残っていないな? 強盗団の死体は全て回収、まだ息がある強盗団のメンバーがいたら、こちらは手当して逮捕しろ。連中の口から、今まで襲ってきた場所を聞き出して記録にある過去の事件と照らし合わせる必要がある。それらが終了次第、順次詰所つめしょまで撤収てっしゅうせよ』


 全員から了解のコールが返信される。次いで、


『アルセリア、フィリア、死者は出ているか?』

『現在重傷者から回復魔術を使用して治療しています、死者は出ていません。というか、あたしが出させませんよ』

『手当が済んだ者も念のため警察病院へ搬送はんそうしますね』

 

 後方からアルセリアとフィリアが報告する。

 

『よろしい、引き続き任せたぞ』

『『了解』』


 ヴァイオレットは通信を切る。

 そして姿勢を正すと、ジュリオに呼び掛けた。


「さて、ジュリオ捜査官見習い」

「はい」

「君の戦いぶりを初めて見させて貰ったが、見事だった。だが、何故倒すだけで致命傷を与えなかった? 君の力と技があれば、ただ殺す方が楽なはずだ。今までの事件でも、決して人を死なせてはいない。何故だ?」


 ジュリオは逡巡しゅんじゅんする。が、意を決して事実を告げることにした。


「自分は過去に人を――それも自分の弟をあやめました。故郷での訓練の一環いっかんで、兄弟同士で戦っていた時の話でした。それまでは人を殺すことになんの疑問も抱いていませんでしたが、訓練が終わり、倒れたまま起き上がらない弟を見た時に初めて気付いたのです。自分は何をしていたのだろう、死んだ者は二度とかえらないというのに、と。それ以来、自分は取り返しのつかないことを、特に人命が失われることに強い抵抗を感じるようになりました。不死者アンデッドや魔物相手ならともかく、生きている人間を殺すのはたとえ局長の命令であっても今の自分には出来ないでしょう」

「……そうか、それが君の優しさと全力で戦わない、いや戦えない理由か、了解した」

 

 ふっ、と微笑むヴァイオレット。しかし次の瞬間には厳しい表情になる。


「だが、その甘さはいずれ君の命取りになるぞ」

「――どういうことでしょうか?」

「例えばだ、フィリアが襲われて殺されそうになっていたとする。君は別の敵と戦っていて、すぐに駆け付けるには相手を殺すしかない。そうなった場合、君は敵とフィリア、どちらの命を優先する?」

「それは……」

「また、王都を歩いていると突然近くの建物が崩れ落ちてきたとする。たまたまそばにはフィリアと君がいて、君の能力をもってしても自分かフィリアか、どちらかしか助けられない。さあ、今度はどちらを優先する?」

「……」

「可能性は低いが、どちらも起こり得ない事態ではない。そうなった時にどうするのか――取り返しのつかないことについて、もう一度よく考えておくことだ」

「了解しました、考えてみます」


 ヴァイオレットがジュリオの返事に頷く。


「もう一点。先程はドミニカの言葉に動揺どうようしたようだが、君の職業はなんだ?」

「王立調査局、特殊犯罪課の捜査官見習いです」

「そうだ。そして捜査官とは、法を犯す者を見つけ出し、取り締まる者だ。それがあんな子供の言葉に惑わされてどうする。もっと捜査官としての自覚を持て」

「しかし、彼女には理由がありました。それを考えると……」

「いかなる理由があろうと、法を犯した者は皆等しく犯罪者だ。そこに上下はない。そして、我々は理由によって犯罪者を差別してはならない。法の下に、平等に正義を執行する。それが我々、王立調査局と警察のあるべき姿だ、忘れるな。どうしても理由によって人を助けたいなら、弁護士なり裁判官なりにでも転職するがいい」

「……はい」

「理屈では分かっても、心では分かっていない顔をしているぞ。君は捜査官にするには少し優しすぎたかもしれんな……貧民救済を訴えるシルベストリ少年子爵あたりと話が合いそうだ」

「シルベストリ子爵、ですか?」

「いや、なんでもない、気にするな。こちらの話だ」


 ヴァイオレットは小さくかぶりを振る。

 

「で、説教タイムは終わりですかい。オレたちも現場を一般警察に引継いだら局に帰るとしませんか?」


 見ると、こちらに駆けつけてくる警察官の姿が複数あった。逮捕した者を運ぶ護送馬車も用意されている。手錠を後ろ手に掛けられた強盗団たちやドミニカも、倒れたまま起き上がる気配はない。それらを確認すると、


「よろしい、引継ぎを終えたら後方のアルセリアたちと合流して帰るとするか」


 ヴァイオレットはそう号令を掛けた。




◇◆◇




 翌日。

 王都ミリアムの中央セントラル地区にある中央署の面会室で、アベル、ドミニカ姉弟が顔を合わせていた。無理を言って講義を休止にしたアルセリアと、ジュリオにフィリアも同席している。

 初めは無言だった姉弟だが、ドミニカの「ごめんね」の声を皮切りに会話しだした。

「ごめんね、アベル。ダメなお姉ちゃんで。犯罪者の弟なんて、肩身が狭いわよね」

「いいんだ、姉さん。僕が小さいばかりに迷惑かけて。こっちこそごめん」

「アベルは私と違って頭が良いから、学校に入れてあげたかったんだけどね。お姉ちゃん、ちょっと方法を間違えちゃったみたい」


 涙ぐみながらドミニカが話す。

 アベルも泣きながら、


「いいんだ、いいんだよ、姉さん。生きててくれて、本当に良かった……」


 そう口にする。


「私はこの後、裁判を受けるの。死刑にはならないだろうって、ヴァイオレットさんて人が教えてくれたけどホントかな。強盗の仲間だったし、沢山の人を火魔術で傷付けてきたし、お姉ちゃん、ちょっと自信ない」

「年齢が年齢ですし、事情もあります。情状酌量じょうじょうしゃくりょうの余地は十分にあると思いますよ。それに、魔術の素養がある人間は貴重だから、きっと大丈夫です、収監しゅうかんされたとしてもすぐに出てこれますよ。なんならそのままアカデミーに入れるかも知れません」


 フィリアがフォローを入れる。

 アベルがアルセリアの方を向いて頭を深々と下げると、


「今回は色々とありがとうございました、アルセリアさん。お礼のしようもありません」

「いいのよ、それがあたしたちの仕事だったし、強盗団も逮捕できたし」


 照れたように手をひらひらと振るアルセリア。


「あの投書の結果色々とありましたが、一番大事な姉だけは失わずに済みました。しばらくは会えないかも知れませんが、そのうちまた会えるなら僕はどこだって大丈夫です」


 そう力強く言うアベル。少年はフィリアの推薦すいせんでレアンドロ孤児院こじいんへ預けられることとなっていた。


「孤児院か……。アベル、大丈夫? いじめられたりしない?」

「心配ないですよ、レアンドロ孤児院はわたしも育った場所で、マザーをはじめ良い人、良い子ばかりですから」


 胸を張って言うフィリア。


「フィリアさん、でしたか、王立調査局の捜査官さんなんですよね? 孤児院出身でもそんなところで雇ってもらえるんですか?」

「お姉ちゃん、失礼だよ」

「いいのよ、アベル君。ええ、たまたま縁があって、王立調査局なんて大変なところで働かせて貰ってます。孤児院出身だからって差別されたりしませんよ」

「そうですか……。それと、私に火魔術の素質があったみたいに、アベルにも魔術の素質、あるでしょうか?」

「それは調べてみないとなんとも。ですよね、アルセリアさん」

「そうね。ドミニカちゃんがあれだけの使い手だったなら、弟のアベル君にも素質があってもおかしくはないけど、詳しくは調べてみないと」

「傭兵だった私たちの両親は、二人とも魔術師でした。アベルにも素質があるなら、私がいなくてもやっていけると思うんです」

「正規の魔術師になるには、本来数年間という長い修行が必要なんだけど、知り合いに教わっただけで【七竜吐息ドラゴンブレス】まで使えたドミニカちゃんはたくさん努力したんでしょうね。きっとアベル君も大丈夫。それにたとえ魔術が使えなかったとしても、あれだけ頭の良い子だから働き口に困ることはないわ、安心して」


 アルセリアの言葉に安心したのか、こっくりとうなずくドミニカ。


「さて、アルセリア先輩せんぱい、フィリア。自分たちはそろそろ失礼するとしませんか。後は姉弟だけで」

「そうね。もうあたしたちに出来ることはなさそうだし」

「これからもまだ色々あると思うけど、頑張って。何かあったら、いつでもわたしたちに連絡してね」


 ジュリオたちの言葉に、頭を下げるドミニカとアベル。ジュリオたちも礼を返すと、面会室を出た。

 警察署の廊下を歩きながら、


「そういえばドミニカさんの弁護士費用、アルセリア先輩が持つって聞きましたよ」

「知ってたの?」

「ガストン先輩が教えてくれました。あいつは昔から子供に甘いから、って言ってましたよ」

「ガストンのヤツ……あいつにもお礼言おうかと思ったけど、代わりに帰ったら尻尾に火を付けてやるわ」


 そんな会話を交わす。


「自分は今回の事件で、色々と考えさせられました。まだ答えは出ていませんが、自分が少し変わった気がします」

「局長になにか言われたんでしょ」

「分かりますか?」

「あたしもそうだったから。局長、正義に関してすごく厳しいのよね。だからこその局長なんだろうけど」

「わたしも犯罪者に対して甘いってよく怒られました」

「フィリアもか。捜査官の誰もが通る道なのね、きっと」

「――そもそも局長ってどんな経歴なんです?」

「代々法務局長ほうむきょくちょうつとめるクローチェ侯爵こうしゃく家の一人娘で、現クローチェ侯爵。厳格げんかくなお父様に小さい頃から色々と叩き込まれたらしいわ。成人してからは法務局じゃなくて王立調査局に入って、捜査官の最上位の特級捜査官にまでなったあと、国王陛下直々じきじきに調査局の局長に任命されたって話よ」

「局長になるべくしてなった、って感じですね」

「上級貴族で調査局の局長だから、昔は賄賂わいろとかたくさん送られて来てたらしいけど、1回として受け取らずに、逆にかたぱしからそういうのを検挙していったんだって。だから貴族社会でもけむたがられてるって噂ね」

「なるほど……」


 納得した様子のジュリオとフィリアを見やりながら、


「そういえば坊やにフィリア、今回はありがとうね。おかげであの子たちを助けられたわ」

「自分は大したことはしてません」

「わたしも。孤児院を紹介するくらいしか出来なくて」

「ううん、そんなことないわ。二人は頑張ってくれた。だから、一つ借りにしておくわ。もしあたしの力が必要になったら遠慮えんりょなく声を掛けてね」


 アルセリアがウインクしながら照れたように言う。その顔は普段よりも更に魅力的だった。ジュリオだけでなく、フィリアまでが思わず見惚れる。


「さあ、局に帰りましょ。今日中に投書の続きを片付けるわよ」


 警察署を出ると、外には晴れ空が広がっている。

 冬の柔らかな陽射しを受けながら、ジュリオたちは王立調査局へと歩き出した。

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