第3話 正義の在処 ― 1
「おはようございます」
「ニャー」
ジュリオとミィのいつもの朝の
「おう、おはようさん」
「おはようございます、ジュリオ、ミィちゃん」
「あら、おはよう」
返ってくる挨拶が、いつもより一つ多い。
局長がいるのかと思えば、
「あなたがジュリオね、ふーん……。あたしはアルセリア=バラーハ、一級捜査官。
女性が立ち上がってジュリオに
総じて
それだけ確認すると、
「ジュリオ=レイクウッドです、よろしくお願いします」
そうジュリオはアルセリアの目を見ながら挨拶した。
アルセリアは少し驚いたようで、
「この子、あたしの胸を見ないで挨拶してるわ。男も女も9割はまず胸に釘付けになるのに」
「そんなこと言われてもなあ。なぁ、
「はぁ」
「若い割には冷静なのね……それともあれかしら、ぺったんこの方が好みのタイプってやつ?」
「なんでそうなるんだよ。ほれ、坊主が困ってるじゃねぇか、
「あら、
「
ガストンのセリフに、ひらひらと手を振ってみせるアルセリア。
「普段は王立アカデミーで講義
ガストンは一旦言葉を切ると、今度はアルセリアの方を向き、
「で、こっちの坊主はジュリオ、動物と話せる上に料理も上手いナイスな新人だ」
「局長から聞いてはいたけど……ホントなの?」
「1か月ばかり一緒に事件の捜査をしてるが、まあ本当だな」
「飼い犬や猫さんから情報収集しては大活躍なんですよ」
フィリアが補足する。
「ふーん。魔術を使っても動物と会話は出来ないのに……どういう理屈なのかしら?」
「いわゆる
「そう言われればそうか。ガストン、あんた頭悪いくせに良いこと言うわね」
「へいへい。それで、だ。今日は局長は朝から会議でいないが、仕事はきっちり預かってる」
手に持った箱を
「この箱、調査局への投書箱なんだが、こいつを全員で精査するように、とさ」
「3か月に一度くらい、事件の無い日にやってますよね。ジュリオは初めてかな?」
「初めて聞きます。具体的には?」
「調査局への無茶なお願いが書いてあるものから、
「投書の精査ねぇ。あたしもずいぶん久しぶりだけど、内容はその分じゃあんまり変わってないみたいね」
「でも密告や犯罪に巻き込まれた人からのSOSがあったりするから、ただの投書と油断できないんです」
「なるほど。なんとなく分かった気がします」
「よし、じゃあ箱は開けておくんで1人1通ずつ取って読んでいくぞ。読んでいて気になるモノがあったら知らせてくれ」
「「「了解」」」
全員で作業に取り掛かる。
ジュリオも箱から1通取り出して見てみる。
「えーと……アーロン料理店開店、
「ただのチラシだ、捨てとけ」
「はぁ」
「基本的にそんなのばっかりだからな」
黙々と作業に取り組む。
室内に用意されているポットからコーヒーや紅茶を各自作って飲みつつ作業を続けること3時間。
「……ん、なんだこりゃ?」
ガストンが言葉とともに手を止めている。
「何かありましたか?」
「子供の字の手紙……だな。まぁ大したことは書いてないだろ」
「あら、子供だからって無視しちゃかわいそうよ。親の
「んじゃこいつは姉さんに任せた」
「はい任されました」
手紙がアルセリアの手に渡る。
読むこと
「……これ、危ないかも」
ぽつりと呟く。
「さっきの子供の字のですか?」
「うん、姉弟二人暮らしの弟からなんだけど、貧しい暮らしをしていたのに突然姉の金回りが良くなったそうなの。聞いても何してるか答えないし、夜遅くにいなくなることが多くなった、って書いてあるわ。心配だから調べて欲しいって」
「おおかた夜の店で働いてるとかじゃねぇか? それで弟には言い出しにくいとか」
「それもありそうではあるけど……あたしの勘では違うわね」
「勘、か。姉さんの勘は当たるからなぁ。興味あるなら坊主と
「なあに、あたしにお
「新人たちに経験積ませるのも重要な仕事だろ。それに、誰か一人は残ってないと緊急時に困るからな」
「それもそうね。じゃあ行ってくるわ、ガストンは留守番よろしく。ほら、行くわよ坊やたち」
「だ、そうだ。二人とも行ってこい」
「「了解です」」
ジュリオとフィリアはそれぞれの投書を片付けると、出発準備を整える。
「この投書に書かれている住所は
「自分はありません」
「東地区なら暮らしていた経験がありますが、貧民窟はわたしも行ったことないです」
ジュリオとフィリア、二人で首を振る。
「そう。
アルセリアの言葉に
それを受けてガストンが思い出したように、
「そうだ坊主、貧民窟に行くなら警察の代表印みたいな
「そうなんですね、了解です」
そう言ってジュリオは腰から電磁警棒を外して、自分の机にしまう。
(本来、唯一の武装である電磁警棒を外すのを簡単に
などとガストンは思考するが、表には出さない。支度をするフィリアとジュリオたちを、コーヒーを
やがて、三人の準備が整う。
「じゃあ行くわよ。専属の馬車だと金持ちだと思われちゃうから、貧民窟まではセントラル駅から東西線を使うわ。そこからは乗合馬車よ」
「東西線……その名の通り王都の東と西を結ぶ汽車ですね」
「そうだけど、まさかそれも乗ったこと無いわけ?」
「はあ、王都に来てまだ間がないもので。遠くの場所の事件も専属馬車でしたから」
ジュリオがぽりぽりと頬をかきながら答える。
「ホントに田舎者なのねぇ……まあいいけど。あたしたちは捜査官の証である
「了解です、覚えておきます」
「セントラル駅まではどうしましょうか。馬車を使います?」
「大した距離じゃないし、急ぐ旅路でもないわ。徒歩で行きましょう」
「「了解」」
二人の返事を聞いて、気負いもなくアルセリアは歩き出した。ジュリオたちもその後に続く。
「気を付けて行って来いよー」
三人を見送るガストンは、
◇◆◇
セントラル駅から東西線の汽車に乗車し、東行きの終点である
「これが汽車ですか……
ジュリオが乗ってきた汽車を見ながら、感心したように
郷には機械や魔道具の
「
「蒸気機関、ですか」
「――ひょっとして蒸気機関も知らないわけ?」
「アルセリアさん、ジュリオは田舎から来たばっかりですから」
「いや、いいんだフィリア。物を知らないのは自分でも分かってるから」
そんなジュリオの言葉を、
「知とは己が無知であることを自覚することから始まる。それを素直に認められるのは良いことよ」
アルセリアが軽く
「ま、蒸気機関の説明は今は
「はい、了解しました」
「……ふーん、返事も素直で良いわね。ガストンが
ジュリオをまじまじと見つめながらアルセリアが言う。その様子をフィリアはなんとなく落ち着かなげに見ていた。
やおらアルセリアは足を
「さ、乗合馬車で今度は
「「了解」」
ジュリオとフィリアも彼女の後に続く。
降車した人間と、これから乗車する人間たちによる人混みを抜けていくアルセリアを、老若男女を問わず人々が足を止めて見ている。その
「注目されるのは嫌いじゃないけど、なんだか
そんなことを呟きだしたアルセリアを
気分屋だとガストンが言っていたが、あながち間違いではなさそうだった。
ともかく出口を抜けて、駅前に
幸いにも三人はあまり待たずに目的の方面行きの馬車に乗ることができた。
ほどなく貧民窟前に到着する。
「書いてある住所は……貧民窟の外れか。もう少し端の方ね」
手紙を片手に持ったままアルセリア。
貧民窟や、その周囲のみすぼらしい家々の窓、あるいは地面に座り込んでいる人々から様々な視線が集まっているが、駅とは違って今度は気にした様子はない。
そんなアルセリアとは違い、フィリアは
ジュリオは普段と変わらない様子。
「あ、心配ないわよ。三人のうち魔術師が二人いるようなグループを相手にしたがるようなバカはさすがにいないから」
フィリアの不安を察したのか、そんな言葉をアルセリアが掛ける。
「ありがとうございます。でもなんだか視線が怖くて……」
「気にしないでいいのよ? ここでは
「?」
ジュリオが不思議そうにアルセリアたちを見る。
「確かに視線は感じますが、敵意までは感じません。どちらかというと、好奇の視線に思えます」
「表現が的確ね。こんなところに美女が二人も来たから気になってるだけよ」
言外にアルセリアは自分も美女の一人だと主張している。間違ってはいないが。
「……それを狙われたりしませんか?」
「さっきも言ったでしょ、魔術師二人を相手にするなんてのは、ここでは強盗団くらいなものよ。連中もさすがに
アルセリアの言葉を受けて、ジュリオもフィリアの顔をまっすぐに見る。
「一応自分もついています、大丈夫かと」
「うん、そうだよね……ありがとう、ジュリオ」
ジュリオの視線に、フィリアが少しはにかむ。
そんな二人のやりとりをアルセリアは面白そうに見ていた。
「若い者は良いわねぇ、なんてババくさいことは言わないわよ。さ、とっとと目的地に向かいましょ」
そう言って一人歩き出す。土地勘の無いジュリオたちもアルセリアに従って歩いていく。
やがて、バラックが大量に建てられた町の一角でアルセリアは足を止めた。
「ここね。さてさて、投書の主のアベル君はいるかしら」
「それは確かに。いなかったら盛大な無駄足ですね」
「いいのよ、万一いなくてもそのうち帰ってくるだろうから」
アルセリアの話しぶりは、もし不在なら帰ってくるまで待つつもりだと言っていた。
その様子を見て、フィリアが呟く。
「……アルセリアさんは、この投書に何かあるって確信してるんですね」
「そうね。経験と勘ってヤツ? この話には何かある、間違いないわ」
そう言うと、アルセリアの手が古びたバラックの戸を数度叩く。
ややあって戸が
こちらを見て小首を
「あの、なんの御用でしょうか? 姉でしたらいま出かけていていませんが……」
おずおずとした様子でこちらを
少年はそれを見て小さく驚くと、
「良かった、王立調査局の方々だったんですね。すいません、汚いし狭いところですが、よければ上がってください」
少年は戸を全開にして、三人を招き入れる。
バラックの中はお世辞にも広いとは言えない上、家具もほとんど無かった。リビングと
少年は案内を終えると、
「紅茶――薄いですけど、よければどうぞ」
そう言いながら少年はテーブルの上にコップを置き、それぞれにポットから紅茶を注いだ。ほんのりと茶葉の香気が部屋に立ち込める。紅茶を注ぎ終えると、空いている椅子に座ってアルセリアに一礼してみせた。
「今回は来てくださりありがとうございます、僕はアベルと言います」
「あたしは王立調査局一級捜査官のアルセリア=バラーハ。後ろの二人はフィリアとジュリオ。二人も捜査官よ」
アベル少年がジュリオたちにも一礼する。ジュリオたちも少年に礼を返す。
「それで、話はこのお手紙にあったあなたのお姉さんのことなんだけれど」
紅茶に手を付けぬまま、前置き無くアルセリアがそう話を切り出すと、アベルは無言で頷いた。
「はい、投書した通り、最近ドミニカ姉さんが変なんです。まず、夜遅くに出掛けて行ったかと思うと、朝になって帰って来ることが増えました。最初はなにか仕事をしているのかと思ってたんですが、問い詰めても教えてくれません。それに、たまたま姉さんの財布を覗いたら銀貨と銅貨に混じって金貨がたくさん入っていて。姉さんはまだ13歳だから、出来る仕事なんて限られてるはずなんです。だから、たくさんの金貨があるなんておかしいと思って」
アベルの話は
「それで、なにか危ないことをしているんじゃないかと、王立調査局に投書しました。こうして家に来てくれたということは、調べて貰えると思っていいんでしょうか?」
アベルは茶色の瞳をアルセリアに向けて尋ねた。
アルセリアはそれには答えず、質問に質問を返す。
「お姉さん――ドミニカさんには、なにか特技がある? そうね、例えば――魔術が使えるとか」
その質問にアベルは少しの間驚いたような顔をしていたが、やがて
「それも分かっているんですね……姉さんは火魔術を幾つか使えるみたいです。なんでも知り合いから教えてもらったとか言っていましたが……」
目を伏せながら、アベルはそう答えた。
「――そうなのね。火魔術がちょっと使えれば出来る仕事も増えるけど、金貨がたくさん貰えるほどじゃないわ。それが分かっているからアベル君はあたしたちに調べて欲しかった。そうね?」
アルセリアの言葉に、再び無言でアベルが頷く。
「今日皆さんが来てくれてちょうど良かったのかも知れません。姉さんが家を出る時に落としたのか、置いていったのか分かりませんが――」
ポケットから一枚のメモを取り出した。
「失礼、ちょっと見せてね」
アベルから渡されたメモを三人で確認する。
メモには『今夜2時 銀のハシバミ亭』とだけ書かれていた。
「銀のハシバミ亭って、
「当然、夜の2時にはお店はやってないわね」
「だとすれば、このメモは……」
ジュリオは思考する。
(深夜2時に、有名な宝飾店に向かう――)
その意味は、深く考えるまでもない。
行き先が夜でも営業している酒場や宿屋であれば、まだ
だが有名な宝飾店が行き先となると、もはや
横に立つフィリアを思わず見ると、同じ結論に達したのかいつもの
アベル少年にどう説明するか――ジュリオがそう考えた時だった。
「アベル君。これをあたしたちに見せた意味が、そしてあなたのお姉さんが何をしているのか。10歳にもなっていないだろうあなたにも、あまり良い事態じゃないことは分かっているわね?」
アルセリアの冷たい声が部屋に響く。
アベルは雷に打たれたように身体を一瞬震わせたが、すぐに
「――はい」
少年は幼いながらにも事態を理解していた。投書した時点では単なる疑念だったのだろうが、あのメモを見た時にすべて分かってしまったのだろう。その
「なら、あたしから言うことはもう何もないわ。あとは王立調査局と警察に任せなさい」
「よろしくお願いします。ドミニカ姉さんは僕を学校に行かせてくれようと、お金を貯めていました。決して悪い姉じゃないんです、どうか姉を助けてください――」
アベルはテーブルにぶつかるほど頭を下げた。
強盗団の一員ともなれば、罪は重い。大人であれば死罪であるが、13歳という若さと幼い弟を養うためと考えれば同情の余地はある。それでも逮捕、女子少年刑務所への
アベルはおそらくそれも分かっているのだろう。投書した時はそこまでは考えてはいなかっただろうが、姉をかばいつつ、助けてくれるよう
いまだに頭を下げたままのアベルに、
「もし全部が上手くいったとしても、アベル君とお姉さんは離れて暮らすことになるわ。たぶんどこかの
「……はい」
「アルセリアさん――」
フィリアが
「この子は全部分かってる。なら、ちゃんと真実を告げるのがあたしたちの仕事よ。優しくするのはまた別の人の仕事、それを
アルセリアの言い方は決して強くはなかったが、そこに含まれた意味は重い。フィリアは沈黙する。ジュリオも掛ける言葉が見つからず、黙したままだった。
「さて、それじゃあたしたちは帰るわね。たぶん、明日には結果が分かるわ。紅茶、ごちそうさまでした」
そう言って席を立ち、玄関へと向かう。ジュリオとフィリアもそれに続いた。アベルも席を立つと、玄関まで付いていく。
戸を開けて外に出る。アベルは何か言いたそうにしていたが、結局何も言わず三人に黙ったまま頭を下げた。戸が閉じられ、三人だけになる。
「……アルセリアさんは、最初からこんな事態を想定していたんですか?」
フィリアが弱々しく疑問を口にする。アベルに、姉に特技はあるか? とアルセリアが
「まぁ、ね」
アルセリアは肩をすくめてそれだけ答えると、帰路に向かって歩き出した。ジュリオとフィリアも付いていく。
「あーあ、あんな可愛い子にあんな表情させちゃうなんてね。つくづく捜査官なんて
誰に向けた言葉でもない、独り言のような口調。だが、そこにはアベルの家で見せた冷たさは
「あれは確かに、誰かがアベル君に告げなくてはいけないことでした。アベル君自身が分かっていたとしても。全部アルセリア
ジュリオがそう口にして、アルセリアに向かって頭を下げる。
「いいのよ、それが先輩のあたしの、一級捜査官の仕事だもの。さ、急いで帰って局長に報告して対策を練るわよ。なんとかあの子のお姉さんを止めてあげないと」
泣き笑いにも似た表情を浮かべて、アルセリアが言う。
(冷たい人だと思っちゃったけど、そうじゃなかったんだ。わたしたちが不甲斐ないから、アルセリアさんが代わりにやってくれたのね)
フィリアもそう考えると、ジュリオに
「やめてよ、今はそんなことしてる場合じゃないわ。二人とも分かってるだろうけど何より時間が無いの、速攻で帰るわよ。捜査官としての心得は、また今度叩き込んであげるから」
少し照れたように一息に言うと、歩くペースを早くする。ジュリオたちもそれに合わせてペースを上げたのだった。
◇◆◇
乗合馬車と汽車を乗り継ぎ、局へと戻る。
「おう、おかえり。どうだった?」
特殊犯罪課にはガストンがいて、投書を片手に問いかけてきた。
ジュリオたちがかいつまんで事情を話すと、人狼の顔が
「それはまずいぜ
「本当なの!?」
「ああ、
「話が早いのは助かるけど、ドミニカちゃんを助けるチャンスは無くなったと思ったほうが良さそうね……」
形の良い
「アルセリアさんは、アベル君のお姉さんを助けるつもりだったんですか? わたしてっきり、生きたまま
「そうね、あたし個人としてはドミニカちゃんを見つけて説得して、たまたま通りすがった一般人のフリをしてもらって、アベル君のところへ帰ってもらう。そんなことを考えてたわ」
一旦内心を整理するように言葉を区切る。
「でも、あたしはあたし個人の前に王立調査局、しかも特殊犯罪課の一級捜査官なの。ここまで来たなら、あたしも作戦に付き合ってドミニカちゃんを死なせないようにするくらいしか出来ないわ」
それは既に覚悟を決めた顔だった。おそらくこんな事件をもう何度も経験してきたのだろう。だが何度やってもそれに慣れない、そんなことを感じさせる態度だった。
「なら、せめて自分もお供します」
「わたしもです。事情を知った以上、黙っていられません」
口々に言うジュリオとフィリア。
「作戦に参加する人が多いほど、逮捕できる確率は上がるわ。二人ともありがとう」
「おっと、オレを忘れちゃいないか? そういうことならオレも手伝うぜ。気絶させるとかしてその女の子を無力化すれば良いんだろ? そういうのは任せとけ」
おどけたようにガストンも言う。
「ガストンもありがとね。今度ご飯でもおごるわ」
「なんだよ、姉さんらしくもなく
「これはあたしが見つけて、あたしから首を突っ込んだ事件だから。ちゃんと最後まで見届けないと、ね」
「意気込みは分かるが、入れ込みすぎだぜ。子供が事件に関わると冷静でいられなくなるのは変わってねぇな」
「うるさいわよガストン。余計なことを
「へいへい」
特殊犯罪課の
「さ、そうと決まれば局長にあたしたちも作戦に参加するって言ってこないと。夜の2時まではまだ結構時間があるから、坊やたちは少し休んでおきなさいな。局長にもそう言っておくから」
「おう、じゃああとは姉さんに任せてオレたちは一旦
「了解です。アルセリア先輩、あとはお任せします」
「同じく了解です」
部屋のドアを閉じる寸前、自分の机に突っ伏して肩を震わせているアルセリアが見えた気がしたが、ジュリオは何も見なかったことにする。廊下を先行して歩くガストンとフィリアに追いつくべく、早足で追いかけ始めた。
そして時が過ぎ――23時。
銀のハシバミ亭にもっとも近い警察の詰所で、作戦の最終ブリーフィングが行われていた。
対魔術装甲が施され
銀のハシバミ亭の見取図と人員配置図、作戦内容がびっしりと書き込まれた正面のホワイトボードの前には、ヴァイオレット。優美な装飾が施された銀色の
「――以上が強盗団『青い
ヴァイオレットの言葉に、全員が了解の返答と敬礼を送る。
「質問はあるか? なければ各自持ち場にて待機、作戦開始の合図を待て。指示は通信用魔道具を通して行われる、機器のチェックを怠るなよ」
ブリーフィングが終わり、鎮圧部隊の面々がそれぞれの持ち場に散っていく。何人かは顔見知りなのか、アルセリアやガストンの肩を叩いたり、声を掛けて去っていった。
ブリーフィングルームには調査局の五人が残る。
「――話はアルセリアから聞いている。強盗団に13歳の少女がいて、それを保護したいのだったな?」
「はい、その通りです」
ヴァイオレットの言葉にアルセリアが頷く。
「今回は戦闘になる。しかも魔術師であれば、それへの攻撃は
「無理を言ってすみません、局長」
「ただでさえ強盗団など気に入らないのに、
「問題はドミニカさんがどこに現れるか、ですよね……」
「そこはオレの経験でいくと、火魔術を使って店に火を付けて、その混乱に
ガストンがホワイトボードの見取図の一点を指す。鎮圧部隊の人員が
「私も同意見だ。だが連中がそこまで頭が回るかは分らんがね。何も考えずにただ襲ってくるだけ、という可能性もある」
ヴァイオレットが
ガストンはニヤリと笑うと、
「ボスも人が悪い、最近火事に乗じた強盗事件が2~3件起きてることを知ってるでしょうに。投書にあった火魔術を使うという娘っ子の加入時期を考えると、今回の――『青い蠍』でしたっけ? その強盗団の仕業と符合するじゃないですか」
「お前も考えるようになったな、ガストン」
「
「複数賭けではなく一点賭けか。お前たちはどう思う?」
ヴァイオレットの視線を受けて、まずはアルセリアが口を開く。
「あたしには戦術眼はありませんから、局長とガストンが言うことを信じます」
「わたしもそういったことは分からないので、局長たちの意見に従います」
「……」
「――ジュリオ?」
ヴァイオレットの視線を受けてなお無言のジュリオを
「何か
「強盗団が店に火を付けるとして――必ずしも火魔術を使う必要は無いのでは、と自分は考えていました。
「ふむ。薪が置いてあるなら、油と
「自分も郷ではそうやって
ジュリオの言葉にフィリア以外の全員が考え込む様子をみせる。
「勿体ない、か。面白い言い方をする。それに火の付け方も火魔術にこだわる理由は確かに無かったな」
「銀のハシバミ亭クラスの店なら夜間でも
「魔術ならアウトレンジから一方的に攻撃できるから、なにかの
ヴァイオレット、ガストン、アルセリアがそれぞれ思考を重ねていく。
「ど、どうしましょう? それじゃあドミニカさんがどこに来るのか分からないじゃないですか!」
三人の思考に
「落ち着けって
「ガストンの言う通りだ。見回りの警備員を
今度はヴァイオレットが見取図の一点を指す。
そこは、宝飾品と会計用の現金にもっとも近い場所、そしてもっとも警備の厳重である場所――つまり銀のハシバミ亭の入口、正面玄関を指していた。
強盗団の主攻正面と想定されていたそこには、鎮圧部隊の半数近くが投入される。残りは裏口に半分、1階部分の各窓へともう半分が投入される予定だ。
なお、店側には既に強盗団襲撃の情報が共有されており、店員たちと警備員は全員店から引き
「おそらくそのドミニカとやらは、店の中までは入ってこない。室内の近接戦は魔術師、特に他の系統と比べて火力の高い火魔術師には難しい。外からの
ヴァイオレットが局長として命令を下す。
「「「「了解!」」」」
声が
◇◆◇
銀のハシバミ亭の
それを合図に、周囲の
影たちは無言のまま銀のハシバミ亭を目指す。やがて複数の影のうちから一体が店の裏手に回った。懐から
影が去ったのを確認すると、あらかじめ配置されていた
一方、店の入口付近に近付いていた影たちはその叫び声を聞くとそれぞれに
すぐに偽装警備員たちも応戦するが、多勢に無勢、横合いや背中から切り付けられて倒れ伏す。制服の下に
幸い、影たち――強盗団は倒れた警備員たちを
強盗団のうちの三人が武器をしまい、代わりに大きな布袋を取り出す。中に戦利品を入れるつもりなのだろう。警備員たちを倒してからものの数分で準備を整えると、強盗団たちは店の中へと入っていった。杖を
それを目視で確認していたヴァイオレットが、通信機を通して作戦開始を告げる。
潜んでいた鎮圧部隊の十八名が
たちまち銀のハシバミ亭の入口前は戦場と化した。
電磁警棒を剣で受けた強盗団のメンバーの一人が、
「チクショウ、警察の特殊部隊か! 罠だ、全員逃げろ!!」
そう叫んだ。すぐに店の中から二人が出てきたかと思うと、一人が中に引き返して何事か叫ぶ。もう一人は武器を構えて戦線に加わった。
鎮圧部隊員たちは数の優位を生かして常に2対1か3対1の状況を作って戦い、一人、また一人と電磁警棒の高圧電流を利用して制圧していく。だが強盗団も店の中にいたメンバーが合流、小さな影を中心に半月陣を組んで
剣や槍と電磁警棒が激しくぶつかり合う。
そんな戦闘の最中、半月陣の中央からまだ幼なさを残した若い女の声で、
「
「【
火魔術の代表格である【
【
「見ろ、俺たちには魔術師がついてる。警察なんて怖がることはねぇ!」
鎮圧部隊員たちの士気が下がるのと逆に、強盗団たちは盛り上がる。隊員たちの何人かが剣で甲冑を切り
半月陣の中央では、再び女の声が響き始めていた。
「
詠唱が終わり、魔術が発動する。強盗団の組んだ半月陣の近くを、まるで火竜の吐息そのもののような猛火が帯状に吹き荒れた。
魔術の効果が終わった時、五人の隊員が地に伏していた。
またも死者こそ出ていないが、甲冑から露出した部分がすべて焼け
今度こそ鎮圧部隊員たちの間に動揺が走るが、何人かの勇気ある隊員が倒れた仲間を引きずって遠ざかろうとする。しかし、今度は敵の目の前である。その隙を強盗団のメンバーが黙って見逃すはずが無かった。
戦闘の形勢は、鎮圧部隊側から強盗団側へ逆転しつつあった。
『ヴァイオレット指揮官、ご指示を! あれほどの魔術師がいるとは聞いておりません!』
部隊長が通信機越しに悲鳴にも似た声で命令を乞う。
(鎮圧部隊といえど、一般警察では魔術師を相手にするとこの程度が限界か)
黙って戦況を見ていたヴァイオレットはため息を一つ付くと、ガストンとジュリオに前線へと向かうよう命令した。フィリアとアルセリアは後方で魔術による負傷者の回復にあたらせる。
『今から特殊犯罪課の二名が敵に突入し隙を作る。その間に負傷者を回収して後方へ回せ、魔術師たちが回復を行う』
部隊長にそう連絡すると、ヴァイオレット自身も長剣を抜いて戦場へ進み始めた。被害が出たのは一般警察とはいえ、作戦の指揮を預かっていたのはヴァイオレットだ。死者を一人でも出せば、これ幸いと王立調査局を快く思っていない貴族たちから責任問題として追及されかねない。いや、実際そうなるだろう。
また、13歳の少女が使う火魔術を軽く見積もっていたのも失策だった。【
「さて、と。いよいよオレと坊主の出番だな。鎮圧部隊も案外当てにならねぇなぁ」
「――はい」
前線へと
「今日は最初から素手で戦うつもりだな」
「――はい」
(やはり
内心、先輩たちに引かれはしないだろうかと不安が走る。だが、状況に
1分もしないうちに二人は強盗団の組む半月陣を視界に
周囲には
「深く考える必要は無い、敵を撃破する。中央の小さい人影が例のドミニカだろうから、それ以外をぶちのめすぞ」
「了解です!」
「火魔術には注意しろよ。オレたちは対魔術装備なんて無いからな」
そう言い残して、一陣の疾風となってガストンの姿が
次の瞬間には半月陣にいた強盗団の一人を爪で貫いていた。完璧に急所を
ガストンは周囲を見回して近くに敵がいないことを確認すると、
「さあ、オレの名はガストン=ウェイン。知っている者も知らない者も掛かってこい!」
そう名乗りを上げた。戦闘中にも関わらず、口には火の点いていないタバコを
ジュリオも一瞬遅れてガストンの横に並ぶ。
いきりたって襲ってきた強盗団の剣士を、
「
呟くと同時にジュリオの超高速の
強敵の出現に、
過度の魔術行使は魔力切れを招き、魔力切れは命を失う一因となる。既に肩で息をしているドミニカだったが、
ドミニカはゆっくりと杖を掲げ、詠唱を始める。
「
扱い
音速で飛来する炎の塊をそれぞれ左右にステップで回避、着弾後の拡散した炎も難なく避ける。だが、ドミニカの狙い通り、ガストンとジュリオはお互いの距離を離されていた。すかさず残った強盗団の六人が3対1の状況をそれぞれに作り出す。
優位に立った、そう強盗団のメンバーは考えただろう。だが、相手があまりに悪すぎた。次々に繰り出される刃をあっさりと
その
――結局、3分と掛からずにドミニカ以外の強盗団のメンバーは全滅し、地面に倒れ伏していた。
「
ガストンが呼び掛ける。
常人を超えた
覆面の下には、アベルによく似た少女の顔があった。
「ねぇ、
「私には小さい弟がいるの。もし私がここで捕まったら、弟は生きていけないわ。お願い、見逃して!」
必死の表情で
ガストンは顔から表情を消して沈黙していたが、ジュリオは
(このまま見逃せば、彼女はアベル少年とまた一緒に暮らせる――)
だが、そんなジュリオの思考を読んだかのように、
「犯罪者のそんな甘い言葉に
いつの間にかヴァイオレットが二人のそばに立っていた。
「幼い弟を
ヴァイオレットの言葉はこれ以上ない
ジュリオは黙ったままヴァイオレットに頷いて、
「……私の名前、知ってるんだ。やっぱりもうダメかぁ」
ドミニカはそう呟くと、杖を構えなおした。
おそらく強盗団に便利に使われていただけだろうに、ドミニカは最後まで戦おうとしている。ガストンとジュリオが前に出ようとするのを手で制すると、ヴァイオレットは剣を片手に詠唱を始めた。
「
聞いたことのない属性魔術な上に、魔術を使うのに必須とされる杖をヴァイオレットは持っていない。そんなことには気付かず、対抗するようにドミニカも詠唱。
「
おそらく手持ちの最強の
両者の魔術のうち、先に発動したのはヴァイオレットの方だった。見た目には何も起こらない。次いでドミニカの魔術が発動、する寸前で止まった。炎どころか火花すら発生しない。
「あれ!? なんで発動しないの!?」
慌てた様子でもう一度詠唱を開始する。
「
魔術が完成する――が、やはり発動しない。
「どうして!?」
「一時的に火魔術を封印する結界を張らせてもらった。もう火魔術は使えない」
「――そんな術、聞いたこと無い!」
「我が家に代々伝わる秘術でね。特に1系統しか使えない魔術師相手には、非常に有効だろう? 事実、火魔術しか扱えない君はもう戦うことすらできない」
ドミニカは信じられないといった顔をしていたが、実際に彼女の魔術は発動しない。その事実に表情が絶望に染まっていく。
そのままヴァイオレットの接近を受け入れると、黙って頭を
だが、ヴァイオレットは剣の腹でドミニカのうなじを打ち
「やれやれ、ようやく目標達成か。この
そう言いながらヴァイオレットは疲れたのか、首を回してポキポキと鳴らす。
「結局、おいしいところは全部ボスが持っていきましたね」
「これでも局長だからな」
ニヤリと笑うガストンと軽口の応酬を交わすと、通信用魔道具を使用して作戦参加者全員に通達する。
『強盗団の制圧を確認、現時点を持って作戦終了とする。皆、ご苦労だった。鎮圧部隊の負傷者は残っていないな? 強盗団の死体は全て回収、まだ息がある強盗団のメンバーがいたら、こちらは手当して逮捕しろ。連中の口から、今まで襲ってきた場所を聞き出して記録にある過去の事件と照らし合わせる必要がある。それらが終了次第、順次
全員から了解のコールが返信される。次いで、
『アルセリア、フィリア、死者は出ているか?』
『現在重傷者から回復魔術を使用して治療しています、死者は出ていません。というか、あたしが出させませんよ』
『手当が済んだ者も念のため警察病院へ
後方からアルセリアとフィリアが報告する。
『よろしい、引き続き任せたぞ』
『『了解』』
ヴァイオレットは通信を切る。
そして姿勢を正すと、ジュリオに呼び掛けた。
「さて、ジュリオ捜査官見習い」
「はい」
「君の戦いぶりを初めて見させて貰ったが、見事だった。だが、何故倒すだけで致命傷を与えなかった? 君の力と技があれば、ただ殺す方が楽なはずだ。今までの事件でも、決して人を死なせてはいない。何故だ?」
ジュリオは
「自分は過去に人を――それも自分の弟を
「……そうか、それが君の優しさと全力で戦わない、いや戦えない理由か、了解した」
ふっ、と微笑むヴァイオレット。しかし次の瞬間には厳しい表情になる。
「だが、その甘さはいずれ君の命取りになるぞ」
「――どういうことでしょうか?」
「例えばだ、フィリアが襲われて殺されそうになっていたとする。君は別の敵と戦っていて、すぐに駆け付けるには相手を殺すしかない。そうなった場合、君は敵とフィリア、どちらの命を優先する?」
「それは……」
「また、王都を歩いていると突然近くの建物が崩れ落ちてきたとする。たまたまそばにはフィリアと君がいて、君の能力を
「……」
「可能性は低いが、どちらも起こり得ない事態ではない。そうなった時にどうするのか――取り返しのつかないことについて、もう一度よく考えておくことだ」
「了解しました、考えてみます」
ヴァイオレットがジュリオの返事に頷く。
「もう一点。先程はドミニカの言葉に
「王立調査局、特殊犯罪課の捜査官見習いです」
「そうだ。そして捜査官とは、法を犯す者を見つけ出し、取り締まる者だ。それがあんな子供の言葉に惑わされてどうする。もっと捜査官としての自覚を持て」
「しかし、彼女には理由がありました。それを考えると……」
「いかなる理由があろうと、法を犯した者は皆等しく犯罪者だ。そこに上下はない。そして、我々は理由によって犯罪者を差別してはならない。法の下に、平等に正義を執行する。それが我々、王立調査局と警察のあるべき姿だ、忘れるな。どうしても理由によって人を助けたいなら、弁護士なり裁判官なりにでも転職するがいい」
「……はい」
「理屈では分かっても、心では分かっていない顔をしているぞ。君は捜査官にするには少し優しすぎたかもしれんな……貧民救済を訴えるシルベストリ少年子爵あたりと話が合いそうだ」
「シルベストリ子爵、ですか?」
「いや、なんでもない、気にするな。こちらの話だ」
ヴァイオレットは小さくかぶりを振る。
「で、説教タイムは終わりですかい。オレたちも現場を一般警察に引継いだら局に帰るとしませんか?」
見ると、こちらに駆けつけてくる警察官の姿が複数あった。逮捕した者を運ぶ護送馬車も用意されている。手錠を後ろ手に掛けられた強盗団たちやドミニカも、倒れたまま起き上がる気配はない。それらを確認すると、
「よろしい、引継ぎを終えたら後方のアルセリアたちと合流して帰るとするか」
ヴァイオレットはそう号令を掛けた。
◇◆◇
翌日。
王都ミリアムの
初めは無言だった姉弟だが、ドミニカの「ごめんね」の声を皮切りに会話しだした。
「ごめんね、アベル。ダメなお姉ちゃんで。犯罪者の弟なんて、肩身が狭いわよね」
「いいんだ、姉さん。僕が小さいばかりに迷惑かけて。こっちこそごめん」
「アベルは私と違って頭が良いから、学校に入れてあげたかったんだけどね。お姉ちゃん、ちょっと方法を間違えちゃったみたい」
涙ぐみながらドミニカが話す。
アベルも泣きながら、
「いいんだ、いいんだよ、姉さん。生きててくれて、本当に良かった……」
そう口にする。
「私はこの後、裁判を受けるの。死刑にはならないだろうって、ヴァイオレットさんて人が教えてくれたけどホントかな。強盗の仲間だったし、沢山の人を火魔術で傷付けてきたし、お姉ちゃん、ちょっと自信ない」
「年齢が年齢ですし、事情もあります。
フィリアがフォローを入れる。
アベルがアルセリアの方を向いて頭を深々と下げると、
「今回は色々とありがとうございました、アルセリアさん。お礼のしようもありません」
「いいのよ、それがあたしたちの仕事だったし、強盗団も逮捕できたし」
照れたように手をひらひらと振るアルセリア。
「あの投書の結果色々とありましたが、一番大事な姉だけは失わずに済みました。
そう力強く言うアベル。少年はフィリアの
「孤児院か……。アベル、大丈夫? いじめられたりしない?」
「心配ないですよ、レアンドロ孤児院はわたしも育った場所で、マザーをはじめ良い人、良い子ばかりですから」
胸を張って言うフィリア。
「フィリアさん、でしたか、王立調査局の捜査官さんなんですよね? 孤児院出身でもそんなところで雇ってもらえるんですか?」
「お姉ちゃん、失礼だよ」
「いいのよ、アベル君。ええ、たまたま縁があって、王立調査局なんて大変なところで働かせて貰ってます。孤児院出身だからって差別されたりしませんよ」
「そうですか……。それと、私に火魔術の素質があったみたいに、アベルにも魔術の素質、あるでしょうか?」
「それは調べてみないとなんとも。ですよね、アルセリアさん」
「そうね。ドミニカちゃんがあれだけの使い手だったなら、弟のアベル君にも素質があってもおかしくはないけど、詳しくは調べてみないと」
「傭兵だった私たちの両親は、二人とも魔術師でした。アベルにも素質があるなら、私がいなくてもやっていけると思うんです」
「正規の魔術師になるには、本来数年間という長い修行が必要なんだけど、知り合いに教わっただけで【
アルセリアの言葉に安心したのか、こっくりと
「さて、アルセリア
「そうね。もうあたしたちに出来ることはなさそうだし」
「これからもまだ色々あると思うけど、頑張って。何かあったら、いつでもわたしたちに連絡してね」
ジュリオたちの言葉に、頭を下げるドミニカとアベル。ジュリオたちも礼を返すと、面会室を出た。
警察署の廊下を歩きながら、
「そういえばドミニカさんの弁護士費用、アルセリア先輩が持つって聞きましたよ」
「知ってたの?」
「ガストン先輩が教えてくれました。あいつは昔から子供に甘いから、って言ってましたよ」
「ガストンのヤツ……あいつにもお礼言おうかと思ったけど、代わりに帰ったら尻尾に火を付けてやるわ」
そんな会話を交わす。
「自分は今回の事件で、色々と考えさせられました。まだ答えは出ていませんが、自分が少し変わった気がします」
「局長になにか言われたんでしょ」
「分かりますか?」
「あたしもそうだったから。局長、正義に関してすごく厳しいのよね。だからこその局長なんだろうけど」
「わたしも犯罪者に対して甘いってよく怒られました」
「フィリアもか。捜査官の誰もが通る道なのね、きっと」
「――そもそも局長ってどんな経歴なんです?」
「代々
「局長になるべくしてなった、って感じですね」
「上級貴族で調査局の局長だから、昔は
「なるほど……」
納得した様子のジュリオとフィリアを見やりながら、
「そういえば坊やにフィリア、今回はありがとうね。おかげであの子たちを助けられたわ」
「自分は大したことはしてません」
「わたしも。孤児院を紹介するくらいしか出来なくて」
「ううん、そんなことないわ。二人は頑張ってくれた。だから、一つ借りにしておくわ。もしあたしの力が必要になったら
アルセリアがウインクしながら照れたように言う。その顔は普段よりも更に魅力的だった。ジュリオだけでなく、フィリアまでが思わず見惚れる。
「さあ、局に帰りましょ。今日中に投書の続きを片付けるわよ」
警察署を出ると、外には晴れ空が広がっている。
冬の柔らかな陽射しを受けながら、ジュリオたちは王立調査局へと歩き出した。
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