幕間 フィリアの一日

 チチチチという鳥の声と窓からの冬のやわらかな日差しに、思わず目を覚ましました。


「おはようございます……」


 誰にでもなく朝の挨拶あいさつをすると、ベッドの上で大きく伸びをひとつ。


 わたしはフィリア=ラーズデル、もう少しで19才。人族の女性です。

 王立調査局の特殊犯罪課というところで捜査官見習いをしています。


 今日は非番でお給料日。時計を見ると、朝の7時ちょっと前でした。

 1月の空気は冷たいけれど、天気は良いのでお出かけ日和びより

 寝間着ねまきからお気に入りの服に着替えると、相棒である真なる銀ミスリルを主軸に、いくつかの希少金属レアメタルと拳大の翠玉ペリドットで作られた長杖ロッドを手に取ります。


『魔術師たるもの、いついかなる時も杖を手離すべからず』


 そんな師匠の教えを守り、桜花館おうかかんという自宅のような屋敷の中でも、自分の部屋から出るときはお風呂へ行く時でも常に長杖を持ち歩きます。


 4階にある部屋を出て洗面台で顔を洗い、1階へ降りると食堂から良い匂いが。

 おそらくジュリオが何か作っているのでしょう。御相伴ごしょうばんにあずかるべく、わたしも食堂へ向かいます。


「おはようジュリオ」

「おはようフィリア」


 はたして食堂にジュリオはいました。

 桜花館での彼のトレードマーク、白のエプロンがとても似合っています。

 今日の朝食はトーストにみじん切りした玉ねぎとハムを加えたオムレツ、緑黄色野菜のサラダにフルーツです。

 シンプルな朝食でもなぜかジュリオが作ると美味しくなります。この間の本が彼のなにをそんなに変えたのかはわかりませんが、料理下手なわたしには少しうらやましく思えました。まだレパートリーが少ないのが悩みだそうで……

 最近では桜花館の皆でお金を出し合って、食料倉庫にいつでも材料のストックがあるようにして、代わりにジュリオに料理を作ってもらう制度が出来たようです。

 ジュリオも嫌ではないのか、仕事の日も非番の日も休憩きゅうけい時間などを利用しては朝食と夕食を作っています。非番の日は昼食を作ることも。

 たまに仕事で帰ってこない日もありますが。


 さて、朝食をいただいたらジュリオにお礼を言って、部屋に戻ります。

 出かけるのじゃないかって? まだ早いので銀行は開いていませんから、それまでは自室で魔術の勉強です。自主訓練ですね。

 

 魔術の使い方は三段階にわかれます。まず魔力の込められた杖を介して世界とつながるのが第一段階。魔力を提供する代わりに世界から力を貸してもらうのが第二段階で、貸してもらった力を使って自分の思ったように魔術で現実世界を塗り替えるのが第三段階です。

 難しそうですか? 森妖精族エルフは生まれつき魔術の才能を持っていますが、他の種族では特殊な才能を持った人にしか使えないので、クァトル王国での魔術師の数は人口に対して100分の1程度と言われています。王都ミリアムは20万人都市――これは人族諸種の数で、実際には亜人族を含めるとその1.5倍――ですから、そのうちの魔術師はおよそ3000人強といったところでしょうか。

 その中でも大半は風・火・水・土・光・闇の6系統から1系統だけ使える人が主流で、わたしのように複数系統扱えるのは珍しいそうです。まぁ、先輩のアルセリアさんは6系統全部使えるすごい人なんですが。さらに特殊な才能があれば杖が無くても魔術が使えるとか、6系統以外の魔術属性が存在するとか――


 こほん、脱線しました。

 お日様も大分高くなってきたので、いよいよお出かけです。

 桜花館を出て大通りへ向かいます。中央市場メルカード露店ろてんをのぞき見しつつ、目的の銀行へ到着。

 少し並びましたが幸いにもすぐに順番が来たので、今月もお給料から金貨15枚を引き出します。大事にポーチにしまうと銀行を後にして、もう一つの目的地へ。

 と、その前にケーキ屋さんに寄ってシュークリームを人数分買います。本当はケーキでもいいんですが、一度いろんな種類のケーキを持って行ったら、どのケーキがいいかで喧嘩けんかが起こってしまい、以来どれか一種類だけを用意することに。あの子たちにも困ったものです。

 

 乗合馬車に乗り、大通りを離れます。しばらくするとエステ地区に入りました。東地区はノルテ地区とは逆で、お金に余裕のない人たちや難民さんたちが多く住んでいます。そのためか治安も少し悪いです。

 もっとも、たとえ一人歩きでも魔術師の証である杖を持った人間をおそおうとする人はまずいませんが。

 遊具の少ない公園に一抹いちまつさびしさを感じつつ角を曲がると、目的地が見えてきました。レアンドロ孤児院こじいんです。

 かかげられた看板も、孤児院の建物もくたびれた様子ではありますが、中に入れば元気な子供たちがいっぱいで――


「あ、フィリアねーちゃんだ!」

「ほんとだー! フィリアねーちゃん!」

「ねぇお土産! お土産は!?」


 扉を開けると、あっという間に性別、年齢、種族も異なる子供たちに囲まれてしまいました。


「ルカにパブロ、エレナにアニータ、元気だった? マヌエルとアキレスは少し大きくなったね」


 子供たちに両袖りょうそでつかまれながら、中へ中へと引っ張られます。

 孤児院の奥には僧衣をまとった恰幅かっぷくは良いが背は低めの中年女性が一人。

 この孤児院のマザー、岩妖精族ドワーフのママ・アリスです。


「まぁまぁフィリアちゃん、今月も来てくれたのね」

「ママ・アリスもお変わりなく」


 ハグしあうとなつかしい香りに包まれ、孤児院時代にもこうしてよく抱きしめてもらったことを思い出します。岩妖精族だけに、力はちょっと強めです。

 

「さ、みんなにはシュークリームがあるわよー!」


 お土産を掲げると、我先われさきにと集まる子供たち。


「はい、押さない押さない。一列に並んでねー」

 

 先頭の子から順番にシュークリームを渡していきます。今回もぴったり人数分でした。1つでも余ると誰が食べるかで喧嘩になりますから。

 子供たちが行儀よく席についてテーブルでシュークリームを食べている間に、ママ・アリスとお話です。


「これ、今月分です」


 ポーチから金貨を取り出して渡そうとします。

 ママ・アリスは少し悲しそうに首を振ると、


「フィリアちゃん、いえ、フィリア=ラーズデル。あなたはこの孤児院を出て立派に成長しました。もうこの院の事は気に掛けなくても良いのですよ?」

 

 そんなことを言います。


「寂しいこと言わないでください、ママ・アリス。物心つく前からこの院で世話になっていたんですから、これくらいのお返しはさせてください」


 12歳の時に魔術の才能を見出されて神殿で光魔術を習い、その後アカデミーで風と水魔術を習っていた折に局長に王立調査局へと誘われてからは毎月恒例こうれいとなるやりとりですが、これをしないとママ・アリスはお金を決して受け取ってくれません。なんとも頑固がんこなところは昔から、です。


「……では、金貨5枚だけ篤志とくしとしていただいておきます、残りは自分のこと、例えばお洋服とかに使いなさい。そうそう、あなたももう18才なのだから結婚してもおかしくないとしです。周りにだれか良い人はいないのですか?」


 そう言われて、なぜかジュリオの顔が一瞬だけよぎりました。

 ジュリオは強くて動物と話せて料理が上手で、とても頼りになる男の子です。時々変ですが。

 でも、好きな人――というよりは大切な仲間、といった感じな気がします。

 なので、


「うーん、いまはいない、かな」


 そう答えたのですが、


「ふふ、今回は答えるまでに少し間がありましたね。あのフィリアちゃんにも、気になる人くらいはできたのでしょうか」

「もう、ママったら」


 二人で顔を見合わせると、おもわず笑いあいました。


 その後は陽が落ちるまで、子供たちと遊んだり孤児院の手伝いをしたりしました。

 でも夕食の時間までいると気を使わせてしまうので、そろそろ帰る時間です。


「それじゃあみんな、元気でね。マザーの言うことをよく聞くんだよ?」

「はーい」

「じゃあね、フィリアねーちゃん!」

「えー、もう帰っちゃうのー?」

「……また来てよ?」

「またねー」

「お金はもういいから、ただ遊びにいらっしゃいね」


 子供たちとママ・アリスから元気をいっぱい分けて貰って、家路につきます。

 行きと同じ乗合馬車に揺られて、中央セントラル地区の桜花館へ。

 

 桜花館に帰ると、ちょうど夕食の頃合いみたいで食堂に人が多く集まっていました。

 わたしも美味おいしそうな肉の焼けるにおいにかれて、食堂へ。


 今日は非番ではなかったはずのジュリオですが、やっぱり食堂にいました。

 わたしが席に着くと、私が好きな思い切り甘くした紅茶と一緒に夕食を持ってきてくれます。

 今晩のメニューは、トルティーヤと薄切りにした牛肉の香辛料こうしんりょう焼きのきざみ野菜添えでした。クァトル王国ではよくある料理ですね。

 ジュリオはまだレパートリーが少ないからか、変わったメニューが出ることはほとんどなく、街中で見かけるような料理が多いので安心して食べられます。変にった料理よりも自宅にいた時のように懐かしい感じがして良い、と桜花館では大好評です。

 ガストンさんが4度目のおかわりをしているのを見ていると、わたしもついついおかわりしそうになりますが、そこは年頃の女の子ですからやっぱり遠慮えんりょしておきます。ママ・アリスに言わせると『ちゃんと食べないと大きくなれませんよ』らしいですけど。

 

 さて、夕食も済むと部屋に戻ってお風呂の準備です。

 着替えとタオル、化粧水などと一緒に長杖を持って1階の大浴場へ行きます。水の張替えなどを行う深夜以外は常にお風呂が開いているのは、いつでも気兼ねなくお風呂に入れて桜花館の良いところの一つです。

 汗と汚れを流して、さっぱりして部屋に帰ると、もう寝る準備。

 明日は当直ですから、よく眠っておかなければいけません。

 備え付けの魔道具のランプを消して、フカフカのベッドに横になります。


「どうか明日も良い一日でありますように……」


 そうつぶやいて目を閉じ、今日あったことを思い返していると、次第に睡魔すいまが近づいてきました。


 それではみなさん、おやすみなさい。明日も頑張ります――

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