第2話 幽霊屋敷と闘牛士

「おはようございます」

「ニャー」


「おう、おはようさん」

「おはようございます、ミィちゃんもおはよう」


 ジュリオとミィの朝の挨拶あいさつに、ガストンとフィリアが挨拶を返す。

 ジュリオが王立調査局に入ってから1か月ほど経つが、いつもと同じ顔れに思わず室内を見回してみる。

 今日も特殊犯罪課の部屋にはジュリオを含めた三人と一匹しかいなかった。

 フィリアはいつもと同じ白のブラウスに茶色のビスチェドレス姿、ガストンも相変わらず着崩したシャツに、よれたタバコを口に咥えている。


「もう慣れっこですが、いつになったら他の先輩せんぱい方と会えるんでしょうか?」

「ん~……ヴィクトルの先生は死霊術師ネクロマンサーだから殺人事件で引っ張りだこ、アルセリアのあねさんは魔術アカデミーで講義が、レオーネの博士ドクターは研究室にこもりっきり、だな」


 人狼じんろうの視線は壁の日程表をにらんでいる。ジュリオたち常駐組の三人以外の予定は3か月先まで空白になっていた。


「わたしもジュリオより半年先にここに来ましたけど、ガストンさんと局長以外とは1、2度会ったくらいですよ」

「……そんな頻度ひんどで回るって事は……この部署、ひょっとして閑職かんしょくでしたか?」

「閑職って、おまえなぁ。ここのところは小さい事件しか回ってこないから全員そろうのは珍しいかもしれんが、忙しい時は結構忙しいんだぜ?」


 ヴァイオレットが新人二人の限界を超えないよう、わざと仕事量を調節しているのをガストンは知っている。


じょうちゃんと坊主ぼうずの二人を育てるには今ぐらいのペースで丁度いいくらいさ」


(……親の心子知らず、ってのはこういう感じかねぇ)


 そんなことを考えながら狼の手で机の上に置かれたカップを器用ににぎると、コーヒーをすすった。

 と、局長室に通じるドアが開き、書類を手にした当のヴァイオレットが入ってくる。


「おはよう諸君」

「「「おはようございます」」」

「ああ、敬礼は結構。何やらひまだとか楽しげな会話をしていたようだが、そんな諸君に朗報ろうほうだ」


 持っていた書類をかかげる。


「行政局からの依頼だぞ」

「行政局? またなんでそんなところから。あそこは調査局ウチとは関係ないでしょうに」

「各省庁局間の横のつながりを重視しようという試みだな。無論、建前たてまえだが。実際はあちらに、そう、少しばかり恩を売っておこうといったところだ」

「まぁオレたちにはわからないしがらみがあるんでしょうが……」

「そういうことだ。ガストン、新人二人を連れて現地でヴィクトルと合流し、早急に解決しろ。私は例によって会議で出られない」

「イエス、ボス」


 ガストンがヴァイオレットから書類を受け取る。


「しかし先生がフリーとは珍しい。どうなってるんです?」

「今回の仕事には必要な人材だからな。呼び戻しておいた」

「というと殺人コロシですか」


 ヴァイオレットはかぶりを振ると、


「いや、幽霊退治ゴーストバスターだ」


 と言った。


「は?」


 今までの仕事内容からは聞きなれない言葉に、ガストンだけでなくジュリオとフィリアの目も丸くなる。

 そんな三人を見ながらヴァイオレットは続ける。


「つまり――楽しい楽しいお化け屋敷探索だぞ」


 その目は愉快ゆかいそうに笑っていた。




 ◇◆◇




 王都ミリアム北部にあるノルテ地区。貴族や大商人などのいわゆる上流向けの邸宅ていたく商館しょうかんなどが多くある地域である。

 天候は朝の青空とは打って変わり、今にも泣きだしそうな曇天どんてん。遠く雷の音も響く。


 豪奢ごうしゃな家々が立ち並ぶ一角に、その屋敷やしきはあった。

 飾りのついた鉄の門にはいばらからまり、カラス達が門の上から無言でこちらを見下ろしている。

 遠見からでもしばらくのあいだ人の手が入っていない事がわかる様相だった。


 そんな屋敷の前で、一人の人物がジュリオ達を待っていた。


「やはー、久しぶりだねガストン、それにフィリアちゃん」

「よう先生」

「お久しぶりです、ヴィクトルさん」


 手を軽く振るのは、白に近い灰色の髪に眠たげな蜂蜜はちみつ色の瞳、その上に眼鏡めがねを掛けた、若い人族とおぼしき男。

 髪色と同色のローブに自身の身長と同じ程度の長さの両手杖スタッフと、いかにも魔術師然とした恰好である。


「で、君が動物と話せるというジュリオ君だね。ボクはヴィクトル=F=ミラン、二級捜査官で専門は死霊術ネクロマンシーと歴史だ、よろしくね」


 男――ヴィクトルの人の良さそうな笑顔と握手あくしゅこたえて、ジュリオも頭を下げる。


「初めまして、ジュリオ=レイクウッドです。よろしくお願いします、ヴィクトル先輩せんぱい

「うんうん、よろしくね」


 そう言ってからヴィクトルはジュリオから視線を外し、ガストンの方を向くと、


「それで、この屋敷についてどこまで知ってるかな?」

「とりあえず資料に書いてあることは一通り。その他は知らん」


 ジュリオとフィリアもうなずいてそれに同意する。


「そっか。それじゃあ軽く説明しようか」


 ヴィクトルがごほん、と咳払せきばらいをする。


「ここは20年ほど前に死んだバルタザール侯爵こうしゃくの所持していた屋敷の一つで、通称『バルタザールの幽霊屋敷』だよ。バルタザール侯爵の死因は老衰ろうすいだったから非業ひごうの死をげた訳でもないし、この屋敷で亡くなった訳でもないから厳密げんみつには侯爵は関係ないんだけどね」


 話を一旦止め、眼鏡を人差し指で押し上げる仕草をはさむ。


「侯爵の死後に、所持していたその他の屋敷と同様にこの屋敷も処分されることになったんだけど、いざ取り壊そうとなった時、屋敷に入った業者の人達が帰ってこない事件が起きたんだ。昼の間は出入りできるんだけど、夜になると屋敷の扉が勝手に閉まって朝になるまで開かなくなる。そして朝になると――誰もいない。仕方がないので昼の間に工事を進めようとしたら、謎の病気に掛かる者や原因不明の怪我けがをする者が続出してね。今度は外から壊そうとしたら、何処からか強力な結界が張られていてビクともしない。屋敷の新しい持ち主は冒険者ギルドを頼って何度か調査を行ったんだけど、夜になって帰ってきた冒険者のパーティーはいなかったそうで、結局何も分からなかったらしい」

「マジもんの幽霊屋敷じゃねーか」

「夜になると帰ってこないだけだから、幽霊と決まった訳じゃないけどね。まぁそんな訳で20年ほど放置されていたんだけど……」

「けど?」


 ガストンが先をうながす。


「この幽霊屋敷も王都のここ最近の住宅事情には勝てなかったらしくてね、つい先日再開発の対象になったのさ。幽霊なんぞに住まわせておく土地は無い、ってね。で、めでたくボクたちの出番、という訳さ」

「んなの神殿に頼めば済むことじゃないのか?」

「神殿側としては幽霊と決まった訳じゃないから、神官の派遣はけんには消極的なんだ。それに正式に神殿に依頼するとなると依頼料が発生するんだけど、これが結構馬鹿にならない額でね。管轄かんかつ違いの神殿より、同じ公務員仲間の王立調査局にやらせればタダだからと上の方から圧力が掛かってボクたちの出番になった、というのが今回の真相」

「なるほどねぇ……朝の局長の言い草はそれのことか」


 人狼の顔がそれとわかるほどしかめられる。


「で、アンデッドの専門家たる死霊術師ネクロマンサーのボクに……」


 ヴィクトルの指がヴィクトル自身をし、


前衛ぜんえいのキミ」


 ガストンを指す。次いでフィリアを指し、


「アンデッドやゴースト系に有効な光魔術を使える上に神官位を持つフィリアちゃんが呼ばれた訳だ」

「あのー、自分は……」


 そう言いかけたジュリオをヴィクトルの指がくるりと回って指す。


「ジュリオ君は保険だね。相手が幽霊は幽霊でも動物霊だったりした場合にはボクでは会話できないから相手をしてもらうし、幽霊でなかった場合にボクたち三人では見落としかねないものをジュリオ君の視点でカバーしてもらう」

「なるほど、頑張ります」


(今はまだ皆のおまけかもしれないけど、やれることをやらなくちゃな)

 

 とりあえず両拳をにぎってやる気を示す。


「そういや今日はニャンコはどうした。置いてきたのか?」

「幽霊相手にミィの出番はないですし、危ないですからね。いまごろ局長室の窓辺で日向ひなたぼっこでもしてるんじゃないでしょうか」

「はは、生憎あいにくの天気だけどな――っと、とうとう降ってきやがったか。とりあえず昼間は出入りできるっていうし、入ってみようぜ」


 降ってきた冬の雨は次第に勢いを増している。

 ガストンが門に手を掛けて押し開くと、門の上にいたカラス達がギャアギャアと騒ぎながら一斉に飛び立った。そのまま屋敷の上空を旋回せんかいしている。


坊主ぼうず、ちなみにあいつらなんて言ってるか分かるか?」


 そう聞かれて、カラス達の言葉の内容から逡巡しゅんじゅんしたジュリオだが、素直に答えることにした。


「ふつう鳥はあまりしゃべらないんですが――エモノガキタ、エモノガキタって言ってますね」

「……縁起えんぎでもねぇ」


 苦虫をつぶしたような表情のガストン。眼鏡の奥に苦笑いを浮かべるヴィクトルに、おびえた顔のフィリア。三者三様の反応だったが、ジュリオだけは平然としていた。


「おまえはよくそんな普通の顔をしてられるな」


 あきれたようなガストンの声に、


「別にカラスは怖くありませんから」


 普段通りの表情のジュリオ。

 フィリアとガストンは顔を見合わせると、


「この1か月で少し分かってきたことだけど、ジュリオって時々ズレてるよね……」

「危機意識が欠落してやがるよな……」


 ひそひそとささやきあう二人だった。




 ◇◆◇




 玄関の重厚な扉を開けると、そこは白と黒の格子こうし模様の床を持つ、広いホールになっていた。

 今にも落ちてきそうなシャンデリア、ボロボロのカーテン、朽ちかけた絨毯じゅうたん

 いたんだ家具や調度類にはほこり堆積たいせきしていて、年月を感じさせる。

 強い雨が窓を叩き、時折の雷光がホールに掛かった古時計を浮かび上がらせていた。


「どストレートに幽霊屋敷へようこそ、って感じだな」

「雰囲気たっぷりですね……」

「ふむ?」


 一歩前へ出たヴィクトルが両手杖スタッフかかげ、


接続コネクト闇神ルナリス……【不死者気配感知センスアンデッドエナジー】」


 アンデッドの気配を探る魔術を展開する。

 ややあって掲げた両手杖を下ろし、


「うーん、残念だけど別段アンデッドの気配は無いねぇ」

「先生の戯言ざれごとは置いとくとして、アンデッドは無しか」

「じゃあ今度はわたしの番だね」


 フィリアも愛用の長杖ロッドを掲げ詠唱えいしょうする。


接続コネクト光神ソレティナ……【生者気配感知センスライフエナジー】」


 生物の気配を探る魔術。しかし、


「んー、わたしたち以外のネズミより大きい生物の気配は無いみたいです」

「生物もアンデッドも無しか」

「どういうことでしょうか?」

「夜にならないと変化しないのかもねぇ。今分かるのはこの屋敷に広がる呪いの気配くらいかな」

「呪いねえ。先生、どんな種類の呪いか分かるか?」

「そうだね、生者に対する憎しみ――かな。アンデッドが発する気配によく似てて、それが屋敷中から放射されてて発生源が特定できない。まぁ呪い殺されるほどのものではないから安心していいよ」

「安心するところか、それ?」


 軽口が一段落したところで、ヴィクトルが提案する。


「とりあえず昼間のうちに屋敷の中を見回っておこうか。何か異変が発見できれば良し、できなくてもそれはそれで情報になるしね」

「3階建てとはいえ横には桜花館おうかかん並みに広いが、3組に手分けすれば夜までには回れるか。じゃあ先生は1階と中庭を、オレは2階で……嬢ちゃんと坊主、二人で3階だ。探索が終わったらこのホールに集合で」

「「了解です」」


 ガストン、ジュリオとフィリアがホール横のゆったりと作られた螺旋階段らせんかいだんを上がっていく。1階ではヴィクトルが手を振っていた。それを見ながら階段を上り、2階でガストンと別れる。


「おう、何もないとは思うが気を付けて行けよ」


 火のいていないタバコをくわえた人狼の横顔には、心配の表情が浮かんでいた。


「ガストンさんは心配性なんだから。ジュリオも一緒ですし大丈夫ですよ」

「アンデッドも生き物もいないなら安心かと」


 二人は口々にそう言うが、ガストンの顔は晴れない。


「坊主、電磁警棒スタンロッドは持ってるな?」

「はい、局長から持たされてます」

「それなら並のアンデッドは勿論もちろん、実体を持たないゴーストにもある程度通用する。だが万能じゃない。もし何かあったら二人でどうにかしようとしないで、オレたちをすぐ呼べよ」

「了解です」


 うなずくジュリオ。

 結局ジュリオとフィリアが3階に上がりきるまで、人狼は二人を見送っていた。




◇◆◇




 3階に着く。階段から左右に伸びた回廊かいろうがあり、いくつものドアが並んでいる。

 二人で思わず顔を見合わせると、


「右と左、どっちから行こうか」

「フィリアの勘だと、どっちからが良い?」


 特に緊急の場面でもない限り、ジュリオはフィリアと二人だけの場合は、フィリアの考えを尊重そんちょうして行動していた。半年分の先輩せんぱいを立てる意味もある。

 フィリアは目を閉じて思案の表情。数秒で目を開くと、


「うーんと……なんとなくだけど、右からかな」

「じゃあそれで行こうか」


 二人で階段からすぐ右のドアの前に立つ。


「自分が3、2、1で開けるから、フィリアは警戒けいかいを」

「了解」


 一歩扉から下がり、いつも携帯けいたいしている細かな装飾の施された長杖ロッドを真剣な顔で構えるフィリア。


「3、2、1」


 ドアノブをひねると、ジュリオの予想より軽くドアが開いた。フィリアは長杖を構えたまま部屋の中をのぞき込む。

 開いた部屋から何かが飛び出してくることは無く、ただ静寂せいじゃくが広がっていた。


「……何も無し、かな」

「みたいだね。部屋の中も特に変わった物はなさそうかな?」

「一応入って調べてみましょう」


 カビくさい部屋の中をしばし二人で探索する。

 が、特に目を引くような物はなかった。


「うーん、なんにもないみたいだね。次の部屋へ行こうか」

「そうしよう。じゃあ次もさっきと同じ手順で開けるから、警戒よろしく」

「了解」


 次の部屋の前でジュリオがドアに張り付き、フィリアは構える。


「行くよ、3、2、1」


 勢いよく扉を開ける。


「!」


 中を覗き込んだフィリアが軽い悲鳴を上げて固まった。それを聞いたジュリオもすぐに電磁警棒スタンロッドを構えながらフィリアの横に並ぶ。


 部屋の中には無数の人形が置かれていた。

 四方に置かれた段差のある棚に、所狭ところせましと置かれたクァトル王国の伝統衣装を着た人形達。それらは全て扉側を向いて置かれていた。無機質な視線に立ちすくんでいるフィリアを尻目しりめにジュリオは部屋の中へ入ると、


「……危険はなさそうだね」


 事もなげに告げる。それを呆然ぼうぜんと見ていたフィリアだが、


「き、危険はないかもしれないけど、怖いよジュリオ!」

「? ただ人形が置いてあるだけだよ?」

「たくさんの人形ってだけで怖いの!」

「そういうものなの?」

「そう! 幽霊屋敷の人形部屋っていったら定番で、夜になったらキリキリ……っていう音がしたかと思うと一斉に動き出したりするの!!」


 娯楽の少ない里で育ったジュリオには、幽霊屋敷の定番は分からない。


「そういうものなのか……」


 一人ごちる。

 ジュリオと話して気が紛れてきたのか、フィリアも落ち着きを取り戻していた。といっても、扉から中を覗くだけで部屋に入ってはこないが。


「……ジュリオ、なにかありそう?」

「いや、人形だけかな。心配なら全部壊しておく?」


 電磁警棒をかかげて構えてみせる。


「え!? いいよいいよ、余計怖いしそんなこと考えるジュリオも怖いよ……」


 ぶんぶんと首を振るフィリア。


(引かれてしまった……)


 合理的な提案をしたつもりだったので、内心ちょっと傷ついたジュリオだった。

 だがそんな素振そぶりは見せず、


「じゃあ次の部屋に行こうか」

「そうしましょうそうしましょう」


 二人で人形部屋を後にする。


 その後回廊の右端まで調べたが何も出てこず、今度は左側の調査となった。

 左側もなにもなく、左端最後のドア。その部屋には、今までとは違ってあるものがあった。


椅子いすに座った骸骨がいこつ、か」

闘牛士マタドールの衣装をしてるわね。エスパーダも持ってる」

「闘牛士って?」


 聞き慣れない言葉にジュリオが反応する。


「昔この国で流行った見世物の一種よ。牛と人が闘うの。最近は野蛮やばんだし危ないからってあまり見かけなくなったけど……」

「牛と闘う、か」


 ジュリオはぼんやりと牛と闘うところを想像してみる。牛は元来大人しい動物だが、角を持ち力も人よりはるかに強い。剣があっても人が勝つのは難しそうに思えた。


「で、この骸骨はアンデッドかな?」


 フィリアは慎重に骸骨に近づいて、手をかざして聖句を唱える。

 近づいたことにも、聖句にも反応はない。


「……違うみたい」

「ただの骸骨か」

「今まで何も無かったから、何か意味がありそうだけど」


 二人で骸骨の周りをうろうろする。

 しばらくそうしてみたが、それ以上のものは見つからなかった。


「とりあえずここと人形部屋はガストンさん達に報告かしら」

「だね」


 ドアを閉めて部屋を出る。

 3階の回廊の窓から見える空は暗くなり始めていた。


「だいぶ暗くなってきたか」

「急ごう、もう夜になっちゃう」


 二人はあわてて階段を下りていく。




◇◆◇




「お、無事で何より」

「遅かったね、お二人さん」


 1階ホールに着くと、既にガストンとヴィクトルが待っていた。

 

「で、どうだった? 何か見つけたか?」

「1階と2階には特に何もなくてねぇ」

「総鏡張りの部屋とか、何も無いのに人の声がする部屋とかはあったけどな」


 頭をかきながらぼやくガストン。

 

「3階も大したものは。たくさんの人形が置いてある部屋はありましたが」

「そうか。大したヒントは無しか」

「あとですね、椅子いすに――」


 言いかけたフィリアだが、ホールに唐突に鳴りひびいた鐘の音に言葉を詰まらせる。


「あれだな」

 

 ガストンの視線を辿たどると、ホールの中ほどに古びた振り子時計――いまだに動いているところを見ると魔道具まどうぐか――が掛けられており、その時計が6時ちょうどを指していた。鐘の音が6回あたりに響くと同時に、ガチャリと重い音がする。


「……今の音、玄関の鍵か」


 ガストンのつぶやきに、ジュリオが素早く玄関に近づいて扉を開けようとする。 

 が、開かない。


「ダメですね」

「窓はどうだ?」


 窓の金具を操作して開けようとする。手応えがないため、今度は窓に向かって電磁警棒スタンロッドを振ってみるが、硬質こうしつな音とともにはじき返される。

 ただのガラス窓が特殊金属でできた電磁警棒を防げる訳はないのだが――


「こちらもダメみたいです」


 何度か試したジュリオだが、首を横に振る。


「閉じ込められたか」

「みたいだねぇ」

「のようです」

「……あのー、閉じ込められた割には落ち着きすぎじゃないでしょうか?」


 恐る恐るといった感じでフィリアが言うが、


「まぁ、分ってたことだしなぁ」

「そうそう。それにこれで動きがあるはずだからねぇ」


 ガストン達は気のない素振そぶりである。


「なにかわたし一人だけ怖がってて、置いてかれてるみたいで嫌なんですけど。ジュリオも平気そうだし」


 口をとがらせるフィリアに、


じょうちゃんだって神官の修行を積んだんだろ? 幽霊ゆうれいなんざ怖くないだろうに」

「幽霊とか骸骨がいこつそのものは平気ですけど、怖い雰囲気は怖いから嫌いなんです!」


 長杖ロッドを持った両手を胸の前で構えて、力強く主張する。

 ガストンはおおかみ の耳の片方をぴくぴくと動かすと、


「まぁ言いたいことは分かった。けどほら、そんなこと言ってる間においでなすったぞ」

「は?」


 左右の回廊かいろうの暗がりから、金属を引きずるような音と、合間合間に何か硬いものが床を叩く不規則な音が響いてくる。

 ホールや壁に飾られた燭台しょくだい蝋燭ろうそくに勝手に火が灯ると、その音の正体が見えた。


動く骸骨スケルトンか」

「動く骸骨ですね」

「動く骸骨だねぇ」


 そうだよね、と言わんばかりに納得したような三人の反応。

 

「動く骸骨だねぇ、じゃないッ!」


 フィリアが手をわななかせながら叫ぶ。


「どうして特殊犯罪課の人達にはこう緊張感がないの!?」

「だって動く骸骨だぜ? ちらほら骸骨兵士スケルトンソルジャーも混ざってるが」


 動く骸骨は数あるアンデッドの中でも動く死体ゾンビと並んで最低ランクの魔物である。駆け出しの冒険者であっても、さして怖い相手ではない。骸骨兵士は剣や槍などで武装している動く骸骨のことで、こちらは武器を装備している分攻撃力は高いが、動く骸骨と同様に動作が緩慢かんまんなため基本的には手強てごわい相手ではない。


「だぜ? でもない! 動く骸骨だって数がそろえば脅威きょういなんですよ!? それに壁の蝋燭に勝手に火が付いたのはなんでなんですか!?」

「蝋燭の形に見える魔道具だよ。普通はランプ型にするんだけど、バルタザール侯爵こうしゃくは変わった趣味しゅみをしてたんだねぇ」

「じゃ、じゃあジュリオはなんで平気なの!?」

「動く骸骨とは戦――見たことがことがあるから、かな」


 ぽりぽりとほほをかきながらジュリオ。

 言いあっている間に骸骨達が包囲をせばめてきていた。


「ああもう、接続コネクト光神ソレティナ……【光輝矢シャイニングアロー】!」

 

 光りかがやく50センチほどの矢がフィリアの前に出現し、近くにいた骸骨兵士へとはしる。矢をまともに受けた骸骨兵士は、手にした剣ごと音もなくくずれていった。

 それを見ていたガストンがジュリオにささやく。


「普段の嬢ちゃんはのほほんとしてるからそうでもないが、怒ると怖いだろ」

「……ウチの妹もあんな感じでしたよ」

「……案外苦労してるんだな、坊主ぼうず


 次の瞬間、ジュリオと話していたはずのガストンがいつの間にかフィリアの隣に移動しており、その腕が振りぬかれるとまたたく間に2体の動く骸骨の頭蓋骨ずがいこつくだかれて動かなくなる。ジュリオやヴィクトルもそれぞれ電磁警棒とやみ魔術で動く骸骨を倒していく。


「まあ落ち着けや嬢ちゃん。この程度の相手なら話しながらでも遅れはとらねぇよ。それよりも、こいつらがどうしたいのかが重要だ」

「どうしたいのか、ですか?」

 

 動く骸骨を叩く手を止めずに疑問符のフィリア。


「そうだ。回廊からは出てくるが、奥側からは出てこない。ということは、だ」

「どうやらボク達を中庭へ誘導したいみたいだねぇ。昼に確認したときは何もなかったはずだけれど」


 ガストンの言葉の後を、魔術を使うのが面倒になったのか両手杖スタッフで骸骨をなぐっていたヴィクトルが引き取る。


「ああ、そういうことですか」

「戦う時はいつでも相手が何を考え、目的としているのかを探ること。戦闘の基本の一つだ」


 骸骨兵士の剣を爪で軽くいなしながら、ガストンが目をつぶっておごそかに言う。


「胸にきざんでおきます。それで、今回は相手の思惑おもわくに乗るんですか? それとも裏を?」

「ケースバイケースなんだけれど、今回は情報が少ないから相手に乗ってみようか」

「先生と同意見だ。ここでこいつらの相手をしててもらちが明きそうにないしな」

「分かりました」

「じゃあ一回大技で道を開くよ。少しだけ時間をかせいでくれるかい?」


 三人が、深く精神集中を始めたヴィクトルをガードする。


接続コネクト闇神ルナリス……【招魂送葬陣アンチサモンソウルサークル】」


 ヴィクトルの術が完成し、半径10メートルほどの紫色をした大規模魔法陣が出現。魔法陣内にいた全ての動く骸骨と骸骨兵士が崩壊ほうかいしながら姿を消していく。


「よし、今のうちだ。中庭へ向かうぞ!」


 生じたすきじょうじて、中庭へ通じるドアへ走る四人。動く骸骨たちもそれをガチャガチャと追う。

 中庭へのドアはあっさりと開いた。四人は中庭へ駆け込み、ドアを閉める。

 視線を上げると、荒天こうてんの冬空に巨大な髑髏ドクロが浮かんでいるのが目に入った。青白い光をまとい、くぼんだ眼窩がんか虚無きょむの黒、そして血のような炎の色のまなこをしている。

 髑髏は炎の眼で四人を見下ろすと、カラカラとわらう。その下の地面からは、動く骸骨たちがき出しつつあった。

 

大亡霊だいぼうれい……!」


 ヴィクトルが雨に打たれながらもつぶやく。


「大亡霊?」

「人の負の感情、うらねたみ怒りや、行き場をなくしたの力、そんなものが中心となって集まった亡霊の集合体だよ。物理攻撃はほとんど効果がなく、魔術もきづらい難敵なんてきだね。大亡霊自体は大した攻撃はしないけど、アンデッドを操り能力を強化する技術スキルを持っているんだ」

「地面から出てきた動く骸骨たちも、よろいとか付けててなんか強そうなんですけど」

 

 見ればびた金属鎧を着て両手剣を構えた骸骨戦士スケルトンウォリアーや、ぼろぼろのローブに杖を手にした骸骨魔術師スケルトンメイジき出てきていた。その数十二体。


「装備からすると、行方不明になったっていう冒険者達か。ある程度の能力があった者の動く骸骨は、生前のスキルや魔術なんかも使ってくる、油断するなよ」

「はい! でもそういえば人族の骸骨ばかりですね」

「そうでもないよ。そこの骸骨魔術師は森妖精族エルフの骨だし、屋敷の中には岩妖精族ドワーフなんかの骨も混じってたねぇ」

「ちなみにガストン先輩が動く骸骨になると、やっぱり強いんでしょうか?」

「スケルトンウェアウルフか? オレも見たことはないが、生前の能力が残ってるとしたら手強てごわいだろうな。ま、無駄むだばなしは後だ」 

「ガストンとジュリオ君で前衛ぜんえい、ボクとフィリアちゃんで後衛こうえいだ。第一目標は最も火力が高いと思われる敵の骸骨魔術師二体の排除はいじょだよ」

「「了解!」」

「おうよ!」


 両腕を構えたガストンが、敵前衛の骸骨戦士に向かう。そのななめ後ろをジュリオがカバーしながら前進。

 

「ホントはちゃんととむらってあげたいけど……ごめんなさい、接続コネクト光神ソレティナ!」


 己を世界そのものと接続して一体と化し、魔力を使って光の力を引き出す。瞑目めいもくして更に深層へと意識の手を伸ばしていく。望む効果を思い描き、それが形となった時。


「【大聖槍ホーリーランス】!」


 フィリアの眼前に【光輝矢シャイニングアロー】の数倍の光が集まり、馬上槍ランスを形作る。骸骨魔術師に向けて放つが、前衛の骸骨戦士の盾がね上がってそれを阻止、防がれた魔術の音だけが響く。

 敵も厄介やっかいなことに連携れんけいしてきていた。


「むー!」

「どうやら一筋縄ひとすじなわでは行かなそうだねぇ」


 骸骨魔術師からお返しとばかりに【火球ファイアボール】が飛ぶが、ガストンがこれをあっさりと回避。地面に着弾した火の球が辺りに炎をき散らすが、降りしきる雨に鎮火ちんかされていく。

 

接続コネクト闇神ルナリス……【不死者支配権操作コントロールアンデッド】」

 

 続いてヴィクトルの魔術が発動、骸骨たちのうち、骸骨戦士や骸骨盗賊スケルトンシーフの四体が動きを止めたかと思うと、武器をそれ以外の骸骨たちに向けて振るい始めた。


「さすがは大亡霊、四体しか支配権を奪えないか」


ヴィクトルがくやしそうに言う。


「いや、十分助かるぜ!」


 骸骨たちの仲間割れによってガストンが四体、ジュリオが二体受け持っていた相手が、それぞれ二体と一体になる。

 守勢しゅせいだった二人が攻勢こうせいに転じ、

 

「せっ!」

 

 ジュリオの電磁警棒が一閃いっせんし、皮鎧を着て短剣を構えた骸骨盗賊の頭蓋ずがい粉砕ふんさい。ガストンも一体の攻撃を受け流しながら蹴りを放ち、前衛の一体を破壊している。

 だが――


「なッ!?」


 倒したはずの骸骨が、砕けた破片から再生しながら起き上がりつつあった。


「先生、こいつら一体!?」

「支配した四体からは単なる負の力だけじゃない、屋敷に充満していた呪いを感じる!」

「それってつまり?」

 

 【光輝矢シャイニングアロー】を連発しながらゆっくり後退していたフィリアがたずねる。


「大亡霊の操る動く骸骨が、スキルだけでなく呪いでも強化されてるってことだね。呪いのせいか本気で不死になってしまっているけど、どこかに呪いの核があるはずだから、それを破壊することができれば――」

「こいつらもただのアンデッドに戻るって寸法すんぽうか!」


 骸骨戦士の両手剣の重い斬撃ざんげきを回避しつつ、ガストンが叫ぶ。


「しかし怪しいものなんてあったか?」

「……そういえばさっきフィリアちゃんが何か言いかけてたよね?」

「え、わたしですか?」

「椅子がどうこう、とか」

「あ! そうです、3階の部屋に椅子に座った闘牛士の格好をした骸骨があったんです! その時はなんの反応もなくて、ただの骨だったと思うんですけど……」

「こうしてみるとそれは露骨ろこつに怪しいねぇ」

「だな。嬢ちゃん、坊主、二人でその骸骨を壊してきてくれ」


 狼の拳をすきなく振るいながらガストンが言う。


「ここはオレと先生で大丈夫だ」

「でもそれだと……!」

「時間がてば経つほどこっちが不利になる、急げ!」


 ガストンの命令に、ジュリオが戦線を離れる。


「行こう、フィリア!」

「り、了解!」


 屋敷へ駆け戻る二人。

 ジュリオ達がドアを開けて屋敷の中に入ったのを確認すると、


「まったく、手間のかかる新人どもだぜ」


 ガストンが苦笑気味に呟く。


「そう言うわりには相変わらず厳しいようで優しいねぇ。君が行けば確実だったろうに」


 からかうようにヴィクトル。


「それだと経験を積ませてやれないからな。新人を育てるのも楽じゃない、ってか」

「なるほどねぇ。となると、あとはボクたちが負けなければ良い訳だ」

「そうなるなっ、と!」

 

 敵の攻撃を的確に避け、あるいは爪で受けてはカウンターで倒していく。

 中庭の動く骸骨は倒しても時間が経てば復活するが、逆に言えば復活するまでのタイムラグがある。復活する端から倒していくことで、時間を稼げる。もちろん、こちらには体力と魔力の限界はあるが。

 

「でもあの二人で大丈夫なのかい?」

「嬢ちゃんは水・風・光の3系統の魔術を使える秀才だし、後衛としては問題なく強い。坊主に関しては……あれは何でか知らないが力を隠してるな」

「そうなの?」

「うまく隠してるつもりだろうが、訓練された奴はその歩法ほほうや体のさばき方にどうしても出る。オレの前だと特に注意してたみたいだが、ありゃあオレと同じくらいには近接格闘の訓練を積んだ人間の動きだ」

「軍隊の特殊部隊出身の君と一緒かい? それはすごいねぇ」

「気づいた時はどこぞからの間諜スパイかと疑ったんだが、間諜にしてはどうにも純真すぎてな。何か理由があって隠してるんだろうが、本気を出せば動く骸骨なんぞに遅れは取らないだろうよ」

「それなら安心だねぇ」

「そういうこった」


 前衛の攻撃はガストンが止め、後衛からの攻撃魔術はヴィクトルが魔術を使って防御。戦術的な言葉を使わずとも、相手の動く骸骨たちよりも連携が取れている。

 これならば当面の間、たとえ数の上で不利でも敵の攻撃から持ちこたえることが出来そうだった。




◇◆◇




 屋敷に戻ったジュリオとフィリアは、通路にいた動く骸骨スケルトンたちを倒しながら3階を目指す。

 まずは1階玄関ホールに辿り着いたものの、広い分敵も多い。

 電磁警棒スタンロッドと【光輝矢シャイニングアロー】で地道に倒していくが、倒す端から動く骸骨が補充されている。


「ああもう、数だけは多いんだから!」


 また一体魔術で敵を消滅させながらフィリア。

 

「さっきのヴィクトルさんみたいな広範囲の術はないかな? 使えるならそれで一気に距離をかせげると思うんだけど」


 ジュリオが提案する。少し考えたフィリアは、

 

「【清浄聖光ピュリフィケーションライト】っていう魔術なら範囲は広いけど、集中するのに少し時間が掛かるよ?」

「時間は自分が稼ぐから、それでいこう。このままだと先輩たちが危ない」

 

 二歩前に出て、壁になる。敵は多いが、ジュリオは一匹たりと通す気はなかった。


(フィリアの邪魔はさせない……!)


 動く骸骨の緩慢かんまんな拳を避けつつ、骸骨兵士の片刃剣を電磁警棒で受ける。さらに横からの動く骸骨の一撃を左手でさばき、フィリアの方へ向かおうとしている動く骸骨を蹴り飛ばす。

 動作は極めて静かだったが、明らかに常人を超えたその動きに一瞬フィリアが見惚みとれる。が、すぐに頭を振って魔術に集中する。

 

 まだ1か月ほどしか一緒に働いていないが、ガストンとフィリアの実力はジュリオも理解している。ましてや二人ともたとえ格上の相手であっても、ジュリオを置いて逃げ出す性格ではない。ガストンやフィリアに命をたくして行動することにすで躊躇ためらいはなかった。


接続コネクト光神ソレティナ――」

 

 ジュリオの後ろからフィリアの詠唱が聞こえる。


「【清浄聖光ピュリフィケーションライト】!」


 フィリアがかかげた長杖ロッドから清らかな青白い光が発せられ、周囲を照らす。光に照らされた動く骸骨たちは灰となって消滅していく。ホールの中が、一時的に空白状態になった。


「今よ!」


 そのすきを逃さず、ジュリオとフィリアは階段を駆け上ることに成功。3階に到達する。その後ろを動く骸骨たちがゆっくりとではあるが追いかけてきていた。


「左!」


 二人は左に曲がり、回廊かいろうに入る。3階には動く骸骨の姿は無い。


「一番奥の部屋だったよね!」

「そのはず!」


 会話しながら回廊を走り抜け――奥の部屋へと辿たどり着いた。警戒けいかいする間もなくフィリアがドアを開け、ジュリオが飛び込み、フィリアも部屋へと入ってドアを閉める。

 

 奥の部屋には相変わらず椅子に闘牛士マタドールの衣装を着た骸骨が座っていた。

 二人が息を整えている間に、骸骨の眼に青白い炎が宿り、ゆっくりと立ち上がる。その場で小さく数度ねると、小刻こきざみにれながら剣を構える。剣を構えた反対の手のひらを返し、挑発ちょうはつの姿勢。


「かかって来い、ってことかな」

「みたいね」


 自然とジュリオは前に、フィリアは後ろに位置取りをする。

 二人の準備が出来たと判じたのか、闘牛士の骸骨は剣を大きく振りかぶるとジュリオに突進、剣を突き出して来る。

 

はやッ!?」

 

 フィリアは驚くが、ジュリオは反応し、突き出された剣を電磁警棒で弾く。弾かれた剣を構えなおした闘牛士の骸骨は一旦部屋の隅へ後退。ジュリオを中心にゆるやかに旋回せんかいする。

 相手の旋回に合わせてジュリオも位置を変えながら、


「気を付けて、そこら辺の動く骸骨とは違う!」

「了解、でもアンデッドはアンデッド、弱点は光のはず!」


 「接続コネクト光神ソレティナ」、とフィリアはつぶやき、


「【光輝矢シャイニングアロー】!」


 魔術を発動する。

 一直線に光の矢が向かうが、それを予期していたかの如く闘牛士の骸骨は華麗かれいなステップでこれを回避。あまつさえその場でくるりと回って胸に手を当て、こちらに一礼してみせた。


「っ!」

「いったん動きを止めるか、範囲攻撃じゃないと無理か」

「でも【清浄聖光ピュリフィケーションライト】じゃ威力が低いからこの骸骨を倒せるか分からないよ?」

「なら、強力な単体魔術で狙うしかない」


 闘牛士の骸骨は旋回を止めるとジュリオに向かって突きを放つ。1撃目、2撃目はかわしたものの、3撃目を電磁警棒で受けてしまい、ジュリオの態勢たいせいくずれる。

 すかさず4度目の刺突しとつ。ジュリオの手から電磁警棒が弾き飛ばされる。


「ジュリオ!?」

「大丈夫、自分が隙を作るから、フィリアは詠唱を!」

「わかった! 接続コネクト光神ソレティナ――」


 術の詠唱に入ったフィリアの方を見ることなくジュリオは両拳をにぎると、両腕を上げて構えてみせる。


(いまは出し惜しみしている場合じゃない――!)


 闘牛士の骸骨の鋭い突きを紙一重かみひとえで避け、カウンターで骸骨の顔面に拳を叩きつける。さすがに躱されたものの、無手になったジュリオを弱敵とは見做みなせず後退する闘牛士の骸骨。


戦技せんぎ・【無影掌むえいしょう】」


 呟いてジュリオが前進。一足飛びで間合いを詰め、右拳がブレたかと思うと相手の剣の腹を掌底しょうていが捉えていた。

 構えを崩され、たまらずさらに後退する闘牛士の骸骨。


戦技せんぎ・【双龍脚そうりゅうきゃく】」


 後退した敵を追い、ほぼ同時に放たれる左右の回し蹴り。闘牛士の骸骨は辛くも躱すが、既に壁際まで後退しており、それ以上後ろに下がることは出来なくなっていた。

 

戦技せんぎ・【豪瀑斧ごうばくふ】」


 ジュリオの一撃を剣と左手を交差させて防御しようとした闘牛士の骸骨を、ガードの上からすさまじい剛撃ごうげきで壁に叩きつける。ピキピキと骨の砕ける音が響き――瞬間、完全に闘牛士の骸骨の動きが止まった。


「フィリアっ!」

「任せて、【大聖槍ホーリーランス】!」


 フィリアから放たれた光の槍は、今度こそあやまたず闘牛士の骸骨の胸を捉えた。

 槍を受けた部分から段々と光の粒となって消えていく。それを見下ろしながら、最期に軽く一礼すると闘牛士の骸骨は消え去った。

 同時に、屋敷から発されていたあやしい気配けはいも消えていく。


「……やったみたいだね。さすがはフィリア、一撃だ」

「ジュリオこそなんだか凄かったよ? 電磁警棒を弾かれて、もー大変と思ったら、いきなりあたたたたーって」

 

 怪しげな擬音ぎおんを発しながらジュリオの真似まねおぼしき動きをするフィリア。

 ジュリオは苦笑しながら、

 

「そんな凄いことじゃないよ」


 と言う。


「もともと素手の方が得意でね。武器を持った相手に電磁警棒は便利だけど」

「わたしは格闘とか苦手だから全然わからないけど、ジュリオが凄いのはわかるよ?」

「フィリア、出来れば今のはガストン先輩せんぱいたちには内緒ないしょで」

「ん、いいけど……なんで?」

「両親には『強いと人に怖がられる』って教えられてね。街に出るなら隠していた方がいいと思ってたんだ。それに……なんだか今更で恥ずかしいし。どうもガストン先輩辺りには気付かれてそうだけど」


 苦笑交じりに語るジュリオにフィリアはうなずき、

 

「別にジュリオは怖くないし、なんだかわたし達ってまだ信頼されてないのかなって気はするけど……ジュリオがそう言うなら」

「ありがとう。今はまだ秘密という事で」

「二人の秘密だね、了解」


 仕方ないなぁという風にフィリアが笑う。

 

「さて、そろそろ先輩たちの所へ戻ろう。呪いが解けてるなら、あの程度の相手に苦戦する人たちじゃないだろうけど」

「そうね、急ぎましょう」


 二人で部屋を出る。ジュリオは一度だけ振り返って闘牛士の骸骨が座っていた椅子のあたりを一瞥いちべつすると、扉を後ろ手に閉め、前を走るフィリアを追って走り出した。




◇◆◇



 ジュリオとフィリアが中庭に辿たどり着くと、大亡霊だいぼうれいがガストンの飛び蹴りを受けて倒され、断末魔だんまつまをあげ散っていくところだった。辺りには動く骸骨の骨と装備が散乱さんらんしている。

 ガストンとヴィクトルは二人とも無傷むきずだが、雨のせいですっかりれネズミとなっていた。ガストンがいつもくわえているタバコも、水気を吸ってしおれている。

 が、そんなことを二人は気にした様子もなく、


「おう、よくやったな」 

「うんうん、よくできました」


 口々にジュリオとフィリアをめる。

 

怪我けがはないか?」

「ありません。ガストン先輩せんぱいたちこそ大丈夫ですか?」

「ボクたちなら心配ないよ」

「おうよ、あんな相手に怪我するものかよ」


 そう言って力こぶを作って見せた。

 が、くしゃみを一つすると、


「ま、雨でちっとばかり冷えはしたかな」

「ですよね。報告の前に桜花館おうかかんに帰ってお風呂にしましょうか」

「そうするか」

 

 と、屋敷から異様な音がしてきた。

 土台から崩れる音。長い年月を経た建物が崩れる音だ。


「おお?」


 四人が呆然ぼうぜんと見ている間に、あれよあれよと崩れていき――屋敷は3分と経たずに跡形あとかたもなく崩れ去った。


「屋敷を維持していた結界と呪いがなくなって、自壊じかいしたみたいだねぇ」

「まだ売れそうなもんが沢山たくさんあったのに……勿体もったいねぇ」


 ガストンがなげいてみせる。


「どうせ呪いの品ばっかりで買い取ってもらえませんでしたよ」

「それはそれで好事家こうずかが付きそうな気がするがな」

「ボクみたいな?」

「そういうこった」


 一行に笑いが広がる。


「さて、キレイにオチが付いたところで帰りましょう。……ところで、なんで呪いの核は闘牛士マタドールだったんでしょうか?」

「それを言うなら、そもそも誰が結界と呪いを掛けたのか、でしょ?」


 ジュリオとフィリアが疑問を述べる。

 屋敷を解放するという目的は達成できたが、いくつか謎は残っていた。


「亡くなったバルタザール侯爵こうしゃくは闘牛好きだった、とは言われてるけどねぇ」

「だからって闘牛士の遺体を自分の家に置きます?」

「うーん。まぁ、あとは一般警察の仕事だよ。真実の発掘は彼らに任せよう。ボクたちはボクたちの仕事をしたさ」

「オレたちは捜査官であって掃除屋そうじやじゃないんだがなぁ」

「文句は局長へどうぞ」

「それは断固として遠慮えんりょする」


 真顔でブルブルと首を振るガストン。

 

 結局、四人は桜花館に着くまで事件の話に花を咲かせたのだった。



 

◇◆◇




 翌朝。

 王立調査局、局長室。

 ガストンとヴィクトル、ヴァイオレットが机を挟んで向かい合っている。

 なお、ジュリオとフィリアは特殊犯罪課の部屋で報告書と格闘中。


「……以上が報告になります」


 ガストンが事の顛末てんまつを報告し、ヴィクトルがそれを補足する。


「そうか、よくやった」


 ヴァイオレットは短く答えてかぶりを振り、椅子いすに座りこむ。


「この一件で、しばらくは貴族どもも口を挟んで来ないだろう」

「ヴァイオレット侯爵こうしゃくも相変わらず折衝せっしょうが大変のようで」

「調査局を良く思っていない貴族は存外ぞんがい多い。我々に探られたくない腹でもあるのだろうな」

「一昔前よりマシになったとはいえ、未だに賄賂わいろも不正も横行してますからねぇ」

「どうにかげられないのか?」

「残念ながら証拠がない。いまはまだ、な。いずれ一掃してみせる」


 机の上で指を組み、


「それはそうと新人二人はどうだ?」

「ちゃんと育ってます。昨夜も呪いの核を破壊する活躍ぶりでしたよ」

「まっとうな雇用こよう経路けいろが嫌がらせでふさがれている今、どうにか手に入れた貴重きちょうな新人たちだ。決して死なせるな」

投入とうにゅうされる事件にもよるでしょうな。今回のは少し危なかったですぜ?」

「犯罪、不正のどちらにしろ知れば知るほど犯罪者や暗殺者に狙われる可能性は高くなる。多少の危険は乗り越えさせろ。そうでないといつまでっても一人前にならん」

「相変わらずきびしいことで」

「そのためのお前たちだ」

「ところで、坊主ぼうず――ジュリオ=レイクウッド、何者ですかい? 極めて高度な格闘訓練を受けた形跡けいせきがあり、動物とも話せ、なにより正義感もある。拾い物ってレベルじゃありませんぜ」

「正直私も半信半疑だったが、お前がそういうならやはり本物のレイクウッド一族の者か。たまたま街中で拾ったが、どうやらとてつもない幸運だったらしい」

「レイクウッド一族……聞いたことありませんねぇ」

「オレもです」

「お前たちは知らなくてもいい。ただ役に立つということと、どんな苦境くきょうでも裏切らないということだけは信じていい」

「了解です。それで、ボクは今後どうすれば? 特殊犯罪課に戻るんですかね?」

「そうさせたいところだが、一般警察がなかなかお前を離したがらない。殺人事件の被害者に直接犯人を聞ける死霊術ネクロマンシーの効果が高すぎるせいだ。優秀なのも考え物だな」

「ということはまた一般警察の応援の日々ですか」

「すまんがそうなる。だがいずれ新人が成長し、お前たち全員の力が必要になる時が来る。その時までは耐えろ」

「「了解」」


 敬礼と二人の声が重なる。

 ヴァイオレットは二人の上にある、蛇喰鷲へびくいわしの紋章を見つめていた。

 蛇喰鷲は文字通りへびらうわし。蛇は犯罪の象徴しょうちょうで、それを喰らう鷲が王立調査局を現していた。

 ガストンとヴィクトルも紋章を見上げる。


 片や軍隊出身で紛争ふんそう地帯を渡り歩いてきた人狼族ウェアウルフ

 片や有用だが人にみ嫌われ良いように使われてきた死霊術師ネクロマンサー

 決して正義など信じはしない二人だが、ヴァイオレットの言葉と行動には信じるに足る信念があった。


 犯罪、不正を一掃する――その夢とも言える願いを叶えるため、王立調査局は今日も蛇喰鷲の紋章の下、行動し続ける。

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