第2話 幽霊屋敷と闘牛士
「おはようございます」
「ニャー」
「おう、おはようさん」
「おはようございます、ミィちゃんもおはよう」
ジュリオとミィの朝の
ジュリオが王立調査局に入ってから1か月ほど経つが、いつもと同じ顔
今日も特殊犯罪課の部屋にはジュリオを含めた三人と一匹しかいなかった。
フィリアはいつもと同じ白のブラウスに茶色のビスチェドレス姿、ガストンも相変わらず着崩したシャツに、よれたタバコを口に咥えている。
「もう慣れっこですが、いつになったら他の
「ん~……ヴィクトルの先生は
「わたしもジュリオより半年先にここに来ましたけど、ガストンさんと局長以外とは1、2度会ったくらいですよ」
「……そんな
「閑職って、おまえなぁ。ここのところは小さい事件しか回ってこないから全員
ヴァイオレットが新人二人の限界を超えないよう、わざと仕事量を調節しているのをガストンは知っている。
「
(……親の心子知らず、ってのはこういう感じかねぇ)
そんなことを考えながら狼の手で机の上に置かれたカップを器用に
と、局長室に通じるドアが開き、書類を手にした当のヴァイオレットが入ってくる。
「おはよう諸君」
「「「おはようございます」」」
「ああ、敬礼は結構。何やら
持っていた書類を
「行政局からの依頼だぞ」
「行政局? またなんでそんなところから。あそこは
「各省庁局間の横のつながりを重視しようという試みだな。無論、
「まぁオレたちにはわからない
「そういうことだ。ガストン、新人二人を連れて現地でヴィクトルと合流し、早急に解決しろ。私は例によって会議で出られない」
「イエス、ボス」
ガストンがヴァイオレットから書類を受け取る。
「しかし先生がフリーとは珍しい。どうなってるんです?」
「今回の仕事には必要な人材だからな。呼び戻しておいた」
「というと
ヴァイオレットはかぶりを振ると、
「いや、
と言った。
「は?」
今までの仕事内容からは聞きなれない言葉に、ガストンだけでなくジュリオとフィリアの目も丸くなる。
そんな三人を見ながらヴァイオレットは続ける。
「つまり――楽しい楽しいお化け屋敷探索だぞ」
その目は
◇◆◇
王都ミリアム北部にある
天候は朝の青空とは打って変わり、今にも泣きだしそうな
飾りのついた鉄の門には
遠見からでも
そんな屋敷の前で、一人の人物がジュリオ達を待っていた。
「やはー、久しぶりだねガストン、それにフィリアちゃん」
「よう先生」
「お久しぶりです、ヴィクトルさん」
手を軽く振るのは、白に近い灰色の髪に眠たげな
髪色と同色のローブに自身の身長と同じ程度の長さの
「で、君が動物と話せるというジュリオ君だね。ボクはヴィクトル=F=ミラン、二級捜査官で専門は
男――ヴィクトルの人の良さそうな笑顔と
「初めまして、ジュリオ=レイクウッドです。よろしくお願いします、ヴィクトル
「うんうん、よろしくね」
そう言ってからヴィクトルはジュリオから視線を外し、ガストンの方を向くと、
「それで、この屋敷についてどこまで知ってるかな?」
「とりあえず資料に書いてあることは一通り。その他は知らん」
ジュリオとフィリアも
「そっか。それじゃあ軽く説明しようか」
ヴィクトルがごほん、と
「ここは20年ほど前に死んだバルタザール
話を一旦止め、眼鏡を人差し指で押し上げる仕草を
「侯爵の死後に、所持していたその他の屋敷と同様にこの屋敷も処分されることになったんだけど、いざ取り壊そうとなった時、屋敷に入った業者の人達が帰ってこない事件が起きたんだ。昼の間は出入りできるんだけど、夜になると屋敷の扉が勝手に閉まって朝になるまで開かなくなる。そして朝になると――誰もいない。仕方がないので昼の間に工事を進めようとしたら、謎の病気に掛かる者や原因不明の
「マジもんの幽霊屋敷じゃねーか」
「夜になると帰ってこないだけだから、幽霊と決まった訳じゃないけどね。まぁそんな訳で20年ほど放置されていたんだけど……」
「けど?」
ガストンが先を
「この幽霊屋敷も王都のここ最近の住宅事情には勝てなかったらしくてね、つい先日再開発の対象になったのさ。幽霊なんぞに住まわせておく土地は無い、ってね。で、めでたくボクたちの出番、という訳さ」
「んなの神殿に頼めば済むことじゃないのか?」
「神殿側としては幽霊と決まった訳じゃないから、神官の
「なるほどねぇ……朝の局長の言い草はそれのことか」
人狼の顔がそれとわかるほどしかめられる。
「で、アンデッドの専門家たる
ヴィクトルの指がヴィクトル自身を
「
ガストンを指す。次いでフィリアを指し、
「アンデッドやゴースト系に有効な光魔術を使える上に神官位を持つフィリアちゃんが呼ばれた訳だ」
「あのー、自分は……」
そう言いかけたジュリオをヴィクトルの指がくるりと回って指す。
「ジュリオ君は保険だね。相手が幽霊は幽霊でも動物霊だったりした場合にはボクでは会話できないから相手をしてもらうし、幽霊でなかった場合にボクたち三人では見落としかねないものをジュリオ君の視点でカバーしてもらう」
「なるほど、頑張ります」
(今はまだ皆のおまけかもしれないけど、やれることをやらなくちゃな)
とりあえず両拳を
「そういや今日はニャンコはどうした。置いてきたのか?」
「幽霊相手にミィの出番はないですし、危ないですからね。いまごろ局長室の窓辺で
「はは、
降ってきた冬の雨は次第に勢いを増している。
ガストンが門に手を掛けて押し開くと、門の上にいたカラス達がギャアギャアと騒ぎながら一斉に飛び立った。そのまま屋敷の上空を
「
そう聞かれて、カラス達の言葉の内容から
「ふつう鳥はあまり
「……
苦虫を
「おまえはよくそんな普通の顔をしてられるな」
「別にカラスは怖くありませんから」
普段通りの表情のジュリオ。
フィリアとガストンは顔を見合わせると、
「この1か月で少し分かってきたことだけど、ジュリオって時々ズレてるよね……」
「危機意識が欠落してやがるよな……」
ひそひそと
◇◆◇
玄関の重厚な扉を開けると、そこは白と黒の
今にも落ちてきそうなシャンデリア、ボロボロのカーテン、朽ちかけた
強い雨が窓を叩き、時折の雷光がホールに掛かった古時計を浮かび上がらせていた。
「どストレートに幽霊屋敷へようこそ、って感じだな」
「雰囲気たっぷりですね……」
「ふむ?」
一歩前へ出たヴィクトルが
「
アンデッドの気配を探る魔術を展開する。
ややあって掲げた両手杖を下ろし、
「うーん、残念だけど別段アンデッドの気配は無いねぇ」
「先生の
「じゃあ今度はわたしの番だね」
フィリアも愛用の
「
生物の気配を探る魔術。しかし、
「んー、わたしたち以外のネズミより大きい生物の気配は無いみたいです」
「生物もアンデッドも無しか」
「どういうことでしょうか?」
「夜にならないと変化しないのかもねぇ。今分かるのはこの屋敷に広がる呪いの気配くらいかな」
「呪いねえ。先生、どんな種類の呪いか分かるか?」
「そうだね、生者に対する憎しみ――かな。アンデッドが発する気配によく似てて、それが屋敷中から放射されてて発生源が特定できない。まぁ呪い殺されるほどのものではないから安心していいよ」
「安心するところか、それ?」
軽口が一段落したところで、ヴィクトルが提案する。
「とりあえず昼間のうちに屋敷の中を見回っておこうか。何か異変が発見できれば良し、できなくてもそれはそれで情報になるしね」
「3階建てとはいえ横には
「「了解です」」
ガストン、ジュリオとフィリアがホール横のゆったりと作られた
「おう、何もないとは思うが気を付けて行けよ」
火の
「ガストンさんは心配性なんだから。ジュリオも一緒ですし大丈夫ですよ」
「アンデッドも生き物もいないなら安心かと」
二人は口々にそう言うが、ガストンの顔は晴れない。
「坊主、
「はい、局長から持たされてます」
「それなら並のアンデッドは
「了解です」
結局ジュリオとフィリアが3階に上がりきるまで、人狼は二人を見送っていた。
◇◆◇
3階に着く。階段から左右に伸びた
二人で思わず顔を見合わせると、
「右と左、どっちから行こうか」
「フィリアの勘だと、どっちからが良い?」
特に緊急の場面でもない限り、ジュリオはフィリアと二人だけの場合は、フィリアの考えを
フィリアは目を閉じて思案の表情。数秒で目を開くと、
「うーんと……なんとなくだけど、右からかな」
「じゃあそれで行こうか」
二人で階段からすぐ右のドアの前に立つ。
「自分が3、2、1で開けるから、フィリアは
「了解」
一歩扉から下がり、いつも
「3、2、1」
ドアノブをひねると、ジュリオの予想より軽くドアが開いた。フィリアは長杖を構えたまま部屋の中を
開いた部屋から何かが飛び出してくることは無く、ただ
「……何も無し、かな」
「みたいだね。部屋の中も特に変わった物はなさそうかな?」
「一応入って調べてみましょう」
カビ
が、特に目を引くような物はなかった。
「うーん、なんにもないみたいだね。次の部屋へ行こうか」
「そうしよう。じゃあ次もさっきと同じ手順で開けるから、警戒よろしく」
「了解」
次の部屋の前でジュリオがドアに張り付き、フィリアは構える。
「行くよ、3、2、1」
勢いよく扉を開ける。
「!」
中を覗き込んだフィリアが軽い悲鳴を上げて固まった。それを聞いたジュリオもすぐに
部屋の中には無数の人形が置かれていた。
四方に置かれた段差のある棚に、
「……危険はなさそうだね」
事もなげに告げる。それを
「き、危険はないかもしれないけど、怖いよジュリオ!」
「? ただ人形が置いてあるだけだよ?」
「たくさんの人形ってだけで怖いの!」
「そういうものなの?」
「そう! 幽霊屋敷の人形部屋っていったら定番で、夜になったらキリキリ……っていう音がしたかと思うと一斉に動き出したりするの!!」
娯楽の少ない里で育ったジュリオには、幽霊屋敷の定番は分からない。
「そういうものなのか……」
一人ごちる。
ジュリオと話して気が紛れてきたのか、フィリアも落ち着きを取り戻していた。といっても、扉から中を覗くだけで部屋に入ってはこないが。
「……ジュリオ、なにかありそう?」
「いや、人形だけかな。心配なら全部壊しておく?」
電磁警棒を
「え!? いいよいいよ、余計怖いしそんなこと考えるジュリオも怖いよ……」
ぶんぶんと首を振るフィリア。
(引かれてしまった……)
合理的な提案をしたつもりだったので、内心ちょっと傷ついたジュリオだった。
だがそんな
「じゃあ次の部屋に行こうか」
「そうしましょうそうしましょう」
二人で人形部屋を後にする。
その後回廊の右端まで調べたが何も出てこず、今度は左側の調査となった。
左側もなにもなく、左端最後のドア。その部屋には、今までとは違ってあるものがあった。
「
「
「闘牛士って?」
聞き慣れない言葉にジュリオが反応する。
「昔この国で流行った見世物の一種よ。牛と人が闘うの。最近は
「牛と闘う、か」
ジュリオはぼんやりと牛と闘うところを想像してみる。牛は元来大人しい動物だが、角を持ち力も人よりはるかに強い。剣があっても人が勝つのは難しそうに思えた。
「で、この骸骨はアンデッドかな?」
フィリアは慎重に骸骨に近づいて、手をかざして聖句を唱える。
近づいたことにも、聖句にも反応はない。
「……違うみたい」
「ただの骸骨か」
「今まで何も無かったから、何か意味がありそうだけど」
二人で骸骨の周りをうろうろする。
「とりあえずここと人形部屋はガストンさん達に報告かしら」
「だね」
ドアを閉めて部屋を出る。
3階の回廊の窓から見える空は暗くなり始めていた。
「だいぶ暗くなってきたか」
「急ごう、もう夜になっちゃう」
二人は
◇◆◇
「お、無事で何より」
「遅かったね、お二人さん」
1階ホールに着くと、既にガストンとヴィクトルが待っていた。
「で、どうだった? 何か見つけたか?」
「1階と2階には特に何もなくてねぇ」
「総鏡張りの部屋とか、何も無いのに人の声がする部屋とかはあったけどな」
頭をかきながらぼやくガストン。
「3階も大したものは。たくさんの人形が置いてある部屋はありましたが」
「そうか。大したヒントは無しか」
「あとですね、
言いかけたフィリアだが、ホールに唐突に鳴りひびいた鐘の音に言葉を詰まらせる。
「あれだな」
ガストンの視線を
「……今の音、玄関の鍵か」
ガストンの
が、開かない。
「ダメですね」
「窓はどうだ?」
窓の金具を操作して開けようとする。手応えがないため、今度は窓に向かって
ただのガラス窓が特殊金属でできた電磁警棒を防げる訳はないのだが――
「こちらもダメみたいです」
何度か試したジュリオだが、首を横に振る。
「閉じ込められたか」
「みたいだねぇ」
「のようです」
「……あのー、閉じ込められた割には落ち着きすぎじゃないでしょうか?」
恐る恐るといった感じでフィリアが言うが、
「まぁ、分ってたことだしなぁ」
「そうそう。それにこれで動きがあるはずだからねぇ」
ガストン達は気のない
「なにかわたし一人だけ怖がってて、置いてかれてるみたいで嫌なんですけど。ジュリオも平気そうだし」
口を
「
「幽霊とか
ガストンは
「まぁ言いたいことは分かった。けどほら、そんなこと言ってる間においでなすったぞ」
「は?」
左右の
ホールや壁に飾られた
「
「動く骸骨ですね」
「動く骸骨だねぇ」
そうだよね、と言わんばかりに納得したような三人の反応。
「動く骸骨だねぇ、じゃないッ!」
フィリアが手をわななかせながら叫ぶ。
「どうして特殊犯罪課の人達にはこう緊張感がないの!?」
「だって動く骸骨だぜ? ちらほら
動く骸骨は数あるアンデッドの中でも
「だぜ? でもない! 動く骸骨だって数が
「蝋燭の形に見える魔道具だよ。普通はランプ型にするんだけど、バルタザール
「じゃ、じゃあジュリオはなんで平気なの!?」
「動く骸骨とは戦――見たことがことがあるから、かな」
ぽりぽりと
言いあっている間に骸骨達が包囲を
「ああもう、
光り
それを見ていたガストンがジュリオに
「普段の嬢ちゃんはのほほんとしてるからそうでもないが、怒ると怖いだろ」
「……ウチの妹もあんな感じでしたよ」
「……案外苦労してるんだな、
次の瞬間、ジュリオと話していたはずのガストンがいつの間にかフィリアの隣に移動しており、その腕が振りぬかれると
「まあ落ち着けや嬢ちゃん。この程度の相手なら話しながらでも遅れはとらねぇよ。それよりも、こいつらがどうしたいのかが重要だ」
「どうしたいのか、ですか?」
動く骸骨を叩く手を止めずに疑問符のフィリア。
「そうだ。回廊からは出てくるが、奥側からは出てこない。ということは、だ」
「どうやらボク達を中庭へ誘導したいみたいだねぇ。昼に確認したときは何もなかったはずだけれど」
ガストンの言葉の後を、魔術を使うのが面倒になったのか
「ああ、そういうことですか」
「戦う時はいつでも相手が何を考え、目的としているのかを探ること。戦闘の基本の一つだ」
骸骨兵士の剣を爪で軽くいなしながら、ガストンが目を
「胸に
「ケースバイケースなんだけれど、今回は情報が少ないから相手に乗ってみようか」
「先生と同意見だ。ここでこいつらの相手をしてても
「分かりました」
「じゃあ一回大技で道を開くよ。少しだけ時間を
三人が、深く精神集中を始めたヴィクトルをガードする。
「
ヴィクトルの術が完成し、半径10メートルほどの紫色をした大規模魔法陣が出現。魔法陣内にいた全ての動く骸骨と骸骨兵士が
「よし、今のうちだ。中庭へ向かうぞ!」
生じた
中庭へのドアはあっさりと開いた。四人は中庭へ駆け込み、ドアを閉める。
視線を上げると、
髑髏は炎の眼で四人を見下ろすと、カラカラと
「
ヴィクトルが雨に打たれながらも
「大亡霊?」
「人の負の感情、
「地面から出てきた動く骸骨たちも、
見れば
「装備からすると、行方不明になったっていう冒険者達か。ある程度の能力があった者の動く骸骨は、生前のスキルや魔術なんかも使ってくる、油断するなよ」
「はい! でもそういえば人族の骸骨ばかりですね」
「そうでもないよ。そこの骸骨魔術師は
「ちなみにガストン先輩が動く骸骨になると、やっぱり強いんでしょうか?」
「スケルトンウェアウルフか? オレも見たことはないが、生前の能力が残ってるとしたら
「ガストンとジュリオ君で
「「了解!」」
「おうよ!」
両腕を構えたガストンが、敵前衛の骸骨戦士に向かう。その
「ホントはちゃんと
己を世界そのものと接続して一体と化し、魔力を使って光の力を引き出す。
「【
フィリアの眼前に【
敵も
「むー!」
「どうやら
骸骨魔術師からお返しとばかりに【
「
続いてヴィクトルの魔術が発動、骸骨たちのうち、骸骨戦士や
「さすがは大亡霊、四体しか支配権を奪えないか」
ヴィクトルが
「いや、十分助かるぜ!」
骸骨たちの仲間割れによってガストンが四体、ジュリオが二体受け持っていた相手が、それぞれ二体と一体になる。
「せっ!」
ジュリオの電磁警棒が
だが――
「なッ!?」
倒したはずの骸骨が、砕けた破片から再生しながら起き上がりつつあった。
「先生、こいつら一体!?」
「支配した四体からは単なる負の力だけじゃない、屋敷に充満していた呪いを感じる!」
「それってつまり?」
【
「大亡霊の操る動く骸骨が、スキルだけでなく呪いでも強化されてるってことだね。呪いのせいか本気で不死になってしまっているけど、どこかに呪いの核があるはずだから、それを破壊することができれば――」
「こいつらもただのアンデッドに戻るって
骸骨戦士の両手剣の重い
「しかし怪しいものなんてあったか?」
「……そういえばさっきフィリアちゃんが何か言いかけてたよね?」
「え、わたしですか?」
「椅子がどうこう、とか」
「あ! そうです、3階の部屋に椅子に座った闘牛士の格好をした骸骨があったんです! その時はなんの反応もなくて、ただの骨だったと思うんですけど……」
「こうしてみるとそれは
「だな。嬢ちゃん、坊主、二人でその骸骨を壊してきてくれ」
狼の拳を
「ここはオレと先生で大丈夫だ」
「でもそれだと……!」
「時間が
ガストンの命令に、ジュリオが戦線を離れる。
「行こう、フィリア!」
「り、了解!」
屋敷へ駆け戻る二人。
ジュリオ達がドアを開けて屋敷の中に入ったのを確認すると、
「まったく、手間のかかる新人どもだぜ」
ガストンが苦笑気味に呟く。
「そう言うわりには相変わらず厳しいようで優しいねぇ。君が行けば確実だったろうに」
からかうようにヴィクトル。
「それだと経験を積ませてやれないからな。新人を育てるのも楽じゃない、ってか」
「なるほどねぇ。となると、あとはボクたちが負けなければ良い訳だ」
「そうなるなっ、と!」
敵の攻撃を的確に避け、あるいは爪で受けてはカウンターで倒していく。
中庭の動く骸骨は倒しても時間が経てば復活するが、逆に言えば復活するまでのタイムラグがある。復活する端から倒していくことで、時間を稼げる。もちろん、こちらには体力と魔力の限界はあるが。
「でもあの二人で大丈夫なのかい?」
「嬢ちゃんは水・風・光の3系統の魔術を使える秀才だし、後衛としては問題なく強い。坊主に関しては……あれは何でか知らないが力を隠してるな」
「そうなの?」
「うまく隠してるつもりだろうが、訓練された奴はその
「軍隊の特殊部隊出身の君と一緒かい? それは
「気づいた時はどこぞからの
「それなら安心だねぇ」
「そういうこった」
前衛の攻撃はガストンが止め、後衛からの攻撃魔術はヴィクトルが魔術を使って防御。戦術的な言葉を使わずとも、相手の動く骸骨たちよりも連携が取れている。
これならば当面の間、たとえ数の上で不利でも敵の攻撃から持ちこたえることが出来そうだった。
◇◆◇
屋敷に戻ったジュリオとフィリアは、通路にいた
まずは1階玄関ホールに辿り着いたものの、広い分敵も多い。
「ああもう、数だけは多いんだから!」
また一体魔術で敵を消滅させながらフィリア。
「さっきのヴィクトルさんみたいな広範囲の術はないかな? 使えるならそれで一気に距離を
ジュリオが提案する。少し考えたフィリアは、
「【
「時間は自分が稼ぐから、それでいこう。このままだと先輩たちが危ない」
二歩前に出て、壁になる。敵は多いが、ジュリオは一匹たりと通す気はなかった。
(フィリアの邪魔はさせない……!)
動く骸骨の
動作は極めて静かだったが、明らかに常人を超えたその動きに一瞬フィリアが
まだ1か月ほどしか一緒に働いていないが、ガストンとフィリアの実力はジュリオも理解している。ましてや二人ともたとえ格上の相手であっても、ジュリオを置いて逃げ出す性格ではない。ガストンやフィリアに命を
「
ジュリオの後ろからフィリアの詠唱が聞こえる。
「【
フィリアが
「今よ!」
その
「左!」
二人は左に曲がり、
「一番奥の部屋だったよね!」
「そのはず!」
会話しながら回廊を走り抜け――奥の部屋へと
奥の部屋には相変わらず椅子に
二人が息を整えている間に、骸骨の眼に青白い炎が宿り、ゆっくりと立ち上がる。その場で小さく数度
「かかって来い、ってことかな」
「みたいね」
自然とジュリオは前に、フィリアは後ろに位置取りをする。
二人の準備が出来たと判じたのか、闘牛士の骸骨は剣を大きく振りかぶるとジュリオに突進、剣を突き出して来る。
「
フィリアは驚くが、ジュリオは反応し、突き出された剣を電磁警棒で弾く。弾かれた剣を構えなおした闘牛士の骸骨は一旦部屋の隅へ後退。ジュリオを中心に
相手の旋回に合わせてジュリオも位置を変えながら、
「気を付けて、そこら辺の動く骸骨とは違う!」
「了解、でもアンデッドはアンデッド、弱点は光のはず!」
「
「【
魔術を発動する。
一直線に光の矢が向かうが、それを予期していたかの如く闘牛士の骸骨は
「っ!」
「いったん動きを止めるか、範囲攻撃じゃないと無理か」
「でも【
「なら、強力な単体魔術で狙うしかない」
闘牛士の骸骨は旋回を止めるとジュリオに向かって突きを放つ。1撃目、2撃目は
すかさず4度目の
「ジュリオ!?」
「大丈夫、自分が隙を作るから、フィリアは詠唱を!」
「わかった!
術の詠唱に入ったフィリアの方を見ることなくジュリオは両拳を
(いまは出し惜しみしている場合じゃない――!)
闘牛士の骸骨の鋭い突きを
「
呟いてジュリオが前進。一足飛びで間合いを詰め、右拳がブレたかと思うと相手の剣の腹を
構えを崩され、たまらずさらに後退する闘牛士の骸骨。
「
後退した敵を追い、ほぼ同時に放たれる左右の回し蹴り。闘牛士の骸骨は辛くも躱すが、既に壁際まで後退しており、それ以上後ろに下がることは出来なくなっていた。
「
ジュリオの一撃を剣と左手を交差させて防御しようとした闘牛士の骸骨を、ガードの上から
「フィリアっ!」
「任せて、【
フィリアから放たれた光の槍は、今度こそあやまたず闘牛士の骸骨の胸を捉えた。
槍を受けた部分から段々と光の粒となって消えていく。それを見下ろしながら、最期に軽く一礼すると闘牛士の骸骨は消え去った。
同時に、屋敷から発されていた
「……やったみたいだね。さすがはフィリア、一撃だ」
「ジュリオこそなんだか凄かったよ? 電磁警棒を弾かれて、もー大変と思ったら、いきなりあたたたたーって」
怪しげな
ジュリオは苦笑しながら、
「そんな凄いことじゃないよ」
と言う。
「もともと素手の方が得意でね。武器を持った相手に電磁警棒は便利だけど」
「わたしは格闘とか苦手だから全然わからないけど、ジュリオが凄いのはわかるよ?」
「フィリア、出来れば今のはガストン
「ん、いいけど……なんで?」
「両親には『強いと人に怖がられる』って教えられてね。街に出るなら隠していた方がいいと思ってたんだ。それに……なんだか今更で恥ずかしいし。どうもガストン先輩辺りには気付かれてそうだけど」
苦笑交じりに語るジュリオにフィリアは
「別にジュリオは怖くないし、なんだかわたし達ってまだ信頼されてないのかなって気はするけど……ジュリオがそう言うなら」
「ありがとう。今はまだ秘密という事で」
「二人の秘密だね、了解」
仕方ないなぁという風にフィリアが笑う。
「さて、そろそろ先輩たちの所へ戻ろう。呪いが解けてるなら、あの程度の相手に苦戦する人たちじゃないだろうけど」
「そうね、急ぎましょう」
二人で部屋を出る。ジュリオは一度だけ振り返って闘牛士の骸骨が座っていた椅子のあたりを
◇◆◇
ジュリオとフィリアが中庭に
ガストンとヴィクトルは二人とも
が、そんなことを二人は気にした様子もなく、
「おう、よくやったな」
「うんうん、よくできました」
口々にジュリオとフィリアを
「
「ありません。ガストン
「ボクたちなら心配ないよ」
「おうよ、あんな相手に怪我するものかよ」
そう言って力こぶを作って見せた。
が、くしゃみを一つすると、
「ま、雨でちっとばかり冷えはしたかな」
「ですよね。報告の前に
「そうするか」
と、屋敷から異様な音がしてきた。
土台から崩れる音。長い年月を経た建物が崩れる音だ。
「おお?」
四人が
「屋敷を維持していた結界と呪いがなくなって、
「まだ売れそうなもんが
ガストンが
「どうせ呪いの品ばっかりで買い取ってもらえませんでしたよ」
「それはそれで
「ボクみたいな?」
「そういうこった」
一行に笑いが広がる。
「さて、キレイにオチが付いたところで帰りましょう。……ところで、なんで呪いの核は
「それを言うなら、そもそも誰が結界と呪いを掛けたのか、でしょ?」
ジュリオとフィリアが疑問を述べる。
屋敷を解放するという目的は達成できたが、いくつか謎は残っていた。
「亡くなったバルタザール
「だからって闘牛士の遺体を自分の家に置きます?」
「うーん。まぁ、あとは一般警察の仕事だよ。真実の発掘は彼らに任せよう。ボクたちはボクたちの仕事をしたさ」
「オレたちは捜査官であって
「文句は局長へどうぞ」
「それは断固として
真顔でブルブルと首を振るガストン。
結局、四人は桜花館に着くまで事件の話に花を咲かせたのだった。
◇◆◇
翌朝。
王立調査局、局長室。
ガストンとヴィクトル、ヴァイオレットが机を挟んで向かい合っている。
なお、ジュリオとフィリアは特殊犯罪課の部屋で報告書と格闘中。
「……以上が報告になります」
ガストンが事の
「そうか、よくやった」
ヴァイオレットは短く答えてかぶりを振り、
「この一件で、
「ヴァイオレット
「調査局を良く思っていない貴族は
「一昔前よりマシになったとはいえ、未だに
「どうにか
「残念ながら証拠がない。いまはまだ、な。いずれ一掃してみせる」
机の上で指を組み、
「それはそうと新人二人はどうだ?」
「ちゃんと育ってます。昨夜も呪いの核を破壊する活躍ぶりでしたよ」
「まっとうな
「
「犯罪、不正のどちらにしろ知れば知るほど犯罪者や暗殺者に狙われる可能性は高くなる。多少の危険は乗り越えさせろ。そうでないといつまで
「相変わらず
「そのためのお前たちだ」
「ところで、
「正直私も半信半疑だったが、お前がそういうならやはり本物のレイクウッド一族の者か。たまたま街中で拾ったが、どうやらとてつもない幸運だったらしい」
「レイクウッド一族……聞いたことありませんねぇ」
「オレもです」
「お前たちは知らなくてもいい。ただ役に立つということと、どんな
「了解です。それで、ボクは今後どうすれば? 特殊犯罪課に戻るんですかね?」
「そうさせたいところだが、一般警察がなかなかお前を離したがらない。殺人事件の被害者に直接犯人を聞ける
「ということはまた一般警察の応援の日々ですか」
「すまんがそうなる。だがいずれ新人が成長し、お前たち全員の力が必要になる時が来る。その時までは耐えろ」
「「了解」」
敬礼と二人の声が重なる。
ヴァイオレットは二人の上にある、
蛇喰鷲は文字通り
ガストンとヴィクトルも紋章を見上げる。
片や軍隊出身で
片や有用だが人に
決して正義など信じはしない二人だが、ヴァイオレットの言葉と行動には信じるに足る信念があった。
犯罪、不正を一掃する――その夢とも言える願いを叶えるため、王立調査局は今日も蛇喰鷲の紋章の下、行動し続ける。
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