幕間 桜花館のアイアンシェフ

 王立調査局に所属する人員のりょう桜花おうかかん』は、局から歩いて5分程の所にある。

 通勤に便利な立地ではあるが、それはいつでも局員を呼び出せるようにとの意思がけて見える場所でもあるだろう。

 4階建ての大きな屋敷で、それぞれの部屋はワンルームタイプとなっておりベッドとドレッサーが固定で設置されている。

 1階には調理室、食堂、ラウンジと男女大風呂が、各階にはそれぞれトイレが用意されており、集団生活に慣れている者なら苦労はない作りだ。

 男女共用の寮であるが、男性は1~2階、女性は3~4階に割り振られることとなっている。

 なお、調理室と食堂があるものの住人の通勤、帰宅時間が不規則なため固定の調理人はおらず、非番の人間が時々使う程度である。


「うーん、わたしは美味おいしいと思うけどなぁ」

「オレも別に不味いって言ってる訳じゃねぇよ? ただ平凡へいぼんだって言ってるだけで」

「それはけなしてるでしょ!」

「そうじゃねえって」


 フィリアとガストンの二人が何を評価しているかというと、ジュリオの作った昼食の料理だった。

 シンプルに鶏もも肉を焼いたあと、ニンジン、タマネギ、ジャガイモを牛乳で煮込んで作るシチューである。

 三人とも珍しく非番だったため、たまにはとジュリオが料理人役を買って出たのだが、評価は微妙びみょうなようであった。

 三人以外にも非番の者や、出勤するまでまだ間がある者にも振る舞ったのだが、残す者こそいないもののおかわりする者もまたいないのである。


「……そんなに美味しくなかったですかね。さとでは兄妹きょうだいの分までよく作ってたんですが」


 少し落ち込んだ表情のジュリオ。


「いやまぁ、そのなんだ。普通の料理が作れるってのは良いと思うぞ?」

「だからそれ、めてませんてば」

「こっちのじょうちゃんなんて、それはひど――個性的なやつを作るんだぜ?」

「あうう、料理下手べたでごめんなさい……」


 ガストンのフォローでフィリアが今度は落ち込む。


「そのかわり、美味しいお店を見つけるのは得意なんですよ」

「そうなんですか?」

「そうだな、嬢ちゃんの紹介で行った店は大体当たりだったな」

「でしょう。だいたいガストンさんなんて、わたしより料理は不評じゃないですか」

「焼いた肉しかないって、女性陣からは総スカンだったな……野郎共からはそこそこだったが」


 何かを思い出すようにガストン。遠い目をしていた。

 三人はなんとなくしょんぼりした表情でお互いを見る。

 それを振り払うようにガストンが咳払せきばらいすると、


「ま、そんな訳でだ。この面子めんつだと普通の料理が作れるのはすごいって事だ」


 そう言った。


「……褒められてるんでしょうけど、いまいち褒められてる気がしないのは何故でしょうか」


 ジュリオはいぶかな表情をしており、かたわらのミィもジュリオと同様に首をかしげている。


「そうだ、だったらラウンジの本棚に料理本があったはずですよ。皆で見に行きましょうか」


 フィリアが手を合わせて提案すると、二人もうなずく。

 調理室からラウンジに移動する。

 ラウンジには赤の絨毯じゅうたんが敷かれ、木製のソファとテーブルのセットが何組か置かれており、数人が談笑だんしょうしていた。

 その片隅かたすみに本棚はあった。三人で料理本を探す。


「えーと、『猫でも出来る料理術』」

「あー、嬢ちゃんとオレには必要かもな。でも坊主ぼうずには必要なさそうだ」

「こっちは『世界の料理集』ですね」

「普通の料理も出来ないのに世界の料理か? そいつは無茶ってもんじゃないか?」

「じゃあ……『一流シェフのレシピ』はどうでしょう?」

「ほう。なんとなく良さげな響きだな」

「自分もそう思います」


 ジュリオが取り出したのは3センチほどの厚みのある、ハードカバーの本だった。

 そのまま三人で中を確認する。


「なになに、一流シェフの包丁の使い方、か」

「こっちの方には食材の切り方も載ってますよ」

「どうやらレシピだけじゃなくて、料理の基礎きそも書いてあるみたいですね……あ、味付けの基本という章もあるみたいです」


 三人で顔を見合わせる。


「こいつはみっけもんだな。基礎のなってないオレ達にぴったりじゃねぇか」

「ですね。この本を読めばわたし達でも料理上手になれるかも」

「そうですね、早速読み込みましょうか」


 ラウンジのソファの一角を三人で占拠せんきょし、テーブルの上に本を開く。


「とりあえず最初の章から行ってみるか!」


 そう元気よく号令したガストンは、開始30分で脱落してジュリオの隣で船をいでいる。

 フィリアも2時間ねばったものの撃沈げきちんし、ジュリオの肩に頭をせて寝息を立て始めた。

 ジュリオだけは集中しつつ根気よく本を読み続け――

 やがて夕方になった。


「あ、ジュリオ……ごめんなさい、わたし達寝ちゃってたみたい」

「んが……もう夕方か」


 フィリアとガストンの二人がもぞもぞと動き出す。


「あー、腹減ってきた。夕飯どうすっかな」

「それならダイクのお店に行きません? あそこの料理、安くて美味しいですよ」


 そんな二人をよそに、ジュリオは『一流シェフのレシピ』をゆっくり閉じると無言で立ち上がった。


「どうした、坊主?」

「どうしたの、ジュリオ?」

「……さっきのリベンジをします」


 静かな闘気がジュリオから立ち昇っていた。フィリアとガストンの二人は思わず後ずさる。


「リベンジって、あれか? シチューを作りなおすのか?」

「はい。今ならもっと上手に作れるはず!」


 こぶしを握るジュリオ。


「ダメだこりゃ、目がってやがる……」


 なにかをあきらめた表情のガストンだった。

 ジュリオは揚々ようようと、フィリアとガストンは粛々しゅくしゅくとジュリオに付いて調理室へ向かう。


 調理室に入ると、食料倉庫(冷気の恒常こうじょう魔術が掛かっており、常に冷えている)から食材を取り出す。

 食材を選別するジュリオの目が、朝とは違い鋭くなっていた。慎重に食材を吟味する。

 次いで野菜を切るが、一つ一つ丁寧ていねいに皮をき、切り方も繊細せんさいになっていた。

 鍋で鶏肉を焼いて、薄く焦げ目がついたら野菜を投入して火を通してから水を加える。更に別の鍋でバター、小麦粉、牛乳を使ってホワイトソースを作る。

 調理室に美味しそうな匂いが広がっていく。


「あとは二つを合わせて……!」


 鍋にホワイトソースを混ぜ入れて、暫く煮込むとクリームシチューが完成する。


「さあ、どうぞ」

「お、おう」

「いただきますね」


 フィリアとガストンが同時にシチューを頬張ほおばる。と、二人の顔が驚愕きょうがくの表情になった。


「な、なんだこりゃ!」

「昼のと全然違う……! すっごく美味しい!」


 二人とも猛然もうぜんと食べ進め、あっという間に皿が空になった。


「ふぅ、うまかったぜ」

「ごちそうさまでした」

「お粗末様そまつさまでした」

「一体何をやったんだ? 昼とは全然違ったが」

「本に書いてある通りやってみただけです。食材選びから包丁の入れ方、調理手順まで全部」

「それだけでここまで変わるもんかねぇ?」

「それだけ自分はなっていなかった、ということでしょうね」

「そんなもんかね」

 

 不思議そうなガストンを尻目しりめに、


「さあ、もっとシチューを作りましょう。これはみんなにも食べてもらわないと!」


 快活な声でジュリオが言う。ガストンとフィリアも手を挙げて賛意を示した。

 

 なお、その日の桜花館の夕食は大盛況だったと言う――

 

 

 今回の一件で、ジュリオの料理技術スキル は『食べられない事もない』から『店を出せるレベル』にまで上昇していた。これを機にジュリオは料理の腕をみがき続け、やがて『桜花館の鉄人料理長アイアンシェフ』の異名をいただくことになるのだが――それはまだもう少し先の話である。

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