第1話 最初の事件

「さて、事件の前に諸君らに新人を紹介する」


 広い部屋にりんとしたヴァイオレットの声が響く。

 場所は王立調査局、特殊とくしゅ犯罪はんざい

 げ茶色を基調としたシックな作りの部屋の中に、机が2列に4つずつ、島になるように並んでいる。

 綺麗きれい整頓せいとんされた机の前には昨日と同じく茶色のビスチェにボレロ姿のフィリアが、対照的に資料や私物でまりつつある机の前にはオリーブ色のスラックスに白いシャツを第3ボタンまで開けて着崩きくずした灰色のおおかみの姿をした人物がいた。

 他の机にも2つを除いて使用者がいるのかそれぞれ個性的な物品が置いてあるが、その持ち主達は不在のようだった。


「……諸君もなにも、今日もいるのはオレとじょうちゃんだけで、他は事件か講義か研究かで毎度のごとく出払ってるんですがね」


 人狼が頭をかきながらぼやく。


「構わない、他のメンバーには追って紹介する。入って来い」

「失礼します」


 部屋のドアが開き、ミィを肩に乗せたジュリオが入ってくる。ヴァイオレットの前で敬礼した後、


「本日からこちらでお世話になるジュリオ=レイクウッド捜査官見習いです。よろしくお願いします」


 残り二人の方に向かって敬礼する。肩のミィもすっくと立って「ニャーオ」と挨拶あいさつ


「敬礼は右手だ、ジュリオ捜査官見習い」

「あっ、はい。まだ慣れてないもので失礼しました」


 ジュリオはあわてて右手で敬礼しなおす。


「オレは一級捜査官、ガストン=ウェイン。見ての通り人狼族ウェアウルフだ。よろしく頼む」

「昨日も自己紹介したけど、フィリア=ラーズデルです。同じ捜査官見習いだからよろしくね、ジュリオ」


 ガストンは見定める眼つきでジュリオを見、フィリアは笑顔で手を振る。


「ジュリオは警察学校を出ていないため、法律などの知識面でサポートをしてやってくれ。代わりと言ってはなんだが、彼には動物と話せる特殊な技術スキル――いや、才能タレントがある」

「ほぅ……本当ならそいつはすごいな」

「わ、そうだったんですか! それでミィちゃんと会話してたんですね」


 二者二様の反応。


「それぞれの特技を生かして捜査に当たって欲しい。では、事件の話だ。全員着席」


 ジュリオはフィリアの横の空席へと案内され、席に座った。


「昨日、とある魔術学院に通う生徒の両親より通報があった。学院の生徒が一名、一昨日から見当たらなくなっているそうだ」

「ボス、そんなのは一般警察の担当だろ。家出とか誘拐とか、よくある話じゃねぇか」


 ガストンが狼の手をひらひらと振りながら言葉をはさむ。


「黙って続きを聞け。警察もすでに動いているが、その生徒はほんの10分ほどの間で行方不明になっており、捜査は難航なんこうしている。よって、調査局ウチにおはちが回ってきた」

「たった1日の捜査で難航してるって言われてもなぁ……」


 再びガストンが口を挟む。ヴァイオレットが一睨ひとにらみするが、ガストンはあさっての方を向いてそしらぬ顔をする。

 ヴァイオレットは視線を戻すと、


「見習いたちにはちょうどいい事件だろう。三人で資料を確認したら、ガストン、お前は新人二人を連れて現場に動け。本日中に解決すること」

「イエス、ボス」


 ガストンが敬礼する。


「私は例によって会議で動けないが、見習いの二人もしっかりな。特にジュリオ、お前にとっては初めての事件だ。学んでくると良い」

「「はい!」」


 ジュリオとフィリアの声が重なる。


「よろしい。ではガストン、あとは任せるぞ」


 そう言うとヴァイオレットは局長室への扉を開けて出て行った。

 後にはガストン、フィリアとジュリオが残る。


「と、いう訳だ。嬢ちゃん、坊主ぼうず、よろしくな」


 ガストンがポケットから取り出したタバコをくわえながら、ニヤリと笑う。ただし、火はけない。


「もう、嬢ちゃんはやめてください。フィリアですってば」

「坊主というのは自分のことですか?」


 フィリアが抗議の声を、ジュリオが疑問の声を発するが、


「んじゃとっとと資料とやらを読むとしよう。嬢ちゃん、悪いが持ってきてくれないか?」


 ガストンは平然と無視する。


「はぁ……まあ良いですけどね」


 あきらめた口調でフィリアが言い、席を立って資料棚に向かう。


「えーと、魔術学院生徒失踪しっそう事件だから……これかな?」


 ファイルを持ってくる。その他に山と積まれている事件のファイルと比べると、大分うすく見える一冊だ。

 三人でフィリアの机に集まり、資料を開く。


 『一昨日、放課後に修練しゅうれんしつで生徒B、C、Dと一緒に魔術の修行中だったAが荷物を残して失踪。

 生徒B、Cは、Aの失踪の一時間ほど前に修練室を出ていて、生徒Dも所用で修練室を出た。

 生徒B、C、Dはその後廊下で合流し、Dの外出から10分後に一緒に修練室に戻ったがその時にはAはもう部屋にいなかった。

 生徒B、C、DはAは先に帰ったものと帰宅したが、以降生徒Aの姿を見たものはなく、守衛もAを見かけていない。

 また、残されたAの荷物に置き手紙やそれに類するものも無し。

 昨日になってAの両親が警察に届け出て、事件が発覚はっかくした。』


「なんだか……あっさりとした資料ですね」


 ジュリオが首をかしげながら言うと、


「まぁ昨日の今日だからな、こんなもんだろうさ」


 ガストンがそうフォローする。


「さて、ここで問題だ。嬢ちゃんと坊主はAはどこに行ったと思う?」

「わたしは……守衛さんの話が事実で他に出口がないなら、Aはまだ学院の中にいるんじゃないでしょうか」

「自分はその反対で、すでに学院にはいないのではと考えます。どの程度の規模きぼの学院かは知りませんが、建物の中は警察が既に調べたでしょうし」


 二人の返答を聞いてガストンは頷くと、


「どちらも正解で不正解だな」


 そう言ってニヤッと笑う。


「ガストンさんにはAがどこにいるか分かってるんですか?」

「ま、大体の想像はな。あとは現場に行って2、3点確かめるだけだ」

「はあ、自分にはさっぱりですが……おともします」


 フィリアは疑問の表情、ジュリオは肩のミィと一緒に首を傾げたポーズ。


「そんじゃ三人で現場見学に行ってみるとしようか!」


 ジュリオとフィリアの肩に手を回して、ガストンは片目をつぶってウインクする。

 狼の顔に愛嬌あいきょうたっぷりの笑いが浮かんでいた。




 ◇◆◇




 現場となる魔術学院は王都の西側、商業地区とも言われる西オエステ地区にあった。

 ジュリオ、フィリア、ガストンの三人は王立調査局の馬車から降りる。


「専属の馬車まであるなんて……王立調査局ってすごいんですね」


 学院の敷地しきちで待機している馬車を見ながらジュリオがつぶやく。


「王都ミリアムは案外広いからな。素早く移動するには馬か馬車、現場が駅に近ければ汽車を使うのが効率が良い。今日は三人だから馬車って訳だ」

「ガストンさんなら案外走ってもいけそうですけどね」


 こちらはフィリア。


「走りに自信はあるが、現場まで毎回走ってたら疲れて捜査できなくなっちまうよ」


 一般に人狼族ウェアウルフは腕力も脚力も人族の数倍あるとされており、持久力に関しても人族より上である。

 ガストンも服の上からでも見るからに鍛えられた身体つきをしており、その力強さは傍目はためから見るだけでも分かるほどだった。

 人族に友好的な種族の中では、人狼族は鬼人族オーガと並んで肉体的に頑健がんけんな種族である。


「さて、いっちょ行くか。現場げんば百遍ひゃっぺんてな」

「「はい!」」


 ガストンが王立調査局所属の捜査官の証――蛇喰鷲へびくいわしの紋章――を守衛に見せて、一言二言交わすと中へ入る。ジュリオたちもそれに続いた。

 途中とちゅうにあった案内図を見て場所を確認すると、無人の石造りの廊下を歩いていく。


「今日が日曜日で良かったよ。生徒がいなくて捜査がはかどる」

「そのかわり生徒から聴取ちょうしゅも出来ませんけどね」

「聴取する必要もなく終わるさ。ま、見てな」


 火をけていないタバコをくわえたまま、ガストンが言う。

 廊下を歩き、階段を上って再び廊下を歩くと、やがて修練しゅうれんしつというプレートの掛かった扉が見えてきた。

 ガストンが無造作に扉を開ける。

 修練室は一般の教室の3倍ほどの広さがあり、魔術の実技練習のために床、壁、天井にいたるまで丈夫な耐火石で出来ていた。

 床には水や氷の魔法の始末用に排水口ももうけられている。


「なるほどね」


 部屋の中央でガストンが立ち止まり、2、3度においをぐ仕草。


じょうちゃん、坊主ぼうず、何か臭うか?」


 人狼族は鼻もく。

 問われてジュリオとフィリアもあたりの臭いを嗅いでみた。


「……うーん、わたしにはわかりません」

「自分もです。ミィ?」


 ジュリオの肩にいるミィが背を伸ばして臭いを嗅ぎ、「ニャーオ」と鳴いた。

 それを聞いたジュリオの顔が固まる。


「ミィは焼けた臭いがすると言ってます。その……」


 言いづらそうにしているジュリオに、


「いいから言ってみな」


 ガストンが後押しをする。


「……人の肉が焼けた臭いだと」

「人の肉って!?」


 ジュリオの言葉にフィリアが驚くが、


「ほぅ、動物と会話できるってのは本当か。さすがはニャンコ、人族より鋭いな」


 ガストンはミィをめる。


(人間の焼ける臭いを知ってるあたり、ただのニャンコではなさそうだがな)

 

 内心そう考えるガストンだが、顔には一切出さない。


「さて次のヒントだ。排水口に御注目」


 ガストンの足元にある排水口にジュリオとフィリアが近づく。

 排水口の周りには白と黒の細かい粒――何かの灰だろうか――が大量にこびりついていた。

 先程のミィの言葉と排水口の灰。ジュリオとフィリアの顔にも理解が広がっていく。


「そいつを少し回収しといてくれ。後でレオーネのじいさまに念のため鑑定かんていしてもらう」

「はい」


 言われるがままにフィリアがポーチから小型の試験管を取り出し、灰を詰めていく。


「で、だ。嬢ちゃんたちにも分かったかな? 生徒Aはどうなったと思う?」


 灰を集め終わったところでガストンが二人に声を掛ける。

 ジュリオとフィリアは顔を見合わせてうなずくと、


「断定は出来ませんが……人の肉が焼け、排水口には何かの灰。そして行方不明になった生徒A」

「これらを一直線に並べて考えれば、Aは燃やされて灰になった、ということでしょうか」


 ジュリオ、フィリアの順でそう言った。


「正解だ。Aが何故なぜ死んで燃やされたのか、もともとうらみでもあっての計画的な犯行だったのか、それとも事故だったのかは分からないが――後始末あとしまつ杜撰ずさんさから見て恐らく事故だな。魔術に巻き込まれたか何かの拍子ひょうしにとにかくAが死に、あわてた犯人はAを火魔術で焼却しょうきゃく、灰にして排水口から捨てようとした。そんなとこだろう」


 ガストンは腕を組みながら言う。


「ということは犯人は火魔術の使い手ですね。これで大分犯人がしぼれるはず」


 フィリアの発言に、


「おいおい、犯人ももう決まってるだろ」


 指をチッチッと振りながらガストン。


「最後まで一緒にいたことから考えると……犯人はDでしょうか」

「正解。坊主、すじがいいぞ」

「それはわたしも考えました。でもDと断定するには証拠しょうこが足りないような」


 ためらうフィリアに、


「それは嬢ちゃんが正しい。だがDの言葉が仮に本当だったとして、だ。わずか10分で残っていた生徒以外の何者かが誰にも見つからずに修練室に入り、Aを燃やして排水口に捨て、そしてまた誰にも見つからずに去っていった。そんな可能性がどれだけあると思う? 相当恨みを買っている人間ならともかく、被害者は学生だぜ。親が貴族とはいえ、そんな凄腕すごうで暗殺者アサシンが狙うにはちと獲物えものが普通すぎると思わないか?」

「それは……そうですけど」

「新しい証拠でもあれば別だが、Aと最も長い時間、一番最後まで二人きりでいたDが犯人と考えるのが妥当だとうだ。今はさっきの灰が人体だったかどうか鑑定してから、Dを問い詰めるのがいいと思うぜ」


 ジュリオはガストンの言葉を正しいと判断する。ただ、田舎育ちのジュリオには一つ疑問があった。


「燃やされた灰ですけど、調べれば元が人体だったかどうか分かるんですか?」

「おうよ、局にレオーネっていう岩妖精族ドワーフの爺さんがいてな、そいつがそういう事に滅法めっぽうくわしいんだ。普段は研究室にこもって出て来やしないんだが」

「法医学って言うんですか? 科学的なアプローチで事件を解決したりするすごい博士なんですよ」

「なるほど。レオーネ博士ですね、覚えておきます」


 ジュリオにとっては灰は単なる灰にしか見えないが、フィリア達がそう言うのならそうなのだろうとうなずく。


(王都はやはりさととは違うな)


 そんな感想を持つ。


「さて、それじゃ念のためAの荷物を確認したら帰るか。教員室にあるらしい」

「「了解です」」


 結局Aの荷物には何の手掛かりもなかった。ただ、入っていた品物は高級品がそろっており、Aが上流階級の子弟していであることをうかがわせていた。




 ◇◆◇




 夕方になり王立調査局に戻ると、フィリアはレオーネの所――研究室へ灰を届けに行くと言ってジュリオ達とは別方向に向かった。

 ジュリオとガストンはヴァイオレットがいる会議室を訪ねる。会議室には、ヴァイオレットが一人残っていた。

 部屋に入り、敬礼する二人。


「ガストン一級捜査官、並びにジュリオ捜査官見習い、只今ただいま戻りました」

「御苦労。それでどうだった?」


 端的たんてきに尋ねるヴァイオレット。


「それがですね――」


 判明した事の概要がいようを述べるガストン。

 それを聞きながら何度かうなずいたヴァイオレットは、


「そうか、では後は鑑定かんていを待って一般警察に任せよう。よくやったな」


 そうめくくった。


「ありがとうございます。じょうちゃんも坊主ぼうずも頑張ってましたよ、まだまだですが」

「新人とはそういうものだ。早くきたえて一流の捜査官に仕立てあげろ」

「イエス、ボス」


 ガストンが改めて敬礼する。


「もう行っていいぞ。ああ、報告書を忘れるな」

「「了解」」


 会議室を出て、ジュリオたちは王立調査局の廊下を歩く。


「どうだ、初めての事件は。勉強になったか?」

「はい、色々と自分の物の知らなさに気付きました」

「そうか。ま、今回の事件くらいなら嬢ちゃんと坊主だけでもなんとかなったろうがな」

「どうでしょう、ミィがいてくれなかったら分からなかったかもしれません」

「そうだな。相棒あいぼうは大切にしろよ」


 ジュリオの肩に乗っていたミィがそうだと言わんばかりに「ニャー」と鳴く。


「だそうだ。んじゃ課に戻るとしよう、嬢ちゃんも帰ってきてるだろう」

「そうですね、ガストン先輩せんぱい

「……先輩か、なんだかむずがゆいな」

「嫌でしたらやめますが?」

「いや、いい。オレもそんなだった頃を思い出す。初心しょしんわするるべからずってな」

「はい」

「おう、それとな。改めてよろしく頼むぞ、坊主」

「はい! ガストン先輩」


 ニヤリと笑うガストンに、元気よく返事をするジュリオ。

 こうしてジュリオにとっての初めての事件はあっさりと幕を閉じたのだった。

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