ダンジョン案内

「ほ、本当についていって大丈夫なのか?」

「し、知らないよ。このダンジョン、ほとんど情報がないの」



 後ろの方で不安げに話し合う『月夜の光』の伊藤さんと姫乃さん。

 一方の如月さんは僕の隣でやたら親しげに話しかけてくる。



「ここは一体どこなんだ?」

「僕の家にできたダンジョンですよ?」

「危険じゃないのかい?」

「特に危険は感じたことがないですね」

「しかし、ドラゴ……、こほんっ。そこの少女とか中々の力を持ってると思うが?」

「んっ、呼んだのだ?」



 ようやく目が覚めたミィちゃんが僕の背から降りて、如月さんをジッと見る。



「誰なのだ、この残念そうなのは」

「喧嘩を売ってるのか!? よし、買ってやる」

「ちょ、ちょっと待って! ここで暴れるのはなし! なしだからね!」

「むぅ、八代がいうなら仕方ないのだ」

「それが八代姫のご要望でしたら」



 喧嘩が収まって僕はホッとする。



「おいっ、あいつレッドドラゴンに喧嘩売ろうとしてたぞ?」

「私たちだけでも逃げる準備するよ」



 少し離れた後ろを付いてきていた二人はそのまま背後を振り向き、逃げようとしていた。

 すると……。



「ひぃっ!?」

「な、なんでこんなところにドラゴンの群れが!?」

「バカいっちゃん! 戦うよ!」

「任せておけ! 良いところを見せてやる」



 剣に手を掛ける如月さんと姫野さん。

 少し後方で伊藤さんが周囲の状況を確認しつつ腰にある銃に手を掛けていた。

 何があったのかと僕もそちらを振り向く。

 すると、そこにはトカゲ君たちがいた。



「あっ、トカゲ君たち、どうしたの?」

「がうがうっ!」



 集まってきたトカゲ君たちは二桁に届きそうな数だった。

 なにか話しかけているみたいだけど、もちろん僕は何を言われているのかさっぱりである。



「襲撃者が現れたからみんなで応援に来た、と言ってるのだ」



 ミィちゃんが彼らの言葉を翻訳してくれる。



「あっ、そうなんだ」



 おそらくごみを捨てに来た『月夜の光』のことを襲撃者と思い込んでしまったのだろう。



「この人たちは大丈夫だよ。ゴミ捨て場おくに案内するだけだから」

「がふっ」



 トカゲ君たちは頷くとみんな家へと戻っていった。



「助かった……の?」



 姫野さんが思わずその場に座り込む。



――突然体長が一メートルを越えてるトカゲ君が現れたんだもんね。苦手な人だと怯えてしまうかな。



 ちゃんとトカゲ君がいることを事前に説明しなかったのは僕のミスだった。



「すみません。先に言っておくべきでしたね。ここにはたくさんのトカゲ君がいるんですよ。みんな良い子で襲ってきたりしないですけど、怖かったですよね」



 僕は姫野さんに手を差し伸べる。

 彼女はその手を掴むとすぐに立ち上がっていた。



「ありがとう。確かに恐ろしかったわね」

「……とかげ?」



 伊藤さんが首を傾げる。



「いやいや、今のはどう見てもドラゴンだろ?」

「でも、八代姫がトカゲと言ってるんだからトカゲと言うことにしておくべきだろ? ここに何をしに来たのか忘れたのか?」

「あぁ、彼女の勧誘だな。でも、この様子だと脅されている……というよりは彼女に懐いてる、という風にも見えるが?」

「それならそれで構わないじゃないか? 彼女は数字が取れるんだ」

「た、たしかにこれほど凶暴な魔物たちすら懐くなら俺たちも彼女を気にせずダンジョン攻略に乗り出せるしな」

「ただ、こんなにドラゴンがいたんじゃ爪じゃなびかないんじゃないか?」

「それならわざわざダンジョンの中へ案内してくれないだろ?」

「そうなのか……?」



 あまり自信が持てない伊藤さんだったが、如月さんの方は確信めいたものを持っているようだった。



「あの子、どうみても俺に惚れてるだろ?」



 如月さんの確信は気のせいであった。

 伊藤さんは思わずため息を吐く。



「まぁ、せいぜい頑張ってくれ。できれば俺たちとは無縁の所でな」

「おう、任せておけ!」




◇◇◇




 トカゲ君たちの住居から一本の横道に入り、まっすぐ進んでいくと見たことがない大空間へと続いていた。



「あれっ? ここは?」

「ごぶー!」



 首を傾げる僕に一匹のゴブリンが向かってくる。



「あっ、もしかしてゴブリン君たちが作ってたっていう住処はここなの?」

「ごぶーっ!」



 どうやらその通りらしい。

 大空間には天瀬さんの家のような木造住宅がいくつも建ち並んでいた。


 地面が土なのと、天井が土で覆われていることを除けば外の世界と遜色がない程である。



「えっと、なんでゴブリンが家を持ってるの?」



 姫野さんが思わず聞いてくる。



「自分たちで建てたんだよ。ねっ?」

「ごぶごぶっ!」



 ゴブリンが頷いていた。



「中見させてもらってもいい?」

「ごぶーっ!!」



 見てくれと言わんばかりにゴブリンは姫野さんの手を掴んで引っぱっていく。



「姫!!」

「二葉!」



 ゴブリンに彼女を連れ去られたと思ったのか、彼らも後に続いていた。

 その手には武器が握られたままである。



「あっ、僕も行くよ」



 そんな彼らの後に続くが、僕の足だと距離が離される一方だった。




◇◇◇




「す、すごい……」



 中を見た姫野さんは思わず声を漏らしていた。


 一般的な木造住宅。魔素力を使ってのオール魔力で電化製品も使い放題。

 ベースが天瀬の家だけあって、リビングは大空間で二階には寝室が三つ。


 ゴブリンが暮らすには十分すぎるほどの住宅がそこにはあった。



「いっちゃん、みずきち、見てよ。これ、すごいよ」

「お前、ゴブリンに連れ去られたんだぞ! 少しは自分の身を心配しろ」

「大丈夫だよ、このゴブ太郎は良い子だよ。ねーっ」

「ごぶー」



 なぜか意気投合する姫野さんとゴブリン。



「ねぇねぇ、やしろん」

「なんでしょうか?」

「ゴブ太郎がいたらこの家って建てられるの?」

「えっと、どうだろう? これだとトカゲ君や精霊さんの力も借りたんじゃないかな?」



 ゴブリンの方に視線を送りながら聞くと頷いていた。



「そっか……。うちの家もこんな感じにしたかったのに」

「場所だけ教えてくれたら今度ゴブ君たちと一緒に行きますよ?」

「いいの!? やったー!」



――別に天瀬さんのところでもやったことだし、一緒のことだよね?



 手を掴まれて振られるとそのまま僕の体まで上下に動く。

 やはり探索者をしてるような人だと僕なんかと比べてもとんでもない力を発揮するようだ。



「えっと、ゴブ太郎、でいいのかな? 名前?」

「ごぶっ!」



 姫野さんにゴブ太郎と命名されたゴブリンが僕が聞くと頷き返していた。



――たくさんいると一人一人呼ぶことができなくて困るんだよね。でもたくさんの名前を考えるのは大変だし……。



 こうやって名前を付けてもらって、それを気に入ってもらえるならそれが一番楽で良かった。



「なぁ、二葉がすっかり懐いてしまったぞ?」

「これも八代姫の力だな」

「どちらかといえばゴブリンパワーだが」

「まぁ、姫ならゴブリンに襲われても軽くいなして反撃しただろうけどな」

「それは違いないな」



 二人は笑い声を上げる。

 そんな二人のすぐ後ろにはいつの間にか移動していた姫野さんの姿があった。



「ねぇ、二人とも。なんだか面白そうな話しをしてるじゃない? 私も混ぜてくれる?」

「い、いや、別に対した話はしてない……かな?」

「そうそう、何かあったら助けないとって話してただけだ」

「そんな話しじゃなかったと思うけど、まぁ今機嫌がいいから許してあげる」



 笑顔のまま姫野さんは僕の方へと戻ってくる。

 すると残された二人は真っ青な表情を浮かべていた。



「あの……、大丈夫ですか? 体調が悪いなら別の日にでも……」

「いや、問題ない。案内を続けてくれ」

「わかりました。では、こちらに来てください」



 そして、僕たちはいよいよゴミ捨て場もくてきのばしょへとたどり着く。


 そこに置かれている山のように積み上がったミィちゃんの爪を見て、如月さんは口をパクパクとしていた。

 あまりにも信じられない光景に持っていた竜の爪を落としてしまう。



「えっと、これは?」

「恥ずかしい話しですけど、これを処分しようと思いましたら大変なことになると思いまして――」



 一体どれだけ粗大ゴミとしてのお金を取られるか考えたくなかった。



「た、確かにこれだけあれば、色々と大変なことになるな……。一度に処分するのは難しそうだ……」

「それで置く場所にも困るのでここに不法投棄ほかんしてるんですよ。ってあれっ? みなさんはそれを知っててここに来たんじゃないのですか?」

「あ、あぁ、も、もちろん知ってたぞ。なぁ?」

「う、うん、そうね。知ってたわよ」

「そ、そうだな。当然だ」

「ですよね。どこかの配信に映っちゃったのかな?」



 僕が頭を悩ませている間に三人は固まってヒソヒソと話し合っていた。



「どうするんだよ。やっぱりあの爪じゃ全く興味を引かなかったじゃないか」

「私は家を作ってもらう話しができたから満足よ」

「これはできればしたくなかったが、男には引けない戦いがあるんだ……」



 如月さんは一歩前に出ると僕に向けて指を差してくる。



「八代姫、あなたを賭けて勝負を挑みたい!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る