決戦《らんち》(後編)

「えぇ、そうよ。本当は黙ってるべきことなんだけどね」



 ユキさんは苦笑を浮かべていた。



「それってやっぱりさっき言ってたプライベートのこと、ですか?」

「そういうことね。あの子にはなるべく普通に過ごして欲しいのよ」

「おかわりなのだ!!」



 しんみりとしていたときに突然ミィちゃんが大声を上げてその空気を壊していた。



 一瞬固まる僕たち。でも、すぐさま二人して笑い始める。



「ふふっ、すぐに持ってきてもらうわね」

「そんなに食べたらお金が……」



 そもそもここに来てからまともにメニュー表を見ていない気がする。



「あらっ、そんなの気にしなくていいわよ。今日は助けてもらったお礼って言ったでしょ? もちろんここは私が持つわ」

「そ、そんなわけにはいきませんよ。ここは僕が――」

「それこそ八代くんにそんなお金、払わせられないわよ、大丈夫、前にもらった爪のお金でおつりが出まくるほどだからね」



 ここまで押し切られては僕も素直に引くしか出来なかった。

 ただ、ごみにそこまでの価値があるとは思えない。



――ユキさんが僕のことを思って言ってくれてるんだよね? あれにそんな何万円って価値があるとは思えないし……。



 もしそうならば金銭問題は一気に解決する。

 何せダンジョンの横穴の一つは現状、ゴミ捨て場使わないもの置き場となっている。


 そこに爪がどのくらい転がってるのかわからない。

 トカゲ君たちもよくわかってるようで、最近自分から爪をそこへ持ち運ぶようになっていた。

 だからこそ、爪の数は増加の一途を辿っていた。



――ゴミとして捨てることができたら良いのだけど、粗大ゴミってお金取られるんだよね。



 ただでさえ金欠なのにここで更にお金を使う訳にはいかなかった。



「あの……、本当にいいのですか?」

「えぇ、このくらいのことしかできなくて申し訳ないけどね」

「じ、十分すぎますよ!? 本当にありがとうございます」

「ユキとやらは良いやつなのだ! 特別にミィちゃん様と呼んで良いのだ!」

「ふふっ、ありがとう、ミィちゃん」

「うむ、感謝すると良いのだ!」



 言った名前で呼ばれてないけどいいんだ……。


 僕は思わず苦笑してしまう。



「あ、あの、お兄ちゃん?」

「どうしたの?」

「ティナもおかわりしたいの」



 よく見るとティナのコップが空になっていた。



「僕のも飲む?」

「うん、ありがとなのー」



 ティナに僕のコップを渡す。



「その子が私の怪我を治してくれた子ね」



 ユキさんは視線をティナへと移す。

 すると、ティナが怯えたようにコップの後ろに隠れる。



「助けてくれてありがとう、精霊さん」

「お兄ちゃんが助けてあげてって言ったからなの」

「それでも助けてくれたのは精霊さん、だから――」

「……ティナなの」

「えっ?」

「ティナって呼んでくれていいの」

「わかったわ、ティナちゃん」

「うん、なの」



 恥ずかしそうなティナは照れを隠すように僕が渡した水を飲み始めるのだった――。




◇◇◇




「今日は本当にありがとうございました」

「堪能したのだ!」

「美味しかったの」



 お店から出ると僕たちはユキにお礼を言う。



「気にしないで。私も楽しかったわよ」



 ユキさんも笑顔を見せてくる。



「それじゃあ僕たちは失礼します」

「えぇ、また連絡するわね」



 手を振って見送られる。


 僕はどこか清々しい気持ちでみんなの待つ駅前へと向かうのだった。




◇◇◇




 時間は約束の十分前。

 待ち合わせ場所である駅前には椎さんの姿だけがあった。


 彼女は僕の姿を見るなりほくそ笑んでいた。



「……どうだった?」

「椎さんはわかっててやってたでしょ」

「……うん。だから考えすぎっていった」

「確かに言ってたけど……」

「……お姉ちゃん、どうだった?」

「しっかりしててとても頼りになって、とてもかっこいい人だったね」

「……?」



 見たまんまを伝えたつもりなのになぜか椎さんは首を傾げていた。



「ユキは肉をくれたのだ! 良いやつなのだ!」

「お水もくれたの。優しい人なの」

「……??」



 ミィちゃんやティナも笑顔で言うが、椎さんの頭には更なる疑問が生まれていたようだった。



「……柚月が会ってたのってお姉ちゃんだよね?」

「ディーコードを交換した時に『神田月雪』って書いてあったし間違いないと思うよ?」

「……うん、お姉ちゃんだ。他に何か言ってた?」

「えっと……、その、内緒の話を少しだけ?」



 アニメのことを話さないでほしいって言ってたもんね。



「……そっか。それじゃあ私とデートするのはまずいよね?」

「どうして?」

「……どうしてって、お姉ちゃんと――」

「うん、いつでも連絡してって言われたよ。ほらっ、ディーコードの友達リストも四人になったよ」



 スマホを椎さんに見せると彼女はため息を吐く。



「……臆病者」

「どうしたの?」

「……なんでもない」



 呆れ顔を見せる椎さん。



「……ならデートは予定通りね」

「別に僕と出かけても楽しくないと思うけど?」

「……楽しませるのが柚月の仕事」

「うーん、そんなこと言っても……」

「……それじゃあ今度、柚月の家に行くから」

「わかったよ。準備して待ってるね」

「……んっ」



 椎さんが頷くとちょうどそのタイミングで三島さんが現れる。



「あれっ、待たせちゃった?」

「……ううん、ちょうど」

「なるほどね。なら瀬戸は遅刻か」

「……んっ」



 指をポキポキ鳴らす三島さん。



「あ、あの、瀬戸くんもきっと何か事情があるんだよ……」

「事情って美味しいのか?」

「事情は食べ物じゃないよ」



 ミィちゃんが僕の袖を引っ張って聞いてくる。

 引っ張るのは良いけど、袖がミシミシ言うほど力を入れるのはやめてほしい。


 とはいえ手加減してないと既に破れているであろうことを考えると相当力を抜いてくれているのだろう。


 そんなことを話しているとちょうど五分遅れで瀬戸くんがやってくる。



「すまん、遅れ……ぐはっ」

「峰打ちよ」

「拳に峰はない……、がくっ」



 瀬戸くんはその場で倒れ込んでいた。

 するとその姿を見ていた二人組の女性が三島さんに声をかけてくる。



「あなた、なかなか良いパンチね。きっといい戦士になれるわよ。私たちのパーティに加入しない?」

「私は誰かと組むつもりはありませんから」

「そう、残念ね。もし気が変わったら『水精霊セイレーン』に連絡をくれないかしら。これ連絡先ね」



 二人組の女性は颯爽と離れていく。

 三島さんのもらった連絡先にはCランクパーティ『|水精霊《セイレーン』と書かれていた。



「い、今のって勧誘だよね? す、すごい、初めて見た」

「そんなことないわよ。最近、ダンジョン探索が配信で娯楽化してるでしょ。だから、戦力になって見た目が整ってる子はすぐに勧誘されるのよ」

「お、お前、それって自分が可愛いと言ってないか?」

「えぇ、こう見えてもそれなりに自信はあるわよ」

「ゴリラのくせにか……ぐほっ」



 今度は三島さんの拳が鳩尾に入る。

 ただ今のはわざと瀬戸くんが喰らおうとしてるように見えた。



「寸止めよ」

「思いっきり当たってる……だろ」



 再び瀬戸くんが倒れる。



「なるほど、確かに良いパンチだね」

「強化付与なしであれは素質あるな」

「B……、ううん、Aまで行くかも」

「姫様がいうなら間違いないな」



 今度は男女三人組が僕たちに近づいてくる。

 それに対応しようと呆れ顔ながら一歩前に出る三島さん。



「あの、私は今勧誘は――」



 しかし、彼らは三島さんの前を通り過ぎて僕の前にくる。



「柚月八代くんだね。僕たちはSランク『月夜の光』。君を勧誘しにした。僕たちとダンジョン攻略しないか?」

「えっ? えぇぇぇぇ!?」




――――――――――――――――――――――――――――――――

今晩の更新で三話終了です。

四話のメインを張るのは月夜の光のお三方です。詳細情報もいずれ。

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