約束の休日
「えっと、人違いじゃないですか?」
思わずそう聞き返してしまう。
しかし、話しかけてきた男の人は首を横に振る。
「間違いなく君だよ、柚月八代くん。この動画と同じ人でしょ?」
見せられたのは僕の配信映像だった。
「た、確かにそれは僕ですけど、その……、僕には戦う力はありませんし、そもそも戦うつもりもないんです。だからその……、ごめんなさい」
素直に謝るが、それでも男は食い下がってくる。
「それで構わない。一度でいいから一緒に来てほしい」
「やっぱり僕はダンジョンには行けないです」
「そこをなんとか……」
「八代は行けないって言ってるでしょ!」
僕が困っていると三島さんがフォロー入れてくれる。先ほどスルーされた苛立ちがやや出ていた気もするけど。
すると、その言葉を合図に瀬戸くんと椎さん、ミィちゃんが僕の前に立ち塞がる。
「八代、困ってるのだ! 吹き飛ばすのだ!」
「ミィちゃん、絶対にしたらダメだからね」
「お兄ちゃんを困らせるのはティナが許さないの!」
「べ、別にそんなに困ってないからティナも手は出さなくていいからね」
二人が下手に暴れてしまいそうだからなんとか嗜める。
それに相手はSランク探索者なのだから下手をするとミィちゃんたちが怪我をしてしまうかもしれない。
そんな危険なことをさせられない。
「仕方ないね。今日のところはお暇させていただくよ。でも、またいずれお邪魔させていただくね」
「また来られても僕の答えは変わらないですよ」
「今度は何かお土産でも持って行くよ。君の気持ちが変わるようなやつを、ね」
「お土産!? 肉なのだ!!」
ミィちゃんが真っ先に反応してしまう。
本当に相変わらずである。
しかし、それを相手が否定してしまう。
「いえ、食べ物だと食べたら終わりになってしまいますから。私たちが安心できるパーティであるという証拠の品をお持ちします」
「興味ないのだ」
ミィちゃんの興味から外れてしまったようだ。
「わかったの。きっと新しい井戸を作ってくれるの。とっても美味しい水が出るの」
「それは工事業者にでも頼むといいよ」
「残念なの」
ティナの興味からも外れてしまったようだった。
つまり誰もその証拠の品というものに興味を持っていないことになる。
――僕? 僕が興味あるのはたくさんのお金かな? 食費がとんでもないことになってるし。
「では、失礼しますね」
頭を下げてSランクパーティ、『月夜の光』は去っていった。
◇◇◇
「全く、失礼なやつらよね? あいつら」
三島さんはストレスを発散するが如く、カフェで大量のパフェを注文していた。
「……全く」
椎さんは普通にパフェを一つだけ、ゆっくりとした速度で食べている。
豪快に食べている三島さんと比べると女の子とらしい。
「柚月くん、今何を思ったのかな?」
なぜかカンの鋭い三島さんにスプーンを突きつけられる。
「食い方がまるで男みたいだなって思ったんだよな? 俺も思うぞ」
瀬戸くんはコーラを飲みながら三島さんの問題点を指摘する。
「豪快でいうならミィちゃんじゃない? すごく豪快よ?」
僕の隣に座っているミィちゃんはここでも肉に食らいついていた。
それもカトラリーは使わずに手で。
でも、元トカゲということを考えるとミィちゃんの行いに不思議はなかった。
「ミィちゃんはいつも通りかな?」
「むぅ……、ここのお水はあんまり美味しくないの」
ティナが出されたお冷を少し飲んで不満げな表情をしていた。
むしろティナが不満げだということはミネラルウォーターを出してくれたというだ。
「でもさっきの人たちってSランク探索者なんだろ? 入れば成功は約束されたようなものだろう? 一躍有名人になれるし……。いや、今の柚月に人気はいらないか」
「今も昔も別に欲しくはないかな?」
「でも、『月夜の光』だっけ? あまりSランクにしては聞き覚えがないわね。本当にSランクなのかしら?」
「……間違いない」
「椎がいうなら間違いないわね。でもどうしてあまり名前を聞かないのかしら」
「……わからない」
「そういえばSランクパーティの配信って『明けの雫』ばかりしか見てないよな?」
「うん、僕もそうだね」
見てて華があるというか、なぜか同じような配信なら『明けの雫』の方が楽しめる。それにSランク探索者ともなると基本的には高ランクダンジョンの探索配信となる。
数日似たような配信が続くこともザラで、魔物との戦いも派手な攻撃方法がなければ基本的に単調になりがちである。
見ていてすごいと思うもののそれ以上の感想は抱かない。実力がありすぎて、凄さの全てが伝わりきらないのだ。
一方、『明けの雫』はその攻撃自体が派手で個々の容姿も良く、ただ見ているだけでも絵になるのだ。
「やっぱり高ランク探索者で人気配信者になろうとすると大変なんだね」
「どちらかになれれば一生お金に困らないわけだもんね」
三島さんはそう言いながら僕の方を見る。
「……柚月は人気だもんね」
「全然そんなことないよ。もし人気があるとしたらミィちゃんのおかげかな?」
「八代と肉のためなのだ!」
「あははっ、ミィちゃんは可愛いね」
三島さんがミィちゃんの頭を撫でる。
ミィちゃんはくすぐったそうに目を細めていた。
「……この服、前に買ったやつ?」
「そうだよ。二人のおかげでいいのが選べたよ」
「そうなのか? ありがとなのだ!」
「いいよ。ミィちゃんのためならいくらでも選んであげる。なんなら、この後行きましょう!」
結局鬱憤を晴らすかのように食べまくったあと、そのままの足でミィちゃんを連れてショッピングモールへと行くことになった。
◇◇◇
店に着くと早々にミィちゃんは着せ替え人形となっていた。
清楚な白いワンピース、動きやすいシャツと短パン、ゴスロリ、なぜか水着とかもある。
女性用服売り場なので、僕は入りにくいのだけど、ミィちゃんがいちいち僕のところへ聞きにくるので、必然的に僕も中にいる必要があった。
「八代、これはどうなのだ?」
「うん、似合ってるよ」
「これはどうだ?」
「似合ってる」
「これは――」
「可愛いよ」
そんな応答を繰り返していると椎さんに呆れられてしまう。
「……もっとかける言葉はないの?」
「相手がミィちゃんだからね。素直な気持ちをはっきり言ってあげた方がいいんだよ」
「……よくわかってるんだね」
「一緒に暮らしてもう一週間ほどだしね」
「……まだそんなものなんだね。これならお姉ちゃんも付け入る隙はあるかな?」
「どうかしたの?」
「……ううん、なんでもない」
機嫌を良くした椎さんもミィちゃんの着せ替え人形に参加する。と思ったら僕の方を見てニヤリ微笑んでいた。
――なんだか嫌な予感がするのだけど……。
その不安は的中することとなる。
「……ミィちゃんは柚月とお揃いがいいんじゃない?」
椎さんが悪魔の提案をミィちゃんにする。
するとミィちゃんは目を輝かせていた。
「それはとっても良いのだ! 最高なのだ!」
「ちょっ!? それは――」
「……だよね。今選んであげるね」
僕が止まるより先に椎さんたちが選び出す。
その様子を見て、ミィちゃんが嬉しそうに僕の方へ駆け寄ってくる。
「八代、お揃いなのだ! 嬉しいのだ!」
ミィちゃんが喜んでいる姿を見ると同じ服を持っておくくらいなら良いかなと思える。
「お兄ちゃんとミィちゃんだけ……、羨ましいの」
ポツリとティナが呟くのを僕は見逃さなかった。
「柚月ならワンピースとか似合いそうよね」
「……絶対に似合う」
「二人とも、僕の性別を忘れてないよね?」
「何を言ってるの? 当たり前でしょ?」
「……当然」
「ならなんでその服が候補に上がってるのかを聞きたいかな?」
「……似合いそうだから?」
「だよね。それにメンズワンピースも普通にあるしね」
「本当に? それなら瀬戸くんの分も――」
「柚月、服には似合う似合わないがあるんだよ!」
「……見たくない」
「なんで僕だけ……」
結局しばらくの間、僕も着せ替え人形にさせられた結果、お揃いの半袖ワンピースと着ぐるみパジャマの二つを買うこととなった。
「ここは私たちが払っておくわ」
「……プレゼント」
「いいの?」
「かなり無茶言っちゃったしね」
「……今度の配信で見せてくれたら良い」
「うん、わかったよ。それじゃあ僕は別の用事を済ませてくるね。ミィちゃん、少しだけティナを見ててくれる?」
「任せるのだ!」
なんだかとんでもない約束をさせられたような気がしたが、とりあえず僕はその足でおもちゃ売り場へと向かった。
僕の予想が正しければそこにアレがあるはずだったから――。
◇◇◇
僕が戻ってくると紙袋を持ち、嬉しそうにしているミィちゃんとそれを羨ましそうに見ているティナがいた。
だからこそ僕は今買ってきたものが入った袋をティナに渡す。
「お兄ちゃん、これはなんなの?」
「ティナへのプレゼントだよ。開けてみて」
ティナは興味津々に中身を見る。
するとそこには先ほど僕たちが買ったお揃いの服と似たデザインの人形の服が入っていた。
「お、お兄ちゃん、これ……」
「これでティナともお揃いだね」
僕が笑顔を向けるとティナは目に涙を浮かべて、それでも笑顔で返してくれる。
「ありがとなの、お兄ちゃん」
それから宝物のようにギュッとその袋を握りしめていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――
ここで第三話が終わりになります。
外からのキャラが多かったので意外と魔物キャラの出番が少なめだった……かな?
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