決戦《らんち》(前編)
ついに
なかなか布団からできる気が起きなかったら、先にミィちゃんが起きるという珍事が起こっていた。
「八代、大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。ちょっと今日の昼が億劫なだけで……」
「八代を困らせる相手は私がぶっ飛ばすのだ!」
「本当にぶっ飛ばしそうだし、やめてね」
「仕方ないのだ」
これ以上寝ているとミィちゃんが何かしでかしそうで怖かったので、仕方なく僕は体を起こす。
既にティナも起きて僕の部屋に来ていたようだった。
「お兄ちゃん、大丈夫なの?」
「うん、全然平気だよ」
力こぶを作りアピールする。
すると何を思ったのか、ミィちゃんはそれを勝負の合図と受け取っていた。
「八代と戦闘なのだー!」
「絶対に戦わないよ!?」
◇◇◇
僕がギリギリまで布団から出ようとしなかったこともあり、家を出てから駅まで必死に走ることとなった。
僕と一緒に着いてきたのはミィちゃんとティナで、ルシルとゴブくんはお留守番だった。
絶望な表情を見せるルシルを引き離すのに相当時間がかかってしまい、僕の家を傷なく守る、という任務を任せてようやく離れてくれた。
そのせいもあって、走らないと間に合わない時間になってしまったのだ。
「八代ー、遅いのだー!」
「ま、待って……。ミィちゃんが早すぎるだけだよ……」
まだまだ余裕を見せて、僕の遙か前を走るミィちゃんと息を荒げてなんとかくらいつく僕。
「お兄ちゃん、頑張れーなの」
「う、うん、頑張るよ」
「あははっ。なら私ももっと頑張るのだー!」
「ミィちゃんはもう頑張らなくていいよ!?」
結局ギリギリ時間には間に合ったもののまともに話せないほどに息が上がってしまうのだった。
◇◇◇
待ち合わせた駅前の広場には疎ながらに人がいるもののユキはまだ来ていないようだった。
――よかった。僕の方が早く来られた……。
流石に怒らせてる相手を待たせるなんてこと、できるはずもなかった。
「どこにいるのだー!?」
「まだ来てないみたいだね」
特徴的なユキさんの長い銀髪ははっきり目に留まる。
しかし、周囲を見てもそんな特徴的な人は居なかった。
時刻は十二時一分。
忙しい人だからもしかして遅れてるだけなのかも。
そんなことを思っていたら突然後ろから声をかけられる。
「あの……」
「ひ、ひゃいっ!?」
思わず飛び上がりそうになる程驚く。
振り返った先には長めの黒髪をした小柄な少女がいた。
どことなく椎さんの面影があるものの彼女よりはやや背丈があり、しっかりした印象を受ける。
「もしかして、柚月八代さんですか?」
「あっ、はい。そうですけど、あなたは?」
「ファンなんですよ! 握手してください!」
「えぇぇぇっ!?」
自分にファンがいるなんて思ってなくて、驚きの声をあげている間に手を掴まれてしまう。
「本当に気づいていないんだ……」
「えっ?」
「それじゃあこのまま行こっか?」
「ちょ、ちょっと待ってください。僕はここで用事が――」
「えぇ、知ってるわよ」
僕の顔をじっと見て軽くウインクしてくる。
そこで僕はようやく彼女のことに気づく。
「ゆ、ユキさ……」
途中で人差し指を口に当てられる。
「騒ぎになるから」
コクコク、と首を上下に振るとようやく人差し指だけは離してもらえる。
なぜか手は掴まれたままだが。
「さぁ、行きましょう♪ ミィちゃんも着いてきて」
「むぅ、なんで私の名前まで知ってるのだ?」
「もちろん、色々と調べたからよ。お肉、食べたくない?」
「食べるのだ!?」
「なら着いてきて。良いお店、予約してあるの」
「着いて行くのだ!」
「あの……、僕の手はこのままなんですか?」
「もちろんよ。八代くんが攫われたら大変でしょ?」
「今あなたに攫われてますけど?」
「私はいいの」
抵抗するままなく連れてこられたのはホテルに入っているレストランだった。
――な、なんか賞とったシェフの名前とか書いてあるんだけど、ここ、高くないの!?
気にした様子もなく先々進むユキさんにただただ着いて行く。そのまま流れるように奥の個室へと案内される。
◇◇◇
僕とユキさんは向かい合うように座らされる。
そして、なぜかミィちゃんはユキさんの隣に座っている。
僕の隣にはテーブルの上にティナが座っている。
すぐに料理が置かれ、ミィちゃんの前には顔くらいの大きさがある超巨大肉が。ティナの前にはレモンが浮かんでいる水がそれぞれ置かれた。
僕たちの前には何かわからないけど大きなお皿にちょこっと料理が置かれていた。
肉を見た瞬間に必死に喰らいつくミィちゃん。
これ以上ないくらいに幸せそうな表情を浮かべていた。
「これは今まで食べたどの肉より美味しいのだー!!」
ティナもちょっと葉に水を垂らすと思わず頬を緩めていた。
「美味しいお水なのー」
満足している二人とは違い、僕とユキさんには緊張が走っていた。
何も食べずにじっとお互いを見て、沈黙が流れる。
それを破ったのは僕だった。
「あの、ユキさん……。その……、あの時は配信に割って入ってしまい申し訳ありません」
頭を下げる僕を見て、ユキさんは大慌てで言う。
「あ、あれはむしろ私の方がお礼を言いたいくらいよ。助けてくれてありがとう」
ユキさんの方も頭を下げてくる。
「で、でも、僕が乱入しなかったらユキさんが怪我を負うこともなかったわけだし……」
「あれはあの場にいるはずのない大悪魔にやられたの。あなたにつけられたのではないわ」
「それじゃあ、どうして僕は呼ばれたのですか? 僕、あなたに怒られるものだとばかり……」
「もちろんあなたのおかげで命が救われたからよ。お礼が言いたかったの」
「……それだけ?」
「あとは……そうね。あなたのことを知りたかったから、……かしら」
ユキさんのその言葉を聞いて、僕は緊張の糸が解けたようにテーブルに倒れ込む。
「だ、大丈夫?」
「うん、安心しただけだよ……」
「それならよかったわ」
「ところでどうして黒髪をしてるのですか?」
ようやく気になっていることを声に出すことができる。
すると、ユキさんは大きく目を開けたあと、呆れ顔を向けてくる。
「あの銀髪は配信中だけウィッグをつけてるの。変装もせずに堂々と歩くなんて、プライベートを暴いてくれって言ってるようなものなのよ? 家まで知らない人が来たりとかなかった?」
「うーん、僕は知らない……かな? ミィちゃんはどう?」
「虫なら何匹か追い払ったのだ!」
「そっか……。やっぱり知らないんだって」
「……少し心配ね。まさかここまで何も知らないなんて」
ユキさんは頭に手をあてて少し考える。
「そうね。ならこうしましょう? 私とあなた、連絡先を交換しない?」
「えっ!? ぼ、僕がユキさんと!?」
「そうよ。ダメかしら?」
「い、いえ、もちろん喜んで!」
僕は急いでスマホを取り出す。
「連絡先はRINE……は入れてないのね。ならディーコードでいいかしら?」
「もちろんです! ……あっ」
「どうしたの?」
「あの……、ディーコードってどうやって連絡先を交換するのですか?」
「少しスマホを借りてもいい? 入れてあげるから」
「ありがとうございます」
――やっぱりユキさんって思ってた通り頼りになるなぁ。すごく優しいし。
そんなことを思っているとすぐにスマホが返される。
「これで大丈夫よ」
「ありがとうございます。えっと、
新しく追加された人の名前がそのようになっていた。
しかもアイコンは幼女系アニメのキャラだった。
それを聞いた瞬間にユキさんの顔色が真っ赤に染まる。
そして、急いで僕のスマホを取り上げて、確認をするとすぐさま自分のスマホを操作して、名前を『ユキ』に。
アイコンを自分の顔写真に変えていた。
「あの……、今のって?」
「忘れて……」
「アニメ、好きなんですね。僕も好きですよ。日曜に海賊アニメとか見ますし」
「国民的アニメと一緒にしないで……」
ユキさんは両手で顔を隠していた。
今のは見たらいけないものだったらしい。
「だ、大丈夫ですよ。そう言うのは人それぞれですし、好きなものがあるのはとってもいいことだと思いますよ」
「本当に?」
「もちろんです!! ユキさんはとってもかっこよくて、でも可愛い女性だと思いますよ!」
すると再びユキさんは顔を真っ赤にしていた。
しかし、今度は僕の顔を見て言ってくる。
「ありがとう……」
照れたユキさんを見ていると僕も恥ずかしくなってついついスマホの画面に視線を向けてしまう。
そこでとあるものに気づく。
“神田月椎”
数少ないディーコードのフレンドリストに入っている僕の友達だ。
そんな彼女と同じ苗字……。
偶然……なのかな?
「もしかしてユキさんって椎さんのお姉さんですか?」
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