配信休暇
ついにユキさんと会う日が明日と迫っていた。
僕はソワソワとしてとてもじゃないが何も手につかない状況になっていた。
「八代、なんだか今日は顔色が悪いのだ! そんなときは肉にするのだ!」
「だ、ダメなの!? こういう時はお日様に当たりながらお水を飲むのが良いの」
「まったく、皆さんわかっていませんね。主様は人の世を憂いておられるのです。ここはサクッと滅ぼしてあげるのが真の配下というものでしょう」
「ごぶー! ごぶー!」
みんな適当なことを言ってくる。
「お肉はちゃんと買ってくるよ。お水はちゃんと水道水を用意しとくね。ルシルはとりあえず変なことをしたら契約破棄するからね! ゴブ君は……ちょっと何を言ってるのかわらないね」
当たり前のように家へとやってきてるゴブリン。
一応連絡係として一匹はここにきてもらうようになった。
ただ進んで家事をしてくれるおかげで随分と僕も楽していた。
その代わりにダンジョンの一画にゴブリンたちが住む家を作っているようだ。
天瀬の家を手伝ってくれたお礼に「住んでいいよ」と言ったら涙を流して喜ばれてしまう。
その際にみんなに囲まれて抱きしめられたのだが、その絵面が、僕がゴブリンに襲われてる風にしか見えないために配信してなくて良かったと心の底から思ってしまった。
今は寝ずにトカゲ君たちと共に家づくりに勤しんでいるようだった。
喜んでもらえているようで僕も嬉しく思う。
ただゴブリンたちも十匹くらいいる。
更に奥のダンジョンから連れてくると息巻いていたので、本格的にバイトを考えないといけない。
ただ、目下の問題は明日のランチだ。
「はぁ……、どうしよう……」
今日何度目かになるため息を吐いてしまう。
◇◇◇
学校へついても僕の気持ちは晴れる事がなかった。
むしろ気持ちは沈む一方で机に突っ伏していた。
それを心配してくれたのか、三島さんが声をかけてきてくれる。
「柚月くん、どうしたの? 何か落ち込んでるみたいだけど」
「うん、明日何を持っていったらいいかなって」
「嫌だなぁ。別に何も持ってこなくてもいいよ」
笑い声を上げる三島さんに僕は一瞬なんのことかわからなかった。
「あっ、もしかして明日の予定、忘れてる?」
「だ、大丈夫だよ。うん、忘れてない忘れてない」
ユキさんと会ったあとにみんなとパフェを食べに行くのだった。
頭がユキさんのことばかりでみんなの事がすっかり片隅に追いやられていた。
冷や汗を流しながら答えると三島さんはジト目を向けてくる。
「本当かなー?」
「ち、ちゃんと覚えてはいたよ」
「そっか、うん、そうだよね。柚月君はしっかり覚えてるよね」
「おいおい、朝から柚月のことをいじめてるのか?」
「そんなことするわけないでしょ!」
僕と三島さんの間を割って入るように瀬戸くんがやってくる。更にその背後には椎さんの姿もあった。
「……らぶらぶ?」
「ちっがーう!! 少し話をしてただけでしょ!」
「……瀬戸というものがありながら」
「ごめん、それなら柚月君とラブラブする」
「なぁ、柚月。俺、何も言ってないのに勝手に拒否られて振られてるんだが?」
「あ、あはははっ……」
瀬戸くんが不憫で苦笑いをしてしまうのだった。
◇◇◇
「そういえば明日は十四時に駅前広場集合でいいよね?」
「……んっ」
「まぁ、それが一番わかりやすいよな」
「えっと……」
駅前なら近くにいるだろうしいいのかな?
ただみんなを見つけられなくて彷徨う自分の姿を想像してしまう。
「……どうしたの?」
「もしみんなを見つけられなかったらどうしよう……って」
「それならDMでも送ってやりとりをすれば……?」
「あぁ、こいつのカタッターは通知バクってるからな」
「バグってる? どんな感じなの、見せて」
「えっと、これだよ」
僕はカタッターの画面を三島さんに見せる。
「あぁ、盛大にバズってるんだね」
「最初からずっとこんな感じだったよ」
「なるほど。いきなりこれだと壊れたように見えるね。うーん、RINEとかでグループ作る? 柚月君ならその方が連絡とりやすいかもだね。配信者の柚月君ならいずれ音声通話とかするだろうし、それならディーコードとかの方がいいのかな?」
「RINE? ディーコード??」
僕が首を捻ると三島さんがため息を吐く。
「とりあえずディーコードでいいかな? 柚月君ならそっちのほうが使う頻度高そうだし」
「じゃ、じゃあ、それで」
「……んっ、入れてあげる」
椎さんがよく操作のわかっていない僕の代わりにアプリを追加してくれる。
「……これ、私のアカウント」
「あっ、また先に入れて!?」
「なるほど。こうやってみんなのことが表示されるんだね」
名前の隣に丸いアイコンが表示され、そこに三島さんだとテニスラケット、椎さんだと犬? 猫? なにか白く丸いぬいぐるみの写真。
瀬戸くんは――。
「どうして自分の写真?」
「俺だってすぐにわかるだろう?」
「た、確かに……」
「ダメよ、柚月君」
瀬戸くんの言葉に思わず感動していた僕だが、すぐに三島さんに窘められる。
「どうして……?」
「じゃあ、柚月君は教室の前に堂々と自分の写真を貼られたらどう思う?」
「えっとそれは恥ずかしいかな?」
「それと同じよ。カタッターほどたくさんの人に見られるわけじゃないけど、それでも人に見られるものだからね」
「そっか……。うん、ありがとう」
それならどういう写真が良いだろうか、と考えてなんとなく睡眠中で葉っぱだけ見えているティナの写真にしておく。
「それ、いいね。すごくかわいいよ」
「……ぐっ!」
「それならよかったよ」
「おいっ、俺が恥ずかしい人扱いを受けてるのはどういうことだ?」
「瀬戸ならいいんじゃない?」
「えっと、瀬戸君のアイコンもわかりやすくて良いと思う……よ?」
「くっ、いいよ。俺は俺を貫いてやる!」
◇◇◇
みんなと話していたら自然と気持ちが落ち着いてくる。
帰る頃には明日、みんなでどんなモノを食べようか、と恐怖より楽しみが勝るほどであった。
そして、スーパーに寄ってから家に帰ってくるとなぜか家の中に通された天瀬さんが待っていた。
「お、お帰りなさい。柚月さん……」
「た、ただいま? えっと、天瀬さんがどうしてここに?」
「その、昨日のお礼を……と思いまして」
「肉なのだー!!」
ミィちゃんが突然立ち上がり、嬉しそうに大声を上げる。
「えぇ、前回の反省点を活かして今回はお肉を買ってきました。なんとお肉屋さんで一番高いやつを買ってきました。
「おぉぉぉぉ。天瀬が光り輝いて見えるのだ」
ミィちゃんの目はすっかり天瀬さんが持つ袋に釘付けであった。
「い、いいのですか!? そんな高いものを……」
「もちろんですよ。あれだけ良い家にしてもらったのですからこのくらい安いものです! 実際に私はお金を使っていませんし」
「それならよかったです」
「お肉ー! お肉なのだー!」
「では、私はこれで……」
「せっかくですから天瀬さんも食べていきませんか?」
「え゛っ!?」
「良い提案なのだ! 天瀬も一緒に食べるのだ!」
「あ、あの、私は自分がお肉になるつもりは……、いえ、わかりました」
諦めにも似た表情を浮かべる天瀬さん。
「それじゃあ、みんな呼んでくるのだ! 先に食べたら怒るのだ!」
ミィちゃんが大慌てでダンジョンの方へと向かって行く。
「えっと、本当に良かったのですか? まだ仕事があったりとかしたんじゃないですか?」
「いえ、みなさんと仲良くするのも仕事のうち、ですから。でも、あんまり痛いことはしないで頂けると嬉しいです……」
「みんなを呼んできたのだ! 早速するのだ!」
庭にぞろぞろと魔物たちが現れる。
「おや、主様を讃える催しですか?」
「
「ごぶー!!」
周囲を取り囲む魔物たち。
もうどうにでもなれ、と天瀬さんは袋から最上級肉の塊を取り出した。
まるで宝石のような霜降りの輝き。
それを神のように崇めるトカゲ君たち。
口からはだらだらと涎が垂れ、視線は肉の塊に釘付けだった。
それはミィちゃんも同じである。
ティナたちの
――あれじゃ、絶対に量が足りないよね?
スーパーの半額肉はあるものの、あそこまでノリに乗ったトカゲ君たちならいくらでも食べそうな気がする。
しかもそれだけではなくゴブリンたちの食事も必要である。
厨房で簡単なモノは作っていたけど、圧倒的に肉が足りなかった。
「ちょっと買い足してこないとダメかな?」
「ごぶー!ごぶごぶー!」
ここは任せてくれ、とゴブ君が言っているような気がした。
「よろしくね。僕はスーパーへ行ってくるよ」
「ごぶーっ!」
健闘を祈る、とでも言っているのか、最敬礼で見送られる。
家事一式得意なゴブ君がいれば最低限のことは任せられるだろう。
ただ、トカゲ君たちの暴走だけはどうにもならない。
「柚月さんー、私一人にしないでくださいー」
そんな声が聞こえた気がするが、今は
僕は急いでスーパーへ買い出しに行くのだった。
そして、帰ってきた頃には肉はなくなり、ぐったりとしている天瀬さんとまだまだ食べ足りなさそうなトカゲ君たちがいた。
――あはははっ……、追加で買ってきて良かった……。
「八代、それはもしかして追加の肉なのか!?」
僕の姿を見つけたミィちゃんの声によって
――――――――――――――――――――――――――――――――
八代へのお礼は何がいいのでしょうねw
次回はいよいよユキちゃんの登場です
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