【配信】天瀬家リフォーム(後編)

 思わず身構えてしまう僕の隣を素通りして、ゴブリンたちはトカゲ君たちの下へと向かっていった。



「がうがうっ!」

「ごぶごぶ!!」

「がうっ!」

「ごぶぅ?」

「がうがう!!」

「ごぶっ!」



 トカゲ君たちと何度か言葉を交わした後、ゴブリンたちは完成した建具を建物の中へと運んでいった。



“働いてるな”

“ゴブリンたちって喋れるのか”

“俺も働かないと”

“魔物同士で喧嘩しないんだな”



「って、ちょっと待って!? このゴブリンたちはなんなの?」

「主様の下僕になりたいと馳せ参じた者たちにございます。ぜひ馬車馬の如くこき使っていただけるとこのゴブリンたちも本望にございます」



――うん、聞きたいことがさっぱりわからない。



 でも、ここにいるということはおそらく僕の家にあるダンジョンから現れたのだろう。




――毎日見に行ってるけど、今までゴブリンが現れたことはなかったんだけどな……。



 変化があったことといえば、トカゲ君たちが日に日に大きくなることと葉っぱくんたちの葉が大きくなってるくらいである。


 あとは……。



「あっ!? もしかして、ミィちゃんが開けた大穴から?」

「そうでございます。あちらのダンジョンに移住したいゴブリンがおりました故に主様の素晴らしさを説きまして、共に主様を讃える道を歩もうと言うことになりました」



 ゴブリンたちの動きが固まり、僕の方を見て必死に首を横に振っていた。


 どうやら一方的にルシルに語られていたらしい。

 少しだけゴブリンたちに同情してしまう。



“そういえばユキちゃんがあのダンジョンでゴブリンを倒してたな”

“あそこのゴブリンか!?”

“悪魔は一度崇拝すると凄まじいな”

“初見です”

“まだお気に入り登録してないのか?”

“普通のダンジョン攻略じゃ見られない情報が飛び交う最先端ダンジョン配信だぞ!”

“なんだかほのぼのしてるな”

“ゴブリンたちがかわいそうだw”

“ここまでゴブリンに感情移入してしまうのは初めてだw”



「あとは最近探索者が強く、他の魔物にも襲われるから安全で過ごせる場所があるなら行きたいって言ってましたね」



――そっちが本命でしょ!?



 突っ込みたくなるのをグッと堪える。

 確かにゴブリンといえば最弱とも言われる魔物である。


 Dチューブにも度々その姿は映し出されているが、『一時間でゴブリン百体倒してみた』とか『素手でゴブリンと戦ってみた』とかその扱いは散々なものである。


 生き残りをかけてよそのダンジョンへ移住したいと言う気持ちもよくわかる。



「僕のダンジョンは平和だしね」

「神にも勝る至高たる主様が支配されておりますが故ですね」

「絶対に違うね」

「これはこれは謙虚な申し出。さすが主様!」



“平和ってなんだろうな?”

“少なくともドラゴンや精霊や悪魔が一堂に集結してないと思うぞ”

“ゴブリンがかわいそう”

“ここのメンツなら全てのダンジョンを制覇することができそうだしな。そうなったら平和じゃないか?”



 もはやルシルには何を言っても無駄ではないだろうか、と思えてしまう。


 ゴブリンたちについては概ね事情は分かったけど、相手は危険な魔物たちである。流石にいきなり好きにさせると言うわけにもいかなかった。



「ミィちゃん、念の為にゴブリンたちが暴れないか見ておいてくれる?」

「任せるのだ!」



 ミィちゃんが建物の中へと入って行く。



“その役目、ミィちゃんで大丈夫か?”

“ミィちゃん『様』だろ!”

“ゴブリンさん、逃げてー”

“家も絶体に無事じゃ済まないw”



 これで安心だろう、と思ったのだがその瞬間に中からすごい物音が聞こえてくる。



 ガラガラドシャァァァン!!



「ごぶごぶ!!」

「ご、ごめんなのだ!」



 バキッ!!



「ごぶっ!?」

「す、すまないのだ」



 ドゴォォォォォォン!!



「ごぶごぶっ!?」

「虫がいたのだ! 追い払っただけなのだ!」



 その音を皮切りに静かになったかと思うとゴブリンたちに首根っこを掴まれたミィちゃんが、そのまま家の外へ捨てられる。



“うん、知ってたw”

“やはりこうなったか”

“ゴブリンの勝利w”

“wwwww”



「ごぶごぶごぶ!」

「ま、待ってくれ、なのだ。私は、私は八代に仕事を頼まれたのだ!」

「ごぶぶぶ!!」

「た、確かに少し失敗したかもしれんのだ。それでも、それでも私の仕事なのだ!」



 しかし、ゴブリンは首を横に振ったあと、家の中へと入っていった。



「えっと、何があったの?」

「ちょっと中のものを壊したからって追い出すのは酷いのだ!」

「うん、それはミィちゃんが悪いね」



 人選を間違えたのは僕のせいでもあるだろう。

 ただ、ゴブリンたちは真剣に仕事をしてくれていることだけははっきりとわかったのだった。




◇◇◇




 念の為に僕はなるべくゴブリンたちから目を離さないようにしていた。

 そこで意外な事実に気づく。


 ゴブリンたちは意外と細かい作業を得意としていたのだ。


 自分から何かを作り出すということはできないが、トカゲ君から指示を受けると言われるがままその通りに仕上げる。


 しかも弱い魔物であるが故にミィちゃん達みたいにうっかりで物を壊すことがない。


 これほど内装作業に向いている魔物もいなかったのだ。

 そうしているうちに天瀬の家の改装は完了してしまう。



“なんだろう、この連携感”

“俺もこのゴブリンが欲しい”

“俺はトカゲ君が欲しいな。ゴブリンに指示を出してたのはトカゲ君だろ?”

“トカゲ君は成長したらやばいぞw”



「嘘……。夢でも見てるみたいです……」



 先ほどまでとても人が住めるとは思えない廃屋が、ものの数時間でほとんど新築の住居へと変わっていたのだから驚くのも無理はない。


 僕もここまでできるとは思っていなかった。



「ごぶー、ごぶごぶー!」

「えっと、なんて言ってるのかな?」

「『至高なる主様のために誠心誠意、心を込めて作り上げました。ぜひまず第一歩を主様に踏み出していただけたら光栄の極みに――』」

「中を見てくれって言ってるのだ!」



 ルシルの長い台詞を遮るようにミィちゃんがゴブリンたちの言葉を教えてくれる。



“全然違うw”

“翻訳と称して好き勝手に言ってたのかw”

“意味としてはどっちも同じだな”

“ゴブリンが可愛く見えてきたんだがw”



「そっか、それじゃあみんなで見にいこう!」



 僕たちは建物の中へと入って行く。







 まずは一階。

 玄関から入って扉を開けるとすぐに広い部屋に続いていた。



「暗いと気持ちも沈んでしまうの。ごはんも少ししかもらえないのはかわいそうだから、たっぷりお日様を浴びて食事できる部屋にしたの」



 ティナの説明と共に目の前に広がっていたのは広く明るい居間だった。

 大きな吹き抜けも相待ってとても開放的で思わず天瀬さんから感嘆の声が漏れていた。



“何ここ”

“俺が住みたいんだけど”

“広いな”

“ティナちゃんが珍しく饒舌だw”

“数時間でできたとは思えないな”



「えっと、ティナ? 天瀬さんのご飯は光じゃないよ?」

「嘘なの!? 光を食べなくても生きていけるなんてすごいの」

「うーん、ほとんどの人が生きていけると思うよ……」

「世の中は不思議なのー」



 ティナがしみじみと言っていた。



「ここの天井は私が開けたのだ! 私のおかげなのだ!」



 ミィちゃんがなんとか自分の手柄をあげようとするが、壊す以外のことをしていなかったために、唯一挙げられるのはそのことだけだったようだ。

 ミィちゃんの頭を撫でてあげる。



「うん、ミィちゃんもすごかったね」

「えへへっ、頑張ったのだ」

「ティナもして欲しいの」



 恥ずかしそうに言うティナもミィちゃんと同じように頭を撫でてあげる。

 すると嬉しそうに目を細めていた。



“俺も撫でて欲しいぞ”

“ちょっと待て! 俺が先だ”

“俺は逆に八代たんをナデナデしたいな”

“今北。なんの配信だ?”

“ナデナデ配信だ”



 それを羨んだのか、トカゲ君たちが列をなして並んでいた。

 しかもその後ろには葉っぱくんが並び、なぜかゴブリンたちも並んでいた。



「えっと、僕が撫でていくの?」



 ただ並んでいたから後ろに並んでしまったのかと思ったが、魔物たちが一堂に頷く。



「うっ、わかったよ……」



 これは迂闊に頭を撫でられないな、と思わされたのだった。



「……って、なんでさりげなくルシルまで並んでるの?」

「主様から労いの言葉をかけていただけると聞きましたので」

「今じゃなくていいよね!?」



 結局きっちりルシルまで頭を撫でさせられたのだった――。



“グレーターデーモンまでもw”

“八代たんのナデナデには魔物を惹きつける力がある!”

“その魔物、ルビで『変質者』って書いてないか?w”

“ミィちゃん、もう一回並んでないか?w”



◇◇◇




 僕が必死に頭を撫でさせられている間に天瀬さんは他の部屋も見て回ったようだった。



「ほんっとうに凄いですよ、この家。信じられないです。こんな家に住めるなんて……」



 天瀬さんは恍惚の表情を浮かべる。

 そこまで喜んでもらえるとこちらも嬉しくなってくる。



「だって、お風呂もキッチンも床暖房も全て付いてて、しかも太陽光みたいに魔素力を集めて電気を作ってるらしくて、電気代もほとんどかからないみたいなんですよ。幸せです……」



――んっ?



 また知らない言葉が飛び出してくる。



“魔素力?”

“一体なんのことだ?”

“名前的に魔法を使うときに使う魔力のことか?”

“電気代がかからないのか。いいな……”



「なぜか二階に王座があったのが不思議なくらいでそれ以外満足です。このお礼は必ずさせていただきます!」



 こうして幾つかの疑問は残ったまま、天瀬家のリフォームは終わるのだった――。



「あっ、お兄ちゃん、お願いがあるの」



 帰る前にティナが一枚の葉っぱを持ってくる。



「どうしたの?」

「この家にこの子を植えてほしいの」

「えっと、それは天瀬さんに聞いてからになるけど、その子はいいって言ってるの?」

「もちろんなの。ぜひここに住みたいって言ってるの」

「そっか。それじゃあ頑張って天瀬さんを説得するね」



 そういうとティナは笑顔を見せていた。



“家を直すだけじゃなくて精霊まで植えるのか”

“この家、八代たんのダンジョンの次に重要な拠点になってないか?”

“きっと上司は今頃涙目だなw”

“こんな家に住めるならこぞって手をあげていただろうしなw”



――――――――――――――――――――――――――――――――

リフォーム工事は無事に終了しました。

次は久々にトラブルもなくほのぼのする予定です。つまり騒ぎが起きます。

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