天瀬の引っ越し
昨晩、あまり眠っていないこともあり家に帰る頃には僕はすっかりくたくたになっていた。
「ただいま……」
「八代、お帰りなのだ! 待っていたのだ!」
「おかえりなのー」
「あ、主様ー。ど、どうして朝私にお声がけいただけなかったのですか? 私は、主様のために寝ずの番をしておりましたのに……」
なぜかルシルが涙ながらに僕にしがみついてくる。
「えっ? だ、だって、ルシルの活動時間は夜なんでしょ? 朝は寝てるかなって」
「主様が起きられるのに一人で眠ってなんていられませんよ!!」
「そういうから下手に会いに行けないんだよ! 次からはしっかり朝は寝ること! わかった?」
「し、しかし――」
「なら僕も会いに行かないよ?」
「わ、わかりました。主様のご命令通り、朝に主様と挨拶をさせて貰った後にしっかり睡眠を取らせていただきます」
「うん、それならいいよ」
ようやく話をわかってくれて良かった。
「ところでルシルは昨日、パソコンで何を調べていたの?」
「はっ、Dチューブなるものを調べておりました。これ、面白いですね」
「あー、そういうことだね。うん」
確かに一人でぼんやりしているよりも動画を見ている方が暇つぶしにはなるね
「しかし、ここに映っている探索者たちは命知らずばかりで、この程度の能力でダンジョンに入るなんて殺してくれって言ってるようなものですよ。あっ、もちろん主様は違いますよ。主様の前に平伏さない魔物がいましたら私めが斬り伏せてしまいますので」
「あ、あははっ……。襲ってきた魔物だけにしてね。良い魔物達もたくさんいるんだし」
「なんとお優しいお言葉。いえ、それだけではありませんね。主様のことですからそこには深いお考えがあるのでしょう。私程度ではそれを推し量ることできませんが」
「そんなものはないよ。それよりも僕が学校に行ってたときに何もなかった?」
「ハエの多い時期ですので、少々追い払っておきましたがそれ以外特にありませんでした」
「それならよかったよ。それじゃあ晩ご飯に……」
ピンポーン!
話を中断するように呼び鈴が鳴る。
「はーい、今行きます」
「八代、私も行くのだ!」
「そうですね。だれか護衛は必要ですからね」
「そんな、仰々しいよ」
「ティナはお兄ちゃんのポッケに入ってるの」
みんなそそくさと用意してしまう。
それを苦笑しながら僕は表へと出る。
◇◇◇
「ゆ、柚月さん、こんばんは」
「あれっ、天瀬さん? 今日はどうしましたか?」
そこにいたのは探索者協会の職員である天瀬さんだった。
その表情はどこか青ざめていた。
「あっ、天瀬なのだ! 遊びに来たのか?」
ミィちゃんが彼女の側へと飛びついていく。
「ひぃっ!?」
天瀬さんは思わず後ろに下がるが、それでミィちゃんを躱せるはずも無く簡単に片手で持ち上げられていた。
「早速遊ぶのだ!」
「こらっ、ミィちゃん。天瀬さんの用事を聞くのが先でしょ」
「す、すまないのだ」
ミィちゃんは天瀬さんを下ろすと落ちこんでしまう。
「ごめんなさい、天瀬さん」
「あっ、いえ。私よりミィちゃんさんが大丈夫ですか?」
「あとでしっかり言い聞かせておきますね」
「そ、そうじゃなくて……。だ、大丈夫なら構わないのですが……」
天瀬さんは何か別のことを気にしているようだった。
しかし、それが何かまではわからなかった。
「えっと、それで今日来た理由なんですけど、わ、私が柚月さんの専属として付かせてもらうことになりました。それでその……、近くに引っ越すことになりまして、その挨拶に来ました」
「専属……ですか? でも、僕は探索者じゃないですよ?」
「えぇ、ただ柚月さんの家にはその……、あまり大きな口では言えませんが危ない人がいるじゃないですか……」
――危ない人? 確かに悪魔が家にいるって言ったら警戒しちゃうのも不思議じゃ無いかな。
「確かに僕が大丈夫って言っても気にする人はいますよね」
「ですよね、あぁ、よかった。柚月さんも危険なことは認識されてたのですね」
「でも、ちゃんと僕の言うことを聞いてくれてますし大丈夫ですよ。たまに曲解してしまうくらいで」
「それでもうっかりがありますから。周辺を焦土に変わった、なんてことは笑い話じゃすまないですからね」
天瀬さんが苦笑を浮かべる。
ただ僕は不思議に思っていた。
――焦土? ルシルって何か燃やす魔法を使えたかな?
ただ、相手は探索者組合の職員。
僕が知らない情報を持っていても不思議では無かった。
「そういうことで一応柚月さんと面識のある私がその……、専属として何かあったときにすぐこちらへ来られるように派遣された次第なんです……。私には拒否権がなくて……」
――探索者協会も結構なブラックなんだな……。
「わかりました。わざわざありがとうございます」
「いえ、それでは私はこれで――」
そそくさと帰って行こうとする天瀬さん。
「もう帰っちゃうのか?」
「うっ……」
ジッと悲しそうな視線を送るミィちゃん。
せっかく遊べると思っていたのにすぐに帰ってしまおうとしているのだからそう感じてしまうのも無理は無い。
ミィちゃんのその言葉に天瀬さんは背筋をピンと張り、直立不動に立ち尽くしていた。
だからこそ僕はミィちゃんを注意する。
「ダメだよ、ミィちゃん。天瀬さんも色々と忙しいのだからね」
「でもでも、遊びに来てくれたのかと思ったのだ」
「でも、もう時間も遅いからね」
「あ、あの……、これから荷物を運んだりとか、引っ越しをしないといけなくて――」
「あっ、それなら私たちが手伝うのだ!」
「え゛っ!?」
「八代もいいか?」
「確かに一人で荷物を運ぶのは大変ですよね。僕たちでよろしければお手伝いしますよ?」
「あぅあぅ……」
笑みを浮かべながら天瀬さんに言う。
すると天瀬さんはもう断り切れないのだと目に涙をためて、諦めた表情で何度も首を上下に振っていた。
「それじゃあ早速行くのだ!!」
ミィちゃんが先陣を切って天瀬さんの家へと向かうことになった。
◇◇◇
「なんだかボロっちいのだ」
部屋に入った瞬間に開口一番ミィちゃんがそんなことを言ってしまう。
「こ、こらっ、そんなことを言ったらダメだよ!?」
確かに天瀬さんの引っ越し先は木造二階建ての一軒家だったのだが、そこは築百年は経っていそうなほど趣がある。
それなりに広い庭には草木が生い茂り、ろくに手入れされていなさそうである。
外から見ただけで問題がありそうなその家。
「あの……、本当にここに住むのですか?」
「うぅぅ……、所長が立派な一軒家を用意したと言ってたのに……」
ガックリと肩を落とす天瀬さん。
「あ、あははっ……。た、確かに色々と目を瞑れば、立派な一軒家には違いないですよね……」
「中に入っていいのか?」
ミィちゃんが玄関の取っ手に手をかける。
バキッ!
扉から取っ手が外れてしまう。
「あわわっ……、す、すまないのだ」
「いえ、多分私でも取れたと思いますから……」
もう完全に諦めてしまっているのか、天瀬さんは乾いた笑みを浮かべていた。
さすがにこの状態は可哀想すぎる。
しかし、この状況を僕やミィちゃんではどうすることもできない。
――ルシルならどうにかできるかな?
少なくとも僕やミィちゃん以上には色々と知っているような気がする。
天瀬さんが怖がっている点だけはフォローがいるのだが、今この場で一番力になってくれそうなのはルシルであった。
「天瀬さん、少しだけ待っていてください」
「えっ!? ミィちゃんさんとですか!?」
「はいっ!!」
「ちょっ、待って……」
大慌ての様子を見せる天瀬さんを背に僕は一旦家へと戻ってくる。
◇◇◇
「ルシル、ちょっと良いかな?」
家に戻ってきた僕はすぐさま居間にいるルシルに声をかける。
「はっ、我が身は主様と共に」
なぜかすぐさま膝をついて出迎えられる。
「そんな仰々しいのはいいから、その……、天瀬さんの家があまりにも古くて、手を貸してあげたいのだけど――」
「かしこまりました。私めが最上の住居にして見せます」
頼もしい言葉を返してもらえる。
「それじゃあ、まずはどんな状況か見てもらっても良いかな?」
「はっ、お供させていただきます」
僕はルシルを連れて、天瀬さんの家へと戻っていく。
◇◇◇
「これは廃墟ですか?」
天瀬さんの家を見たルシルは開口一番そんなことを口にする。
ミィちゃんといい、遠慮が全くないのは困ったものであった。
しかし、そんなことが気にならないくらいに天瀬さんは口をパクパクしてルシルのことを指差していた。
「ゆ、柚月さん、ちょっといいですか!?」
僕だけ手招きで呼ばれる。
「こんな廃墟、主様の目に入れるのも申し訳が立たないですね。一度跡形もなく消し炭にしてから虫小屋でも作る方がマシですかね」
「ルシル、僕がいいというまで手を出したらダメだからね!」
「はっ、ここで待機させていただきます!」
軽く頭を下げるルシルを背にして、僕は天瀬さんの近くへと行く。
「どうしましたか?」
「ど、どうして悪魔がここにいるのですか!?」
「どうしてってこの家を直してもらうために?」
「壊すの間違いじゃないのですか!?」
「大丈夫だよ……多分。きっと……」
何かしようとではなくて無意識に壊していたミィちゃんのことを思い出して、僕は断言することができなかった。
「あの……、この家を直す代わりに私の命を要求されたりとかしますか……?」
目に涙を浮かべながら震える声で聞いてくる。
「そ、そんなことさせませんし大丈夫です!」
「うぅ……、所長、恨みますからね……」
――――――――――――――――――――――――――――――――
配信まで辿り着けなかった……。
次回こそ『【配信】天瀬家リフォーム』となります。
魔物たちによるビフォーアフターの開始です
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