待ちわびた連絡 【椎視点】
「べ、別に変なことは送ってないよね? 昨日助けてもらったお礼をするだけなんだし」
――これで何度目だろうか?
姉である
「……さっさと送れば良い」
「それができるならとっくに送ってるわよ」
「……臆病」
「し、仕方ないでしょ。その……、話したことのない相手と連絡を取るんだし……」
そもそも雪は休みの大半をダンジョンで過ごしている。
付き合いのある異性といえば年上の同じ探索者で仕事の話くらいしかしない。
自分から異性の、しかも年下を誘うなんて思春期の青春らしいことは生まれて初めてのことだったのだ。
それにしても、こんな女子らしく照れている姉の姿は椎としても初めて見た。
だからこそ応援したい気持ちも持っていたのだ。
「……貸して」
椎は姉のスマホを勝手に奪い取る。
『ぜひ直接お会いして話したいです。次の土曜日、ご都合はいかがでしょうか?』
そこにはすでに送るべき文字が打たれていた。
あとは送信ボタンを押すだけだったようだ。
「……ぽちっ、と」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
迷うこと無く送信を押してしまう椎。
それを見た雪は慌ててスマホを奪い返していた。
「ど、どうして送っちゃったのよ!?」
「……送るものでしょ?」
「そうだけど……。それはそうだけど……」
「……迷うくらいなら送る!」
「うぅぅ……、まだフォロバもされてないのに……。変な子と思われたらどうしよう……」
「……大丈夫、お姉ちゃんは変」
「椎に言われたくないわよ!?」
「……それより用事が終わったならお風呂入ってきて」
「わ、わかったわよ……」
そわそわと何度もカタッター画面を眺めては落ちこみながら雪は浴室へと向かっていった。
「……そういえば柚月はお姉ちゃんに怒られると思ってたかも」
さすがに瀬戸たちみんなで嗜めてはいたものの、その感覚のままならば返信は遅いかもしれない。
というか、柚月も困らせる結果になってるかもしれない。
「……仕方ない」
椎も手を貸そうと柚月にDMを送るのだった――。
◇◇◇
「……返ってこない」
突然の姉の連絡は困惑して返信できないかも、とは思ったけど、まさか自分の方にも返ってこないとは思わなかった。
「……使い方、知らない?」
そもそもカタッターを知ったのが昨日なのだ。
二日で完璧に使いこなせるとは考えにくい。
そもそも語りの時以外はまともに見ていない、まで考えられる。
「……むぅ」
これは少しばかり早まってしまったかも、と考える。
ただ、すぐ後から柚月の配信が始まっていたので、配信前でばたついていただけかも、と結論づけていた。
◇◇◇
柚月の配信が終わると雪は複雑そうな表情を浮かべていた。
「あの悪魔……、生きてたんだ……」
自分が殺されかけた悪魔を見て思うところがあるようで、雪は口を噛み締めていた。
「……やっぱりあの子が助けてくれたんだ」
よく見ると雪の視線は悪魔の方では無く、柚月の方に向いていた。
「ドラゴンに精霊、悪魔すらも従えるなんて……すごい」
知らないうちに頬を緩めていた雪。
「あっ、ち、違うよ!? そ、その、今のは探索者としてすごいなってことだからね!?」
なぜか椎しかいないのに必死に顔を赤くして必死に否定する。
「……大丈夫、わかってるから」
「うん……」
「……柚月は私と英子以外に女子の知り合いはいない」
「そういうことは聞いてないよ!?」
ただ、顔を伏せながら「そっか……。付き合ってる人はいないんだ……」と呟いたのを椎は見逃さなかった。
◇◇◇
柚月の配信が終わった後、雪は居間のソファーに寝転がりながらスマホを眺めていた。 その姿は可愛らしいモコモコとした紫のパジャマで、普段のクールな姿はどこにもなかった。
「まだ来ないな……」
「……さっき配信終わったところ」
「配信終わったらカタッター見ない? 私はいつもすぐに見てるけど?」
「……柚月は昨日からカタッターを始めたところだから」
「やっぱり、DMの本文がおかしかったんじゃないかな? お、お詫びのメッセージを送った方がいいのかな?」
「……たくさん来てる方が迷惑」
「そ、そんな……」
ガックリと肩を落としている。
そんな姿を彼女のファンには見せられないだろうな、とぼんやり思いながら椎は冷蔵庫からアイスを取り出して食べていた。
「椎、私のも取って」
「……んっ」
少しでも気分転換になってくれるといいのだけど……。
そう思いながらアイスをもう一つ持ってきて、相変わらずスマホを見ている雪の頬にそれを付ける。
「冷たっ」
「……んっ」
「ありがとっ」
スマホを机に置くと美味しそうにアイスを食べ始める。
◇◇◇
日も変わろうかという時間になると雪の表情が今にも泣き出しそうになっていた。
未だに連絡はなし。
椎のところにも連絡はないのでそれだけだとよかったのだが、柚月は一度語りを投稿していた。
つまり、柚月は一度カタッターを開いたもののDMは見ていないと言うことだろう。
使い方がよくわかっていない、というのが正しそうだ。
でも、雪はそう思わなかったようで何度もカタッターを見ては閉じて、見ては閉じて、を繰り返していた。
「……そろそろ寝る」
「おやすみ。私はもうしばらく起きてるよ。返事が来るかも知れないしね」
「……ほどほどに」
そして翌朝。
椎が起きてくるとすでにリビングには雪の姿があった。
夜遅くまでライブ配信をしていることの多い雪が朝早くに起きていることは珍しかった。
「……おはよう」
「あっ、もう朝なんだ。おはよ……」
よく見ると雪の目は真っ赤だった。
「……寝てないの?」
「うん、いつ連絡がくるかわからないから……」
「……私に任せて」
いつもより早い時間ではあったのだが、椎は早めに家を出て学校に向かうのだった。
◇◇◇
学校が終わり家へと帰ってくると、扉を開けた瞬間に雪が飛びついてくる。
「椎ー、連絡来たよー!」
「……んっ。ちゃんと見るように言っておいた」
「ありがとー。土曜日のランチに行ってくるよ。どこがいいかな。やっぱり星が付いてるお店を抑えた方が良いのかな?」
「……ファミレスでいい」
「で、でも、そんなところだったら『そのくらいのお礼しかできないのか』とあの子に嫌われないかな?」
「……高い方が遠慮される」
「うーん、そういうものなのかな……?」
あーでもない、こーでもない、と色々と悩んでいる雪。
「そ、そうだ、着ていく服も考えないと……」
「……いつもの配信の格好でいいんじゃない?」
「だ、ダメよ!? あれは動きやすさ優先でかわいくないし……」
「……そんなのも気にしない」
「わ、私が気にするの!!」
「……わがまま」
「いいでしょ。あとから服選びに付き合って!!」」
「……それよりすごい顔してる」
「あっ!? う、うん、まずは少し寝てくるね」
「……おやすみ」
雪は気合いを入れて寝室へと向かっていった。
あれだけ興奮して眠れるのかと心配になるが、本人が幸せそうだったので椎は何も言わなかった。
「……こんな状態で私が柚月とデートするとは言えないね」
ついつい何を言ったら柚月が困るか考えて言ってしまったその台詞。
驚いた柚月の顔が見られたので、それで満足していたのだが言った手前、どこかへ行く必要がある。
「……わ、私も行く準備しないと」
どこかまんざらでもない自分がいた。
ただ、それでも雪には気づかれないようにしないと何を言われるかわからない。
「……んっ、面倒」
笑みを浮かべながら思ってもいないことを口にするのだった。
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