第3話 『人気探索者のユキ』

DMの返信

 結局僕はDMの返事を考えるのに必死でまともに寝ることができなかった。

 しかも内容は思い付かなかった。


 そもそも土曜日は予定が入っている。

 でも怒らせている相手にそのことをいうのはなお怒らせることになる。



「ど、どうしたらいいのだろう……」



 しかし、返事をこのままできないのも問題だとわかっていた。


 

「うみゅ? どうしたのだ?」



 僕の隣で寝ていたミィちゃんが眠そうに目を擦りながら聞いてくる。



「起こしちゃった?」

「だいじょうぶ……なのだ……」



 まだまだ全然大丈夫そうには見えなかった。



「寝てていいよ。僕はちょっと早いけど起きるね」

「ふぁい……」



 ミィちゃんは再びベッドに戻る。




◇◇◇




 僕の方はそのまま畑の方へと出る。


 土の中から少しだけ顔を覗かせているもののまだまだ起きたてで、体の大部分が土の中に埋まっている。

 僕はそんなティナの頭にじょうろで水道水をかけてあげていた。



「おいしいのー!」

「喜んで貰えてよかったよ」

「……? お兄ちゃん、元気ないの?」

「ちょっと寝られなくてね……」

「大丈夫なの? お水、飲むの?」



 ティナが頭の葉っぱに付いた朝露を僕の方へ近づけてくる。



――これって確かあのとき回復に使った奴だよね?



 あのときは必死になって誰かわからなかったけど、ユキさんの治療を行ったもの。



「そんな貴重なものを飲めないよ!?」

「大丈夫なの。ちょっと魔力を使えば簡単に出せるの」

「でも、ティナに無理をさせちゃうわけだし……」

「ティナはお兄ちゃんが元気ない方がつらいの」



 ティナにも悲しい顔をさせてしまう。

 それを見て、僕は自分の態度を反省する。



――僕が疲れた顔をしてたらみんな心配しちゃうよね?



 両頬を叩いて気合いを入れると、僕はティナに向けて笑顔を見せる。



「もう大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」

「お兄ちゃんが元気になってくれてティナも嬉しいの」



 ティナが前進を使って喜びを表現していた。

 


「それじゃあ、僕はそろそろ学校へ行ってくるね」

「行ってらっしゃいなのー」



 ティナに見送られて、僕は少し早い時間ながら学校へと向かっていった。




◇◇◇




 まだ早い時間だからか、学校へ着いても人は疎らにしかいなかった。



――瀬戸くんたちは……まだ来てないね。



 できたら相談したかったな、と思ったのだけどいないのは仕方ない。

 彼らがくるまでのんびりカタッターを眺めることにする。


 今日も通知は99+。

 もはや潰れているようにしか思えない。



「えっと、今日は……っと」



 朝はティナへの水やり写真しか撮れていない。

 しかも大半が土に埋まってるから顔くらいしか見えていない。


 まだミィちゃんは寝てたし、ルシルは夜行性だから日が昇ってからは寝てしまっているだろう。

 更新できる写真はこれくらいしかなかったのだ。



「仕方ないかな」



 望んだところでこれ以上のものは見つからない。

 僕はカタッターに本文を打っていく。



『早起きティナちゃんの水やり風景。「おいしいのー」ってとっても喜んでくれたよ』



 カタッターにアップし終えると僕の目の前に椎がいた。



「わわっ、椎さん!? ど、どうしたの?」

「……おはよ」

「えっ、あっ、うん。おはよう」

「……早いね」

「みんなに相談したいことがあってね。そのことを考えてたらついつい早く出ちゃったんだよ」

「……うっかりさん?」

「うっ……」

「……相談、乗る?」

「そうだね、椎さんにも乗って貰えると嬉しいかな」



 僕は昨日のDMの件を話す。

 うっかり配信に乗ってしまった人気探索者から直接DMが来たことを。



「どう思う? やっぱり僕、怒られるのかな?」

「……考えすぎ」

「で、でも、他人の配信に乗るのはダメなことって言ってたよ?」

「……スマホ貸して」

「あっ、直接本文が見たいの? これだよ」



 僕はカタッターのDMのページを開く。

 それを受け取った椎さんはなにやら画面で操作していた。



「……これでいい」



 椎さんが見せてきたのは返信の本文。



『土曜日は昼から用事あるけど、ランチなら大丈夫です。いかがですか?』



 しかも既に送信ボタンが押されていた。



「ちょっ!? か、勝手に押したらダメだよ!?」

「……柚月は考えすぎ。予定を聞かれてるんだから予定で返せば良い」

「そ、それはそうだけど……」



 僕はサッと椎さんからスマホを奪い返すと椎のしたことをどうやって謝るか考え始める。

 すると、僕が本文を打つ前に返事が来る。



「早っ!?」

「……こんなもの。ずっとスマホ見てたし」

「どうかしたの?」

「……なんでもない」



 改めて僕は緊張しながらDMを開く。



『それならお昼を一緒に食べましょう。十二時に駅前で待ってます』



 特に怒ってるとかは書かれておらず、本当に予定だけ聞きたかったようだった。こんなに簡単なことで良かったんだ、と僕は机に突っ伏していた。



「ありがとう、椎さん。おかげで助かったよ」

「……お礼はデートしてくれたらそれで良い」

「うんっ! えっ!?」

「……楽しみにしてる」



 それだけいうと椎さんは自分の席へと戻っていってしまった。



「ちょ、ちょっと、椎さん! 今のってどういう――」



 僕の叫び声も虚しく、始業のベルにかき消されるのだった。




◇◇◇




「今日は朝から椎と何話してたんだ?」



 昼休みに瀬戸くんが僕の席へとやってくる。



「カタッターのDMにユキさんから連絡がきて、返信の相談に乗ってもらってたんだ」

「ゆ、ユキさんって、本人なのか!?」

「ま、間違いないと思う……けど?」



 僕はカタッターの画面を実際に見せる。



「こ、このアカウントは間違いなくユキ本人だ。くっ、どうしてお前ばっかり……」

「直接会いたいって、どう考えてもこの前のライブ配信のことだよね?」

「それ以外に接点がないだろ?」

「や、やっぱり……。ど、どうしよう、僕。お、お詫びに何か用意した方がいいのかな?」

「いやいや、むしろお前は貰う側だろ? 気負わずに行けばいい。この前に誰か言ってたけどな」

「そ、そうだよね。うん、頑張るよ」



 僕はグッと手を握りしめて気合を入れる。




◇◇◇




「それよりもこの通知、すごいな。初めて見たぞ」

「これってすごいの? 初めからこうだったけど」

「さっきからずっと通知が鳴り止まないじゃないか。一体どんな語りをしてるんだ?」

「どんなって瀬戸くんと似たような感じだよ。食事の光景を映して出してるだけかな」



 実際に朝語った内容を瀬戸くんに見せる。



「ほらっ、別に普通の内容でしょ?」

「この語り、さっきからすごい勢いでふぁぼりつされてるんだけど?」

「ふぁぼりつ?」

「そこから教えないといけなかったのか。『ふぁぼ』っていうのはこの語りがいいなって思ったらハートのところを押すとその数字が表示されることなんだ。どれだけこの写真をいいって思ってくれてるのかわかる仕組みだな」

「そんなのがあったんだ……。でも、瀬戸くんのにそんなのついてなかったけど?」

「俺のは単に人気がないだけだ。一般人を舐めんな」

「僕も一般人だよ!?」

「一般人はそんなふうにトップDチューバーと知り合いだったり、ダンジョン配信したりしてねーよ!」

「ミィちゃんたちの食費がすごくかかるんだよ。どんな一般人でも配信するよ」

「まぁ、それは置いておくか。次はりつの方だな」

「置いておかれた!?」

「『りつ』はリツイート。この語りをたくさんの人に見てもらいたいと思ったら押す矢印が円を作ってるボタンだな。これを押すと自分のフォロワーのところにもこの語りが表示されるんだ」

「フォロワー?」

「そこもか。『フォロワー』はカタッター上の知り合いだな。相互フォロワーは友達みたいなものだ。まぁ、俺たちのことだな」

「あっ……、友達。えへへっ、そうだよね」



 思わず笑みがこぼれてしまう。



「話を続けるぞ。つまり『りつ』というのはいろんな人の元へ拡散されたかどうかってことだ。それで柚月のやつはいろんなところで表示されるわけだ」

「なんかすごい人数になってるね……」

「そもそもお前をフォローしてる人、すごい人だらけじゃないか。なんだよ、この人たち。ユキは当然として『明けの雫』の四人もだし、こっちは『重戦車』か! 芸能人やスポーツ選手とかにもフォローされてるじゃないか!? これだけの面々にフォローされててなんでお前は俺たちしかフォローしてないんだよ!!」

「えっ? し、知らない人にそんなことなんて怖くてできないよ……」

「あぁ、お前はそういうやつだったな。でも、ユキはDMのやり取りをしてるんだろ? それならフォローを返してあげてもいいんじゃないか?」

「ぼ、僕なんかがそんなことをして迷惑じゃないかな?」

「そんなわけないだろ!? 貸せ! 俺がしておいてやる!」

「だ、大丈夫だよ、僕がやるから……」



 また勝手にカタッター操作をされそうになったので、僕が自分でユキさんのプロフィールへ飛ぶ。

 そこには彼女の詳細なDチューブ情報と写真のアイコンが載っていた。


 そこに『フォローする』と書かれているボタンがあったので、それを押す。

 その瞬間に通知が再び入る。



「おっ、ユキからリプが来たじゃないか」

「み、みんな使いこなしすぎじゃない? 僕はもう頭がパンクしそうなんだけど……」

「このくらいすぐに使えるぞ。ほらっ、見てみろよ」



 通知のところからユキさんから僕宛に送られたコメントを見る。



『フォロバありがとうございます。ティナちゃん、すっごく可愛いですね。また会いたいな』



「ど、どうしよう、瀬戸くん。こ、これも返さないといけないのかな?」

「リプは無理に返さなくていいぞ。いいものを送ってもらえたらハートを押すといいんだ」

「それでいいんだ……」



 僕はほっとしてリプのコメントにハートのボタンを押すのだった。



――ティナのことを気に入ってるなら今度のランチ、一緒に行った方がいいかな?



 そんなことを考えながら――。




――――――――――――――――――――――――――――――――

3話開始しました。

次回は少し視点が変わって、珍しく椎視点になります。今回の重要キャラでもあります。



コメントレビューいただきました。『taketoratora』様、ありがとうございます。

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