閑話 探索者協会にて(その2)

 重要警戒対象レッドドラゴンのところへ職員を送り込むことに成功した後藤は、ようやく一服らしい一服に着くことができ、愛用のたばこを吹かしていた。


 天瀬があのドラゴンと仲良くなってくれるのならそれでよし。

 ダメならばダメで別のやつを送り込むだけだった。


 誰かしらの職員を送り込んでいると言えば仕事をしている風に見える。

 どうせドラゴンが襲ってくるようなことになれば誰一人ただじゃ済まないのだから、ちゃんと仕事をしてる風に見せることこそが大事なのである。


 これでしばらくは平和に過ごせる。そう思い安心していたのだが――。



「所長、大変です! Aランク探索者ユキが危険です。すぐに応援を!」

「ちっ、またトラブルか」



 すぐに火を消して配信画面を見に行く。



――ユキ……、かなり安全マージンをとってダンジョン攻略をするAランク冒険者。素早い動きで魔物の攻撃を悉く躱すからほとんど傷も負わない。おおよそ危険にあうとはおもえないのだが……?



 ドラゴンを飼う奴が現れたり、何か特殊なことがダンジョン内で起こっているのかも知れない。そう思いユキの配信を見る。



 すでにユキは満身創痍でろくに動けなく、今から救助に向かっても絶対に間に合わない。


 ならばこそ少しでも彼女をここまで危険に追いやった情報を得るべきであろう。

 ダンジョンランク設定で避難を受けるかもしれないが、さすがにイレギュラーまで検討材料に含めることはできない。

 むしろ早急に討伐できる探索者を送り込むことくらいしかできることがなかった。



「相手はグレーターデーモンか。危険度Aランク。ソロで相手にするには厳しい相手だろうな。なぜC級ダンジョンにそんな危険な相手が現れたのかは不明だが、しばらくこのダンジョンは閉鎖。Sランクパーティーを呼び寄せて討伐依頼を出す。報酬は……上に掛け合うか」



 後藤の頭の中にこれからの予定が組み込まれていく。



――はぁ……、またしばらく休み抜きか。



 思わずため息が出てしまう。

 そして、メモにグレーターデーモンの情報を書き込んでいく。



「武器は爪でその切れ味はミスリルくらいなら簡単に切り裂く。魔法は未使用だが、高位クラスは優に使えるだろうな。それで突然体が吹き飛んで――はぁっ?」



 資料を集めていた瞬間に何者かによってグレーターデーモンが吹き飛ばされていた。



「何が起きた!?」



 思わず声を上げてしまう。


 そこでひょこっと姿を現したのは例の少年だった。

 かのドラゴンの少女も一緒だった。しかも天瀬の姿も映っていた。



「何をやっているんだ、あいつは……」



 思わず額に手を当ててしまう。



 しかし、この状況。あの少年がユキを助けたように見える。

 実際はAランクのグレーターデーモンがSSSランクのレッドドラゴンに変わるという超絶望状態に変わっただけではあるのだが――。

 ただ、そこに探索者協会の職員も同伴しているとなれば話しが変わってくる。


 協会としては危険な魔物が現れても早急に探索者を派遣することができるというメンツを立てることができるのだ。


 しかし、問題はあの少年が探索者ではないこと。

 協会では探索と無縁の一般人を探索者の助けに送り出すのか、と避難を受けるかもしれない。


 それを避けるためにもなんとかあの少年を探索者に引き込む必要がある。



「とにかくこれであのレッドドラゴンの真の脅威が量ることができるな」



 相手が危険度Aランクの悪魔ならばさすがのドラゴンも手の内を見せてくれるだろう。



 後藤はジッと画面を眺める。



 ………………。

 …………。

 ……。



「って一撃かよ!!」



 手に持っていたグレーターデーモンの資料を思わず机に叩きつける。



「仕方ない。詳しい事情は天瀬に聞くとして、あれほどの力を持っていると確認できた以上、そのまま放置するという選択肢はとれないな」



 指で机を小突きながら対策を考えるが、取れる手段はそこまで多くなかった。



「かの配信者と密に連絡を取れる手段を用意するしかない。専属職員……か。Sランク探索者以外で付けるのは異例だな……」



 頭が痛くなる出来事ばかりで今日何度目かのため息が出る。



「とりあえず天瀬だ。戻り次第俺のところへ来るように言っておけ。あとはユキもだな。あの怪我じゃすぐに探索者として復帰できない。何かしらの食い扶持を考えてやる必要があるだろう」

「そ、それが所長……。ユキさんの怪我が……」

「どうかしたのか!?」

「精霊の魔法で一瞬で完治しました」



 どうやら耳が悪くなってしまったようだ。

 職員の口からあり得ない言葉が聞こえた気がした。



「すまん、何を言ってるかわからん。もう一度言ってくれ」

「ユキの怪我が精霊の魔法で完治しました」



 どうやら空耳ではなかったようだ。

 ドラゴンが世界を滅ぼす脅威なら、今上がった精霊は欲する物が後を絶たないという意味で危険であった。

 下手をするとこの町を巻き込んだ争奪戦すら考えられる。



「……もしかしてまたあいつか?」

「えぇ、柚月八代がつれていた精霊です。あれだけの力をもつ精霊は相当高位かと」

「これはまずいな、この場は任せて良いか?」

「はっ! えっ、いえ、こんな状況を任されましても……」

「もう危険はない。あとは撤収するだけだろう? ならば問題ないはずだ」

「わかりました。それ以上の問題と言うことですもんね」

「そういうことだ。解決するまで戻ってこない」



 それだけ言うと後藤はスーツの上着を着て部屋を飛び出す。

 向かう先は探索者協会日本支部。

 日本の探索者協会をとりまとめている場所であった。


 本来ならば事前に話を通した上で訪問するのだが、今はそれどころではなかった。


 あの精霊を手に入れようと日本の探索者はもちろん、それだけではなく世界中の探索者が集まる恐れすらあるのだ。

 本来なら探索者協会で先に掴むべき情報なのだが、ライブ配信で先に流れてしまった。


 あの精霊を確保しようと動き出している探索者チームが既にあるかもしれない。

 しかし、そんなことをしてあのレッドドラゴンに刺激を与えるとどうなるか……。



――俺はまだ死にたくないんだ! この町を焼け野原にさせてたまるか!




◇◇◇




 次に後藤が戻ってきたのは二日が過ぎてからだった。

 日本支部とのやりとりは中々苛烈を極めていた。


 簡単に言うと日本支部の上司が言うには

「金は出さん! でも、手は貸せ。精霊はよこせ」

ということだった。


 そんなことをあの少年に伝えるとまず怒らせる。



――全くあいつらは俺の気苦労も知らないで……。



 とりあえずなんとか説得をして警戒対象として職員を一人、専属で付ける承諾だけは得ることができた。

 そのための予算もいくらか引っ張り出してきている。


 そして、碌に休むことなくとんぼ返りで戻ってきたときには天瀬も帰ってきていた。


 後藤の姿を見て、頬を緩めながら駆け寄ってくる。



「えへへっ、所長、見てくださいよこれ。私がもらったんですよ」



 天瀬が見せてきたのはドラゴンの爪であった。

 売れば豪邸が建つとも言われている貴重な宝だ。


 もちろん売るにはそれなりのルートが必要だし、現金に引き換えるにはそれなりの時間がかかる代物でもある。


 それでも一般職員である天瀬からすると宝くじが当たったようなモノだった。



「良かったじゃないか」

「えへへっ、臨時ボーナスですね」

「まぁ、協会職員が仕事中に得たダンジョン素材は協会のもの、という決まりがあるけどな」

「えっ!?」



 天瀬の笑顔が固まる。そして、機械のように後藤の方を向いてくる。



「も、もしかして、このドラゴンの爪おたからも?」

「あぁ、協会のものだ。もちろん、利益の数%はお前に還元されるぞ?」



 額にして数百万。

 天瀬からしたらそれでも十分大きい額である。

 しかし、二度と働かなくて良いと思うような額から年収程度まで下げられたのだから、そのショックは大きいモノだった。



「そ、そんな……。私、命をかけたんですよ……」

「安心しろ、そんなお前に朗報を持ってきてやったぞ」



 後藤の言葉に天瀬が食いつく。

 ただ、今まで後藤がどこに行っていたか知っている職員からすれば、それが朗報ではないことを知っていた。



「な、なんですか、その朗報って?」

「喜べ、昇進だぞ」

「ほ、本当ですか!?」



 不幸な出来事のあとには良いことがある、と天瀬は両手を挙げて喜ぶ。

 後藤がニヤリとほくそ笑んでいるのだから、それだけで終わるはずもなかったのだが――。



「あぁ、お前はこれから専属職員だぞ!」

「それって特定の探索者の専属として仕事の斡旋をしたり、雑務を引き受けたりするというやつですか?」

「あぁ、その専属だ。かなり給料も上がるぞ、よかったな」

「でもSランク探索者には専属がついてますよね? 新しいSランク探索者が誕生したのですか?」

「いや、今回はかなりの特例措置だ。本人は探索者ではないが、問題があっては困ると言うことでお前をその相手の専属とすることが決まった」



 そこまで聞くと天瀬も誰の専属にさせられるのか判断がつく。

 顔を真っ青にさせながら言う。



「わ、私、つい先日奇跡の帰還をしたばかりなんですよ!? もう一度私に死ねというのですか!?」

「お前はドラゴンとも仲良くなったのであろう? 爪をもらったってお前が言っていたことだ。それほど仲が良い職員がこの中にいると思うのか!?」



 天瀬が周りを見るとみんな一斉に顔を伏せる。

 誰もやりたくない仕事のようだった。

 当然だ。常に針のむしろに座ってるような仕事だ。

 天瀬自身もやりたくない。


 でも、他にできる人がいないということもよくわかっていた。



「……お給料はどのくらいもらえるのですか? もちろん危険手当とか住宅手当とか頂けるんですよね?」

「基本給は今の倍。あとさっきお前がもらったような素材だと利益の一割が歩合として支給される。うまく導けばとんでもなく稼げるぞ」

「はぁ……。わかりました。近くの家を探します。そこでの暮らしは全部経費でお願いしますね」

「仕方ない。資金は引っぱってきてあるからな。それで頼む」

「わかりました。死なない程度に頑張りますね」



 こうして天瀬は嫌々ながら八代を見張る専属職員の座に着いてしまうのだった――。



――あっ、でも、ミィちゃんもティナちゃんも普段はおとなしいし、慣れれば実は楽な仕事なのかな? お金もたくさん貰えるし……。




――――――――――――――――――――――――――――――――

本日夜より『第3話 人気探索者のユキ』を開始します。

今までは八代の仲間側にスポットを置いてきましたが、今回は外側に。

色んな勘違いが解ける……といいですねw

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る