なぜ図書室に料理本の棚が設置される様になったのか

だらく@らくだ

h


あれはまだ私が小学校を卒業する前の話

通っていた学校の図書室はいつも放課後は

人が来ませんでした。なので、私はよく

先生と二人きりになり、読書をしていたのです。図書の先生は女性の方でした。年齢は若く、優しかった気がしますがあまり覚えてません。図書室に入ると、大体先生はカウンターに座って、先に読書していました。世間からすればお行儀が良くない事かもしれませんが、当時の私からしたらその姿が憧れの一つでした。そうして、先生に挨拶もせずに私が読書を始めると、先生は読んでいた本をぱたりと閉じて、水筒の飲み物を二人分、マグカップに注ぎます。しばらくして、私が何冊か本を読んだ所でマグカップを置くのでした。

飲み物はコーンスープだったり、ココアだったり、レモンティーだったり様々でしたが、

どれも読書の合間に飲むと、気分がほっとしたのを覚えています。だけど今でも謎なのが

なぜ私が読書を始めた時に出さないのかでした。これは未だに分かっていません。

先生が読んでいた本はモンテ・クリスト伯などの文学だったり、哲学書だったり、不變律

という歌集だったり日によって様々でした。

しかし、私は児童文学と絵本ばかり読んでいまして、先生とは全く違う読書だったのです

だから、先生はいつも同じ部屋にいる筈なのに、まるで私との間に川が流れている様な感覚でした。それが日を追う事に私を思春期の渦へ飛び込ませるもので、ある日先生が読んでいる本を貸してくださいと頼みました。

そしたら一冊の本を貸してくれまして、それが夏目漱石の「虞美人草」だったのです。

内容を全く知らなかった私は帰宅して、自分の部屋でそれを読んでみました。しかし、50ページもいかずに読むのを辞めてしまいました。当たり前でした、だってそれは早くとも

中学生ぐらいの歳でやっと理解出来る内容だったのですから。お父さんに読めなかった事を話すと、お父さんは笑いながら「これは仕方ないよ」とか言われる始末、先生にも同じ様に話すと「ちょっと早かったかな」なんて

また笑われる始末でした。悔しくて、それから私は放課後、図書室に来る度に頭のてっぺんに色んな物を乗せ始めたのです。豆腐、ぬいぐるみ、筆箱、バケツ、とにかく色んな物を乗せては、先生の気を乱そうとしました。

しかし、先生の読書姿勢は乱れることを知りませんでした。むしろ、頭に乗せている物が落ちないか気になって、読書に集中出来なくなってしまったのは私の方だったのです。

これは失敗だと思い、私は別の作戦に切り替えました。その為にまず本屋で児童向けの日記ノートを買いまして、日記を書くのですが、その内容をお父さんに任せます。お父さんは最初嫌がってましたが、オムライスを頭に乗せて、街を一周して来たらやってやるよと言うので、その通りに一周したら、しぶしぶやってくれました。二週間かかってやっと

日記が完成しました。完成した日記を放課後の図書室で恥ずかしがる振りをしながら、読んでいると先生はさっそく興味を持ったみたいで、室内を掃除しながら、私の近くを何度も通っては日記を盗み見して来ます。その度に私はぎゅっと日記を隠しました。先生は

何時にもなく嬉しそうに笑っていました。

そして、私はわざと日記を忘れて帰りました

。先生が届けて来ないように本と本の隙間にね。一旦帰った振りをし、こっそり私は図書室を覗き見しました。そこには案の定、日記をカウンターに座りながら読んでいる先生が

居たのです。しかし、その顔は想定と違っていました。先生はまるでお葬式に出席した時みたいな顔で日記を眺めていたのです。最後のページに到達した時、遂に大きな涙を流して、泣き出してしまったのです。さっき私が読んだ時はそんな感情にならなかったのにな

大人って不思議だなあと私は思いました。

翌日、日記を渡してくれる際に先生は

「本、いっぱい持ってきてね。図書室で大切にするから!」と言いました。

なんのこっちゃと思って、日記を読み返すと

最後のページにこうありました

"私が大切に守っていた我が子の様な本達を

どうか、守ってくれ"と

これは困りました、大切に守っていた我が子の様な本達もそれを託した日記の主も存在しないのですから。その夜、家族三人で相談し、幾つかの本を手放す事になりました。

お父さんが十、お母さんが十、僕が十二と

言った割合です。でも、僕が泣く泣く大好きな児童小説を手放したってのに、二人が手放したのは要らなくなった本ばかり……大人ってズルいなと私は改めて知りました。

そうして、奪わ…もとい寄贈した三十二冊の

本で図書室に新しい棚が出来たんですが、これだけじゃ寂しいよねって事で先生が数百冊の関連した本を自費で買ってしまったのです

これが私の母校の小学校に料理と菓子の本だけの棚が出来た理由の全てです。

ついでにくすねた一冊の本で私は美味しいパンケーキが作れる様になったわけですが




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

なぜ図書室に料理本の棚が設置される様になったのか だらく@らくだ @ujtjtmjmjmdt828

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ