第8話 お互いの事情 後編

 ……一体彼女は何を言っているのでしょう? 冒険をする者? 

 

 危険を帰見ず、未知なる山や土地などを開拓する者のことを指すのでしょうか?


「……探検家とか探窟家とか、そういった職業に就きたいと……」


 黙っていればそんじょそこらの貴族子女よりもよっぽどらしく見えますのに、存外活動的な方なのですね。人は見かけによらないものです。などと考えながら彼女を見ていましたら、首を横に振っています。


「違う違う。アタシがなりたいのはね、冒険者ギルドなんかに所属して、パーティーなんか組んで魔物を狩ったりする人たちのことよ。ほら、アタシってけっこう魔法が使えるから魔物退治とかラクショーだと思うのよね。それにせっかく異世界に来たんだし、この世界を色々と見て回りたいじゃない? ほら、冒険者って自由の象徴みたいなものでしょ? 他所の国にも行ってみたいと思ってたのよ。生まれてこの方ずっと王都にいたから、そういったのに憧れてたのよねー。でも初めは薬草採取からになるのかな? そこからレベルを上げていって……。でもそこら辺にいるザコゴブリンくらいなら今すぐにでも倒せそう!」

「ちょ、ちょっとお待ち下さい、アリシア。貴女のお話しでは、その冒険者、ですか? それがさも一般的に存在する職業の様に聞こえますが……」

「え? 知らないの?」

「寡聞にして存じ上げません」

「あれ? もしかして、無い?」


 コクリと頷きます。


 基本的によほど未開の土地でもない限り、地権者の定まっている野山に勝手に入り薬草など有益な植物の採取を行うことは犯罪です。それは管理者の許可を得た専門の業者が行います。

 また魔物退治の領分は猟師です。稀に現れる猟師では対処しきれない大物の場合には国に所属する軍が出てきますが。

 尚、うちの実家の様な地方の田舎の場合には各地の領主がそれを担います。うちの場合はそう大きいのが出ないのもありましたが、たまに父や兄弟達が猟師の手伝いに駆り出されていた程度で済んでいました。そもそも彼女の口振りの様に、魔物がそこら中に湧いて出てくるのであれば大変なことになってしまいます。

 それと街間の移動ですら人別帳を元に厳しく規制されているというのに、国を跨いで自由に活動するなんてことは絶対にあり得ません。彼女は王都から出たことがないそうですから知らないのかも仕方がないのかも知れませんが、正規の手続きを踏まずに他国に侵入すれば処罰されてしまいます。そんなことを行う者は犯罪者か脛に傷を持つ者位でしょう。


「そもそも「ぎるど」とは、なんのことでしょう?」

「えっ! それも無いの⁉︎」


 詳しく聞けば同業者組合とか互助会といった組織の様でした。確かに職業種別毎にそれらは自体は存在します。しかしそんな野蛮で無法者が集う後ろめたい組合なんて聞いたことがありません。もしかしたらあるのかも知れませんが、あったとしてもそれはきっと秘密裏に行われている犯罪組織でしょう。


 他国は知りませんがこの国に於いては、やもすれば彼女が犯罪者になりかねない旨をやんわりと伝えたところ、意外にもあっさり諦めてくれました。


「まぁー無いならしょうがないよねー。よし! なら、一流の魔法師をめざすしてチヤホヤされるか、王族や上位貴族の奥さんになって優雅に暮らすことにする!」


 難しいかもしれないけどね、と笑っています。


 その頭の切り替えの速さと貪欲さには嘆息してしまいますが、共にあながち無謀なこととは言えないでしょう。


「それならば良いのではないでしょうか」

「そう? ムリだって言われるかと思ったのに」

「いえ、アリシアの魔法の腕前は先程拝見させて頂きましたが、無謀なこととは思えませんよ」


 あれ程に魔法が使える者は同学年はおろか学園中探してもほとんどいないでしょう。正に精霊に愛された者です。


「それと、学園はもちろん学びの場ですが、貴族子女達が伴侶を探す場でもある側面も持ちます。貴方ほど容姿が整っているのであれば引くて数多かと」


 正直嫉妬するくらいです。色々と才能があって羨ましいことですね。


 産めよ増やせよ、子は宝。ではありませんが、国を富ませる為に民を増やすための結婚出産養子縁組は国策の一つでもあります。学園を卒業したと同時に婚姻に至る者も少なくありません。


「よーし! なら狙ってみようかな!」


 照れ隠しで笑いながらしながら拳を掲げました。


 勇ましいやら微笑ましいやら……羨ましい限りです。


 ですが人は人、自分は自分です。無い物ねだりはいけません。「沢山の子をなして下さいね」と素直に応援しましたら微妙な顔をされてしまいました。嫌味ではないのに何故でしょう? 

 彼女であれば王族といわないまでも高貴な貴族の元へ嫁ぐのは難しい話しではないでしょう。高度な魔法を使えるというだけでも十分な利点です。容姿は言うに及ばずですし。

 

 むしろ貴方が選ぶ方になるのでは? 婚姻でも第一等の魔法使いでもまたはその両方であっても、きっと好きなものになれるでしょう。頑張って下さいませ。応援してます。と更に付け足しましたら引き攣った顔になってしまいました。先程からどうされたのでしょうか?


「……まぁ、アタシのことはいいけどさ、ミリーは卒業したらどうするの?」


 顔を赤くしながら話しを逸らされてしまいました。


 ……わたしの選択肢はそうないのですよ……


「ある程度優秀な成績を残して王宮勤めの研究者になるか、実家に戻って譲渡師の真似事をするか。ですかね……」


「え? ミリーこそ、結婚願望はないの?」


 不思議そうな顔をしていますが、今のわたしにそれは難しいのです。


「……特に高貴なお方の元へ嫁ぎたいといった夢はありませんが、好いたお方との間に沢山の子を成し、平穏で幸せな家庭を築きたい気持ちはありますよ……」


 しかしそれは容易なことではありません。そのためにも……。


「その前に、王立の研究職に就きたいのですよ」

「見た目通りに勉強が好きなのね」


 ……いえ、別段好きなのではありませんよ。むしろ苦手です。死にたくないから仕方なく。なのです……。





 アンナが老婆と共に行った術という名の呪いですが、イザベラの尽力により代替わり直後の死は免れたものの、代替わりする際に元の宿主が亡くなってしまう仕組みは依然として残っています。

 

 黒髪黒眼の女の子が七歳になった時。


 これは自分の産んだ子で、最後の子に条件が当てはまる場合に発動します。そのため、例え該当する子を産んだとしても、その子が七歳になるまでに、また該当する子が産まれた場合はその子が成長するまで条件は延長されます。

 昔は今程子供が大きくなるまで育つ確率が低かったため、なるべく多く沢山の子供を産みましたし、また成人の寿命も今程長くはありませんでしたので、その条件でもあまり問題にはなりませんでした。


 尚、該当する子が産まれた後に、また該当する子が産まれたとしても、その子が七歳になる前に亡くなったとしたらどうなるのか? と以前アンナに聞いたことがありましたが「そうさのぅ、そんな者もいたのかも知れぬが、その時はその先に産まれた子に引き継がれる事となろう」とのことでした。


 わたしの産む子が必ずしも黒髪黒眼の女の子になるとは限りませんが、貴族の血筋なぞ元を辿れば大体同じです。昔は黒髪黒眼の者が多くいたと聞きます。今でも両親が共に違っても生まれた子供がそうなったとの話しも聞きます。何よりわたし自身がそうなのですから。


 何にしても現状でこの呪いを回避する唯一の手段としては子を成さないこと。これしかないのです。しかしわたしはそれを選択したくはありません。


 わたしのは大家族の元に育ちました。それと同じ様に多くの子ども達に囲まれた家庭を築きたく思うのは、大それた夢でしょうか?


 そもそも、この呪いの様な体制は今の時代にそぐわないと思います。今やこの国は十分に富みました。また昔と違って知識の蓄積も進み諸々の対応が出来ています。それもあってイザベラも皆さんをお還ししたのですから。


 以前アンナにその旨を提言し、この呪いを止めるよう嘆願したことがありましたが「これは元々オババが行った術じゃから、ワシだけでは解けんぞ」とにべもありませんでした。

 最初にアンナと共にいた老婆は「アナタさまの膨大な知識はもう既に書物に写され、大事に補完されているのでしょう? なら早々にお還り下さい。アナタが一番負担になるのですよ」いの一番にイザベラによって還されています。


 最早両人が頭の中に住み着いていることについては、感受したくはありませんが慣れました。ですが、せめて代替わりをして亡くなってしまうのだけはどうにかしたいのです。そして出来れば未来の我が子にこの呪いを継がせることなく、わたしの代で終わらせたいものです。


(そんな訳でして、なんとかなりませんか?)

(そうさのぅ……解くのはムリじゃが、条件を変える事なら可能じゃろうが……)

(そうなのですか! では、是非ともそれを!)

(しかし……今のワシには無理じゃぞ。オババがおらんからの。お主、何も見ずにソラで複雑な陣を描けるか?)


 ……もっともですね……。


 なので頑張ることにしました。


 小さな頃からアンナの指導の下、古語の勉強に魔法陣を正確かつ精密に描ける様、猛練習しました。そのお陰でメガネが必要になってしまいましたが、後悔はしていません。


 目指すはオババや先駆者達が書き残したという、古代から伝わる魔術の書物が補完されている王立の研究棟です。そこにならばわたしの必要とする魔術の式が記されているはずです。


(……本当に、有るのでしょうね?)


 実際に行ってみて無かったでは済まされませんよ?


(それは間違いなかろう。実際、わしがこの目でみとるかな。……ただ、そこに収められておる書物は今や膨大じゃから、果たして探し出すのにどれ程時間が掛かるか……)


 ───っ!


 わたしに残された時間は多くありません。なんとしても適齢期迄には見つけ出さねば!

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