第9話 学園生活の始まり

 日の出と共に外から鳥の鳴く声が聞こえてきます。それに併せて捨て鐘の音が聞こえてくると、直ぐにカラ〜ン、カラ〜ン……と六回鐘がなりました。


 起床の時間です。


「アリシア、鐘が鳴りましたよ。起きる時間です」


 わたしはもう既に鐘がなる前に起きて身支度を整えています。


 未だ寝台で悶える同室の者を横目に、鏡を前にしてスカーフを直しているのですが、相変わらずこのアスコット・スカーフ、蝉型のタイという物は上手に膨らますことが出来ません。先日初めて着た時は上手くいかずに後でアリシアに笑われたのを思い出しながら、今度こそはと頑張っているのです。そのために早起きしたのですから。


「早く起きませんと、授業の前に食事をとることが出来ませんよ」

「……そうね……」


 さすがに食事抜きはキツイらしく、観念してモソモソと起き出しました。


「昨日は遅くまで話してたのに、アナタは元気ね」


 昨日はあれから互いのことを色々と話していたら盛り上がってしまい、消灯の時間である四つも過ぎ、結局就寝したのは日付が変わる翌暁九つ過ぎでした。寮監に見つからなければもっと遅くまで起きていたかもしれません。ですがそのお陰でアリシアとはだいぶ仲を深められたと思います。その代償として寮監からわたしまでもが問題児扱いされてしまったことには遺憾ですが。


 未だ寝ぼけ眼なアリシアを伴い、寮内にある食堂へと向かいました。


 寮だけではなく、学園内にも大きな食堂があり、そこは学園生であれば誰でも自由に使えますので、そこでも良かったのですが、昨日はアリシアと話し込んでしまいましたから寮内の設備の確認が出来ていません。そのためそれも兼ねています。アリシアが寝不足で億劫だと言っているから近場で済ますのもありますけれどもね。


 一階に降り、認識票を掲示してながら食堂に入ると、同じことを考えていた者が多いのでしょうか。決して小さくはない部屋の中は盛況です。かといって席が見当たらない程ではありませんのでアリシアと共に適当な席を確保すると、早速料理を取りに向かいます。


 ……さて、何にしましょうか。


 豪勢な大皿料理が所狭しと並べられ、厨房は忙しそうにしており、次々と料理が運ばれてきます。

 これをいくら食べても良いだなんて夢の様です! これだけでも学園に来た甲斐があるというものですね。


 喜び勇んで料理を皿に盛ると満面の笑顔で席に戻りました。


「アナタ、朝からずいぶんと食べるのね……」


 ……呆れ顔でわたしのお皿を見ていますが、貴女の取ってきた量も、わたしに負けず劣らず大盛りではないですか。


 わたしの視線に気付き、顔を背けて恥ずかしそうにしています。


「……だって、ここの……この世界の料理がおいしすぎるからいけないのよ!」

「そうですか? わたしは素直に嬉しいものですが。ですが、美味しいのはこの国ならでは、だとも聞きますよ?」

「そうなの?」


 ここラミ王国は美食の国としても有名です。わざわざ他国から食事を目当てにやって来る者がいる程です。


「美味しいのは良いことではないですか」

「そりゃ、マズイよりは、イイけどねー」


 美味しい料理を頬張りながら不貞腐れた顔をしています。不思議な方ですね?


「何か問題でも?」

「……だって、せっかくの異世界転生だよ? チートしたいじゃない。ほら、コッチの人が知らない料理を作ってみせて「スゴイ!」って思われたいじゃない? だけどココって、既に味噌醤油はおろかマヨネーズまであるじゃない……。それにアタシが作れるような料理なんてもう既にあるし、それ以上にも色々とイッパイあるし……」


 またよくわからない単語が出てきましたが、なんとなく意味はわかります。どうやら自前の知識でもって活躍出来なかったのが悔しいのですね。

 しかし彼女にとっては既知の料理が多い様ですが、ならば彼女の元いた場所は、随分と食が豊かなところだったのでしょうね。


(カッカッカ! ワシのお陰じゃぞ! 存分に感謝し受容せよ!)


 アンナが煩くしていますが無視します。


 アンナが呼び込んだ者達が、この国の下地を作り上げたと言っても過言ではないと以前に聞いたことがあります。特に食が貧しいと心も貧しくなる。国を栄えさせるためには重要であると、率先して力を入れたそうです。

 アンナに対しては恨みこそあれ、感謝の気持ちなんてこれっぽっちもありませんが、このことについては別です。今は叱らないでおいてあげましょう。


「それにね、オイシイからついつい食べ過ぎちゃうでしょ? まぁ、アタシだけじゃないみたいだけどさ」


 確かにこの国の者はみなよく食べます。他国の方が見ると驚く程に。そのために影では暴食の国とも言われています。お恥ずかしい……。


「それだけこの国が豊かな証拠ではありませんか。何か御不満でも?」

「……だって、肥るじゃない……」

「そうは見えませんよ?」


 彼女はその美人な顔だけでなく身体つきも整っています。さぞかし沢山の子を成せるでしょう。羨ましいものです。


「でもね、二の腕とかお腹周りとか……」


 それ以上細くする必要はなく見えますが本人は気にしているのでしょう。その点はあまり追求しない方が良さそうです。


「気になるのでしたら、よく動いたり魔法を沢山使えば良いではないですか。寮内では禁止ですけれども、授業が始まれば嫌というほど魔法を使えますよ」


 贅沢な悩みです。邪魔だと言うのならむしろその分をわたしに分けてもらいたいものです。


 ……あら? そういえば……


 わたしはこの身体にしてはよく食べる方ですが、それにしては背丈も低く貧弱な身体つきです。ここに来る前に二つ下の妹に背丈を抜かれてしまいました……。


 実家にいた頃は動き回っていましたし、魔法は使えませんでしたが魔力はよく使っていましたのであまり気に留めていませんでした。

 しかしよく考えてみれば、ここ王都に来るまでの 二月ふたつきもの間、快適な旅行でしたので移動に体力も魔力もあまり使うことがなかったのですが、その間の食事量は変わっていません。なのに身体は縦にも横にも特に変化がないのです。何故でしょう?


 考えなくてもわかります。得てしてわたしの身体におかしなことがある時は決まってのせいです。


(コホン。アンナ女王さま、聞きたいことが御座います。よろしいですか?)

(……)


 返事がありませんがそのまま続けます。


(以前から不思議に思っていたことがあるのですが、わたしは今成長期にあるというのに、何故、いくら食事をしても体型に変化がないのでしょう? おかしいですよね?)

(…………)

(聞いていますか! アンナー‼︎)


 聞こえてはいる筈ですのに全く反応がありません。

 これでは折角のこの美味しい料理を前にして、早速断食を決行せねばならないのか……などと考えていると(ゴメンなさいね、ミリー)代わりにイザベラがことの次第を話してくれました。


 アンナはわたしの断食による示威行為に対し、わたしの魔力総量を増やすことに尽力を尽くしいます。やっていることは知っていましたが、どうやっているのかは知りませんでした。

 聞いてみれば単純な話。アンナはわたしの魔力を操作し、日々蓄積されるその力をあまり他には使わないよう押し留め、総量を増やすことに使っていたのだそうです。


 ……だからいくら食べても、わたしの身体ってあまり成長していないのでしたか……。


 ───なんとも酷いお話しです! 今すぐやめて下さい!


(すまんすまん。じゃが、そのお陰でお主の魔力は今や相当なものじゃぞ?)

(魔法を使える訳でもないのに、意味がないじゃないですか!)

(別に精霊なんぞの力を借りんでも……)

(その話しは聞き飽きました!)


「どうしたの? ミリー」


 わたしが黙り込んで百面相をしているものだから、アリシアが心配して話しかけてきました。


「い、いえ、大丈夫ですよ。魔法の話しをしていたものですから、ちょっと自身の魔力について考えていただけです」

「そうなの? そういえばミラーってば魔力が多いのよね……そうそう、提案なんだけど、部屋の魔石に魔力込めるのって、ミリーがやってくれない? 代わりにアタシが勉強を教えてあげるからさ。これでも世界は違っても、一度学生生活を経験してるんだから、色々と教えてあげられるコトがあると思うのよねー」


 学業に関しましてはわたしもそれなりに勉強してきましたので、今更彼女に教わることはあまりないと思いますが、わたしも魔力を沢山放出したいところです。釈然とはしませんが了承をしましょう。


「そう? アリガトー! 助かったわ。アレってかったるいのよねー、メッチャ疲れるしー。やっぱ魔力が多いミリーってば力屋りきやするのってラクなんでしょ? 同室で良かった!」


 屈託のないその笑顔を見ながら軽く嘆息してしまいます。


 ……まぁ、わたしにとっては苦にならないのですから構わないですけれども……。


 ただ一つ見逃せない言葉は、今の内に訂正させておかねばなりません。


「アリシア。貴女が今仰った「力屋りきや」は貴族間では揶揄する言葉となります。正しく「譲渡師じょうとし」と仰って下さい。言われたわたしも、あまり良い気分ではありませんよ」


 下町では構わないかもしれませんが、ここは貴族子女の集まる場です。何で揚げ足を取られるかわかったもんじゃありません。今の内に注意しておきましょう。


「あ! ゴメンゴメン。養父にも言われてたっけ。言葉遣いに気を付けろって」

「お気を付け下さいね」


 譲渡師、俗に言う力屋は魔道具に魔力を込める者のことを指します。


 今のわたし達の生活には魔道具は欠かせません。

 光を灯したり食品を貯蔵したり竈門の代わりであったりと、その用途は多岐に渡り、生活を豊かにしてくれています。


 それらを動かす力は魔力になりますが、魔道具の核となる魔石に魔力を注がなくてはいけません。

 実家では主に魔力の多いわたしの仕事でしたので、家を出る時には誰がどこの分担をするか揉めていました。みんな、頑張って下さいね。


 実際魔石に魔力を注ぐだけですからそう難しいことではありません。ですがお年寄りや忙しい者、それを負担にしている者もいる訳ですので、その者達の代わりに魔力を注ぐ者、魔力屋まりょくやという仕事があります。仕事というにも憚られるほど簡単ですので、よく食うに困ったものが街中に出て「魔力屋ァ〜力屋ァ〜」と、小遣い稼ぎをしているのを見かけます。ただし魔力を使えばその分消耗しお腹も空きます。稼いだ金銭と見合うかというと微妙な仕事なのですが。


 但し貴族階級ではそれを行う者の有り様は異なります。


 その家の魔道具全てを取り仕切る者になりますので、尊敬されこそ下に見られることは有りません。場合によっては執事と同格、若しくは兼任することもよくあり、その者は「譲渡師」と呼ばれる立派な職業になります。





 口を酸っぱくしてアリシアを嗜めましたが「ゴメン、ゴメン」と悪びれた様子がありません。こんなことでは今後色々とやらかしそうです。先が思いやられますね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る