第7話 お互いの事情 前編
その詰め寄る気迫に気後れし、思わず後退りしてしまうのでしたが、既に逃げ場はなく、ひかがみが寝台に当たり座り込んでしまいました。
……一先ず一旦落ち着きましょう。……なんとか嘘を吐かずにこの場を乗り越えたいのものです……。
嘘はどんなに小さなことであっても後々禍根を残してしまいます。この場限りの関係であればそれでも構いませんが、彼女とはこれから三年寝食を共にするのです。下手なことは言えません。
軽く深呼吸をして息を整えると覚悟を決め、「ちゃんとお話し致しますので、まずは一旦離れて頂けますか?」そのまま寝台に押し倒されそうな勢いで迫り来るアリシアを押し返し、自分の寝台に座らさせます。
「まず、わたしはアリシアが仰る様な、生まれ変わりだとか、今より前の記憶があるとか、そういったことは一切ございません」
わたしの言葉に訝しげに、何か言いたそうにしていましたがそれを手で遮り話しを続けます。
「ただ、わたしの遠い縁者には、不思議なことを色々とご存じでいらして、まるで異なる他所の世界から来たのではないかと思わせる方がいらっしゃったそうです。わたしの中にはその方の因子が残っていて、アリシアにそう思わせているのかもしれませんね」
……嘘は吐いていませんよ。血縁者とは言っていませんからね。あくまで縁者です。
これで納得してくれれば良いのですが、と、彼女の様子を伺うと、少し考え込んだ後にパッと立ち上がり満面の笑みを浮かべました。
「なら、ミリーはアタシと同じじゃないけど、その手のことには耐性があるのね! あー良かった! 実は色々と聞いてみたいことが沢山あったんだけど、今までは変な子だって思われたくないから下手に周りに聞けなかったのよねー」
その笑顔は嫌な予感しかしませんが、ここは大人しく話しを聞くしかないのでしょう。
「わたしにわかることであれば……」
「あのね、この世界って、何かのゲームだったり小説とかだったりしない? コドモの頃から色々と考えてたんだけど、こんな国の名前も聞いたこともないし、イマイチよく分からないのよねー。何か知らない?」
……げえむ? しょうせつ?……。
聞きなれない言葉です。
突拍子もないことを言われて目を白黒させていますと、それを察したアンナが助け舟を出してくれました。
(ゲームとは遊戯のことじゃな。遊びの勝負事じゃ。小説は文学における散文、物語り集みたいなものかのぉ)
(……あ、ありがとう存じます……)
いつもは他の方と話している時には割り込むなと言っていますが、今は正直助かりますので不問としましょう。
さて、お陰で言葉の意味は分かりましたが、この世界が遊びに創作物、ですか? 一体彼女は何を言いたいのでしょう? 理解出来ません。
困惑するわたしを他所に、彼女は嬉しそうに話しを続けます。
「初めはね、このファンタジーな街並みを見いてると、定番の○△×か、⭐︎○□かなって思ったんだけど、ヒロインやで攻略対象っぽいのが出てこないし、いくら待っててもイベントっぽいのも始まらないし……ねえアナタはどう思う? アタシは□×○っぽいかな〜とも考えたんだけどね……」
最早何を言っているのかサッパリです。困りました。
(アンナさま。今の彼女の言葉に何か聞き覚えがあったりしませんか?)
(う〜む……)
彼女もわからない様子です。役に立ちませんね。
しかしそれを一緒に聞いたイザベラが(あら、そういえば以前似たような、おかしな事を言っていた子がいたわね)と。渡に船で詳しく聞いてみると、アリシアの話しを聞いている内に、かつて還した霊魂の中にいた者のことを思い出したのだそうです。
(確かその子はね、初めここに喚ばれた時に、何か物語りの世界に迷い込んだのかと思ったらしいの。でも後で違うのだとわかったのですって)
……なるほど、同じ様な方がいらしたのですね。
だとしたら彼女達がいた世界には、ここの世界と似通った世界観を持つ創作物があり、その世界に入り込んでしまうということが度々起こるということでしょうか。とても高度な術なのでしょう。凄い世界ですね。
……ですが、人が創作物である物語りに入りこむだなんて……
自分がもしそうなってしまったらと考えると震えがきます。何と恐ろしい……。そうなったとしたらとても目の前にいる彼女の様に喜んでなんていられません。これは彼女が豪胆なのか、それともよほどにその物語の世界が素晴らしいのかはわかりませんが、それについて深く考えるのは後にしましょう。そろそろ彼女を止めに入った方がよさそうです。
先程まで踊らんばかりに嬉々として語っていた彼女でしたが、今は床に座り込んで何やらブツブツと「すちるがー」とか「すていたすのー」と、更にわからない言葉を鬱々と呪文の様に唱え始め、手をバタバタとさせています。こんな所を他所の人に見られでもしたら、一緒にいるわたしまで異常者扱いされてしまいそうです。何より見てて鬱陶しい。
「アリシア、ちょっとよろしいですか?」
「え? 何か思い出した?」
呪文を唱えるのをやめてくれたのは良いのですが、代わりに期待に満ちた笑顔をこちらに向けて駆け寄ろうとするのは勘弁して下さい。
……しかし……果たしてここで夢を壊す様なことを言ってしまって良いのでしょうか……。
些か心が痛みますが、後々知ることになるでしょうから構わないでしょう。むしろ早い内の方が傷も浅く済むかと。何よりこの状況が暫く続くのはわたしが嫌です。厭わしいのでサッサと正気に戻って下さい。
「ご期待に添えず申し訳ないのですけれども、ここは、アリシアが思い描いている様な、創作物の世界とは違いますよ」
「えぇ⁉︎」
固まってしまいましたが気にせず続けます。
「わたしも聞いた話しですし、アリシアと同じ世界の方になるのかは存じませんが、その方によると、どうやらそうらしいのです」
「…………」
俯いて肩が震えています。この事実は彼女にとって衝撃だったのでしょうか。ですがこれで大人しくなってくれるのでしたらわたしは構いません。
安堵しました。これでやっと一息つくことが出来ます。良かった。一仕事やり終えた達成感があります。
額の汗を拭いながら彼女を見据えます。
……ですがもし彼女の話しが本当なのであれば、彼女は見知らぬ世界に一人放り出され十数年間、状況がわからず悶々とその気持ちを抱えていたのでしょうか。
少し可哀想になってきました。
ここは彼女に慰めの言葉の一つ位はかけてあげた方が良いのでしょうか。しかしなんと言えば? などと暫し考え込んでいましたら、突然。
「やったー‼︎」
───え?
アリシアが拳を突き上げ声を張り上げています。
「ならこれ、異世界転生なんだわー! 例え今が学園編だったりしても悪役令嬢に虐められたり、逆にヒロインを虐めたりしなくてもいいのね? 変なトコに来ちゃってたらどーしようかと思って不安だったのよ。ヨォーシ! これでノビノビとした異世界生活ライフをおくることがデキルわー!」
また何か変なことを言い出しながら、喜び勇んではしゃぎ出してしまいました。
相変わらずサッパリ状況は飲み込めませんが、彼女にとって好都合な事態であることはその様子からも分かります。良かったですね。ですがそろそろ周りから苦情がきてしまいそうですから大人しくして下さい。
「コホン……。アリシア……アリシア嬢!」
「な、なに?」
一応聞く耳は持っている様です。やっと治まりました。
一先ずその場に座らせて軽くお説教です。えぇ床の上です。もちろん正座で。
「良いですか? アナタは一体ここに何しに来たのですか? 生まれは何であれ、一貴族の子女としてこの学園に来たのであれば、その自覚を持って……」
「……でもアタシ、貴族になんてなるつもり無いし……義父もそれで構わないって言ってたし……」
確かに元は護られる側の平民ではその意識は薄いのでしょうが、そんなことではいけません。その能力を買われ、国益となるためにここへ送り込まれたのでしたら護る側に立つという意識を持たねばなりません。何よりこのままでは同室であるわたしに後々迷惑が掛かってて来そうな予感がします。
ここは面倒なこととなる前に今の内にハッキリと自覚させておかねばなりません。
「例えそうであっても、卒業後はどうされるのですか? あなた程に魔法に長けているのであれば、国に仕えたりすることもあるでしょう。そうなればゆくゆくは王族の側近に抜擢されることもあり得るかも知れません。なのにそんな意識でいると……」
「え? アタシ、そんな気サラサラ無いよ?」
「……では、どうされるおつもりなのでしょうか……」
「アタシね、冒険者になりたいの!」
───は⁉︎ 何ですかそれは?
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