第6話 ミリセントの事情

 ラミ王国にまつわる秘密の話しには、まだ少しだけ続きがあります。


 イザベラはそもそもが聖職者なのもありましたが、一生を霊魂達を還すことに費やしてしまいましたので、結婚することも子を成すこともありませんでした。

 彼女は高齢で天寿を全うしたのですが、それまでにどうしてもアンナだけは還すことが叶わず、またアンナのこれ以上の暴走を御すために、彼女はアンナと共に次代へと引き継ぐこと決めたのです。そのアンナとイザベラを抱える次代の者がわたしになるのです。


(そういやワシが喚んだ者の中には、異なる世からのもおったが、こやつ同郷か?)

(そういえばいらしてましたねぇ。あの方達と一緒にアナタも還ってくれればよかったのに。ホント、意固地で困るわぁ)

(相変わらずしつこいババアじゃな)

(ババアってなんですか! アナタの方がよっぽど年上じゃないですか!)

(カッカッカー! ワシはお主みたくヨボヨボになる前に死んだからの。お主の方がババアじゃ)

(───んっもう! それもそもそもアナタが……)


 ……うるさい……。


 ちょっと黙っているとすぐこれです。落ち着いて考えることが出来ないではないですか。ホント勘弁して下さい。


(お二人とも、わたしが他の方と話している時は黙ってて下さいと言いましたよね? まだ彼女とお話し中なのですよ? あんまりうるさくするのでしたら、また断食を決行しますからね!)


 ピシャリと頭の中に向かって言い放ちますと大人しくなりました。


 彼女達が「頭の中」にいるのはわたしの比喩表現です。実際にはわたしに取り憑いている様なものでして、わたし自身の魔力に依存しているのだそうです。

 なのでわたしが空腹になったり疲れたりして魔力が減退するに従い彼女達もその影響を受けるらしく、苦しくなるのだそうです。霊魂なのに感覚があるなんておかしな話しですね。


 それに気が付いたのは当初からでした。


 七歳になった境に突如として二つの人格が芽生えたのです。それにはとても驚きました。

 初めは悪魔にでも魅入られたのか頭がおかしくなったのかと思い、訳がわからない恐怖に混乱してしまいました。また、おかしくなってしまったと思われるのが嫌で周りに相談も出来ず、語り掛けてくる二人の声を気のせいだと自分に言い聞かせ、ただひたすらに内に閉じこもってしまっていたのです。その時は食事も取らずに廃人同然になっていました。すると頭の中の二人が殊更騒ぎ立てるのです。


 ───お願い! ちゃんとご飯を食べて! このままではわたし達も苦しいの! ……大丈夫だぞ? ワシらは怖いもんじゃないぞ? 聞いとるか? ……アナタに悪さをする訳ではないのよ? このままではアナタも辛いでしょ? 苦しいでしょ? 『だからお願い! 食事だけはとって‼︎』


 後から思えば、わたしがそのまま死んでしまえば二人は他の方の所に憑依するだけですので、苦しくともそのまま耐えて待っていればよいのにとも思いましたが、魔力枯渇による苦しみは、まるで万力にでもすり潰されているかと思う程に酷く、とても耐えられないのだそうです。恐ろしいですね。


 最終的には彼女達の宥めすかしの懇願に折れ、大人しく食事を取り、みんなことなきを得ました。


 そんなことがありましたので、彼女達に言うことを聞かせるにはコレに限ります。わたしもお腹が減ってつらいという諸刃の剣になりますが。


 その後は彼女達も自衛手段を講じ、どうやっているのかは知りませんがせっせとわたしの魔力の総量を増やすことに尽力を尽くしている様です。お陰で魔法は使えないのに今や魔力量だけは人一倍。これでは宝の持ち腐れです。


 ……そもそも妖精に好かれないのだって、アンナ女王がいらっしゃるせいじゃないですか……


 彼女の行った技は理外、いわば自然の摂理に反するもの。なので自然の象徴でもある精霊と相性が悪いのは道理です。


(私もね、彼女が来る前は魔法が使えたのよ? えぇちょっとしたものだったわ。見せてあげたかったわね)


 イザベラは、魔法操作が得意だったのだとよく自慢話を聞きます。わたしも以前は拙いながらも魔法が使えました。歴代の依代になった女性達もまた、わたしと同様に憑依後には魔法が使えなくなったそうです。


(なに、魔法なぞつかえんでも、その分他で補えば良かろう!)


 ……それは、溢れんばかりの知識を持っていることが前提ですよね?


 今のわたしにあるのは、無駄に歳を重ねた居丈高の出涸らし元女王さまと、普段はほんわかとしていますが基本的には厳しいくどこか抜けている元聖職者の老女、こんなお荷物でしかない二人だけです。これで一体何が出来るのでしょう?


 この話しになるといつも喧嘩になってしまいます。その度にわたしは断食という攻撃をするものですから、きっとそのせいで背が伸びなかったのでしょう。


 ……不幸です……。





 ひとしきり考えに耽っていますと、気が付けばアリシアが不安そうな顔をして目の前まで来ていました。驚いて一歩下がると更に踏み込み、食い気味に捲し立てます。


「ねぇ、アタシ、そんなに変なこと言った? ごめんね。冗談よ。笑って聞き流して。アタシだっていきなりこんな夢みたいなこと聞かされたら困っちゃうもの。……でもね、こんなこと誰にでも言ってる訳じゃないのよ? アナタなら大丈夫かなって……ねぇお願い。変な子だなんて思わないで……」

 

 彼女のことをすっかり忘れていました。


 放置されていて不安になったのか、段々泣きそうな顔になってきています。慌てて彼女の手を取ると「ごめんなさい。ちょっと考えごとをしていまして……。別にアリシア嬢のことをおかしな娘だと思ってませんよ」謝りながら慰めます。


「……なら、アタシの言ったこと、信じてくれるの?」


 パッと明るくなった彼女の顔を見て、情緒の不安定な子心配ですねと思いながら、どう返答すべきか困っていました。


 ……彼女に近い事案は存じておりますので、あながちあり得ないことでもないとは思いますが、しかしそれを言うにはわたしの秘密を話す必要があります。それをここで言ってしまってもよいものなのか……。


 アンナの意識が受け継がれていくことで問題が生じていることを知っているわたしとしてはあまり口外したくありません。家族にも話していないほどですから。


「わたしは寡聞にして存じ上げませんが、アリシア嬢が嘘を吐いているとも思いません。不思議なことですけれども、その様なこともあるのかも知れませんね」


 仕方がありませんので一先ずニコリと笑って誤魔化します。嘘は吐いてはいません。


 これ以上この会話を続けますとボロが出そうですので、「そうそう、わたしの制服のスカーフなのですが……」と、話題を変えようとしたのですが、「そんなことよりも、ホントにアナタは違うの?」話しを途中で切られ戻されてしまいました。これは観念して付き合うしかありません……。


「……では、一つお聞きしたいのですけれども、何故アリシア嬢はわたしのことを……」

「待って! 嬢だなんて他人行儀、イヤよ。友達じゃない。アリーって呼んでよ。アタシもミリーって呼ぶから」


 出会ってまだ一刻も経っていない内にこの気安さは何なんでしょう。呆れてしまいました。ともすればその馴れ馴れしさに閉口しそうなものですが、持ち前の天真爛漫なところも手伝ってそれを感じさせません。さすが美人はお徳ですね。羨ましい……。


「……では、アリシア」

「まぁ、それでもいいわ。ナニ?」

「そもそもアリシアは、何故わたしが同じ様な生まれ変わり? でしたか? そう思われたのでしょう?」


 先程わたしの風貌が懐かしいとおっしゃっていましたが、今や髪も眼も真っ黒な女性は全くいない訳では無いのです。確かにまだ数は少なく珍しいのかも知れませんが、彼女もわたしに会う以前から幾人かとはお会いしていることでしょう。


「ミリーとアタシってね、似たようなことがあるから、そう思ったのよね」


 思わず目を間開き、マジマジと彼女の顔を見つめてしまいました。


 ……あんなに美形ではないことは自覚していますし、性格もここまで野放図ではないと思いたいです。なら、貴族らしからぬ点でしょうか? 


 平民と田舎の貧乏貴族子女。生活基盤の点ではそこに大した違いはありません。確かにそこは類似点かとは思いますがそんなことではなさそうです。


「ほらアタシって精霊に好かれてるでしょ? だからそういったのには敏感なのよね。ナニがって言われると困っちゃうのだけども、こう、時々アナタから他の気配を感じるのよ。アタシも自分に感じているみたいなのが。……ねぇ、アナタの中ってナニかいるんでしょ?」


 ─── うっ……。


 図星を指され言葉に窮してしまいます。確かに「いる」ことはいるのですから。


(ほほぅ、彼奴、ワシらがわかるのか?)

(若いのにすごいわねぇ)


「ほら! 今もまた感じた!」


(お二人とも! 黙ってて下さい!)


 二人に苦言を呈していますと、アリシアが目を輝かせながら更に詰め寄り、嬉しそうにわたしの言葉を待ち構えています。


 ……ち、近すぎますし、圧が強いですよ……。

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