第5話 ラミ王国の秘密

 あの真剣な眼差しを見るに、本当かどうかは別にしにしましても、アリシアにとっては大事に抱えていた秘密を決死の思いで告白してくれたのでしょう。それを無下にすることは出来ません。ただ誰にだって秘密の一つや二つはあるものです。もちろんわたしにも。正確にはこの国、ラミ王国の秘密なのですが……。





 ことはラミ王国の建国時代まで遡ります。

 

 初代女王アンナが最愛の伴侶を失い、残された子供たちを抱えながら周りの者たちの力を借りて、悲しみを乗り越えながらもこの国の発展に尽力したのですが、正史では語られていない部分があるのです。


 亡き夫に託されたこの国を率いていくにはアンナはまだ力不足でした。

 亡き夫と同じ様に他者を惹きつける吸引力はありましたが、いかんせん知識や経験は乏しいため、それを補うのに人の力を借りることに躊躇しませんでした。彼女は才ある者であればどんな者でも引き立て助言を請い政を進めていきます。

 様々な傑物が彼女の周りに集まりましたが、中でも最も頼りにしていた者に年齢不詳の老婆がいました。彼女はアンナと同じ黒髪黒眼をしていましたが、その髪は長くちぢれボサボサで、シワだらけの顔に窪んだ眼がギラリと光り、見る者を恐れさせる風貌です。しかし彼女は多岐に渡って造詣が深く、その知識量たるや他の者の追随を許しませんでした。

 彼女の積み上げられた知識のお陰で災害や飢饉の回避、他国との折衝を有利に進められたりと、其の活躍には枚挙にいとまがありませんでした。それを身近で見ていたアンナは経験・知識の積み重ねの重要さを学んだのです。

 

 しかし喜んでばかりもいられません。同時に恐怖も覚えます。


 ……彼女がいなくなったら、どうなる?

 

 彼女だけではありません。


 外交に長けている者、商いに強い者、色々な人に助けられて今がありますが、ここはまだ生まれたばかりの国です。後継者はまだ育っていません。更にみなアンナよりも歳上で、当時では高齢にあたりました。そんなことではいついなくなってしまうかもわかりません。特にあの老女に至っては明日やもしれぬかなりの高齢者。

 そこでアンナは、経験は伴わなくともせめて知識だけでも後世に残せないものかと考えましたが、当時は識字率も低く、また紙などは存在せず、書き残すにしても石や毛皮、木簡・竹簡など、その膨大な知識を受け止めるには適さない物しかありませんでした。

 当然そんなことを一人で考えたところで良い案は浮かびません。その旨を直接老婆に相談したところ、「なんじゃ、まだまだこのオババの頭ん中が必要かね、こきつかってくれるわい。ならばこの身が滅する際、お主に授けてやろう。対価に制約があるがのぅ……ホッホッホ……」もちろんアンナはこれに一も二もなく承諾しお願いをしたのです。


 それから数日後に老婆は突然亡くなってしまぅたのですが、アンナとの約束は違えることがありませんでした。


 老婆が息を引き取ったとの報告を受けるのとほぼ同時に、アンナは頭にズシリと重いモノを感じます。

 一瞬、老婆が亡くなったことを知り、その喪失感による心意的なものかと思ったそうですが、すぐにそれとは違うことわかったそうです。


「ホレ、うまくいったようじゃぞ」


 その声はよく知る老婆のものでした。


 老婆が行ったものは魔術になるそうです。それもとても古く高度な技で、当時でもそれを成せる者はほとんどいなかったとか。

 それはいわゆる人の霊魂、魂を憑依させる術になり、結果それは見事成功し、アンナはその身に老婆を得ることが出来たのです。

 

 アンナの目的は果たせました。

 

 そこから更に精力的に国を富ませるため邁進していくのですが、まだまだ不安は拭いきれません。


 ……私がいなくなった後、この国はどうなっていくのか……。


 亡き夫の忘れ形見の中で一番上の子が成人し、子を成した時、その誕生の喜びの中にふと不安がよぎりました。

 

 ラミ王国が王政を敷いているのは国を成す際に、単にその方が手っ取り早く統治出来たからです。亡きラミも、またアンナ自身もその地位に執着はありません。事実、次代の君主候補はアンナの血族でありませんでした。

 アンナが望むものは最愛の亡き夫が残したこの国が、願わくは未来永劫続くこと。これに尽きたのです。君主が誰であろうとそこに住う民の平穏が約束され、つつがなく繁栄するのであればそれで構わない。しかし自身亡き後、どうなっていくのか……。

 不安に苛まれていたのは既にアンナの身体は度重なる激務に疲弊し、己の行く末が既に見えていたのもありました。


 アンナは己の中にいる老婆と相談し一計を講じます。それは老婆を伴い自身もまた次代の者の中に住うことです。


 それは丁度亡き夫の忘れ形見の内、一番下の者が七歳を迎える頃でした。

 当時は衛生的にも栄養的にも乏しく、生まれてすぐに亡くなってしまう子が多かったため、無事に生き延び七歳になって初めて人の子であると周りから認知されていた時代でした。

 

 アンナはその子に決めたのです。己自身を移す器として。


 霊魂の憑依術は誰にでも使える訳ではなく制約がありました。それは「縁」がある者同士だけ。

 血縁であればそれに越したことがありませんが、アンナと老婆は血縁者ではありません。そこで老婆は自信とアンナの共通点である性別と髪・眼の色を基軸に添えたのです。

 幸いアンナの一番下の子も母親譲りの黒髪黒眼の女の子でしたので、アンナと老婆は問題なく憑依出来ました。結果としてアンナ自身はそれで亡くなってしまうのですが。

 そしてその方式で、その後何代にも渡ってアンナはこの国を見護っていくのです。


 しかし全てが思い通りには運びません。ある時、転機が訪れてしまいます。


 アンナは影に日向に国の行く末を見守り、問題が発生した時にだけ表舞台に現れ、持ち前の知識と経験を振るい解決していたのですが、ある代にそれを良しとしない者が現れたのです。


「我こそ正統なる女王ぞ!」


 そして当時の君主を退けるとその席に座ってしまったのです。これにはアンナも困ってしまいました。

 

 彼女は権力に固執して残っているのではありません。あくまでこの国の行く末を見護るためなのですから。


 また彼女の主張もあながち間違いではないから余計にタチが悪い。しかしアンナには何も出来ません。苦言を呈することだけです。


 仕方なく彼女は、例えこの娘が王になろうとも善政を敷いてくれさえすれば問題ないだろう。それにこの娘が子を成せば己は次代に引き継がれるのだから、その者には大人しく引かせればよい。そう考えることにしたのですが、願いは虚しく、彼女は伴侶を求めることも子を成すこともしなかったため、暫くの間代替わりをすることはありませんでした。またその間国は乱れ、アンナはその様子を忸怩たる想いで眺めていることしか出来なかったのです。

 なお彼女の在位していた時代は、後に暗黒期と呼ばれるほどに酷い時代だったと言われています。


 その後のアンナはどうなったかというと、彼女が亡くなるのと同時に彼女から解放され、国内の黒髪黒眼で七歳となる、とある平民の少女の元に降り立たちます。

 アンナはこの時考えました。国の中枢近くにいるとまた同じ様なことが起きてしまう可能性があるのならば、いっそのこと市井からこの国の発展に貢献しよう。ならば優秀で斬新な知識を持つ者を取り入れたい。そう考えるに至り、件の老婆と共に試行錯誤を繰り返した結果、同じ「縁」のある者であれば、国内外を問わずに優秀な者の霊魂を引き入れることに成功したのです。そしてその者達のお陰で一旦乱れてしまった国は復興していくのですが、その引き寄せた霊魂の中には他国の者に限らず異なる世界の者もいたとか。


 その後もアンナの目論み通り多岐に渡る知識のお陰で国は益々栄えていきます。しかしそれも永遠には続きませんでしたり何故なら霊魂はいざ知らず人には限界というものがあるからです。


 アンナは調子に乗ってやり過ぎたのです。


 あれでもかこれでもかと霊魂を呼び込んだ結果、次第にその数は膨大なものとなり、とうとうその時がきてしまいます。


 ある代替わりした瞬間、それは起きました。

 その少女は突如として押し寄せる意識体の渦に気がふれて命を落としてしまったのです。齢七歳の子供の身体には耐えられませんでした。


 宿主が子を成さないまま亡くなった場合は、国内にいる縁のある者へと移るのですが、また次の者もその次の者も同様に気がふれてすぐに亡くなってしまうことに。


 これが負の連鎖が始まりです。


 黒髪黒眼をした国中の少女達が七つの歳を区切りに、その若い命が順に刈り取られていってしまうといった事態が起きてしまいました。


 それは最早ただの呪いでしかありません。


 しかし遂にその呪いを止めた者が現れます。それは当時聖職にあった女性イザベラという者でした。


 彼女へアンナが降り立った時、彼女は当時十代後半。最早国内では彼女よりも若い黒髪黒眼をした女性はいませんでした。彼女は既に成熟した身体でそれ相応の魔力量を保有していたため、気がふれずに耐えられたのです。

 そしてこの事情を知った彼女はこのままではいけないと判断し、己の一生をかけ、膨れ上がった霊魂達一人一人を説得して還していくことにしたのです。

 彼女の献身の甲斐があって、黒髪黒眼の少女達が突然気がふれて亡くなるといった事案はここで終息しました。


 これがこの国にまつわる一連の秘密になります。


 しかし何故わたしがこんな話しを見てきたかの様に知っているかといいますと、今そのアンナとイザベラがわたしの頭の中にいるからなのです。

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