第4話  アリシアの秘密

 長いお説教から解放されたアリシアと共にあの急な階段を登って部屋に戻ると、お互いの使う場所の確認をしました。


「ねぇ、アタシの寝るトコ、この窓際のを使ってイイ?」


 わたしが荷物を運ぶより先に来ていた彼女は、同居人であるわたしの了承を得る前に、既に自分の荷物を窓際の寝台の下に仕舞い込んで占領済みでした。


 そう広くはないこの部屋は扉を開けると机と寝台が縦に並び、それが互い違いになっています。寝台が窓際になると机は通路側になるのですが「勉強って得意じゃないから、あまり机は使わないと思うのよね」などと笑っています。


 ……えぇ、確かに入口側の机ですと、人の出入りがあって煩わしいですから、奥の窓際にある机の方が落ち着いて使えますからわたしにとってはありがたいのですけれども……そんなことで大丈夫なのでしょうか?


 その勝手すぎる行いに少々呆れはしましたが、彼女の申し出に不満はありません。

 

 その提案を了承すると早速荷物整理をします。


 木箱からすぐに必要になりそうな物を取り出すと、すぐに使わない物は彼女と同じ様に寝台の下に仕舞い込み、制服に着替えます。

 園内・寮内共に原則制服着用です。他に部屋着も支給されていますがこれは部屋の中のみ。基本就寝する時だけです。


 やはりお古であっても新しい服は嬉しいものです。気分が上がってきました。


 鼻歌混じりに制服に袖を通していますと背後に視線を感じました。彼女が寝台に腰を掛けながらこちらを凝視している様です。ですが着替えを見られたところで別段恥ずかしいことはありませんのでそのまま気にせず続けていますと、徐にひとりごちる様に話し掛けてきました。


「……実はアタシね、ちょっと普通の人とは違うの……」


 ……確かにそうですね。


 その歳にして、あれ程見事な魔法操作を出来るのですからそうでしょうとも。

 

 先程の光景がまだ目に焼き付いています。


 同時に四体も使役し、同じ動作かつ繊細に扱えるとは……。魔法の操作技術は努力での向上もありますが、精霊に好かれ使役出来るということは持って生まれた才能という名の性質です。あの時の精霊は四体とも楽しそうでした。正直嫉妬するほど羨ましく感じたものです。


 ボタンを留め着替えを終えました。


 それにしてもこんなスカーフなんて今まで着けたことがありません。一先ず首に巻いてみましたがちゃんと結べたでしょうか? おかしい所がないか確認しようと周りを見渡しましたが鏡が見当たらないのに気がつきました。支給された荷物に入っていたかもちゃんと確認していませんでした。無いものは仕方がありません。彼女に見てもらいましょう。


 得意顔となっているであろう彼女の顔は、自尊心が傷つけられそうになるので今はあまり見たくないのですが仕方がありません。渋々振り返りますと、予想に反し少し困った顔をしながらわたしを見つめています。

 愁を帯びた美少女というのはそれだけで絵になりますが、わたしの制服姿がおかしいといったことでもなさそうです。今一解せません。不思議に思いながら小首を傾げていますと、暫くしてから重々しく口を開きました。


「……あのね、これからアナタとは一緒に暮らすことにななるから……そうするとね、アタシのおかしなトコ、色々見られちゃうと思うの。だからね、最初に話しておこうかなって思って……」


 ……既に色々とやらかした後ですから、今更だと思いますよ。


 早くもわたしの中での彼女は、黙っていれば美人。残念美少女的な位置付けです。

 

 ですがさすがにそれを口に出すのは憚られますので「大丈夫ですよ。そんなこと気にしませんから」と、無難に返したつもりでしたが、それを聞いても彼女は変わらずジッとわたしを見つめたまま、また暫く無言になってしまいました。どうやら望んだ回答ではなかった様ですね。


「……コレ、ホントは秘密なんだけどね、アタシ、実は元々ココの者ではないの」


 ……あぁ、やっぱり平民の出だったのですね。


 予想通りです。


 あれ程の魔法巧者。野に放って置かれている訳がありません。むしろ率先してここの門戸を叩くべき方です。えぇ、わたしなんかよりもよっぽど……。


「ご存知ないのかも知れませんが、アリシア嬢の様に貴族の養子となってこの学園に来る方は少なくありません。それにわたしも貴族の子女といいましても、末端の田舎者ですから、むしろわたしの方こそ恥ずかしいところをお見せしてしまうかもしれません」


 その際は申し訳ありません。お互い様ですよ。と、笑い掛けたのですが、苦笑いしながら「違うの。平民出なのは間違いないのだけどね」と首を振られてしまいました。


 ……?……


「なら、他所の国からいらしたのでしょうか?」


 コクリと頷きました。


 確かにあれ程の才能がある者でしたら、他国の方であってもなんとしても我が国に取り入れたい気持ちはわかります。外交問題に発展しないのであればそれも構わないのでしょう。


 しかし、成程と合点がいくのと同時に疑問も湧きました。


 彼女は他国の出にしては発する言葉が流暢過ぎるのです。多少くだけ過ぎな印象は持ちますが、それ自体は平民の出でしたら納得の範囲です。

 しかし近隣の国の出でしたらこの国と基本的に言語は同じでも、ある程度の方言があったり多少は発音の調子が違うものです。なのに彼女から発せられる言葉にはそれを一切感じさせません。幼い頃からこの国、特に王都内で育った者の言葉遣いです。わたしは辺境の出のため、他所の国の者との付き合いがそれなりにありますから、その辺りのことは敏感に感じとれるのです。でしたら……。


「ずいぶんと幼い時分に、外の国からいらっしゃったのですね」


 別れた両親を思い出し、夜中に泣き叫んだりしてしまうのでしょうか? いずれにしても色々と大変なのでしょう。

 

 思わず哀れんだ表情で語り掛けてしまいましたが「え? 今のアタシは生まれも育ちもココだよ?」と、不思議そうな顔で仰います。


 ……えーっと、他所の国からいらして、出自はここ、ラミ王国と……。


 ───さっぱり意味がわかりません!


 こめかみを抑えながら考え込んでしまいました。

 

 一体何を仰りたいのか見当がつきません。混乱してきました。わたしを揶揄っているのでしょうか? 最早そんな気までしてきましたが彼女は至極真面目な顔付きです。そして座り直すと殊更真面目な顔となり、眼に力を込めわたしの目をジッと見つめながら口を開きました。


「ヨソはヨソでもね、こことは違うヨソの世界なの。そこでアタシは生まれ育って学生の時に死んじゃったんだけど、気付いたらこの世界の赤ん坊に生まれ変わったってワケ」


 それを聞き何やら頭の中では騒がしくしていますがそれを無視し、まだ彼女の話しが終わっていない様ですから、ただジッと青い眼を見つめ大人しくしていました。


「……ようするにね、アタシは昔の記憶があるの。だから時々コッチの世界の常識と、向こうの世界の常識がゴッチャになっちゃって、変なことになっちゃうのよね……。それにね、向こうの世界のわたしの国にはアナタみたいなカッコした人が沢山いたから、アナタを見ていたらつい懐かしくなっちゃって……もしかして同じなのかな? って思ったから……」


 ───あぁ……そうきましたか……。


 世の中には自分では理解出来ない不思議なことが沢山あるのは知っています。ですから例え妄言だとしても頭から否定することは致しません。ただ、わたし自身が前世の記憶を持っているだとか、生まれ変わりだとか、そういったことはありません。勝手に怪しげなお仲間にしないで下さい。田舎者ではありますが生まれも育ちもここラミ王国です。


 ……さて、これどうしましょう?


 例え荒唐無稽なことであってもあそこまで真剣な眼差しで見つめられてしまっては何も言えません。

 思わず天井を見上げ考え耽ってしまいました。

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