第3話 入寮

「初めまして。わたしはミリセント・リモと申します」


 彼女はわたしの手を取ると、嬉しそうに何度も腕を上下に降りました。


 初対面にも関わらず突然握手を求めてきたり、家名を言い淀んでいたことからも、恐らく彼女は平民の出なのでしょう。


 才があり意欲ある者がその地の貴族の養子となり、のよ学園に入ることは珍しくありません。「非凡な者を見出す事は国益に繋がる」と、国が推奨している程ですから。


 わたしとしては貴族然とした方よりも、むしろ平民出の方であった方が馴染みがありますので、同室なのには願ったりなのですが……。


「あら、あなたって、黒い髪に黒い瞳なのね。メズラシー。小ちゃいしなんかお人形みたい。カワイイー!」


 ───人が気にしていることをあけすけに言うのはどうかと思いますよ!





 ラミ王国初代女帝のアンナは、長く美しい黒髪に墨の様に黒い瞳をしていたというお話しは有名です。


 彼女は様々な功績を残したとで有名ですが、その後の歴史上でも、その狭間狭間で現れてはこの国の発展に一役買った者達もまた、黒髪黒眼の女性達だったということも有名なお話しです。その為に、かつては黒髪黒眼の女の子が生まれれば縁起が良いものとされ喜ばれていましたが、今から何十年も前にこれが一変してしまうのです。


 ある時期を境に、数えで七歳になった黒髪黒眼の少女が突如として気が触れてしまい、そのまま亡くなってしまうということが多発したのです。その結果として、国内では黒髪黒眼をした女性が激減した時期もありました。

 もちろん今ではそんなことは無く、わたしも無事ここまで大きく育ちました。それに、わたし知り合いにも同じ様な髪色眼色を持つ女性が何人かいます。ただ、やはり以前よりは少なくなってしまっているらしいです。

 その時期を知っている方々もまだご存命でいらっしゃり、それでわたしが何か不利益を被る訳ではありませんが、郷里では子供の頃によく近所のお年寄りに「ミリーちゃん。頭は痛くないかい? 大丈夫かい?」などと心配されていたものでした。


 それだからだけではありませんが、そういった理由がありますので、わたしは自分の黒い髪に黒い瞳には引け目があるのです。


 ……背丈に関しましては……これから伸びる予定です!






「お、お褒め頂き、有難う存じます……」


 ……嫌な顔をせずに、ちゃんと笑顔で答えられたでしょうか?


 出来るだけ精一杯の笑顔を作りましたが、「そのメガネもとても似合ってるわね。賢そう!」と言われて思わず顔が引きつってしまったのは仕方がないと思います。


 ……別に勉強が好きな訳でも得意でもないのですよ……。


 これはわたしのささやかな夢、沢山の子供たちに囲まれて幸せな結婚生活をする為に、なんとしてもこの学園で優秀な成績を残して王立の研究職に就ける様、みんなが寝静まった後に古代語の勉強や綺麗に魔法陣を描く練習をしていたからです。正直、貧乏な我が家にとってはこのメガネ、痛い出費でした。

 

 ……似合ってると言われましたよ。お父さま、有難う存じます!

 

 色々と反応に困る方ですが、思ったことがすぐ口に出るだけで悪気があって言っている訳では無さそうです。その証拠にわたしを見つめるその目はとても無邪気なものでした。


「それにしてもその荷物、ここを持って上がるの大変よね。アタシが手伝ってあげるわ!」

 

 確かに急な階段ですので、木箱一つ持って上がるのも難儀しそうです。手伝って頂けるならとてもありがたく思います。ここは一つそのお言葉に甘えましょう。


「有難う存じます。では一つ持って頂けますか?」

「え? 一つでいいの?」

「……?……」


 まさかこの木箱を全てを持ってくれるのでしょうか? わたしより多少は背が高いとはいえ、そこまで大柄ではありません。もしや見かけによらずに大層な力持ちでいらっしゃるのでしょうか。


 わたしが軽く目を見開き驚いていると、「アタシに任せて!」と仰いながら、得意顔でコートの内側から一尺程の棒を取り出し構えました。


「……ここに御座せむ天つ風の精霊たちよ。吾の力を糧とし効験示したまえ……」


 そして徐に呪文を唱え出したのです。


 ───魔法です!


 魔法は自身の持つ魔力を元に精霊によって引き起こされる事象になります。

 各精霊との相性はありますが、素養さえあれば関係を持つこと自体はそれほど難しいもではありません。現にわたしの兄妹にも素養のある者が幾人かいて、炊事洗濯などの家事には重宝されていました。

 

 ……わたしは精霊との相性が悪く、その姿は見えても、近寄ってきてくれません……。


 わたしが呆気に取られている内に呪文は完成し、唱え終わると共に風の精霊達が舞い踊り室内に旋風が巻き起こりました。そのまま風は分散して細い風の渦が四つ出来上がります。その四つの風の渦は積み上がる木箱を囲む様に近付くと木箱が徐々に持ち上がっていきました。

 

 ……なるほど……一つの渦だと箱が回ってしまうので、四方から取り囲んで浮かすのですか。


 その見事な魔法の扱いに見惚れてしまいました。


 これ程までに、例え同じ精霊といえども複数の精霊を使役して、かつ繊細な指示を出せる魔法を操つる者なぞ見たことがありません。

 しかもこの様に高度な使役をするには、魔力以外にもかなり精神が疲弊する筈ですが、彼女はこの状況になんともない顔をしています。かなり親和性が高いのでしょう。凄いです。


 ……風の精霊による魔法で洗濯物を乾かすのは簡単な部類に入りますが、うちの弟妹達はすぐに疲れた大変だと文句を言っていたものですが……


 その巧みな魔法の扱いに感嘆の念を覚えざるを得ませんでした。


 精霊達が舞い踊る幻想的な光景に見惚れ、お礼を言うのも忘れて暫しウットリと見入っていたのですが、残念ながらそれはそう長くは続きませんでした。

 

「アリシア・カーティス嬢ー‼︎」


 その様子を他の入寮生の相手をしていた寮監のデリア女史に見つかり、雷を落とされてしまいました。


 ───ヒィッ!


 わたしの名前が呼ばれた訳では無いのに思わず顔が引き攣り、背筋が伸びてしまいます。


「寮内での魔法行為は禁止です‼︎」


 ───ガシャン!


 その一括と共に精霊達は逃げ出し木箱は落下して、中身が散乱してしまいました。


「……も、申し訳ございません。デリア寮監……」

「寮則にちゃんと書かれていますよ! 読んでいないのですか!」


 思わず頭を下げて謝るわたしの横をデリア女史は鬼の様な顔をしながら大股で歩いて通り過ぎ、罰の悪そうな顔をしながら慌て杖を背後に隠すアリシアに詰め寄ります。


「───そもそも魔法は安易に行使して良いものではありません! ましてや大勢の人がいる場所では精霊の暴走の危険が付き纏い……」


 そしてそのままお小言が始まってしまいました。


 この騒動、わたしからの頼みでは有りませんが彼女がわたしのことを思って起きてしまった結果ですので、ここは一緒に並んで叱られれた方が良いのかとも少しは考えましたが、散乱してしまった荷物を片付ける方が重要ですよね? このままでは他の方の迷惑になってしまいますから。

 心の中で自分に言い訳をしながらアリシアに謝りつつそっと抜け出すと、散らばる荷物をまとめ、結局一人で一箱一箱せっせと部屋に運び入れましました。






 ……ふぅ。これで全部ですね。さすがに疲れました。


 やっとの思いで全ての荷物を運び終え、そのまま部屋で一息つけようかと考えていましたが、同室であるはずのアリシアはまだ戻ってきていません。これはまだ叱られているのでしょうか。

 このまま部屋で待っているのもバツが悪いですので、仕方なく疲れた体に鞭を打ち、一先ず一階に戻りて様子を見てみることにしました。


 ……あぁ、やはりまだやっていましたか……。


 階段からそっと覗き込むと、予想通りとはいえ先程から寸分違わぬお二人の姿に驚いてしまいました。しかしさすがにこのままにしておく訳にはいきません。


「……あのぉ……恐れ入ります、デリア寮監。お話し中恐縮なのですが、あちらで入寮生が幾人もお待ちになっている様ですけれども……」


 恐る恐る近づいて割り込みます。

 それに気づいたデリアは「そうですね」と、再度二言三言お小言を重ねた後に、アリシアはやっと解放されました。


 デリアと入れ違いに彼女の元に駆けよります。


「アリシア嬢、この度はわたしのせいでご迷惑をお掛けし大変申し訳ございません」


 謝りながら、項垂れている彼女に近づいたのですが、「ん? 終わった?」パッと上げたお顔はなんとも晴れやかなものでした。


「う〜ん……やっぱり見た通りにメンドイ人ね。これからは気をつけよー。なるべく顔合わさないよーにしないとね」


 あれだけ叱られたにも関わらず、おくびれた様子も堪えた様子も見えません。ちょろいちょろいと笑いながら背伸びをしています。


 …… 黙っていれば美少女なのですけれども、これはまた見掛けよりもずいぶんと豪胆な方なのですね……。


 軽く目を開いて呆れていましたが、これなら自責の念に駆られる必要がなさそうなことに安堵しつつ、出会ってまだ半刻程しか経っていないにも関わらずにこの有様。今後、同室である彼女の奔放さに振り回されてしまうであろう己の姿を想像し、軽くめまいがしてきました。


 ……めまいだけで済めば良かったのですけどね……。


 わたしが頭を抱えなければいけなくなる事態に遭遇するまでには、そう時間は掛かりませんでした。

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