第2話 入園

 カラン、カラン、カランと捨て鐘がなると、カラ〜ン、カラ〜ン……時刻を知らせる鐘が4回鐘が鳴りました。騒がしかった講堂が静まり返ります。


 しかしこんなにも多くの人が集まっているのは今までに見た事がありません。しかもこれが皆同い年だとは……驚くばかりです。

 

 わたしの並ぶ場所はかなり後方でした。


 田舎者丸出しで恥ずかしいのですが、豪華な広い講堂を見渡しながら驚いていますと、見ればわたしと同じ様に質素な服の者も、いることはいるのですが、やはりめかし込んでいる者の姿が目立ちます。思わず自分の服を見下ろしてため息が出て来ました。


 ……これでもわたしにとっては上等な部類なのですが、少々みじめな気持ちにさせられてしまいますね……。


 あの前列に見える、殊更豪華で煌びやかな装いの者達は特に目を引きますが、彼等は王族かそれに近い上流貴族の方でしょうか? 

 例え同じ場所に立っていても明らかに立場が違うことを見せつけられ、初日から気が滅入ってきました。

 

 彼等を見ていると頭の中が騒がしくなりますので気にしないことにします。生まれを選べないことを嘆いても詮無いこと。今は豊かな国のお陰でこの場にいられることに感謝し、気持ちを切り替えることにしましょう。

 

 ……ですが、必要以上に頑張らなければならないのは、勘弁してほしいものです……。


 ただ貴族になるだけでしたら卒業さえ出来れば問題ありませんが、わたしが望むのはそれ以上なのです。

 それを思うとまたもや気落ちしそうになりましたので、そのまま視線を上へに外して壇上へと意識を変えました。


 遠目に眺めていると、園長や王族、教団長などといったお偉方が代わる代わる上がり、厳かに式が進行していき、有難いのでしょうが退屈で冗長としたお話しを聞き流している内に、モヤモヤとした気持ちを抱えたまま、わたしは入園式を終えるのでした。





 ───さて、今度こそ気持ちを切り替えましょう!


 居た堪れない場から解放された喜びに足取りも軽く、学園塔の中央に位置していた講堂を出ます。


 今日は入園初日のため授業はありません。なのでみんなと同じ様にこれから三年間住むことになる寮へと向かうのですが、全ての者が同じ所へ、ではありません。

 先程見掛けたの豪華な装いの者達は講堂を出てすぐ隣の塔へと向かって行くのが見えます。それを横目にわたしはその他者達と同様に、敷地外へ隣接されている立ち並ぶ建物へと向かいました。


 この学園は国営の全寮制とはいえ、寄付金の額によっては広い部屋が用意されており、中には側仕え達も一緒に住むことの出来る大きな部屋もあるのだとか……もちろんそんなものとは無縁なわたしは一般的な寮の二人部屋。えぇ、もちろんそれに文句なんてありません。今まで弟妹達と一緒に寝起きしていた身としてはそれでも充分贅沢なのです。


 ……さて、わたしの寮はどこですかね?


 講堂に入る前に、各自渡された首から下げている認識票を手に取り確認します。


 寮は門ごとに色分けされており、それと認識表の色が紐づけられているのだと渡される際に説明を受けましたが、こんなにも幾つも同じ様な建物が建っていると流石に迷ってしまうのではないかと心配でした。しかし案外簡単に見つかります。

 

 わたしは青々とした春の若草を思わせる緑色の門を心躍らせながら潜りました。





 中に入ると入口のすぐ脇に出窓の付いている部屋が見えました。そこには赤い髪を後ろにまとめ上げ、キッチリとした格好の目付きのキツイ怖そうな女性がいました。


 ……ずいぶんと威圧感がありますね……。


 目があった時点で思わず怖くなり踵を返しそうになりましたが逃げられません。蛇に睨まれた蛙です。視線だけで来る様に促されてしまいましたので、大人しくそれに従います。


「初めまして。寮監のデリア・スチュアートです」

「ミ、ミリセント・リモと申します!」


 慌ててカーテーシーをしましたが、頭に響く重圧感のある声に思わず緊張して声が上ずってしまいました。

 

 ……末端とはいえこれでも一応貴族の娘の端くれなのですが、お恥ずかしい……。


 わたしの父は男爵位にありますが、王都から遠く離れた田舎も田舎、山深い辺境の地の領主です。繁忙期ともなると領民達と共に田畑へ出るのは当たり前。わたしも小さい頃は村の子供達と一緒になって野山を駆け回っていたものです。そのためか、自分が貴族の一員であることについては意識したことがあまりありません。そんな生活を送っていました。なのでわたしの様な者の為にも、貴族たらんとさせる為にこの場が用意されているのでしょうか。

 

 頭を下げながらそんなことを考えていましたら、彼女はツカツカと近づくと徐に手を伸ばし、わたしに認識票を渡す様に仰いました。慌ててそれに従います。


 それを受け取った彼女は手元にあった帳面とわたしの票を見比べ、顔を上げると鋭い目付きでわたしに向き直すし、全身を隈なく睨み付けるのです。それはまるで肉食動物に品定めされているかの様な視線で思わず縮み上がってしまいましたが、そんなわたしを無視して彼女はすぐに踵を返すと部屋の中へと入って行ってしまいました。


 一人残されたわたしは呆気に取られ立ちすくむしかありませんでした。暫くして大事なことに気が付き我に返ります。


 ───わ、わたしの認識票!


 アレは学院内における身分証明の様な物です。


 入園式の前に渡された際、大事な物だから絶対に無くさない様、必ず常に携帯する旨を言われていました。

 

 ……ど、どうしましょう! 初日からこんなことでは先が思いやられます……。


 彼女は自らを寮監と名乗ってはいましたがその証拠はないのです。確認しようにも返してくれるよう声を掛けようにも、彼女の姿はもう見えません。

 

 己の不甲斐なさに自責の念に駆られながらその場を動けずにいると、程なくしたら重ねた木箱を持つ彼女が現れてそれをわたしの前に積み上げました。


「これはあなたの制服に教科書、生活用品等になります。見た感じでは制服の大きさに問題ないと思いますが、キツくなったり痛めたりしたら遠慮なく新しいのを取りにきなさい。予備も入っています。詳しい寮則については部屋にある冊子を熟読する様に。それとあなたの部屋はその箱の蓋に書かれていますが……」


 どうやら本物だった様です。安堵しました。話しを聞きながら早速木箱の中を改めます。

 どうも制服自体はお古の様ですが、肌着類は真新しい物みたいです。人によってはお抱えの職人に制服を作らせるとも聞きましたが、もちろんわたしにはそんな贅沢なんて出来ません。これでも充分。それにしても新品の衣服なんて何年振りでしょう! 更に教科書類も当然ながら全て新品です! 今までこういった物は兄妹達と共有してたものです。それなのに自分専用品だなんて! 


 気分が上がってきました。


 そのまま認識表のことなど頭からすっかり抜けて、興奮しながらそのまま木箱を漁っていると、いつの間にか彼女がわたしの目の前に来ていました。そしてわたしの首にそっと優しく認識表の札を掛けてくれたのです。しかも先程までとは打って変わって優しげな笑みを浮かべながら。

 

 ……ど、どうしたことでしょう……。


「ミリセント・リモ嬢。ようこそ柳緑りょくりょう寮へ。歓迎致します。よく学び、そして励みなさい」

 

 とても優しい声でそう仰ったのです。

 思わずポーッとし、見惚れてしまったのは仕方がないでしょう。


 初めて彼女にあった時、とてもキツそうに見えましたので、これからの寮生活を思うと気が滅入ってしまいましたが、きっと根は優しい方なのでしょう。頑張れそうです。


 先程は怖い人だなんて思ってしまい申し訳御座いません。と、心の中で謝罪しながら彼女を見つめていますと、突然元のキツイ顔に豹変し、わたしから視線を外すといつの間にか来ていた他の入寮生の所に行ってしまいました。

 

 残されたわたしは、自室へと向かうことにします。


 廊下に張り出されている寮の案内図と、蓋に書かれている自室を見比べて確認します。


 ……ふむふむ。一階はお風呂にトイレ、簡単な炊事場などの水回りがあって、二階、三階が部屋になっているのですか。


 どうやらわたしの部屋は三階の奥から一つ目の部屋になる様です。

 渡された積み上がる木箱を見て軽く目眩がしてきました。体力に自信はある方ですがとても一度に運べる量ではありません。

 仕方がありません。ここは一つ一つ運びますか……と、顔を上げて急な階段をうんざりした顔で見ていると、上から一人の少女が降りて来ました。


 彼女は新雪の様な光り輝く銀髪をしており、軽く波打つ髪は一歩一歩降りるにつけ光りを反射し、濃紺のコートに白いスカーフの制服にとても映え、目を奪われる美少女でした。

 黒くただノッペリとした髪をしているわたしとは大違いです。これでは制服が似合うかどうか不安になってきました。郷里ではあんなに素晴らしい方を見たことがありません。流石は王都です。


 わたしが見惚れていると、彼女はわたしの木箱を目ざとく見て「あら! アナタ、アタシと同室なのね!」嬉しそうに宝石の様な青い目を輝かせながら駆け寄ってきました。


「アタシはアリシア……カーティスって言うの。よろしくね!」


 これが今後思いの外長い付き合いとなる彼女、アリシアとの初めての出会いでした。

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