第9話 希望の未来


 時刻は午後19時30分。夕日のオレンジ色に染まった空はすっかり星々によって飾られた夜空に塗り替えられ、東京の街並みを光の海へと変貌させていた。


「バルコニーから見るこの景色、私は好きなの。まるでライブ会場のサイリウムの波みたいだから」


「先生ってライブとか行くんですか?」


 普段のミステリアスな先生からは想像することのできない意外な趣味。尋ねずにはいられなかった。


「昔、ね。もう10年以上前の話」


「10年以上って‥‥そういえば先生今日まで一度も僕たちに歳について話してくれませんでしたね。結局のところ何歳なんですか?」


「ふふふ、そうね。何歳に見える?」


「え、えぇ?えーとじゃあ。30‥とか?」


 永愛ちゃんと話したことがある。実際先生は何歳なのか。永愛ちゃんは若造りしてるだけで本当は40歳を超えたおばさんだって言っていたけど、本人の口から実年齢を聞いたことはない。シワ一つない肌に、老いを知らないプロポーション。少し大人びた女子高生だと言われても多分大方の人が同意するだろう。


「30 ‥‥か。真尋君、女性に年齢を尋ねるのは親しい間柄だけにしなさい?それと年齢を当てる時は自分の想定している数字より3.4歳若く言うこと。年齢を外そうが当てまいが対して盛り上がらないし、若く言う分には良いけど実年齢よりオーバーしてしまったら大変よ?」


「し、辛辣ですね先生。それで答えは?」


「さてお風呂上がりの貴方を長く外に居させたら湯冷めさせてしまうわ。さっさと本題に入って10分以内には解散しましょう」


 あ、あからさまに話を変えた‥‥!!


「わかりました‥‥えっとそれで話ってなんですか?」


「うん。話はね———————」


 人差し指をバルコニーの塀に当てると先生の指先を中心に領域がマンション全体を包み込む。


遮音サイレント


 領域内全ての音を領域外に漏らさない。遮音の術式を発動すると、先生は僕の肩を叩いて備え付けられたアイアンチェアとテーブルに先導した。


「今から話すことは私と貴方だけの秘密。もちろん永愛にもね」


 そのための術式か。先生の超能力は未だ謎が多いけどその汎用性にはほんと驚かされる。大抵サイキッカーの術式は術者の超能力の属性に大きく左右する。例えば物を引き寄せる超能者であれば術式は”引力”となるのが1つの例だ。


 だが先生の場合その規則性が皆無。音を消す術式や物を壊す術式だったりと、とにかく謎だ。


「今回の一件を通してやっぱり君には永愛ちゃんの抑止力になってほしいと思った。本当はあの子自身がその身に秘めた膨大なサイコキネシスを抑えるようになってもらうのが1番なのだけれどね」


 クルクルと肩にかかった髪を指に纏めると一つため息を漏らした。


「僕にその役目が務まるか。正直不安です」


「勿論貴方自身も全ての才能を自在に扱えていないのが現状。けれどそのためにこのペンダントがあるのよ真尋」


 首にかかった青い宝玉のペンダント。入学式前夜、先生にバルコニーへと呼び出された僕はこのペンダントを預けられた。”然るべき時に使いなさい”その一言だけを添えて。


「然るべき時。それは永愛ちゃんの暴走が発現した時だったんですね」


 僕の言葉に対して何か特別返事を返すことなく、先生は話を続けた。


「そのペンダントは私の術式が編み込まれているの。術式は”消滅” 効力は術者の領域内での超能力による術式が使用不可。貴方の領域は他人と違って特殊だからこのペンダントは貴方にとって金棒ね」


「金棒?」


「貴方の存在は他のサイキッカーからしたら脅威そのもの。そんな貴方が逸話で言う鬼だとしたら、これは金棒ってこと」


 吸い込まれそうになるほど美しく禍々しさすら感じるペンダント。夜の月光が反射してかいつもより神秘的に見えた。


「私は貴方たちを有能なサイキッカーにすべく育成したわ。永愛は身に秘めた膨大なサイコキネシスを抑える訓練を、真尋は必要以上に領域を展開してしまう悪癖を改善すべく矯正してきた。彼女は至ってはまだまだ改善の余地があるのだけれど、その点貴方はこの2年間で幼少期から抱えてきたコンプレックスをほぼ見事克服してみせた。おめでとう」


「あ、ありがとうございます!!」


 ニヤリと笑って頬を緩ませた先生を前にして、つい気持ちが先走り静かな夜に不相応な声を張り上げた。普段注意されることこそ多いものの、褒められる機会など滅多にないためそれだけに高揚した。

 

「それで話に戻るのだけれど。もし入学式のように永愛ちゃんが暴走した時、君は止められる存在であって欲しい。それが本来君の持つ守護者ガーディアンとしての使命よ」


「わかってます。先生に鍛えてもらった超能力とこのペンダントを使って、永愛ちゃんを守ります」


 ペンダントを握り締め、真尋は強く宣言した。将来訪れる希望の未来のために。




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