第8話 明るい未来
〔1〕
学園長の挨拶の後、永愛の
だがそれらを含めても永愛は
「真尋。どうしてさっきから残り物のお豆ばかり食べているの?せっかくの入学祝いなんだからお寿司食べなよ。ほら」
白のトレイ皿に寿司が乗せられる。マグロの透き通った赤色は鮮度の高さを感じさせ、いいネタを使っていることがわかった。
「は、はい。いただきます‥‥」
普段なら満腹になることを忘れて頬張るお寿司だけど、今日に限ってはそうもいかない。なぜならそう、食欲がないからだ。何故って?それはもちろん隣の彼女が原因だからだ。
「永愛は‥‥まず箸を持とっか?かれこれ30分は経つよ」
「今はまーくんの”入学式ver”食事シーン。声入るから先生喋らないで」
利き手である右手にはビデオカメラを握られており、微動だにしていなかった。でもこれはいつものこと。日常の一部だ。
「食事シーンなんていつも撮ってるでしょ。早く食べてくれない?寝るの遅くなるから」
「と、永愛ちゃん。先生困ってるから早く食べようよ。僕もほら、お寿司食べるから!」
そう言って僕は先ほど乗せられたマグロを箸で取ると口まで運んだ。
「入学式の夜にお寿司を食べるまーくん。えへへ、レアレア」
「は、はは。逆効果‥‥あッ!」
やばい‥‥先生が笑わなくなってきた。早めに切り上げないと明日に響く。
「永愛ちゃん!僕、入学式っていう特別な日に永愛ちゃんと一緒にご飯食べたいなーって思ってるんだけどどうかな?」
「一緒に‥‥夫婦?」
「言ってないよ!!」
食事が始まって40分ようやく永愛は箸を持った。これが僕たちのいつもの食事。僕が大体食べ終わってから彼女は食事を摂るので食器の後片付けは基本各々だ。
「真尋、お風呂沸かせてあるから入ってきていいよ」
と、一足先に箸を置いた僕に先生が呼びかけた。
「あ、いやでもまだ永愛ちゃんが」
「いいから、ね?後で貴方にも話があるからお風呂上がったらリビングに来て頂戴」
こういう言い方をする時の先生には刃向かったらいけない。それは僕と永愛ちゃんの中では共通認識であり、ここで口答えをするのは悪手だと知っている。
「私は大丈夫。いいよまーくん行ってきて」
瞳からハイライトを消失させ、怒気を含んだ声色で先生の提案を承諾すると永愛は微量だが周囲にサイコキネシスを漂わせた。
「う、うん。わかった。喧嘩しないでね?」
忠告も含めて言った言葉だがどうせ聞いてない。多分今、永愛ちゃんの頭の中は先生の抹殺で埋め尽くされていると思うから。
深いため息を吐くと共にその場を後にすると、僕は入学式で蓄積した疲労を回復させるべく風呂場へと向かった。
〔2〕
「それで何?話って。私とまーくんの貴重な時間を割いたんだからそれなりの内容だよね?」
可愛らしく小首を傾げると、永愛は
「それなりって?例えばどんな内容なら貴方は喜ぶの?」
「まーくんとの結婚式の日が決まったとか?」
この子はふざけているわけでもなく素でこれだから怖い。顔も容姿も芸能界で女優を張れるレベルの一級品。だからこそ残念、この性格だけは粗品もいいところ。
「そういう頭お花畑は今日までにしときなさい。この家でなら許容してあげるけど、明日からの学校生活含め外部では真尋に
この2人は日本政府に目を付けられている異質の存在。故に小さな
「他人と接触することなく完全隔離された空間で過ごした2年間、私は貴方たちを社会に出しても問題なく生活できるように訓練してきた‥‥はずなのにどうして今日あんなことが起きたのかな?感情の揺れ幅によるサイコキネシスの暴発は克服したはずよね?」
人差し指でこめかみを2度叩くと月野はコクリと首を傾げた。それは小馬鹿にしているようにも馬鹿にしているように思え、どっちみち永愛の腹を立たせるには十分なアクションだった。
しかし。
「仕方ないじゃん‥‥まーくんが痛みつけられてたんだから。カッとなっちゃったんだもん。先生に迷惑かけたなとは思ってる」
永愛は真尋に関わると一気に脳内と精神レベルが下がり我儘なアホになるが、こうして彼抜きのサシで話すとなれば優秀な女子高生。筋を通すべきところは通し謝罪する真面目なギャップに月野はいつも頭を悩ませられる。
「反省しているならいいわ。何が悪かったのか自覚していなかった以前と比べれば大きな進歩ね。あの2年は無駄じゃなかったということかしら」
「さっきから2年間2年間言ってるけどさもしかして反省会でもしたいの先生?大丈夫だから!さっきも言ったけどあの時はちょっとカッてなって怒っちゃっただけで——————」
永愛が弁明しながら月野の顔を伺うとそこには入学式の学園長挨拶を思わせる、冷酷で見る人全てを畏怖させる黄瞳が自分を覗いていた。
「カッとなっていちいち周囲一帯を爆発させられてたら人類が滅ぶの。永愛が2年間で改善できなかった唯一の弱点はそれ。真尋に関わると感情のストッパーが外れて無意識にサイコキネシスを放出してしまう
すると永愛は下唇を噛み、その場で顔を伏せた。現在進行形で解決策が見つかっておらず、立ち往生の状態であることをもどかしく思っているからだろう。実際今日それが原因で真尋の手を煩わしたのだから。
「まぁでも、貴方のソレは生まれつきのもの。だからこそ万が一を防ぐ保険として日ノ森家は貴方のガーディアンとして真尋を抜擢したのだけどね」
「先生。私はまーくんにとってなに?友達?パートナー?それとも‥‥ただの私と真尋?」
「永愛‥‥」
あの日、私が初めて真尋と永愛に接触して感じたこと。それは”歪”お互いに愛し合っているわけでもなく、信頼し合っているわけでもなかった。いや、一方通行とでも言うのかな?永愛による真尋への重すぎる愛。それが鎖となって彼をを縛り、危害を加えようならその鎖は刃となって彼に近づく加害者を問答無用で蹂躙する。
報告書では成績学年一位の優等生。運動神経も抜群で周囲からの信頼も厚く友人も多い。そんな子がどうしてこんな数多の傷害事件を起こすのか。理由はすぐ分かった。この子はそう、彼がいる時といない時では別の人物、”二重人格”。自分でそれを自覚していないのが恐ろしい。今はこうして事件当時の自分と今の自分を客観視することはできても、刃を研ぎながら住んでいるもう1人の自分がいることには気づいていない。
となれば私がすることは単純、どちらの永愛を生かし、どちらの永愛を殺すのか。2年間でその結論は出た。あとは実行に取り掛かるのみ。
そしてそれはあそこでしかできない。来るべきに備え、実行する時を待とう。彼女が抱える悩みを解決するためにも、もう1人の母として役割を果たす。
全ては明るい未来のために。
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