第7話 入学式 後編②
〔1〕
————いい?真尋君。これは永愛ちゃんが暴走した時の最終手段。本当に困った時にだけ使いなさい。
「今しかなかったんだ、先生」
どよめくアリーナ。会場内にいる生徒は十席が話している間も右往左往に視線を動かしては状況の真相を探っていた。
「も、もしかして会場内全員の超能力が奇跡的に偶然同時に重なって誤発したとかない?」
「そんな天文学的な確率起きるわけないだろ?てか会場内で俺たち全員の術式吹き飛ばせる人がいるとしたらあの人しかいないだろ‥‥てかほら、話をすれば丁度来た」
ダークな桃色の長髪を三つ編みに束ね、灰色の瞳を宿したタッパの高い女性が舞台裏から姿を現した。
「大変な事態になりましたね犬又先生」
先ほどからじっと真尋を見つめていた中年の男性が、女性の登場に鼻を伸ばすと背筋を整わせた。
「これはこれは月野学園長!!いやほんとそうなんですよ!この騒ぎも全部あそこの学生が————」
「どうして学生たちに危害を与えるような指示を出したんですか?」
「へ?」
まさか自分に矛先が向けられるとは思わず、犬又は反射的に振り返った。
「あそこで貴方の一声がなければ、少なくともDクラスの生徒に危害が加わることはなかったはずです」
「いや!しかし彼はDクラスにも関わらず十席の席に‥‥!」
「クラスはクラス。そこに実力差があったとしても我が校の守るべき生徒だということには変わりません」
どうにかして彼女に自身の伝えたいことを言語化しようと口をパクパクしているが、月野の顔色一つ変えることはできなかった。
「十席の伝統は確かに重いですが、生徒を傷つける口実のためにあるわけではありません。それこそ我が校を侮辱している行為でしょう」
「なッ!!いや、しかし」
「しかし。なんですか?これ以上入学式の時間を割くのは困ります。後ほど学園長室でゆっくり話をお聞きしますので今は黙ってお下がりください犬又先生」
月野は舞台裏向けて視線を送ると、犬又は
「お邪魔虫もいなくなったことですし、入学式を続行しましょう」
整列する十席メンバーを
「この学校では超能力の私的利用は校則上原則禁止されています。危機的状況であっても貴方たちは規則を守って下さい。規則は厳守しなくては手に負えない事態になるから規則があるのです。破れば相応の処罰が下ると自覚して今後の学校生活を送ってください」
学園長挨拶の一言、その初めは叱責で始まった。鋭く光る眼光はまるで見ているもの全員の心臓を握っているよな感覚すら覚えさせ、
「この学園は日本全国の教育機関と比較しても特殊な校則が数多く定められています。その代表格と言えるのが十席制度。学園のホームページやパンフレット等を閲覧して存在自体はあなた方新入生にも周知されているでしょうが、それだけで熟知したような態度を取らないことです。十席は学園の質を高める制度であっても、1人の男子生徒を咎めるための免罪符ではありません。
「ひっ‥‥」
先ほど真尋を痛めつけた生徒たちに向けて視線を送ると、月野は彼らに向けて害意のない笑顔を見せた。
「さて状況も状況ですし。新入生総代挨拶を学園長挨拶の後に回しましょうか。今回の新入生には本校の校則をしっかりと頭に入れてもらわないといけないようなので」
月野は新入生総代が立つ壇上へと上がると周囲に聞こえない声量で彼女に耳打ちした。すると永愛はその場から下がって十席達が立つ舞台に並んだ。
「ここのアリーナのステージは2段構造になっているので、舞台から見る景色より高所の壇上から見る景色の方が2階席、3階席にいる新入生の顔がよく見えます」
先ほどまで自身より身長の低い永愛が使っていたマイクの位置を自身の喉元まで引き上げると、一息おいて話を始めた。
「遅くなりましたがまずは皆さん。入学おめでとうございます。我々教職員一同心から歓迎致します。この学園に入学した以上皆さんはある程度の覚悟を持ち、大志を抱いて今ここにいることでしょう。日本の総人口は3億を超え、人間の知性を超越した人工知能による人材選別が始まっておよそ30年の時が経ちます。将来満18歳になった貴方たちは彼らに切り捨てられるか。それとも経済を回す適正があると認められ生かされるか。異次元の人間選別は今もなお滞ることなく継続しています」
この世界の主導権を握っているのは人間ではない。
「しかし世界は待っています。今後人類が1000年経っても辿り着くことのできない知識と技術、そして超能力を持つ人工知能すら超える英雄の誕生を。そのために国立鳳凰大学が設立されました。そして鳳凰大学に入学できるのはここを含めた全国に散らばる4つの附属学校の学生のみです。貴方達は北ノ森高校に入学した時点で将来の世界を担う素養を持ったエリートであり、金の卵です。是非この3年間で仲間達と切磋琢磨し、入学権を獲得してください」
入学権—————月野がその一言を発した瞬間。Aクラスを含めた全ての学生達はがやがや、わやわやわと
「もう‥‥だから言ったでしょう?十席制度を知ったような態度を取らない方がいいと。先ほどから貴方達は名誉だけでこれを考えていますが、十席はそんな
2度マイクを叩くと無理やり高いノイズ音を引き出し、生徒達の口を黙らした。
「入学権を獲得できるのは卒業時十席の席に座っている学生のみです。つまりあなた方は鳳凰大学に入学したいのであれば、ここにいる彼らを蹴落として席を奪う必要があります」
月野が視線を送った先には異様な存在感を放つ9人の生徒。その誰もが一度は見たことのある著名人であり、十席入りの難易度を証明していた。
「奪うって‥‥どうやってだよ!!」
「10人に選ばれなかったら俺たちこの学校に来た意味ねぇじゃん!」
「そういうのは入学する前に言っとくのが普通じゃないんですかー?」
「ホームページに書いてあった進学と就職実績は嘘ってことー?」
話にキレる学生やパニックに陥る学生、ただただ空気を読まずに疑問を口にする学生など2階フロアや3階フロアからの声が飛び交った。
「てかそもそも話自体おかし———————」
「お口はチャック。今は私が話しています。少し静かにしましょうか?」
すると一瞬で先ほどで声を出していた学生達は全員口を閉じた。
月野が人差し指と親指を合わせると同時に。
「安心してください。先ほどまで私が話していたことも、進路の実績も全て事実です。それはこれから話す規則に関係しますので一切他言無用でお聞きくださいね」
もはや月野の話に口を挟む輩などいるはずもなく、学園長の話はスムーズに進んだ。
〔2〕
①鳳凰大学への入学権を得るには卒業時までに十席を獲得している必要がある。
②十席になるには全校生徒4000名(位)のうち上位10名(位)に入る必要がある。
③ランキングの位置付けは”目に見える実績”を考慮して決定される。
④ランキングは学年の垣根を超えて位置付けられる。
以上が大まかにまとめた十席に関する情報。正直規模がデカすぎて実感が湧かなかったが、会場内の生徒全員が一番驚愕を受けた規則は先生の最後の話にあった。
「十席とは入学式及び卒業式の最前列に用意される十の席に
瞳に失いかけた光を取り戻すと、絶望していた2階フロアと3階フロアの学生はふと顔を上げた。
「鳳凰大学に附属する四高校の
スカウト制度。簡単に説明すると提携会社が欲しいと思った生徒に「卒業後これくらいの年俸出すから是非来てくれ!」と言った意思表示をするための規則。いわばオークションでいう入札価格だ。
「学期末に行われる試験の学力面でも、各部活に所属してスポーツ面でのアピールでも。我々教師とスポンサーの目に見える実績を残せば、将来のハイキャリアも十席の座さえ手にできます。十席に加わる条件は年俸価格が校内ランキング10位以内にランクインすること。ではまず例として貴方達より一歩リードしている一年生、新たに十席入りを果たした3名の入札価格をここに提示します」
第九席 メルロ・ミネルヴァ
サニーウィングプロダクション 入札価格4230万円
第八席
東京ウィンディLSS 入札価格5100万円
第五席 日ノ森 永愛
プロメテウス・メタテクノロジー 入札価格8700万円
「それでは皆さん。是非ともこの3年間己の価値を磨き、その有用性を現代社会に証明して下さい。我々教職員一同並びに各会社のCEO様達は貴方達のさらなる成長を期待しています。それでは改めて、ようこそ鳳凰大学附属北ノ森高校へ」
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